その1
ルコ達は東に逃亡した。しかし、想定外の事があった。それは事前に敵の追撃があると想定して都市が近くにない辺鄙な方向を選んだのだが、全く追撃がなかった。こうなるとどうして攻撃してきたのかが疑問が湧いてくるが、それを確かめるリスクを犯したいと思わないので、当初の予定通り東に進む事にした。
目的地は都市田内の直線で東北東12kmにある廃都市だった。追撃はなかったので問題なく辿り着き、遙華の提案で2km先にあるトンネル内に滞在する事になった。
車の修理は暫定的だが1日で終り、装甲のみが仮修復された。あとは部品等の材料がないため、補給後という事になった。なので、車の前部区画は依然閉鎖されたままだった。
恵那の方の傷は1週間で日常生活に復帰という形になったが、腕の痛みはまだ残ると予想され、完全復調には更に1週間ほど掛かるとの見方が示されていた。
同じ異世界人から攻撃を受ける前、四人を覆っていた妙な雰囲気は恵那の負傷による死亡の勘違いにより、払拭されたかに思えたが、ルコはまだそれは表面上の事だという認識を持っていたので、話し合う必要性を感じていた。
1週間経って、恵那も暫定的だが復帰したので移動を開始したいところだが、3日前から雪が断続的に降り始め、本格的に積もり始めていた。それは本格的な冬の始まりの合図だった。また、予報ではまた4日間このような天気が続くとの事でしばらくは出発できそうになかった。
周りに敵はなく、この雪で放浪種が現れる可能性も限りなく低い。食糧は備蓄分しかないが水は確保できているので、しばらく出発を見合わせる事にした。また、これまで事が多すぎ、最後には同じ異世界人から攻撃を受けるという精神的にダメージを受けていたので休む必要があると四人は感じていたので、特に出発を急ごうという機運は生まれず、恐らく天候が回復してもすぐには出発しないという雰囲気さえあった。
「このままじゃ、私達、ダメになると思う」
恵那が復帰した翌日の朝食後、ルコは意を決してそう言った。
ルコの言葉にそれまで和やかだった雰囲気は一瞬にして凍りついた。
ルコ以外の三人はこれまで取り繕ってきた化けの皮を剥がされた気分で固まっていた。だが、口火を切ったルコも思った以上なリアクッションにびっくりして固まっていた。
しばらく沈黙が続いた後、口を開いたのは幼女の姿をした年長者の遙華だった。
「具体的に何か提案があるのじゃな」
遙華はゆっくりとした口調でそう言った。沈黙に遙華の言葉が響くようだった。
「自分たちの世界に変える方法を探すべきだと思うの」
ルコは遙華に促されるようにそう言った。
「そんな方法はあるの?」
恵那は素朴で根本的な質問をしてきた。
この後、話し合いを続けても結局はこの質問に集約される可能性が高かった。
「今は何とも言えないわ。まだ探していない場所が多すぎて」
ルコは素直な気持ちを答えた。しかし、切り出した話題を引っ込める気はなかった。たとえ、堂々巡りになろうとも。
「見つかる可能性はあるのでしょうか?」
瑠璃も恵那に続いて素朴で根本的な質問をしてきた。
「それも今は何とも言えないわ。たぶんそんなに簡単ではないと言う事は言えるわ」
ルコはこの質問に対しても素直な気持ちを答えた。
「当てはあるのじゃな?」
遙華はルコをじっくり観察するように言った。
「ええ。ここはどうやら島らしいのだけど、この島に2つ研究所があるの。そこにいけば、今以上の情報が得られるからあるいはそこで何らかの成果が得られるかもしれないと思っているわ」
「けんきゅうじょって何?」
恵那は目を白黒させながら聞いてきた。
「研究とは現象とかを詳しく調べてその法則などを調べる事じゃな。そして、それを大勢でやっている所じゃろ」
遙華はルコに代わってそう説明した。
「つまり、どういう事?」
恵那は更に目を白黒させながら聞いてきた。
「もしかしたら自分たちの世界に帰る方法を考え出した人がその方法を残している場所かもしれないという事じゃな」
「それは凄い事ね。すぐに行くべきかもね」
恵那はちょっと興奮していた。
「落ち着くのじゃ。あくまでも可能性の話じゃ。ないかもしれないのじゃ。ただ、どちらかと言えば、ない方の可能性が高いのじゃが……」
遙華は自分で話をしていて、希望がない方へと話し始めてしまったので段々とテンションが下がってくように声が小さくなっていった。
「そうなの。難しいわね」
恵那の方は首を傾げながら珍しく考え込むようなポーズを取った。
「実際問題、どうなのでしょうか?今現在、そんな余力があるかどうかが疑問ですわ」
瑠璃はどうやらこの事に関しては積極的ではないらしい。
「それはそんなんだけど……」
ルコは瑠璃にそう言われて口籠った。確かに余力がある訳ではなかった。
「あ、それはこう考えるべきじゃないのかな」
恵那は何か思い付いたという表情でニッコリと笑った。その表情を見て他の三人はあまり期待はしなかった。
「心の持ちようと言うか、なんと言うか……。ほら、何かをやる事は最終的な目的のためにやる事であって、うーん、でも、そんな大それた目的はなくても……、そう、心の支えね。それが必要だっていう話じゃないのかな、この話は」
恵那は言語化するのに苦労しながら紆余曲折を経て心の支えという結論を導き出した。その話を聞いた他の三人は驚きのあまり驚愕していた。
「主、恵那じゃよな?」
遙華はそう言って恵那の両肩を揺さぶった。
「ちょっと、何言っているのよ」
恵那は遙華の手を振りほどきながら苦笑いをしていた。
「恵那様ですよね、違う人ではないですよね」
瑠璃は恵那の顔を覗き込むように言った。
「え、あたしはあたしよ……」
恵那は瑠璃にも同じ遙華事を言われてちょっと不安になってきた。あたしはあたしよねと自分に言い聞かせていた。
「いいえ!あなたは恵那じゃないわね」
ルコはダメ押しに恵那を否定してみせた。
「あ、ちょっと酷い!」
恵那はようやく三人にからかわれているのに気が付いた。
「だって、恵那、主が初めて吾らを納得させるような事を言ったんじゃからびっくりして当然じゃろ」
遙華は尚も恵那をからかっていた。
「え、初めてじゃないでしょう。たぶん……」
恵那は最初はそんな事はないと思っていたが、ちょっと記憶に自信が持てなくなった。
「恵那がずばり言ってくれたように、心の支えが私達には必要だと思うのよ。ただ戦って消耗する前に、もしくは消耗しないようにするために」
ルコはそう言って話を元に戻した。
「ルコ様のご提案は理解しましたわ。しかし、心の支えを自分の世界に戻るという事にはできませんわ。何だかとても当てのないもののような気がしますから」
瑠璃は否定的な事をあまり言った事がなかったが、今回はそうではなかった。
「そうね、あたしも心の支えって言葉を出したけど、それを持たなくてはいけないという自覚だけを今持ったって感じかな。具体的なものまではちょっと分からないかな」
恵那はまだ思案中という事らしかった。
「吾はこの世界を調べる必要があるという点ではルコの提案には賛成じゃな。じゃが、自分の世界に戻るという話は別になるかもしれんのじゃが」
遙華はそう言った。ルコの意見には概ね好意的だという感じだったが、帰還法の発見に関しては懐疑的だった。
「そう……」
ルコの方は三人の同意が得られなかったので些か落胆した。
「どうじゃろうか、ここは一旦話を打ち切って、各自考えて、また話し合うっていうのは?すぐに結論が出るという類のものでもないじゃろ」
遙華はまとまりそうにない話を前向きに持っていこうとしていた。
「そうね、あたしはそれでいいと思うわ。自分でもよく考える事にするわ、心の支えをね」
「妾もそうしますわ」
恵那と瑠璃は遙華に賛成した。
三人がルコの方を見た。
「あ、私もそれでいいと思うわ。確かに遙華の言う通り、すぐに結論が出るものでもないしね」
ルコは促されるようにそう言った。だが、ただ消耗して過ごすのではなく、心の支えを持って日々を過ごすという共通認識を持っただけでも大きな一歩だと感じた。そして、堂々巡りにはならなかったので安心した。
「それでは、各自、考える事にするのじゃ」
遙華はにこやかにそう言うとその場は解散した。
とりあえず、上辺だけの馴れ合いから真剣に今後を考える雰囲気に変わった事はとてもいい事だ。
場が解散して銘々が立ち上がった時、
「ルコ様!」
と瑠璃にルコは声を掛けられた。
ルコは振り返ると瑠璃が深刻そうな顔をしていた。
「別にルコ様を否定した訳ではございません」
瑠璃はちょっと震えながら下を向いて訴えかけるように言った。明らかに何かを怖がっていた。そんな瑠璃を見るのは初めてだった。
「どうしたの?瑠璃。ただ意見が食い違っただけじゃない」
ルコはちょっとびっくりしたけど優しく瑠璃に声を掛けて肩に手を置いた。
「ルコ様!」
瑠璃はそう言うとルコに抱きついた。
「え?何?」
ルコは突然の事に当然びっくりしていた。
「ルコ様はやっぱり素敵な方です」
瑠璃はルコの胸に顔を埋めながらそう言った。
「へ?え?」
ルコは狼狽え始めていた。
「ルコ!瑠璃!」
今度はとびっきりの笑顔で恵那が二人を抱きしめてきた。しかし、
「イタタタ……」
と顔をしかめ、痛めている右腕を押さえた。まだ本調子じゃなかった。
「もう、恵那様!」
瑠璃はルコとの二人っきりの状態を邪魔されたので怒っていた。が、あまり怖くはなかった。
「ごめんね、何だか二人とも楽しそうだったから」
恵那にはそう見えたらしいが、ルコは狼狽えていただけだし、瑠璃は感激していたところだった。
「でも、ちょっと右腕が痛くて……」
恵那はまだ顔をしかめていた。
「恵那様はすぐルコ様に抱きつく癖を直さなくてはいけません」
瑠璃は叱るように恵那に言った。
「え?瑠璃はいいの?」
「妾はいいのです」
「なんでよ」
「なんででもです」
ルコは二人のやり取りをみて困っていた。
「なんか、主ら、楽しそうじゃな」
遙華はそんな三人を見てポツリとそう言った。しかし、ルコは本当は遙華に助けてほしかったのだが。




