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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
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聖なる炎の儀 3


 爆発と同時に、大監獄アブラプトゥムの一角が崩れ落ちる。それは忽ち隣り合った別の塔へと伝番し、古びた廃墟は、空しい轟音を奏でながら、瞬く間に崩壊したのであった。

 崩れ落ちた壁の寸前、――今はもう静まり返って動かない瓦礫の前で、今し方、剣を納めた女はオルテガだった。背中を覆う豊かな赤髪を夜闇に靡かせながら、腰に佩いた剣の柄を一撫でするその体は、ぼんやりと淡く輝いている。彼女の傷ひとつない美しい肌が、月の光を反射していると云うだけの事ではない。その証拠に、オルテガが一つ、二つ、呼吸をすると、その光は幻が如く消え去った。……

 と、思うと、廃滅と幻影とが共存する静寂を切り裂く、賑やかな叫び声がする。


「うわぁー! 団長の体があるって言ったじゃないッスかぁ!」


 後ろから駆けて来たセリオンが、崩壊した瓦礫を前に膝を付いた。そうして、この男には珍しく、誰に聞かせる訳でも無い繰り言を言う。

 それがあまりに口喧しく、又、鬱陶しいので、オルテガは顔を顰めた。


「うるさいねぇ。騒ぐんじゃないよ」

「騒がずに居られるかってんだよ、クソババア!」


 セリオンは顔を上げるなり、口汚く罵った。


「アンタ馬鹿なのか! まだ首が無いって言ってんだろ! 脳ミソにも服着させとけボケ!」

「あんだって?」


 オルテガは青筋を浮き立たせ、売り言葉に買い言葉とばかりに、剣の柄を握った。が、セリオンは、それに目もくれず、これまた珍しい「バーカ! バーカ!」と云う至極単純な罵倒を幼子のように繰り返しながら、瓦礫の中へと駆けて行く。

 興を削がれたオルテガは、緩慢な動作で柄から手を離し。そうして、それから、一度たりとも振り返らずに瓦礫の向こうへ消えて行った青年に向かって、ぽつりと零した。


「……あの人がこのくらいで死ぬわけないだろ」


 最早彼に届くわけでもなかろうに、そう言って、無意識の中に唇を尖らせた彼女の姿は、セリオンと負けず劣らずの幼さであった。

 すると、その時、再び、彼女の背後から声がした。


「それには同意見だけど、首が無いんだよ。見えないじゃん」

「埋まっちまったんじゃねぇの」


 菫色の三つ編みを揺らすヴィーカと、狼と人とが混ざり合った獣人のガルムヘッグは、前者は呆れ、後者は厭味らしい笑みを浮かべながら、オルテガの元へとやって来る。


「あ」


 オルテガは、たった今その事実に気付いたと、眼も口も丸くして。それから、何度も瓦礫の山を振り返った。その様子に、二人は一層、浮かべていた感情を深いものとする。


「何にも見えないのに急に瓦礫が振ってきたら、流石の団長もびっくりするでしょ」

「あーあ。誰がやったって聞かれるんじゃねーかなぁ」

「わたしじゃないよ。オルテガが勝手にやった」

「俺も今回は別に煽ったりしてねぇぞ。オルテガが勝手にやった」


 合いの手もかくやと云う程、妙に小気味よく会話を続ける二人に、オルテガは、徐々に顔から血の気を引かせる。


「セリオンの野郎もきっと言うぜ。斬ったのはオルテガだって」


 ガルムヘッグが獣らしく歯を見せながら、惨たらしく笑うと、オルテガはその場で弾かれたように飛び上がった。が、それは何も彼の鋭い牙を恐れての事ではない。


「いやぁー! 団長ごめんねぇー!」


 生娘のような悲鳴を上げながら、オルテガは瓦礫に向かって走り出した。――マントの合わせ目が弾けて、薄く日に焼けた肌が露になる。その引き締まった四肢が見た目通りの健脚で、あっという間に瓦礫の向こうへと消えて行くと、その緋色の髪を追って、ヴィーカとガルムヘッグも又、瓦礫の中へと、足を踏み入れるのであった。




 ***




 大監獄の残骸の上、セリオンは、日の光を遮る必要も無い夜分に、額に当てた手で眼元に影を作りながら、辺りを見渡した。――至る所から黒煙が立ち込めると共に炎が燻る音がする。

 これも皆、あの考えなしの戦闘狂が、力に物を言わせて、一挙に破壊した所為だ。

 音速に並ぶ鋭い剣筋は、廃墟の石壁と擦れて火花を散らし、其処に降り積もった塵芥に引火する。崩れ落ちた瓦礫のおかげで空気の供給が立たれ、延焼こそ起こしていないが、火種は至る所にあるのだろう。――体を焼いてしまう前に、掘り起こさなければ。

 そう思うと、セリオンは大きく息を吸い込んで、吠えるように叫んだ。


「団長ォー!」


 腹の底から発せられた声が、狼煙の間の宙を駆け、瓦礫の山に虚しく響く。


「団長ー! 居たら返事して下さぁーい!」


 すると、その声に呼応するかのように、僅か数歩の瓦礫が爆発したように弾けた。

 驚き目を見張ったセリオンが、期待を込めてそちらを見ると、――何と言う事は無い。剣を抜いたオルテガが、無作為に瓦礫を砕いて、その下を覗いているのだ。


「団長、どこだい! 返事しとくれよぉ!」


 幾度と続く破壊音に姦しい女の声が混じって、聞くに堪えない五月蝿さだ。そうして、何よりも、それらの音の所為で、セリオンの求めている反応が掻き消されてしまうかもしれない事が問題だった。


「おいクソババア! うるせぇんだよ。静かにしろ!」

「アンタこそぼさっと突っ立ってないで、さっさと団長のこと見付けな!」

「元はと言えばテメェの所為だろうが!」


 常のフェミニスト然りとした態度は何処に消えたのか、セリオンは尚も罵詈雑言の限りを尽くしてオルテガのことを罵った。が、そうして二人は睨み合うと、直ぐに又、こんなことをしている場合では無いと思ったのだろう。


「「団長ォー!」」と、声を揃えて方々に叫んだ。


 すると、二人に追い付いたガルムヘッグが、呆れた様子で、こう言った。


「首が無いのにどうやって返事するんだよ」

「犬ッコロは黙ってな」

「うるせぇよ、駄犬。人間は指で叩くとか知恵を使っていろいろ出来るんだよ」


 仲の悪いオルテガだけでなく、セリオンにまで切って捨てられて、ガルムヘッグは衝撃のあまり硬直し、それから深く項垂れた。しょんぼりと垂れた耳と尻尾とが、彼のことを益々獣のように見せたが、それを指摘する者は居ない。


「生体信号がない」


 機械を持ったヴィーカが、犬男の隣に来てこう言うと、セリオンはふと我に返って、怪訝な顔をした。


「あれ? それって生きてる人間とかを探せるやつじゃなかったッスか」

「そうだけど」


 と、ヴィーカは何を解り切った事を聞くのだと云わんばかりの表情をした。

 セリオンはそれに全く同じ表情を返しながら、こう言う。


「いや、あの、団長って生きてるって言えるんスか?」

「あ、そっか」


 ヴィーカは僅かに頬を染めて、いそいそと機械を懐に仕舞った。そうして、何事もなかったかのように、――彼女と云う人間にしては、珍しくも奇妙な程に快活とした声音で呼び掛けながら、そんなところに居るはずがないと判り切っているような小石や板切れをひっくり返して、その下を覗き込んでいる。

 セリオンはそんな彼女らを見やって、唖然とした。


「えっ。意外とみんなテンパってんスか? ポンコツすぎるでしょ」


 人間誰しも、自分より慌てている人を見ると、落ち着いてしまうものだ。セリオンは、冷静になった思考で瓦礫の山を見やった。――おそらく拘束されていたのは、大監獄でも最も辿り着き難い所――アブラプトゥムの中心、且つ地下深くだろう。ならば、崩壊から免れている可能性が高い。が、同時に、廃滅が地下まで及んでいた際には、掘り起こすのも一苦労である。


 そうして、セリオンが皆を呼び寄せて、地下への道を開こうとした、その時である。月が輝く空に、何処からともなく雲が流れて来た。それは丁度、彼らの真上で蜷局を巻いて、天から大地へと、一筋の渦となって伸びて来たのである。


「こりゃあ、もしかして…!」


 オルテガが空を見上げると、その夕日のような瞳に月光が反射して輝いた。が、それは彼女だけのことではなかった。ヴィーカも、ガルムヘッグも、そうしてセリオンの瞳さえもが、眩い光を前にしたかの如く輝いて見える。

 天から伸びる渦は、セリオンたちの居る場所から僅か瓦礫二山ほど離れた場所と結ばれようとしていた。――彼らは誰からともなく、その筋が辿り着く先へと駆け出す。その視線の先で、瓦礫の山が動いた様に見えた。


「団長!」


 そう叫んだのは、果たして誰だったのか。セリオンの視線の先で、瓦礫の一山が持ち上がったと思うと、四方に割れて、崩れ落ちる。


「――――……」


 首の無い体が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。

 駆け寄る足音が聞こえたかのように、体の正面がこちらを向いて、――腕に嵌ったままの枷と監獄とを繋ぐ鎖が、ガチンと強張った。首無しは怪訝そうに無い首を巡らせる。そうして、それを斬らんと剣の柄を握ったオルテガを余所に、セリオンは、合点がいった様子で頷く首の幻影を見た気がした。


「団長!」


 呼ぶが早いか、首無しが軽く両手を引くと、手枷は乾いた音を立て、あっけなく砕け散った。続けて、今度はおざなりに宙を蹴ったかと思うと、足枷が壊れ落ちる。――自由になった四肢で確りと地面を踏み締めた首無しの姿に、セリオンたちは駆け寄りながら、愈々歓声を上げた。

 その眼前で、首無しの頭部に天から降りて来た渦がぶつかる。それはそのまま丸く蜷局を巻き、ぐるぐると円を描く雲が、やがて人の頭部と同じ大きさになり、――と、思うと、直ぐにそれを越え、体と同じ大きさになったと思えば、更に肥大化して、月をも超える巨大な渦となる。


「いよいよだ……!」


 ヴィーカの口から、夢見がちな少女が紡ぐような期待と希望とに溢れた声が、無意識の内に紡がれた。が、今ばかりは誰もそれを揶揄うこと無く、――否、寧ろ彼ら一同皆同じ心境となりながら、己が王の復活を恍惚と見やる。


 黒き渦は、やがて再び収縮すると、人の頭部を模った。闇夜に浮かび上がる、影を煮詰めたかのような黒々とした輪郭が、月の光を受けてゆっくりと、或は瞬く間に、髪を、耳を、鼻を、唇を形作る。セリオンたちの心臓ははち切れんばかりに高鳴り、影も又、その場から早く立ち去りたそうに揺らめいて見えた。


 人の形を取った渦は、僅かに胎動し、そうして、それから、



――刹那の内に、霧散した。




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