隠された真実 1
魔の親戚ラッシュで生き残れたら連休中にも更新します。
「へぇ、面白そうな話じゃない」
ダラントより、神聖同盟の活動目的を話して聞かされた女――ルベリア・シェルグラスは、この国の貴族であるにも関わらず、口を反らした。邪悪とも思えるその表情に、ゼンタは思わず一歩後退ったが、共に居る二人の男たちは、反って機嫌が良くなった様子。
ラーセンなどは、軽く口笛を吹きながら、こう言った。
「なんだ、アンタ結構話が分かるんだな」
「貴族の男どもが使えないのは本当の事だもの。何せ、この私をあんな薄汚い牢屋に入れてくれたのよ。信じられないわ!」
女は興が乗った様子で、高らかに言った。すると、ダラントもラーセンも、少し前であれば、彼女の高飛車な物言いに顔を顰めていたであろうに、今となっては、二人揃って愉快とばかりに笑い声を上げ、然り然りと彼女を誉め称した。
ゼンタの眼には、男たちの態度が一等奇妙に映った。が、彼は幼くあった為に、自分がそれを理解できないのは子どもであるからだと考えた。故に、ゼンタは違和感から目を逸らし、そうして又、話を逸らす事にした。
「あなたはどうして捕まっていたの?」
ゼンタがこう訊ねると、周囲は哄笑を止め、怪訝そうな顔をした。
「は? そんなこと聞いてどうするのよ」
「だって、その、僕たちはムスタファー伯爵の家に忍び込んだ所為なんだ」
「それが?」
と、女は素気無く問い返した。
突き放すような物言いに、少年の心は尻込みしたが、彼は普通の子どもでは無かったので、震える拳を握り締めながら、何とか続きを紡いで言った。
「だから一応、本当に悪い事をしちゃったからなんだけど、あなたは違うの」
「違うわ」と、ルベリアは即座に否定した。
「じゃあ、どうして牢屋に入れられたの?」
貴族なのに、と云う言葉は、寸前で押し止められた。なんだか、とても厭味らしく思えたのだ。ゼンタは頭の良い子であったので、厭味を言う人間が悪だと知っていた。
そうして、ゼンタは純粋な疑問だけを口にした事で、ルベリアは、何を思ったのか。彼女は、眼下にある少年の顔をじっと見詰めた後に、深く息を吐いて、
「いいわ、話してあげる」
と、言った。
彼女は、ゼンタのいる寝台の開いた場所へと、疲れた様子で腰かけながら、記憶を辿る様な僅かな沈黙の後、その美しい唇を開いた。
「私は、つい先日、エッカルド王より、ある重要な任務を受けたの」
「王様から!?」
ゼンタは思わず叫んだ。それに続いて、ダラントも、
「アンタ、そんなに偉い貴族だったのか」と、驚きの声を上げた。
話を遮られたにも拘らず、女は機嫌良さそうに目も口も弓なりに反らして、こう言った。
「良いから黙って聞きなさい。――その任務とは、ガードナー・スピンディルを大監獄アブラプトゥムへと連れて行って、彼の望む場所に案内する事だった」
「ガードナー・スピンディルって、あの大英雄のか!?」
冷静に話を聞いていた筈のラーセンが、途端に声を上げた。立ち上がらんばかりの勢いに、ゼンタは随分驚いて、ルベリアの「そんな良いものじゃないわ」と云う、落ち込んだ時の様な暗い声音の言葉を聞き逃してしまった。
「この際、隠していても無駄だから言うけれど、私は、大英雄を案内するという誉ある任を受けて、――それも、王より命じられたと知って、浮かれていたの。だから、あの男の真の目的に気が付かなかった」
「真の目的?」
と、自然と話を聞く側に居る三人の声が重なった。
声を潜めて答えを待つ彼らを前に、女は、勿体ぶって沈黙し、自然と反り上がろうとする口の端を堪えながら、その上に、無理やり悲痛な色を浮かべて、こう言った。
「スピンディルは、アブラプトゥムへと死体を見る為に足を運んだのよ」
「死体!?」
と、驚愕のあまり叫んだ三つの声が、又しても重なった。慌てて口を押えたラーセンの隣で、眠りの間より起こされそうになったスノーレが、憤っている。
幼女が、再び穏やかな夢の世界へと旅立つのを確認してから、男たちは視線を配り、その内、ラーセンが声を潜めて、歪な表情をした女に問い掛けた。
「どういう……、否、ここで聞くべきなのは、誰の死体か」
ルベリアは、何処か満足そうな視線を彼へと向けた。そうして、それから、又、彼女はこう言った。
「スピンディルは、ソレの事を、『ヒトかどうかさえもわからない。どうしようもないバケモノ』と言っていたわ。そして、彼の言った通り、私は其処で、恐ろしい化け物を見た」
言うや否や、ルベリアは、隠し切れていなかった喜色を、まるで始めから存在していなかったように、すっかりと消した、沈鬱な表情で黙り込んでしまった。
すると、彼女は何を見たのか、男たちには分かる筈も無い。故に、彼らは話の続きを待ったが、ルベリアは唯、憐れそうに俯くばかりで、口を開く様子が無い。ダラントとラーセンは、美しい女が憔悴している様子に、何故だか酷く躊躇っている。が、ゼンタにとっては、そうでもない。
「化け物って、あなたは何を見たの? 其処にあるのは、死体なんじゃなかったの?」
美貌を畏れぬ少年が、無粋に疑問を投げかけると、
「わからないわ」
ルベリアは言葉を遮った。
「わからないのよ。ソレが何なのか、なんて事は。私に分かったのは、唯、ソレは、今よりずっと昔に、アブラプトゥムへと首を削がれて封印され、死んだはずの者だったと云う事。それなのに、今も動いていたと云う事。確かに私の事を見て、笑ったと云う事だけなのよ」
「笑った?」
と、ラーセンが怪訝そうに尋ねた。
「そうよ、笑ったのよ! アレは、あの化け物は、私を見て笑ったの!」
悲鳴の様な叫び声で答えたルベリアの手は、震えていた。否、手だけでは無い。彼女は全身を恐怖に震わせ、顔から血の気を引かせていた。――誰も、彼女の言を否定できなかった。が、ルベリアは、何かに急かされる様にして、話を続けた。
「私は事態を重く見て、直ぐに王へと奏上しようとしたわ。けれど、その前に、宰相のベイヤーに阻まれてしまった。アイツは、この私を嘘つき呼ばわりしたの! 化け物が復活したなんて事は、ありえないと言って、私の証言は全部虚構だと言ったの。私は、もう諦めて、別の方法を考えたわ。つまり、どうすれば化け物を倒せるのか。そして、それを成し得るのは、大英雄の他には居ないと思った」
彼女は、殆ど狂乱に陥る寸前のところで、言葉を紡いでいる様に思えた。そうして、圧倒されている内に、ルベリアは話の先を口に出していた。
「だから私は、急いで最北の地へ飛んだわ。そして、スピンディルに必死に訴えた。お前には化け物を倒す力があるはずだと。英雄としての務めを果たすべきだと。けれど、名ばかりの大英雄は、自分にはもう関係の無い事だと言って、私の手を振り払ったの! この私の手を!」
話が進むにつれ語気は勢いを増し、最後は等々叫ぶ様に言い切った彼女は、肩で息を繰り返していた。が、そうして、息を整えると、彼女は静かに、こう言った。
「その後は、アンタたちでも知っているでしょう。あの男は、もうこの国には居ないわ。この世で一番神聖で、安全な所へ行った」
彼女の言を聞いたゼンタの脳裏に、イェンシュテン司教の教えが過った。――穢れたものは、それが何であろうと、髪の毛一本、小指の爪程の欠片でも、其処へ入る事は出来ない。聖なる竜が守り司る神聖なる都。
「聖都ドラコニカ……!」
ダラントとラーセンも、同じ事を思ったのだろう。ゴクリと唾を呑む音が、静かになった室内では、随分と良く聞こえた。
暫しの沈黙の後、ルベリアは言った。
「王城に勤める貴族たちは知っていたの。化け物は死んでいないって事を。ソレの首がエッカルド城の地底深くに埋まっている事も。だから、私は投獄されたの。それは、秘密を知ってしまったからよ。私はアンタたちと違って、本当は罪人じゃないのよ」
ルベリアはそう言って、ゼンタを一瞥した。が、少年は、やむを得ない事情があるのだと云う反論を忘れ、唯、息を呑むしかなかった。そうして、縋る様な心持で、隣に居るラーセンの事を窺うと、彼は難しい顔で考え込んだ儘、ゼンタの視線に築く素振りも無い。
それを怪訝に思うゼンタの耳に、別の声が届いた。
「ちょっと待てよ。首が、何処に在るだって?」
「エッカルド城の地下深くに、埋められていたのよ。ついこの間まではね」
ダラントの問いに、ルベリアは皮肉気に答え、ゼンタとラーセンの方へと視線を向けた。
そうして彼女は、空虚な笑いと共に、こう言った。
「アンタたちにはもう教えたわね。大監獄と王城に、体と首が別たれて封印されていると。そして、それは、他でもないアンタたちの手によって掘り出されてしまった」
ゼンタの脳裏に、土の中から現れた鉄の桶が過る。その中に在ったモノは、彼女の言うソレに他ならなかった。故に、否定しないでいると、ダラントは顔を恐怖に歪めた。
「う、うそだろ……」
「本当の話よ。エッカルドの貴族は皆、知っているわ」
狼狽えるダラントに向かって、ルベリアは静かに、切り捨てるように言った。
彼とは反対に、納得した様子なのは、傭兵であるラーセンだった。
「貴族は知っている、それはつまり、平民には隠されて来たということか」
ルベリアは頷いた。が、その反応に、一層混乱したのは、ダラントであった。彼は、殆ど責める様な口調で、こう言った。
「それなら、どうして城の地下に埋められるんだ! 城はこの国の創設から――……」
ダラントは、話の途中で、不自然に言葉を切った。ゼンタが怪訝に思って見上げると、彼は、目玉が零れ落ちそうな程に驚いて、自身の口を手で覆っていた。
「漸く理解できたのかしら」と、ルベリアは嘲るように言った。
「アンタの言う化け物とは、建国記に記されている“アレ”のことなのか……!?」
「ええ、そうよ」
ルベリアは簡素に答えたが、ダラントには、それで十分だったようで、彼は息を呑むと、悲痛な面持ちとなった。それは同時に、激しい怒りを胸の奥に押し止める様な、厳しいものであった。
何も分からぬ儘なのは、己だけなのだ。――ゼンタは、そう思うと、居ても立っても居られなくなって、室内に満ちた沈鬱な空気を敢えて読まずに、寧ろそれを切り裂いて、こう訊ねた。
「建国記って、何?」
まず反応したのは、この雰囲気を作り出したルベリアであった。
「流石平民ね」
彼女は蔑んで言ったが、ゼンタは、この女はそう云う人間なのだと既に知っていた為、特に反論もせず、誰かが己の問いに答えてくれるのを待った。
すると、彼女に次いでダラントが、深い息を吐いて脱力しながら、こう言った。
「そうか、お前はまだ知らないのか。なら、教えてやろう」
彼は僅かに強張った顔の儘、無理に口の端を持ち上げた歪な表情をして、話し始めた。




