不死者を連れた傭兵 1
エイコンにある冒険者ギルドでは、ひとつの受付に注目が集まっていた。
受付台の向こう側に居る嬢は、些か狼狽えているが、常とあまり変わらぬ様子。ならば、その向かいに居る者たちが原因と考えるのが道理と云うもの。このギルドにやって来るのは、城下町のギルドにて依頼が出せるくらいの高貴で裕福な身形の者か、或いはその身ひとつで数々の依頼を熟して来た有能な傭兵または冒険者が殆どである。稀に、叶わぬ夢を抱いて訊ねる者も居なくはないが、現実を目の当たりにして帰って行くのが常だった。
が、今この時、受付の前に立っているのは、正に後者と言い表すべき風貌の青年であった。荒事とは無縁そうな整った顔立ちに、防御力などまるで無さそうなマントが包む体は薄く、偶然側に居た頑丈な鎧に身を包んだ冒険者と並ぶと、一回りも小さいように感ぜられる。当然、大剣どころか短剣すら振るえそうにないが、かと言って魔術師の使う杖を持っていなければ、知性の伺える面持ちと云うものでもない。ならば依頼者かと思うところではあるが、青年の身を包むマントの下から覗く衣装は襤褸ではないが簡素なもので、貴族に見えなければ富豪にも見えない。
掴み所の無い姿の青年に、ギルドに居合わせた屈強な男たちから不躾な視線を向けられるが、青年は怯む素振りも無く平然としている。――それは、一攫千金を夢見た若者が勇んで立ち入ったときの姿とも異なっていた。
愈々青年が何者なのかわからなくなったギルドに居た者たちは、声を潜めて囁き合う。
「見ない顔だが、知ってるヤツはいるか」
「どう見ても傭兵じゃなさそうだが、冒険者の方にあんなヤツ居たか?」
「いやいや。どう見ても依頼する方だろう」
さざ波のように広がる騒めきに気が付いていない訳でも無かろうに、青年は余裕そうな笑みを崩さぬまま其処に居る。ギルドの男たちが、好奇心と冷やかし半分で注目する中、青年は受付嬢と何やら言葉を交わしては、嬢を狼狽えさせていた。
その様子が、口説いているように見えたのだろう。男たちの中から、怒りを浮かべて立ち上がる者がいた。その顔を見て、あの嬢に懸想している男だと気付く者も中には居たが、面白くなりそうだと口を噤んで見送った。
すると、その時である。ギルドの扉が、新たな人物によって勢い良く開け放たれた。
ギルド中の視線が、音の主へと向けられる。そうして、僅かな間、彼らの興味の対象が青年からそちらに向いたと思うと、そのまま縫い留められる事となった。
扉を開けたのは、苛烈な印象を受ける女であった。少し薹が立っており、並の男と同じくらいの背丈がある。膝下までのマントを羽織っているが、歩く度に前が開け、隙間から殆ど何も着ていない美しい体が覗いていた。マントの襟から豊かな赤い髪が零れ落ち、女が歩くに連れて宙を舞う。
その後に、とんがり帽子を被ったローブ姿の魔女が続いた。菫色の細く長い三つ編みが、黒衣の間で振り子のように揺れている。と、思うと、次に入って来たのはローブを深く被って顔を隠した人物だ。目敏いものならば、フードの下から覗く鼻先が、深い毛に覆われ、人とは思えぬ形に伸びているのに気付いただろう。そうして、それから、一番最後に足を踏み入れた人物に、皆揃って息を呑んだ。
「不死者が出たっていう噂を聞いたもんで、態々来たんスよ」
シンと静まり返ったギルドの中で、掴み所の無い若い男の声が愉快気に響いた。が、誰もその声の主がいる方を振り返らない。――否、振り返れなかった。
「ほら、見てもらえればわかるように、ウチはそれが専門なんで」
薄ら笑いと共に紡がれた言葉に、反論の声は上がらない。それは優しさなどではなく、真実眼の前に表されていたからだ。
『不死者』。それは死者の体に何らかの理由で魔力が宿り生まれた怪物を指す。彼らは常に飢えており、生きているものを見ると、命の力を求めて見境無しに襲い掛かって来ると言われている。既に死んでいる為に、殆どの攻撃魔法が効かず、生まれが邪悪であるが故か、聖なる力を持つ光魔法でのみ退ける事が出来る。又、光を忌避する傾向にあると云う。――目の前に現れたソレは、正しく不死者と呼ぶに相応しい風貌であった。
ソレは、幽鬼のように体を左右に揺らしながら、覚束ない足取りで、ギルドの中へと足を踏み入れた。背筋は曲がり、腕は体の前側へ力無くぶら下がっており、それらを繋ぐ薄汚れた漆黒のローブは、地面を擦り続けたのだろう裾の辺りが襤褸布の様になってしまっている。そうして、何より、その体には首が無かった。――首が無いのに、歩いている。
その習性と撃退法の少なさから、冒険者たちから最も恐れられていると言っても過言ではない存在が、急に目の前に現れたものだから、皆一様に息を殺して、己が生者だと悟られぬようにするので精一杯だった。が、恐怖は時に人を可笑しくする。
「ヒッ!」
「しっ。静かにしろっ」
恐怖のあまり立ち上がりそうになった誰かを、傍に座っていた者が圧し止めた。すると、不死者は皆の視線の先でピタリと足を止める。まるで、二人のやり取りが、耳の無い状態でも聞こえたかのようで、誰もがその不気味さに息を呑む。
「聖女が偽物だったから、それに使った首が残ってる状態なんスよね。俺らがパパっと解決しちゃいますよ」
その声が聞こえるや否や、其処に居た誰もが、空気が軽くなる錯覚を覚えた。見ると、受付前に居る青年が、台に肘を付き、乗り上げるようにして嬢に話し掛けている。
「お城の方からどうにかしろって依頼来てないッスか。お安くしときますよー」
「そ、そんな依頼は来ていません」
気丈にも受付嬢はそう答えたが、青年の後ろに迫る不死者が気になって仕方が無いようで、チラチラと視線を彼の背後へと向けている。それに気付かぬ愚鈍ではなかろうに、青年は彼女の視線を遮るよう一層身を乗り出して言った。
「お城じゃないならオウサマとかッスかね。まぁ、そこはどうでもいいんで首だけ欲しいッス」
「ですから、そう言った依頼は来ていません!」
「えぇ~。折角来たのに~」
青年が、気の抜けるような情けない声で言うものだから、その場に居る者たちの体からも、自然と力が抜けた。すると、自然と元の騒めきも戻って来る。しかし、不死者はもう彼らの前で足を止めず、仲間と共に青年の傍へ寄ると、何事も無く機能を停止した。
受付嬢は、いつしか恐怖も遠慮も忘れ、彼らに向かって「もう帰ってください!」と、声を張り上げる。
「首については王城からは一切依頼は来ておりません。お引き取りください!」
「じゃあギルドの方から王城に聞いてみてくださいよ。もしかしたらギルドの方で処分出来ないと思われているのかもしれないじゃないッスか」
「そんなこと出来る訳ないでしょ!」
受付嬢は甲高い声で一蹴した。怒髪冠を衝くとは正に今の彼女の事を表すと言っても過言ではない。常に気怠げに伏せられていた瞳は吊り上がり、紅で縁取られた小さな唇が、色気ではなく暴言を放っている。――彼女は、数分前の自分に対しても憤っていた。この仕事に就いていては出会う事の無いであろう、筋肉の塊でなければ不潔でもない、線が細くて小綺麗な顔の男を、僅かな間であろうと好意的に思ってしまった事実が許せなかったのだ。
「もうこの際タダでいいッスから。ね?」
それでは最早、依頼でも何でもないと受付嬢は思ったが、態々指摘してやる優しさはとうの昔に手放していた。それに何より、首への執着具合から鑑みて、この青年は死体愛好家か死霊魔術師の類に違いない。見目はそれなりに垢抜けているかもしれないが、好んで近付くような相手ではないのは言うまでも無いだろう。――と、受付嬢が思ったのを裏付けるかのように、青年は後ろに居た不死者の背に腕を回し、彼女の方へと無遠慮に近付けた。
「ほら、見てくださいよこの人。首だけ無いなんて可哀想でしょ?」
そう言う声と共に、生気の抜けた体が目の前へとやって来る。ふら付いた体は前へ押しやられた勢いで、お辞儀をするように無い首を垂れた。と、思うと、丁度彼女の目の前に、首の断面が曝される。
「ぎゃあ!」
受付嬢は直ぐに視線を逸らしたが、吐き気を堪え切れずに口を押えて蹲った。瞳に焼き付いた光景が、彼女の脳裏に勝手に浮かび上がる。――
血こそ滴り落ちることは無かったが、本来皮膚に覆われて見えるはずの無い肉そのものが、露になって覗いている。とうの昔に命を終えたと判るような、大凡新鮮と云う言葉に遠い色をして、中心には白黒二つの穴が並んでいるように見えた。だが、その一方は骨だろうと、彼女の頭の冷静な部分が分析してみせた。が、それに何の意味があるだろう。
「あ、ビビッちゃったッスか? ごめんねぇ」
男は悪びれた様子も無く、軽薄な笑みを浮かべて謝罪の言葉を口にしたが、受付嬢は気分の悪さが抜け切らずに、恨みがましく睨み付けるだけに終わった。
すると、
「おい、いい加減にしろよ」
唸るような低い声に、室内は再び水を打ったように静かになった。声の出所は、青年の傍に寄った三人の中の一人、――ローブを被った長身の人物である。
「依頼がねぇなら此処にはもう用はねぇだろ。さっさと出るぞ」
「せっかちッスねぇ」
窘められた青年は、ローブの男に向かってそう言うと、あっけなく身を引いた。今までのやり取りは、戯れだったと言わんばかりの態度である。受付嬢は苛立ちを再燃させ、彼らを屹と睨み付けた。――が、その眼差しは忽ち驚愕へと変わる。
怪訝に思った周囲は彼女の視線の先を追い、そうして、彼女と同様に、先に気付いていた者以外も、フードの下の顔に気が付いた。
「お、おい! こいつ獣人だぞ!」
その中の一人が、まるで汚物を前にしたが如く、咎めるような声を上げた。先程よりも嫌悪の色濃く滲んだ顔をして、慌ただしく距離を取ったと思うと、周囲の者たちも又、その嫌悪が伝染したかのように忽ち後退る。
フードの下で獣の顔が舌打ちしたが、青年は反って愉快そうに口を反らした。
「庇った相手に罵られてるじゃないッスか。カアイソ」
「うるせぇ」
唸るような獣の声も何のその、青年は肩を揺らして笑う。
「いやいや、これは笑いますよ。ワンちゃんまじドンマイッス」
「ワンちゃん言うな。ブッ殺すぞ」
「じゃあ子犬ちゃん? それとも犬ッコロがいいんスか?」
趣味が悪いと、せせら笑いを浮かべる青年に、周囲は奇妙なものを見る目を向けた。二人――厳密に言えば一人と一匹――は、内容こそ親しい相手に言うものではないが、気心が知れていると判る様子である。獣人とそのように会話する人間など、此処バース・エッカルドでは数百年の間、見れた例がないものだった。
しかし、周囲の驚愕などさて置いて、青年は軽薄な笑みを浮かべた儘、くるりと踵を返す。
「まぁ、なんでもいいッスけど。依頼ないんじゃもう用ねぇから帰りましょ」
音そのものに変わりは無いが、芯の辺りに氷のような冷たさのある声でこう言うと、青年は何の未練も感じさせぬ足取りで受付の前から離れた。その後姿は驚くほど無防備であるのに、誰一人として難癖どころか呼び声一つ上げられない。
不死者を連れた一団がギルドの戸を閉めて漸く、人々は肩の力を抜いた。そうして、不意に隣に居る者と目が合うと、お互いに全く同じ動作をしていた事に気が付いて、恥ずかしいような照れくさいような心持ちになった。
やがて、血気盛んな者が獣臭いなどと蔑んだ物言いをして場を盛り上げたが、それは同時に、幾人かに対し、不死者特有の腐敗臭がしない事を、改めて気付かせる事となった。と云うのも、死者の体は、年を重ねる毎に何とも不快な異臭を増すものだが、今し方訪れた不死者はとんと臭いがしなかったのだ。おそらく、あの青年は相当腕の良い死霊魔術師なのだろう。が、それは数多くの死体を扱って来たのと同義である。――その事に気が付いた者たちは、周囲との温度差に自ずと互いを見付け出し、再び愛想笑いを浮かべ合った。そんな相手とは関わり合いにならぬのが一番だ。くわばら。くわばら。
ひとりの少年が、そんな彼らの様子を、物陰から窺っていた事には気付かずに。……




