その6
決意を固めた翌日からスパコンへのルートについてルコ達は長老と話し合いを始めた。ただルートのみの話をしている訳ではなく、話し好きな長老は度々違う話へと脱線させていた。
「しかし、話を聞けば聞くほど、ルコさん達はお強いのですな。おそらく、この都市の精鋭部隊より遙かに強いと感じましたぞ」
長老は感心したようにそう言った。
「そんな事はないと思います」
ルコは謙遜ではなく、この都市の精鋭部隊の強さも想像できなかったのでそう答えざるを得なかった。そのためか、困った表情をしていた。
「しかし、より重要な事は強い事ではなく、生き残る事だとわしは思いますぞ」
長老は今度はしみじみと語るように言った。
「吾もそう思うのじゃ!」
遙華は意見が合うとばかりにちょっと大きな声で同意した。
その言葉を聞いた長老は目を細めてニコリとしていた。
「この島の中央平野には100万人の猪人間がいると聞いているのじゃ。そんな大人数相手に戦い続けるのは不可能なのじゃ」
「そうね。生き延びるのにはやはり逃げ時を感じる事が重要よね。その点では、ルコはとても凄いわよ。なんせ逃げる隙があったら逃さず一気に逃げ切ってしまうもの」
恵那は遙華に続いて話した。
ただ、ルコは褒められているはずだが、何だか馬鹿にされている気にもなっていた。逃げ方がうまいのは褒め言葉よねと恵那に確認したかった。
「でも、ルコ様は逃げるのがうまいだけじゃないですわ」
瑠璃はフォローするかのように話し始めたが、ルコにとっては何だか追い打ちを掛けられている気分になった。そして、
「ルコ様はこの四人の中で一番強いです」
と続けざまに瑠璃は断言するように言った。
ルコは、射撃が当たらない役に立たない子からとても強い子に昇格させられていた事を思い出した。褒められているようだが、ルコにとっては完全に詰まされたような気分になった。
「ほほう、それはどれくらい強いのですかな?」
長老の目がちょっと鋭くなった。
「もうそれはバッタバッタと」
恵那は長老の問いに訳の分からない擬音を使った。
「そうそう。十数匹ぐらいの猪人間ならあっという間に薙ぎ倒すぐらいじゃな」
遙華は恵那の言いたい事を擬音ではなく、数字で示した。
遙華のこの言葉を聞いて長老は驚きのあまり声が出なかった。この長老もあまり動揺する人間ではないように感じられたが、おそらくそのような事を聞いた事がなかったからだろう。
「あれはたまたまよ。それにあっという間でもないわよ」
ルコは穴があったら入りたいという気分だった。
「たまたまは何回も続く事ではないわよ、ルコ」
恵那はそう指摘した。確かにルコが無双状態になった事は一度ではなく、複数回あった。
「そうですね。何度もありましたね」
瑠璃も恵那に同調した。
「それは凄い事ですぞ。驚きすぎて、わしは声を上げるのも忘れていましたぞ」
長老は何度も聞いている内にそれが真実だと感じ始めた。目の前にいる四人のうら若き娘達への信頼もそれを後押ししていた。
「いい、みんな、あれはたまたまです!前できたからって次もできるとは限らないのです。ましてや違う環境に移ってきたのだから気を引き締めないといけません」
ルコは居たたまれなくなり、丁寧語で強い命令口調で三人を諭した。
「ちぇ、褒めたのにな」
恵那は不満そうに呟いた。
「恵那!」
ルコはギロリと恵那を睨んだ。有無を言わせない凄みがあった。
「はい、すみませんでした。気を引き締めます」
恵那は背筋をピンと伸ばしてそう答えざるを得なかった。
そんな恵那を見て、遙華と瑠璃は思わず笑みが漏れたが、ルコにそれが見つかった。そして、
「瑠璃!遙華!分かっているわよね」
とニッコリとルコが笑った。
「分かってるのじゃ」
「気を引き締めます」
遙華と瑠璃も背筋をピンと伸ばしてそう答えざるを得なかった。
そんな光景を見て、長老は何故この娘達が生き残って来られたのかが分かった気がした。だが、あまりにもおかしな光景だったのでちょっと吹き出していた。
「長老、話が度々逸れています。本題に戻りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
ルコは吹き出した長老を咎めるように低い声でそう提案した。
「そうですな、話を戻すとしましょうぞ」
長老はとばっちりを受ける前に話を戻す事にした。
「長老が仰るとおり海岸線を通っていく道を使おうと思っているのですが、調査しながら南下していくという形を取るほかないようですね」
ルコは真面目な顔に戻って地図を指でなぞりながらそう言った。
「地図は衛星写真を使えば、ある程度分かるのだが、申し訳ない事に、猪人間の細かい動きは全く把握できていませんのだ」
長老は申し訳なさそうにそう言った。
「でも、それはいつもの事じゃな」
遙華は諦め口調でそう言った。
「しかし、遭遇戦はとても怖いですわ。それで何度か窮地に追い込まれていますし」
瑠璃は尤もな指摘をした。
「そうですね、それでしたら飛行型のドローンを2台、供与する事としますぞ」
長老は解決案を示した。
しかし、ルコ以外の三人はポカンとした顔をして長老が何を言っているのか分からないという顔をした。
「長老、それは偵察ができるドローンという事でしょうか?」
ルコは三人の事はとりあえず置いといて質問した。
「左様ですぞ。最高時速60kmで、飛ばしておけば、遠くの敵も発見できますぞ」
「それは凄いのじゃ」
遙華はドローンの性能を理解したようだった。
「ただし、弱点もありますぞ。雨の日は飛べませんし、風が強い日は吹き飛ばされてしまうので使えないのですぞ」
「なんか微妙なやつじゃな」
遙華のテンションがみるみる下がっていった。
「まあ、物自体が超軽量なので、天候の影響を受けるのは仕方がない事ですぞ」
長老は弁明するように言った。
「天候と言いますと、中央平野の方では既に梅雨に入っているのでしょうか?」
瑠璃は天候という言葉でそう気付いた。
「左様ですぞ」
「つゆとはなんじゃ?」
遙華は聞き慣れない言葉を聞いてきた。
この質問には遙華以外の人間は驚いた表情をした。ただ、ルコだけは遙華の出身地からして知らないのも当然かと思い直して、
「遙華、北島ではないようだけど、梅雨って言うのは雨が多く降る時期の事よ。ちょうど今頃から始まるのよ」
と説明を加えた。
「土地が変われば、気候もやはり変わるものじゃな」
遙華はちょっと感心したように言った。
「あ、それで話を戻しますが、猪人間達の活動が雨で弱まるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?」
瑠璃はそう聞いた。
「左様ですぞ」
長老はまた短く答えた。
「という事は、今が絶好の機会という事ね。今すぐに計算機のところへ行くべきね」
恵那ははやるような気持ちでそう言った。
「吾もそう思うのじゃが、また南へ行くと大分暑くなりそうじゃしな。服を替えた方がいいのじゃないかと思うのじゃ」
遙華は更に暑くなるのが心配だった。
ただ言われてみれば、冬服のセーラー服を四人は着ていた。車の中なら快適だろうが、外に出る機会もあるだろうから遙華の言うとおり、夏服に替えるのはいい案だ。
「まあ、服はここで新しいのを作っていきなされ」
長老は笑顔でそう言ってから、
「しかし、貴女方は面白い関係ですな。話をしていて分かったのですが、色々な考え方や意見が次々に出てくる割に、最後にはしっかりとまとまるのですな。成る程、生き残っていく集団とはこういったものなんですな」
と感心したように言った。
感心されたルコ達はちょっと照れくさかった。




