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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
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シエルの実 6 END


 神聖同盟の隠れ家は、以前にも増して活気付いていた。その中心には、ジギスムントの姿と共に、イオ・ヨアニスとルベリア・シェルグラスが必ず在る。

 その中で、ゼンタは、忙しく動き回る同志たちを尻目に、独り、冷めた目をしながら一歩引いたところにいた。それは何も、未だ幼いが故に、彼らの見る夢の先を思い描けないからと云う訳ではない。――少年は賢くあったし、彼らの行おうとしている事を、真に理解していた。否、寧ろそうであるからこそ、少年は、ひっそりと息を潜めて離れた場所に腰かけながら、逸る大人たちが右へ左へと忙しなく動く様子を、じっと見詰めているのである。


「気が乗らないのか、ゼンタ」


 物陰に座り込んだゼンタに、一人の男から声が掛かった。振り返った先に居たのは、透き通るように輝く渦巻きの白髪をした幼い女子である。少女――白痴のスノーレは、小さな足を盛んに動かしてゼンタの元まで駆け寄ると、綺麗な服が汚れるのも知らぬ様子で、隣に腰を下ろした。勿論、先の声はスノーレのものではない。ゼンタはスノーレの声を聞いたことは無いが、これだけは確かである。では誰のものなのかと云うと、その答えは直ぐにわかった。スノーレの後ろから、彼女の保護者であるラーセンが現れたのである。

 而して、ラーセンは、スノーレの隣に座らなかった。彼はゼンタの前まで態々歩み寄ると、膝を曲げて中腰になり、人の好い顔をしながら、こう訊ねた。


「みんな嬉しそうなのに、お前は随分辛気臭い顔をしているじゃないか。どうかしたのか」

「だって……」


 ゼンタは口籠った。こうしている今も胸中に抱いている不安を、口に出したが最後、現実となって襲い来るのではないかと思って、言えるはずが無い。が、同時に、口を噤んだ己の事を唯一人案じてくれるラーセンに対し、黙った儘で居るのは不誠実なのではないかと、そのようにも思ったのである。

 ラーセンは決して先を促さなかったが、ゼンタは、己を案じる瞳を前に、とうとう、口を開いた。


「誰も口には出さないけど、皆が言うエッカルド一族からの脱却って云うのは、それはつまり、この国を治める王様の一族から、皆で一斉に離れるって事だよね」


 ゼンタの口は、言い淀んでいたのが嘘のように、至極すべらかな流れで以て言葉を紡いだ。――スノーレが地面に絵を描くために、指で砂を別ける音が、奇妙な程に良く聞こえる。が、ゼンタもラーセンも、少女の手元を見ていない。彼らは唯、相手の機微を見逃すまいと、互いの顔を見詰めているだけだ。



「それって――『反乱』って言うんじゃないの」



 ゼンタは問うた。が、答えが返って来るとは少しも思っていない。それ故、ラーセンが微塵も表情を動かさない――真意を隠す為の笑みを浮かべた儘で沈黙している――のを見たが、落胆も何もしない。と、同時に、少年は、沈黙こそが答えであると悟った。

 ラーセンは、ゼンタの表情から、悟った事がわかったのであろう。忽ち笑みを崩して、呆れたような、悲しいような表情をしながら、肩を落として、こう言った。


「流石にわかるか」

「わかるさ。子どもだからって、馬鹿にしないでよ」


 ゼンタは硬い声で、鋭く、そう返した。

 これにはラーセンも苦笑を浮かべるしかなく、二人の間は、再び静かになった。スノーレの指が砂を割く音だけが、この場を占める。――すると、ラーセンが徐に口を開いた。


「何を言ったところで、あの人達は止まらないよ」


 見上げると、丁度真上に来た太陽の所為で、彼がどんな表情をしているのかわからなかった。ゼンタが、眩しさを堪えて目を凝らすと、黒い塊の中で、白い歯が、半月の形をして、ぼんやりと浮かび上がって見える。


「だから今は、お姉さんを取り戻すチャンスだと思って我慢しろ。あの人達の動向を観察するんだ。そうして、タイミングを見計らって一緒に離脱しよう」


 逆光に慣れたゼンタの目が、黒々とした影から、眼を、鼻を、表情を見付け出し、漸く人の形を取り戻したラーセンであったが、その口から紡がれた言葉は、神聖同盟の同志であるとは思えないものであった。

 ゼンタは面食らうと同時に、聞き捨てならないと、思わず訊ね返した。


「どうして、何がチャンスなの?」

「シエルの実の話が一度表に出てしまえば、同盟が在っても無くても王家への反乱は免れない。貴族たちがどこまで王家に味方するかはわからないが、おそらく魔法の使えない騎士たちは従わないだろう。そうなれば、その先にあるのは魔法と武力の衝突だ」


 魔法が使える者たちは、シエルの実がどうであれ、国を守る為ならば致し方無いと納得するだろうと、ラーセンは言う。そうして又、魔法が使えない者たちは、己から不当に奪われていた魔力の返還を求めて止まないだろう、とも言った。


「聖なる炎は確かに凄いものだが、人間同士の戦いに於いては必ずしも必要って訳じゃない」

「どうして?」

「生きている人間に対しては唯の火魔法だからだよ」


 ラーセンは、何を今更と云った表情で答えた。


「ただの火魔法使いなら魔術院に大勢いる。だからお姉さんである必要はないんだ。聖女と云う身分だって、魔法が使えるという時点で民衆の意志を削ぐには足らない。ならばきっと警備も薄くなるだろう」


 聞いているうちに、ゼンタは、目前が急に明るくなったような気がした。その心持ちが、顔色に表れていたのだろう。向き合ったところにあるラーセンの顔が、ゼンタの浮かべる喜色を鏡のように反射して、無邪気らしい笑みへと変わっていく。


「戦争になれば、お姉さんが望んだ貴族らしい贅沢な暮らしなんてのも、当然出来なくなるだろう。それどころか、今の平民の暮らしより悪くなるかもしれない。この国に残る意味すら無くなるって訳だ」


 ラーセンはこう言ってから、不意に視線を逸らした。――その先には、スノーレがいる。つい先程まで盛んに砂を割いていた指は、今は膝の上に乗せられており、僅かに残った土が服を汚していた。少女の視線は空を向いてはいるが、虚ろな様子で、一体何を考えているのか、或は何も考えていないのか。

 地面に描かれた数々の芸術作品は、ゼンタのような素人には訳の分からないものばかりだが、ラーセンは大層微笑ましげな様子で暫しの間眺めていた。そうして、それから、


「傭兵にとっちゃあ戦争なんて最高の儲け時なんだけどよ、生憎コイツを連れて参加する訳にはいかねぇんだ。だからと云って、独りで置いて行くつもりもない。俺も機を見てこの国を出ようと思っているんだ。お前たちも一緒に来るか?」

「いいの?」


 ゼンタにとって、その提案は渡りに船だった。未だ幼いが故に、ゼンタはエイコン以外での生き方を知らない。食べ物の入手方法も、身の守り方も、何もかもが未知なるものである。傭兵であるラーセンが共に行ってくれると云うならば、これ程頼もしい事は無いだろう。


「もちろんだ。これからもよろしくな、ゼンタ」


 ラーセンは言いながら、快活とした笑みを浮かべて拳を突き出した。ゼンタもそれに倣って、右手を、握りながら持ち上げた。――コツンと拳が合わさって、二人は同時に笑い合った。




***




 ゼンタとラーセンが友情を深め合っている傍ら、此処にも一人、心中穏やかではない男が居た。貴族を真似た上物の上着に、冒険者のようなズボンとブーツを履いた、二十歳を過ぎたばかりと見えるその男は、何を隠そうヴェンツェルその人である。常に周囲を囲んでいた取り巻きたちの姿が、今は無く、彼は一人でエイコンの街を闊歩していた。

 元より人に好かれるような雰囲気を持ってはいないヴェンツェルだが、苛立ちを露に肩を怒らせ、眉間に皴を寄せながら歩いている今は、常より一層、周囲の人々から避けられている。が、態度を改めると云う考えは、彼の行動理念には存在しない。


「クソッ。なんであいつばっかり……」


 ヴェンツェルは舌打ちと共に、こう悪態を付いた。彼の脳裏に思い浮かんだのは、ジギスムントとヨアニスの親密な様子である。ここ最近、二人は何かとあると顔を寄せ合って、内緒話に勤しんだ。ヴェンツェルはそれが面白くなくて、理由を付けて二人の間に割って入ろうとしたが、とうとう、ジギスムントに暇を出されたが為に、こうして独り散歩などする羽目になった。

 が、そうして、頭を冷やすべく隠れ家を離れると、反って、暇になった頭が勝手に記憶を反芻して、不快な光景を思い出してしまう。ヴェンツェルは大きく舌打ちしながら、道に転がった小石を蹴飛ばした。――その石が、宙を飛んで、前を行く男の腰にぶつかった。男はぶつかった場所を手で摩りながら、怒りを露に勢い良く振り返ったが、相手がヴェンツェルと判ると、忽ち怯んだ様子で、小走りに人波の向こうへと消えて行った……。


 ヴェンツェルは憂さ晴らしの相手に逃げられて、再、舌打ちをした。が、その時である。視線の先にある教会の側に、高級そうな装飾の馬車が止まった。見ると、側面には紋章が描かれていたが、ヴェンツェルは貴族など誰も同じだと思っている所為で、何を示しているのかまでは分からなかった。が、馬車の中から、一人の貴族が降りて来たので、爵位か家名を表すものであろう。

 貴族は、人目を忍んだ様子で、足早に教会の中に入って行った。ヴェンツェルは馬車に控える騎士たちに見つからぬよう、自然な足取りでその前を通りながら、面にある看板を横目で見やった。


「ゼンタとかいう餓鬼が言っていた教会か」


 通り過ぎた先にある物陰に隠れながら、ヴェンツェルはこう呟いた。教会の前にある看板には『エイコン孤児院教会』の文字が刻まれており、つい最近、その名を聞いたばかりであった。――聖なる炎に選ばれた女が育った場所。

 ヴェンツェルは、口を反らした。先程までの機嫌の悪さは何処へ行ったのか。少年のように目を輝かせ、貴族が態々平民街まで訪れた理由を、どうにかして探れないものかと、周囲を見回した。そうして、二階にある小窓の鍵が開いたままになっている事に気が付いた。

若いながらの跳躍力で、ヴェンツェルはその窓枠を掴むと、懸垂して中を覗き込んだ。――物置のような小部屋である。人の気配はない。ヴェンツェルは慎重に窓を開け、其処から中へと身を躍らせた。耳を澄ませるが、人の話し声の一つもしないので、彼は部屋の扉を開け、教会の奥へと足を踏み出した。


 暫く行くと、階段下から、僅かながらに話し声が聞こえて来た。ヴェンツェルは足音をたてぬよう、ゆっくりと階段を降りながら、耳をそば立てる。


「それにしても、イェンシュテンも人が悪い」

「何を仰いますか。伯爵こそ、此度の一連の流れ、実に見事でございました」


 一拍置いて、二つの醜悪な笑い声が、ヴェンツェルの耳を打った。


「司教が苦渋の決断で奏上した聖なる炎が、まさか偽物とは流石の王も思うまい」


 ヴェンツェルは息を呑んだ。そうして、思わぬ言葉に衝撃を受けた体が硬直すると、彼の体が持つ能力の全てが耳に集中した。すると、耳殻が痛い程に音を拾う。


「何を仰いますか。他ならぬ貴方様が、宰相と共に聖なる炎を見たと仰ってくださったからこそ、他の貴族たちも反論できないのでございましょう。それに、ティサ自身も、自分が神に選ばれし聖女であると、すっかり信じ込んでいるそうではないですか」


 卑しくも穏やかな声がこう云うと、もう一方が、ひどく馬鹿にした様子で鼻で笑ったのが聞こえた。そうして、その声が言う。


「確かに顔は美しいが、あれは王妃には向かぬ。せがむので一度相手してやったが、その後はまるで己が貴族になったかのように振舞うので業腹よ」

「おや。なんとまぁ恐れ多い」


 言葉ではそう言うが、愉快そうな忍び笑いが聞こえる。

 ヴェンツェルは漸く硬直が解けた頃であったが、これ以上近付く勇気は湧いて来なかった。彼は唯、息を潜めて、ほの暗い密談が終わるのを願うばかりである。

 が、彼らの秘め事は、更に続いた。


「己が一番でなければ許せぬ性質なのだ。それ故、用済みになれば始末する」

「宰相もご存知で?」

「あれは王が死ねばそれで良いのだ。此度の一計もアレの策よ」


 ヴェンツェルは又しても息を呑んだ。その側で、穏やかな方が「見事なものですな」と、褒めそやす声が耳を通り過ぎて行く。


「邪魔な反乱分子に王殺しの罪を着せ、開いた王座には貴方様がおかけになる。流石はベイヤー宰相閣下。見事な筋書きですなぁ」


 聞こえるや否や、醜悪な笑い声が、低く、臓腑を揺さぶるが如く、ヴェンツェルの耳を打った。彼の体は再度硬直し、彼の頭には様々な事象が駆け巡り、理解の及んだ瞬間、彼は弾かれたように駈け出した。――


 その間の事は、よく覚えていない。ヴェンツェルが神聖同盟の隠れ家に駆け込んだ時、ジギスムントは、丁度手が空いている様子であった。側にヨアニスの姿は無い。が、安堵を覚えるより早く、ヴェンツェルはこう叫んだ。


「聞いてくれ! 宰相と貴族が、エイコンの司教と企んでやがった!」


 ジギスムントは、甥の尋常でない様子に、些か怪訝そうな顔をしていたのだが、ヴェンツェルの訴えを聞くや否や、耳障りだと言わんばかりに顔を顰めた。


「今はそれどころではない」と、ジギスムントは素気無く斬り捨てた。

「ハァ!? やべぇ話だろうが。今じゃなくて何時考えるんだよ!」


 ヴェンツェルは尚も言い募ったが、ジギスムントは耳を覆う仕草をして、彼の話を遮った。


「聞けよ!」

「それよりも、ヨアニスとは上手く連携出来そうか?」

「あんなヤツ信用できるか!」


 ヴェンツェルはそう吐き捨てた。

 すると、ジギスムントは険しい顔をして、暫くの間、睨むように彼の事を見詰めていた。が、やがて、深い溜息を付いたと思うと、何もかも諦めた様子で、踵を返してしまう。


「あ、おい、どこ行くんだよ! 俺の話を聞けよ!」


 ヴェンツェルが呼び止めるが、ジギスムントが振り返る事は、二度と無かった。




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