その1
研究所を脱出したルコ達は湖の近くの森に潜伏し、遙華の手術を行った。手術は恵那の時と同様に普段車内で家事手伝いとして活躍しているドローン2台が当たった。
この世界の医療レベルでは命の危険性はないとの事だったが、手術中に猪人間達に襲われると手術ができなくなり、命の危険性が出てくるとの事だった。したがって、手術中の3時間弱はルコ・瑠璃・恵那は警戒態勢で神経を尖らせていた。
ただし、ルコは返り血だらけだったので、すぐにシャワー室へ直行させられ、そこで血を洗い流した。それにより、シャワー室と脱衣場は血だらけになり、匂いが残った。
血は完全に洗い流したのだが、ルコはどうも血の匂いが消えない気がしていて、警戒態勢の時も気分が悪くなるくらい気になっていた。無論、この事は瑠璃と恵那には黙っていた。
手術が無事に終了し、遙華が落ち着いて眠りに就いたのは明け方であり、それを確認してから他の三人も就寝する事となった。それまでの疲れもあって、瑠璃と恵那はすぐに眠りに落ちたようだったが、ルコは血の匂いが気になって眠りにつけなかった。
血の匂いで酔ったみたいで気持ち悪いと思いながら一度血だらけのシャワー室へ入った。血だらけのシャワー室はちょうど今お手伝いドローンが掃除しているところだった。
「ごめん、ちょっと入らせてもらうわ」
ルコがそう言うと、ドローン達はルコを確認するようにこちらを向くと、すぐにシャワー室の外に出ていった。
シャワー室の血は既に洗い流されていた。
そう言えば、脱衣場の血も洗い流されていたわねと思いながら蛇口を捻り、お湯を出して全身をお湯で流し始めた。ただ胃がムカムカしていた。
今回は判断ミスが多かったと思いながらすぐに脳裏に浮かんできたのは遙華が自分を庇って刺された場面だった。
あの時、なんで外に出てしまったの?迂闊すぎたと思った。そう考えると、自分に腹が立ってくると共に浅はかさに絶望した。
それ以外にもたくさんの判断ミスがあった事をルコは感じていた。今回助かったのは本当に奇跡で単なる偶然の積み重ねである事を強く認識せざるを得なかった。これまでも運が良かったと感じていたが、今回のはそんなレベルの話ではないという認識だった。
そう考え始めると、胃のムカムカ加減が一層増し、気持ち悪ったと思った瞬間に胃液が逆流して吐いてしまった。
「気持ち悪い……」
ルコはむせ返りながら涙目でそう呟いた。
「ルコ様、体調が優れないのでしょうか?」
マリー・ベルはいつもの無機質な口調だったが、ルコの様子を見てつかさずそう聞いてきた。
「体から血の匂いが取れなくて……」
ルコはまたゲホゲホとむせ返っていた。
「シャワー室はまだ完全に匂いが取れていないと推察されます。その影響でしょうか?」
マリー・ベルはそう指摘してきた。
「あ……」
ルコは涙目でようやく自分がどういう場所にいるのかを気付いた。どう考えても今のシャワー室の方が血の匂いがきつかった。大量の血を洗い流し、掃除の途中の場所なので当然だった。そして、吐いてしまったのはそのせいだと気が付いた。
ルコはフラフラしながらシャワー室を出て、脱衣場に入った。そして、大きく溜息を付きながらそんな事にも気付かなかった自分を恥じ入るばかりだった。
バスタオルを取ると、自分の体を拭き始めた。ただ、拭いている最中でも自分の体から血の匂いがするのではないかと、両手両腕を嗅ぎ回ったが、ハッキリと血の匂いがする訳ではなかった。
ちょっと安心して髪を拭き始めた時、髪がすっと鼻の前を通り過ぎた。その時、なんとなく血の匂いが蘇るような感じがしてきた。
「髪……」
ルコはそう呟くと、髪を拭く手が止まってしまった。
「確かに髪は匂いが付きやすい性質があります」
マリー・ベルがそう言ったので、ルコは今度は自分で髪を掴んで毛先の臭いを嗅いでみた。しかし、血の匂いはしなかった。気のせいだったのだろうか?とルコは訝った。
ルコはバスタオルを頭の上からどけて肩に掛けると、目の前の鏡に写っている自分をじっと見た。結構ひどい顔をしていた。そして、これではいけないと思った。
ルコは気持ちを一新するために両手で自分の両頬をパンパンと叩くと、
「今日みたいに決して諦めず、みんなで生き抜こう!そして、変に落ち込まないように!」
と気合を入れ直すように声に出していった。そして、毛先を掴むと、
「マリー・ベル、髪を切りたいんだけど」
と今の決意表明を忘れないための行動に出た。




