その4
映像を見てからの1週間は特に何もなかった。だが、ルコは得られた情報が微妙だったので悶々とした日々を過ごしていた。いくつか研究論文を呼んでみたが、やはり専門知識が乏しいため、すぐに挫折してしまった。マリー・ベルに解説を頼んだが、結局何も知らない事がよく分かったという結論に達した。
ただこの1週間で良い事もあった。それは遙華が順調に回復しているとの事だった。だが、安静がまだ必要なのは変わりなかった。また、遙華の顔を見るたびに済まなそうな顔になり、それを遙華に叱られていた。
そんな雰囲気の中、この日は朝食後、補給のために倉庫に来ていた。他の都市では配達を頼んでいたりしたが、それは都市の周りにある猪人間の村からできるだけ遠くの場所で受け取った方が安全だったからだ。今回はその心配がなく、倉庫から直接搬入する事にしていた。そして、今まさに搬入を開始しようと後部ドアを開けた時に、
「北、12時方向に猪人間を確認。距離約3km、数12体。最短接触時間は約4分です」
とマリー・ベルが急報を入れてきた。
決して油断していた訳ではなかったが、猪人間達は待ち構えていたように出現した。
「なんか凄い偶然ね」
ルコはピッタリのタイミングで攻めてきた敵にびっくりしながらも作業区画から前部区画へ駆けていった。
「敵なのじゃな?」
遙華はルコが寝室区画を通り過ぎるのを見てそう聞いた。
「そうよ。遙華は寝ててね」
ルコは前部区画に入りながら遙華を牽制した。
「怪我人には安静が必要ですわ」
ルコの後を追ってきた瑠璃が起きようとしている遙華にそう声を掛けて寝室区画を通り過ぎていった。
さらにその後を追ってきた恵那が寝室区画で立ち止まって、
「そうそう。おとなしくしてないと、あとでお仕置きされちゃうわよ」
と遙華に言った。
「分かったのじゃ」
遙華はちょっとむくれた感じで布団の中に戻っていった。
「いい子、いい子」
恵那は遙華が戻ったのを見て、前部区画に入っていった。
今回は4人ではなく、3人で迎撃しなくてはならなかった。しかし、数は12匹なので多くはなかった。いや、今までの事を考えるとそうなのだが、普通に考えると圧倒的な不利な状況のはずだった。
「距離400で射撃開始、皆様、いいですか?」
瑠璃はそう確認すると、恵那が頷いた。
そして、中央の狹間の2,3番に着こうとしたが、
「あ、ちょっと待って。瑠璃は1番、恵那は4番をお願い」
とルコが別の指示を出した。
「いいですけど、ルコ様は?」
瑠璃は2番から左の1番へと移動した。
「2丁拳銃なので、2,3番を受け持つわ」
ルコはそう言うと、左右から拳銃を取り出した。左手のものは遙華のもので、研究所の戦闘の時からずうっと借りていた。
「ルコ、本気?」
右端の4番に就いた恵那がちょっと唖然としていた。
「ええ。研究所の時は両手撃ちしていたわよ」
ルコは本番の戦闘になって、研究所の時の戦闘を思い出していた。感覚が蘇ったようだった。
瑠璃と恵那はルコを挟んでお互い顔を見わせた。研究所の戦闘状況はルコがあまりにも消耗していたので二人は聞きそびれていた。それが今目の前で明かされるのかも知れない。確かにルコは訓練よりも実戦の方が遥かに強い印象は二人にもあった。とりあえず、二人はルコのやる事に異を唱える事はせずに、目の前の自分の仕事に集中する事にした。
「改めまして、距離400で射撃開始、いいですか?」
瑠璃は改めて同意を求めた。
「了解」
恵那はすぐにそう返事したが、ルコが返事しなかったのでしばらく場が沈黙した。
「あ、えっと、了解」
ルコは慌ててそう言うと、
「射撃開始後、敵をなるべく正面に集めるようにして、側面には回り込ませないように」
と付け加えた。
「分かりました」
「了解よ」
瑠璃と恵那はちょっと怪訝そうな顔をしたが、指示に従う事にした。これまでのルコに対しての信頼感からだった。
12体の猪人間は一直線に車に近付いてきた。まさに猪突猛進だった。
「距離400です」
マリー・ベルがそう言うと、透かさず瑠璃が、
「射撃開始!」
と号令を掛け、瑠璃と恵那が射撃を開始した。
いつもどおり始まった戦いはいつもどおり初撃で2匹の猪人間を葬り去った。そして、猪人間達の直線的だった動きは一気に不規則な動きへと変化していった。
瑠璃と恵那は2射目、3射目を放ったが、今までで一番動きが早く、流石の二人にも付いて行けなかった。
「こいつら、速い!」
恵那はそう言いながらもなおも撃ち続けた。
「ルコ様、どうしたのです?」
瑠璃は一発も撃っていないルコに聞きながらなおも撃ち続けていた。
「私が撃ってもこの距離では当たらないわよ。それより、銃撃の密な所と疎な所を意識的に作って誘い込むわよ」
ルコはニヤリと悪人顔になっていった。
何やら悪巧みをしているルコを見て瑠璃はちょっと安心して、敵を狙い続けた。
猪人間達はルコの意図通りに車の正面中央に集まり出してこちらに迫ってきた。
瑠璃と恵那はルコの意図通りに事を進めるために、中央には銃撃せずに、そこを外れようとする敵を牽制するかのように銃撃を続けた。
猪人間達は中央に集まると、銃撃が全く無かったので、これまでの不規則な動きから本来の猪突猛進の直線的な動きに戻り、驚異的なスピードで一気に車の正面中央に取り付いた。
それまで動きがなかったルコはゆっくりと正面の壁に沿うような形で前に踏み出すと同時に両腕を広げていた。と同時に、2番と3番の狹間から挟み込むように石槍が突き立てられてルコの両脇を貫いた。
「ルコ様!」
「ルコ」
横で見ていた瑠璃と恵那が悲鳴を上げていた。
しかし、貫かれたのは幻想でルコの広げられた両腕の先の両手が引き金を引いており、両方の狹間に同時に銃撃を加えていた。
弾は石槍を破壊しただけではなく、持ち主たちの心臓を貫いていた。
撃たれた二匹の猪人間達はもんどり返って倒れていったが、倒れるまでに更に両手の拳銃から発射された弾が後続の猪人間の眉間を貫いていた。異常な早さで4匹を葬り去っていた。
ただこの猪人間の部隊も只者ではないらしく、その次の猪人間達は前が倒されたので、すぐに危機を察してすぐに回避行動に移っていて、ルコの3×2射目を回避した。
「確かに素早いわね」
ルコは外された瞬間にすぐに銃口をずらして4×2射目を発射し、背中を向けていた二匹の猪人間を葬り去った。
残った4匹の猪人間達は一斉に逃げ始めた。
ルコはそれを撃とうとしたが、今度は悉く外れてしまった。まるでさっきの勢いが嘘みたいにいつもの当たらないルコに戻っていた。
「何が起きたのよ?」
恵那は何が何やら分からないという顔をしながら逃げていく猪人間の1匹を倒した。
「分かりません!」
瑠璃は恵那の質問に答えながら、いや、実際は答えになっていない言葉を言いながらこちらも1匹を倒していた。
しかし、残り2匹は這々の体ながら離脱に成功し、都市外へと去っていった。
無論、ルコ達は追撃を掛けなかった。
「ルコ、何したのよ?」
恵那は驚愕の表情を浮かべてルコを問い詰めるように聞いた。
「え、銃を撃ちました」
ルコは恵那の表情にびっくりして思わず丁寧語で答えてしまい、キョトンとした表情をしていた。
「それは分かっています。どうしてこんな状況になったのかを聞いているのです」
瑠璃も恵那と同じく驚愕の表情を浮かべて問い詰めてきた。
「ええっと、研究所の時も同じような戦いをしました」
ルコは戦闘前の不敵な感じからオドオドした感じになっていた。
「今みたいに超近接戦をしたって事?」
恵那はルコのやってのけた事と今の態度のギャップを見てクラクラと目眩がしそうだった。この娘には底が抜けすぎているのではないかと恵那は時々感じることがあった。
「研究所の時の戦闘はあまり覚えていなかったのですが、どうやらこの戦い方が私には一番合っているようです」
ルコは丁寧語が抜けないくらい自分でも衝撃を受けているようだった。ようやく実感が持てたという感じだった。
「ルコ様、それで血まみれになって、あんなに消耗していたのですね」
瑠璃は今のルコの戦闘を見て納得すると共に、驚きのあまり頭が真っ白になりそうだった。それほど瑠璃にとっては衝撃的な事だった。猪人間と接触すれば、吹き飛ばされるだけでは済まないだろうし、超近接戦は猪人間の間合いだ。その完全勝利の間合いに引き込んでほくそ笑んでいたのに一気になぎ倒せれるように形勢が逆転する。猪人間達にはさぞかし恐ろしい事だろう。ある意味、瑠璃は猪人間に同情していたかも知れない。




