その2
朝食が終わり、片付けも終わり、一息ついたところで今後の方針の話になった。
「東に進むにはこの5つの村が障害となるみたいね」
ルコはちゃぶ台の上に映し出されている地図を指差しながら言った。村には区別のため、5つの村の中心位置から見た北東方向より反時計回りに6から10の番号を付けていた。
「やっぱり、結構数があるのじゃな」
遙華は溜息混じりにそう言った。
「やっぱり、大きい方の都市を目指すの?」
恵那は都市名の幌豊の名前を指差しながら聞いた。
「問題は村を突破できるかですわね。それには数が少ないほうがいいと思いますわ」
瑠璃は尤もな意見をいつものおっとりした口調で言った。
地図は周辺地図よりやや広い領域を示しており、現在位置を中心に左側に昨日までいた都市織内、右側に都市空別と幌豊が示されており、その間の猪人間が赤丸で示されていた。現在地から直線で織内は西北西11km、空別は東北東17km、幌豊は南東22kmの距離があった。いずれも都市の中心部までだ。
「村を突破しないという手もあるけど、食糧等はどうなの?マリー・ベル」
ルコは一応現状確認をしてみた。動かないのが一番楽な案だったからだ。
「食糧は60日分、飲料水は7日分あります。これから本格的な冬になり、雪がどんどん降ると推定されます。その場合、水の確保は容易になりますが、食糧の確保は難しいものとなると推察されます」
「まだ寒くなるの!」
恵那は死にそうな声を上げた。パニック状態である。
「恵那、どうどう……」
恵那の左隣の遙華があやすように肩をポンポン叩いて恵那を落ち着かせた。
「雪はどのくらいの期間降るの?」
ルコは二人の様子に吹き出しそうになりながらまた聞いた。
「約4から5ヶ月と推定されています」
マリー・ベルはそう答えた。
「何ですって!」
恵那はムンクの叫びみたいになっていた。
「ほう、それじゃあ、吾の住んでいたところと同じようなところなんじゃな、ここは」
遙華は今度は恵那をかまう事なく、しみじみとした感じで懐かしそうな顔をしていた。
「死んじゃうよ、死んじゃうよ……」
その隣で恵那が頭を抱えて呪文を唱えていた。
「恵那様、どうどうですわ」
今度は遙華の変わりに右隣の瑠璃が恵那の肩をポンポン叩いてあやした。
「という事で、都市に行くしかないという選択肢に決定しました」
ルコはそんな三人の光景を見ながら話が進まないと感じたので、丁寧語でだが今後の方針を通達した。そして、一旦三人を見渡してから、
「村を突破する数で言えば、織内に戻るのが一番少ないのだけど……」
と苦笑しながらそう続けた。村の数としては昨日突破した2つである。
「現在の織内の状況を映します」
マリー・ベルはそう言うと、ルコの正面の壁に映し出した。
映像は次々と場所が切り替わったが、必ず猪人間の姿が写っていた。
映像が映し出されると三人は先程の緩い雰囲気から打って変わって現実に引き戻されたようで真剣に見始めた。現実を突き付けられると気持ちがすぐに切り替わるらしい。それを見て、ルコはホッとした。
「どのくらいの数が都市内に入っているの?」
ルコは映像を見ながらそうマリー・ベルに聞いた。
「約100体です。昨日の襲撃数1300からは大分減っていますが、この数は何日も昼夜問わず維持されるものと推定されます」
「やっぱり、戻る事は検討するに値するものではないようね」
「となると、やっぱりこっちとこっちのどちらかじゃな」
遙華は空別と幌豊を交互に指差しながらそう言った。
「あたしは楽な方がいいと思うわ」
恵那はお気楽にそう言ったが、尤もな意見である。
「空別と幌豊の現在の映像は出せますか?」
瑠璃はマリー・ベルのそう聞いた。
「はい、承りました」
マリー・ベルはそう言うと、織内の映像を消し、空別と幌豊の現在の映像を並べて表示させた。
次々と切り替わる映像には猪人間の姿はなかった。無事平穏のようだった。
「ちょっと待って、これって……」
ルコは幌豊の映像にルコ達が乗っている装甲車と似たものが映っているのを見つけた。
マリー・ベルはその映像で切り替えを止めた。
「仲間……なのじゃろうか?」
遙華はその映像を見て驚いていた。
「異世界から来た人々が幌豊に存在するのは間違いないと推定されます」
マリー・ベルは何とも歯切れの悪い答え方をした。口調はいつもの無機質なものだったので、言いにくそうに言っている訳ではなかったが。
「それなら、やっぱり幌豊に行くべきだわ!」
恵那は自分の真後ろに映し出されている映像を振り返りながら見ていたが、前のめりに姿勢が変わってそう言った。
場の雰囲気が幌豊行きに傾いている感じが漂い始めていた。
「恵那様、先程と言っている事が違ってますわ」
瑠璃はおっとり口調で笑顔でそうツッコミを入れたが、
「しかし、現実問題としてはいかがなんでしょうか?」
と真面目な顔に戻りおっとりとした口調で言った。そして、一呼吸置いてから、
「幌豊はこの4つの村、空別はこの3つの村を突破しなくてはなりません」
と都市それぞれで突破しなくてはならない村々を指で丸く囲みながらそう言った。
「確かに幌豊の方が大変そうね。距離もあるし」
恵那は素直にそう言って、意見を元に戻したようだった。
軽い行動かもしれないが、異世界から来た人との接触より補給物資が手に入りやすい方を選ぶ方が今は重要だと理解しての行動だったのだろう。
「村々の様子は分かる?マリー・ベル」
ルコはそう聞いた。
「村6と10はそれぞれ空別と幌豊から監視が可能です。村7に関してはこの先1.5kmのところにある急斜面があるのですが、そこを登ると監視可能と推定されます。ただ、村8と9は山に囲まれており、村の北側に回らないと監視は無理だと推定されます」
「となると、尚更、空別が適当という事になるわね」
ルコは考え込むように呟いた。
「そうですね。空別に向かう事に致しましょう」
瑠璃はルコの言葉にすぐに賛成した。
「吾もそう思うのじゃ」
「あたしも賛成よ」
遙華と恵那もそう言ってすぐに賛成した。
ルコは少し考えようとしていたのだが、三人がすぐに賛成したので、
「それじゃあ、空別に向かう事にしましょう」
と宣言した。
「では、早速取り掛かるのじゃ!」
遙華はそう言うと立ち上がって両手を突き上げた。やる気に満ち満ちていた。
それにつられてルコも立ち上がった。そして、掛け声を上げようとして拳を突き上げようとした瞬間、
「ちょっと待って!」
と恵那に止められた。恵那は何だかすごく冷静だった。
「そうですわね。今日はお休みと致しましょう。流石に2日で3連戦もしくはそれ以上は体力的にきついと思いますわ」
瑠璃はおっとりとした口調で恵那の意図を察すると盛り上がるルコと遙華を制した。
「そうそう。あたしも流石に昨日の連戦で疲れたわ。まずは休みましょう」
恵那はそう言って瑠璃に同意すると欠伸をした。
恵那は冷静に見えたのはただ眠かっただけなのか分からなかったが、二人の言う事は尤もだと思い、ルコと遙華は恥ずかしそうに顔を見合わせながらやり場のないやる気を収める他なかった。




