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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
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英雄の出発 2


 執務室を追い出されたルベリアは焦燥感に駆られていた。


 元より自分が頼み込めば、あの厳格な宰相とて頷かざるを得ないだろうという根拠の無い自身がルベリアにはあった。しかし宰相は、あの化け物の存在こそ否定しなかったが、その首が現れたことは微塵も信じなかった。


 ルベリアは、ベイヤーの冷たい視線を思い出す。まるで彼女が他の人間と同じように使えない人間だとでも言うようなその眼差しに、普段であれば腹を立てるところだが、訳を知ってしまった今では、その態度も察するに余りある。


 ルベリアは今しがた出て来たばかりの建物を仰ぎ見た。

 バース・エッカルドの中心にあるこの城は、白を基調とした外壁に華美な装飾が成されている。王の御座す場所だけに何重もの防衛魔法が施されているであろうが、貴重な透明塗料で描かれた魔法陣は魔術師以外の目に映ることは無く、それ故に、平和の象徴と謳われるほど美しい城として広く知られている。

 この国で暮らす者にとって、エッカルド城とはそういうものである。そしてルベリアにとっても、そうであるはずだった。


「この城の下に、あんな化け物が埋まっているなんて……」


 そう呟いてから、ルベリアは思わず体を震わせた。

 今も尚その下に埋まっている存在を知らず、羨望と憧憬の念を抱いていたことに、今更ながら恐怖を覚える。美しいはずの王城が、今は虚像の様に思えてならなかった。


 思考がそのまま監獄内でのことを反芻しようとするのを、ルベリアは頭を振って掃った。


「今はどうやってガードナーを連れ戻すか考えないと……」


 この場所から一刻も早く立ち去りたい気持ちを抑え、ルベリアは思考する。

 このままでは宰相の理解を得ることはできない。そうなれば化け物はこの世に存在し続け、いつか首を取り戻すのだろう。ルベリアはその間ずっと、暗闇から首が転がり出てくるのではないかと恐れ続けることになる。

 ルベリア・シェルグラスの人生において、そんな未来は到底許されない。彼女はそう確信している。そのためには、何としてでも大英雄ガードナー・スピンディルをこの城に連れて来る必要があった。


 しかし大英雄はすでに最北の地にいる。


 ガードナーは大監獄を出ると、王都に寄ることなく、貴重な転移魔法を使って飛んで行ってしまったのだ。

 老騎士は、竜の巫女を待たせないため、と言って騎士たちの尊敬を集めていたが、ルベリアには早く逃げたいだけだということがわかっていた。自分だけ安全な場所に逃げる男のどこが英雄かと怒りを通り越して失望するが、今はその肩書こそが必要なのだ。相応性などどうでもよい。


 出発式が行われる最北の地まで、女の足ではどう足掻こうと一週間以上かかる。馬や船での移動も考えたが、やはりどちらも時間がかかりすぎるし、陸路は途中から雪に行く手を阻まれ、最北の地は渦潮で囲まれている。おそらくドラコニカからの使者が来る際には、祈りを捧げて海流を止めるのだろうが、それを待っていたのでは到底間に合わない。


「ベイヤーが封書をくれれば簡単だったのに……」


 転移魔法が施された封書は城で厳重に管理されている。個人利用することは王とて許されてはいない。その許可を出せるのは、公爵家を中心とした貴族三名以上の連署か、宰相あるいは宮廷魔術師長だけなのである。

 生憎とルベリアには公爵家に連なる高位貴族の友人も知人もいなければ、魔術師長に頼めるような伝手も無い。唯一面識があったのが、此度の任を命じた宰相だったのだが……。


 ルベリアはどうすれば転移魔法を使えるか考えた。

 封書が駄目ならば、使えるものを探せばよい。だが、転移魔法ほどのものが扱えるならば、召し抱えられている者が殆どだろう。それこそこの王城に。

 そのとき、ルベリアの眼に赤いローブを被った一団が映った。


「――あの!」


 反射的に、ルベリアは思うより早く声に出していた。

 ローブを被った一団は、その声に不意を突かれたように立ち止まる。

 ルベリアは足早に近づくと、唐突に問いかけた。


「この中に転移魔法を使える人はいる?」


 彼女の問いに、一団はローブの下で互いに顔を見合わせるが、何も答えずに通り過ぎて行った。

 まるでルベリアを避けるかのようなフードの所為で、視線すら合わない。


「……なによ。魔術師意外とは口も利かないってわけ」


 ルベリアは憤慨して、踵を返した。

 向かう先は彼らと同じ。王城の隣にある宮廷魔術院である。




 ***




 城に隣接する魔術院には、今日も多くの魔術師が在籍している。彼らは出自こそ様々であれ、秀でた魔法使いであることに違いはなく、一律に爵位を与えられた貴族でもあった。それ故に、ルベリアも所属したことのある騎士団宿舎に比べると、豪華な調度品の数々が目に付く。

 ルベリアは腰に凪いだ剣がこの場において異質であることを知りながらも、外すことなく足を進めた。


「転移魔法を使える人を知らない?」


 ルベリアは通りがかるローブ姿の魔術師に、幾度となく問いかける。


「ねぇ、あなたは転移魔法を使える?」


 しかし皆一様に、首を傾げるだけで何も答えずに去っていく。

 そのうちルベリアは、己に好奇の視線が集まっていることに気づいた。

 彼らは彷徨うルベリアに声をかけることもなく、ただ一方的に見てくる。そんな周囲の姿に、彼女はまるで自分が見世物にでもなったかのような気分になった。

 しかしルベリアは深呼吸で己を落ち着かせると、美しい笑みを浮かべて辺りを見渡した。


「どなたか、転移魔法を使える方はいらっしゃらない?」


 しかし騎士たちには通じた笑みも、彼らの心を動かすことは無かったようで、互いに顔を見合わせると仕事に戻って行ってしまった。


「なによ!」


 ルベリアは悪態をつくと、更に足を進めていく。

 進みながらも、誰かと擦れ違う度に問いかけていたルベリアは、やがてアブラプトゥムに向かう前に一度立ち寄った封書の管理室に辿り着いた。


「ねぇ、転移魔法の封書が欲しいのだけれど」


 管理係はやってきたルベリアを見て、あからさまに落胆してみせた。

 前回の手続きの際に、彼女の家名を彼は知ったのだ。


「許可証は?」

「ないわ。けど……」

「許可がないと渡せませんよ」


 素気無く切って捨てられ、ルベリアは苛立ったが、辛抱強く話しかけた。


「ガードナー将軍に火急の事態なの。今すぐにでも向かわないと間に合わないのよ」

「それなら許可をもらってきてください」

「だから……!」

「決まりですから」


 そう言い放つと、管理係は小さな声で「しつこいなぁ」と、呟いた。

 ルベリアはあまりの態度に思わず息を吸い込む、腹の奥で火がついたように感じた。

 だがしかし、彼女が怒鳴り声をあげる前に、静かな声が呼び止めた。


「どうかなさったの?」


 ルベリアが振り返ると、濃い紅色のローブを羽織った同い年くらいの娘がいた。

 他の魔術師たちとは違ってフードを被っていないため、豊かな金髪が光に揺れている。


「オビチュアリ様!」


 管理係があからさまに嬉しそうな声を上げた。

 ルベリアの前では、彼女が初めて訪れたときしか出したことの無い声音だ。


「騎士の方がいらっしゃるなんて珍しいですわね。封書発行はなかったと思うのですが、いかがいたしましたの?」


 貴族らしい能面のような顔がルベリアの腰に差されたままの剣に向き、次いで胸元の階級を確かめると、最後に彼女の顔を見上げる。

 ルベリアは駄目元で声をかけた。


「あなた、転移魔法は使える? それか封書の許可を頂けないかしら」

「駄目ですよ、オビチュアリ様。こいつこんな顔してシェルグラスの者なんですから」


 管理係が隣から余計な口を出す。

 表情こそ変わらなかったが、真紅の魔術師は驚いたようだった。開かれた口が言葉を紡がずにまた閉じる。

 けれど、しばしの沈黙の後、魔術師はルベリアに問うた。


「理由をお聞きしても?」


 ルベリアは却下されなかったことに驚いた。

 管理係や他の貴族令嬢らと同じく、シェルグラスの名を聞けば態度を変えるとばかり思っていたため不意を突かれた形になり、彼女は慌てて打ち明ける。


「い、急ぎガードナー将軍に帰投していただければいけなくて……」

「まぁ、ガードナー将軍に?」

「今からだと転移魔法を使わないと間に合わないから……。それで封書が欲しくて……」


 慌てた所為で、しどろもどろになる口調に、ルベリアはますます慌てた。まるで疚しいことでもあるかのような話し方ではないだろうか。

 案の定、管理係が胡散臭そうな視線を隠しもせずに口を挟む。


「それなら宰相様か公爵様の許可が出るはずなんですよ」


 ルベリアは腹が立ったが、魔術師の青い瞳が見透かすような目で見てくるために、目線を逸らさぬよう必死に見つめ返した。

 一考を挟んで魔術師が視線を逸らすと、ルベリアはひどい疲れを感じた。


「将軍は聖都へと向かわれますわ。それをお止めになってまでご帰還いただく理由とはなんでしょう。伺っても?」

「それは言えないわ。けれどこの国の一大事なの」


 その問いは尤もだと思ったが、ルベリアは答えなかった。否、答えられなかったのだ。この魔術師が首の存在を知っているかどうかわからなかったが、ベイヤーと同じく在り得ないことだと切って捨てられるかもしれなかったからだ。

 ルベリアは礼儀に欠けるとわかっていたが、それ以上口を開かなかった。


 魔術師は感情の見えぬ顔のまま沈黙する。

 代わりに管理係が、「何が一大事だよ。シェルグラスのくせに」と、ぼやいた。

 思わず叱咤しようと口を開いたルベリアを、静かな声が遮った。


「私が掛け合ってみましょう」


 ルベリアは怒りを飲み込んだ。驚愕に目を丸くして、魔術師を見つめる。

 それは管理係も同じだったようで、彼は驚いて腰を上げた。


「何を言っているんですか、オビチュアリ様! 相手はシェルグラスですよ!?」

「この方が嘘を言っているようには思えませんわ。きっと私には開かせられぬ深い事情がおありなのでしょう」


 ルベリアは、感激に身を震わせた。

 貴族らしさが鼻につくと思っていたが、よく見ればルベリアほどではないが整った顔立ちをしている。

 魔術師は尚も言い募る管理係を説き伏せると、ルベリアに向き直った。


「わたくし、オビチュアリ・アンホールドと申します。よろしければ私がご案内いたしますわ」


 無表情のままローブを持ち上げ優雅にカーテシーをした魔術師に、ルベリアは苦く思いながらも、それを気取られぬよう微笑んだ。


「ルベリア・シェルグラスよ。お願いできるかしら」

「どうぞ付いていらしてくださいな」



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