表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
52/65

聖なる炎の儀 2


 王城前の広場に、処刑を観ようと云う人々が、続々と集まっていた。当然、神聖同盟の面々も、その中に紛れて、今か今かと計画実行の機会を伺っている。

 そうして、広場の周囲を固める騎士たちの中に、同志ヨアニスの姿もあった。彼は、騎士としての務めを果たす側、人波の中に見え隠れする同志たちと、気付かれぬよう目配せし合っていた。それは単に機を見る為で、彼の両手は期待と緊張とで軟く濡れていたのだが、何も知らない者たちからは、落ち着き払って頼もしく見えたのだろう。同僚たちは、彼に尊敬の眼差しを向け、傍を通った町娘は、恥じ入るように俯きながら、髪を撫でつつ足早に駆けて行った。

 その娘と擦れ違いになった、帽子を被った少年――ゼンタは、広場に集まった人々の顔を見上げながら、元より血気の引いた顔を一層青白くさせて、誰に言うでもなく呟いた。


「本当にやるつもりなんだ……」


 人々の間に見え隠れする見知った顔は、どれも奇妙なまでに凪いでおり、その所為で反って目立っているように思えたのは、彼らがこれから何を成そうとしているのか知っているからだろうか。ゼンタは悪い予感に身を震わせると、帽子の鍔を深く下ろした。

 逸る民衆の隙間を縫って、ゼンタが広場の脇にある小路へと足を踏み入れると、こちらに背を向けて座る傭兵と、それに向き合う少女の姿があった。言わずと知れたラーセンとスノーレの二人である。


「姉ちゃんはまだ居なかった」

「そうか。やっぱりギリギリまで出て来ないんだろうな」


 ゼンタが小声で告げると、ラーセンは然もありなんと頷いた。


「こりゃあ本当に、あいつら頼みになりそうだな」

「神聖同盟が反乱を起こした隙を突いて、姉ちゃんを連れて国を出る」


 自分に言い聞かせるように、確認も兼ねて口に出したゼンタの言葉を、ラーセンは事も無く「そうだ」と、肯定して見せた。ゼンタは、愈々以て、その時が近付いている事を、実感せざるを得なかった。じわりと汗の滲んだ拳を握り締め、唯一つの決心を胸に、強く頷き返す。

 と、その時、急に、ゼンタの背に、誰かの声が掛かった。


「おい。そこに居るのは……」


 ゼンタは勢いよく振り返った。捜索されていないとは云え、自分たちは脱獄犯である。もしや顔を覚えている者が居たのだろうか。そう思って、いざと云う時には反撃に出られるよう身を屈めたゼンタの表情は、忽ち警戒から驚きに転じた。


「やっぱりそうだ! ゼンタじゃねぇか!」

「ダラントさん」


 喜色を浮かべて近寄る男に対し、少年は気不味いと云わんばかりの表情をした。そうして、無意識の内に後退ろうとしたゼンタの足元で、靴底と石畳とが擦れる音がした。と、思うと、ダラントは、それに気付かぬ愚か者でもなかろうに、いっそ奇妙な程の満面の笑みを浮かべて、更に近付いた。


「急に居なくなっちまったから、どうしたもんかと思っていたんだよ」


 ダラントは呆気なくそう言うと、ゼンタの前に屈み込んだ。常は見上げたところにある男の顔が、今は視線を下げたところにある。見ると、その瞳が全く笑っていない事に気が付いた。


「で、こんなところで何してんだ?」


 黒々とした瞳に見詰められて、ゼンタは思わず、今度こそ本当に後退った。が、場所が場所だけに、後ろに下がったところで逃げられるものではない。それに何より、今のゼンタの背後にはラーセンとスノーレが居る。

 ゼンタは状況を打開すべく思考を巡らせた。と、思うと、そんな彼の肩に、ポンと気安く手が乗せられる。驚きに肩を跳ねさせたゼンタに見えたのは、常と変わらぬ笑みを浮かべたラーセンの姿であった。


「悪い悪い。俺が連れ出したんだ。この国の事はよくわからねぇから、教えて貰おうと思ってな。アンタらは忙しそうだったし、子どもだから良いかと思ってよ」

「なんだ、そうだったのか」


 ダラントは立ち上がりながら、表情を緩めてそう言った。本当に納得したのかどうか、ゼンタには判らなかったが、瞳の奥に確かに見えていたはずの暗い光が今はもう消えている。

 その時である。人々のざわめきが大きくなり、ゼンタたちは何事かと慌てて小路から顔を出した。見ると、王城から貴族たちが出て来たようだ。

ゼンタは、その中に、一際小さく華奢な女の姿がある事に、逸早く気が付いた。


「ティサ姉ちゃんだ!」


 小さく叫んだ少年の言葉に、大人たちは揃って、聖女と称された娘の姿を、その眼で捉えた。

彼らがティサの姿を見付けた理由は、ゼンタの抱く感情とは全く違っている。ダラントは革命の機を見る為に、ラーセンは逃亡の機を見る為に、――そう云う理性的な目的で以て、娘の姿を確認したのである。そうして、その側で、唯一人、興味が無い様子なのは、ラーセンに手を引かれたスノーレばかり。が、そんな彼女でさえも、皆が見やる方へと、虚ろな瞳を向けていた。……


 貴族たちが揃うと、それに遅れて、一際身形の良い男が現れた。周囲の貴族たちよりも幾らか年若く、威厳の滲む精悍な顔立ちをしている。――ゼンタは、集まった人々の歓声から、その人こそが此処バース・エッカルドの国王であると知れた。

 王が広場の中心に立つと、貴族たちの中から数人が歩み出て、何やら告げている様子。ゼンタはティサの居る位置を再度確認した。――貴族が並んで出来た半円の中央、王の真後ろとも言える位置に居る娘に、今はまだ人々の視線が集まっている。真新しい修道服に身を包んだティサは、貴族の中にあっても光り輝いているようであったが、混乱の中でも見失わないようにしなければと、ゼンタは拳を硬く握り締めた。


 やがて、王は顔を上げた。周囲に居た貴族が元の場所へと戻るのと、別の貴族が王の隣へとやって来るのとは、殆ど同時のことだった。


「これより聖なる炎の儀をはじめる」


 その貴族がこう宣言すると、人々は爆発的な歓声を上げた。一方で、ゼンタは、動物の尾っぽのような一つ結びの長髪が見えずとも、その男が諸悪の根源たるムスタファーであると直ぐに気が付いた。

 憎しみに掌へ爪を立てた少年の心を余所に、ムスタファーは言った。


「炎の使い手、名をティサ。前へ」


 差し出された手の元へと、ティサが足を踏み出した。その美しく可憐な姿に、集まった人々から感嘆の溜息が零れる。ゼンタはそれを誇らしく思う反面、彼女の身に起こる事を思うと、胸が痛かった。


「次に、首をここへ」


 ムスタファーがこう言うと、貴族たちは示し合わせたように左右に割れて、その向こうに二人の騎士が現れた。彼らは胴体ほどの大きさの鉄の箱を両手で抱えている。軽々とした足取りに、その重さが推し測れると云うものだ。

 ムスタファーとティサと、そして王とが居る広場の中心に鉄棺を置くと、騎士たちはそのまま脇に控えた。と、思うと、ムスタファーは王と共に貴族たちの前まで下がる。――広場の中心には、ティサと首の入った鉄の箱だけが残された。……


 次いで、貴族たちの中から、ティサに負けず劣らずの美しい女が歩み出る。他にも何人か出て来たようだが、ゼンタを含む誰も彼も皆、その女の事しか見えていなかったので、正確な所はわからない。

 彼女たちが箱に手を翳して何やら唱えると、箱の周りに光の渦が巻いた。人々はその幻想的な光景に驚きの声を上げ、一人が拍手喝采すると、皆がそうした。――すると、その時だった。鉄の箱に紋様が光で浮かび上がったと思うと、側面が勝手に外に向かって倒れ、中にある物が外気に曝されたのは。


「ヒッ!」


 恐怖に息を呑んだのは、一体誰だったのか。つい先程まで歓声に沸いていた人々は、今や誰一人として口を利かず、大型の獣から逃げる小動物のようにひっそりと息を潜め、己の存在が相手にバレてしまわぬよう身を竦めている。


「さぁ、ティサ。己の力を示すのだ」


 シンと静まり返った中で、こう命じたムスタファーは、見た目に似合わず豪胆なのか、或は唯の愚か者なのか、その答えは直ぐに判るだろう。そうして、彼と同じく愚かなのか、或は又勇敢なのか判らぬが、ティサは常と変わらぬ様子で、――否、寧ろその口元には、ゼンタにしか判らぬほどの微笑を浮かべて、首へと美しくしなやかな手をそっと伸ばしてみせたのだった。


「―― Irefic(イレフィク)-ulsusac(ウルスゥサク), siilbi(シィルビ), Imeykoyenisイメイコイェネス, 我らが神よ」


 ティサの淡く色付いた唇が、祈りの始まりにあるように、祝詞を紡いだ。

 すると、彼女を中心に魔力が沸き起こり、僅かな光を発する。


「〝聖なる炎(ウラー・マム・)(ェマソロク)ここに(・エノー・オマウ)〟」


 首の周りに火の渦が巻く。

 忽ち、広場に集まっていた人々の多くが、生まれて初めて魔術の炎が出現したのを見て、歓喜の雄たけびを上げた。ティサが一歩前に踏み出すと、炎は愈々勢いを増し、首を覆い尽くして燃え上がると、狂喜乱舞した人々の声は大きな波動のようになって、ゼンタの鼓膜を破らんばかりの強烈な一つの音へと変わっていった。――

 が、首と云う小さな対象物はあっという間に燃え尽きて、聖なる炎はあっけなく消えてしまった。後には、片手で掬える程の灰が残っているだけである。


「もう終わったのか?」


 集まった人々の中の誰か一人が思わずこう零すと、それに釣られるようにして、人々の胸に沸いた興奮が拭い去られて行く。貴族たちの中にも、無表情ながらに顔を見合わせるものが見受けられて、広場の雰囲気は、一転して、白けたものへと変わりはじめた。

 その時である。大きな雲が流れて来たのか、広場の端から、影が掛かり始めた。はじめは誰も気にも留めていなかったが、それが広場の半分を覆い、四分の三を覆い、やがて広場全体だけでなく王城までもが、影で覆い尽くされたので、誰からともなく空を見上げた。


「なんだ?」


 人々が怪訝な声を上げたその先で、まだ夜には遠いと云うのに、東の空から闇がやって来ていた。……




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ