表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
40/65

逃亡者 3


 時は、是より少しばかり遡る。ダラントはゼンタたちを宿に残し、独り、神聖同盟のアジトへと向かった。それは、貴族を名乗る女や宿の老人にも悟られぬよう慎重に、そうして又、当然、逃亡者を探す騎士たちの眼に留まらぬよう素早く行われた。

 貴族街と平民街の境にある、外見ばかりボロ屋のアジトには、都合良く、バーデンを含む幹部の何人かが揃っていた。――ダラントは、彼らに向かって叫ぶ様に、こう口に出した。


「ゼンタたちが無事に逃げ出してきました!」


 彼らは一様に驚いて、素早くダラントの背後に視線を向けた。が、釣られて後ろを振り返ったダラントには、枯れ木の点在する寂れた庭が見えるばかりで、彼らが何を気に掛けたのかは、わからなかった。

 再びダラントが前に向き直ると、彼らの内のひとりで、一番身形の良い男――バーデンが、珍しくも、その貴族らしい顔に険しい色を浮かべて、こう言った。


「連れて来てはいないのか」

「あ、はい。同志ではない連れが居たので、此処に連れて来て良いのか判断出来なくて」


 ダラントがそう言うと、バーデンは表情を消して、何度か頷いた。


「彼方側のスパイの可能性もあるからな。それは良い判断だ」

「ど、どういうことですか?」


 ダラントが慌てて問うと、バーテンらは、器用にも、表情をあまり変えない儘、怪訝そうな雰囲気を醸し出した。そうして、それから、再びバーデンが口を開いた。


「それに気付いたから連れて来なかったのかと思ったんだが、違うのか」

「どういう意味ですか。まさかゼンタがスパイだとでも? そんな事……!」


 ダラントが感情の儘に捲し立てるのを、バーデンは唯、冷静に、片手を上げるだけの、いっそ冷徹とも言える僅かな仕草で制した。

 急に勢いを削がれたダラントは、出口を失くした感情が臓腑の底に落ち着くまで、踏鞴でも踏んだかのように、その場で体を揺らす羽目になった。が、そうして又、落ち着かぬ様子のダラントに、バーデンは静かに言った。


「落ち着け、ダラント。私が言いたいのは、この場所を突き止めるために、何も知らない少年が利用されているのではないかと云う事だ」


 バーデンは言いながら、ダラントの表情を伺い、彼が怪訝な顔を止めないで居るのを見ると、溜息交じりに言葉を続けた。


「つまりだな、我ら神聖同盟を一網打尽にしたいと考える貴族の策略によって、ゼンタくんがわざと逃がされたのではないかと、私たちは其れを案じているのだよ」


 ダラントの顔から、漸く疑問の色が消え、次いで、見る見る内に血の気が引いた。と、思うと、彼は慌てて背後を振り返った。――其処には、数分前と違わぬ寂れた庭が広がっている。が、その向こうはどうだろう。街を警邏する騎士たちの眼に留まらぬよう気を使いはしたが、十分に警戒したと云えるかと聞かれると、確りと頷けぬものがある。今にも誰かが、自分たちを捕らえに現れるかもしれない。――そう思うと、ダラントの全身を悪寒が襲った。


「お、おれは、ただ、早く指示を仰がなくちゃと思って……」


 震え上がりながら言ったダラントに対し、バーデンの胸には、失望に近い怒りと嘲りが湧いていた。が、彼の表情は変わらぬ儘であった為、ダラントが気付く事は無かった。


「後を着けられていなければいいが……」

「それは! それは、大丈夫だと思います。でも、追われているのはアイツらだからと思って、確りとは……」


 弾かれた様に話し始めたダラントの声は、段々と勢いを失くし、最後まで紡がれる事無く宙に消えた。すると、誰も口を開かぬ故に、辺りは水を打った様に静まり返った。――と、思うと、バーデンが、深く重い、疲れた息を吐いた。それは、静まり返ったボロ屋の中では、殊更に良く響いた。


「す、すみません! ゼンタたちの他に、貴族だって言う変な女が一緒に逃げて来たもんで、どうしたものかと、俺はそればっかり気にしちまって!」


 あからさまに失望して見せたバーデンに、ダラントは慌てて頭を下げた。畏れ入った様子で身を竦め、言葉を紡ぐ姿は憐れである。

 が、そんなダラントに向かってバーデンが返したのは、叱咤でも赦免でも無かった。


「貴族の女だと? どうして、そんな者が同行する事になる」


 そう口にしたバーデンは、不意を突かれた顔をしていた。聡明な彼をしても、貴族が平民と共に逃亡する理由など思い付かなかったのだろう。

 ダラントは、渡りに船とばかりに、女について語った。


「貴族と云っても、自分でそう言っているだけです。顔は、まぁ、平民にしちゃ綺麗なもんですが、貴族と云うにはあまりにも感情豊かな奴でして。と云うより、常に威張り散らして怒っているような変な女なのです」

「名は聞いたのか」


 と、バーデンは直ぐに問うて来た。


「はい。自分から名乗っていました。ルベリア・シェルグラスと言うそうです」

「シェルグラスだと……!?」


 バーデンを含む幹部たち全員が、畏怖の如く息を呑んだので、ダラントは面食らった。


「ど、どうしたんですか。あの女が何か?」


 ダラントは訊ねたが、彼らは驚愕の表情の儘、口を噤んでしまった。が、そうして暫く、誰も口を開かないでいると、その背後から、教育者の様な格好をした老人が、異変に気付いて、やって来た。


「お前たち、其処で何をしておる」


 威厳のある声がボロ屋に響いたと思うと、その場に居た者たちは皆、石化の魔法から解かれたかの様に、ぎこちなく振り返り、「ジギスムント様」と、口々に彼の名を呼んだ。


「話し合いならば中でするが良かろう」

「いえ、それが……」


 と、幹部の一人が口籠る。

 彼らは顔を見合わせ、視線だけで何事かを言い交わすと、その内から、バーデンが一歩踏み出した。その表情は、常の彼を知る者であれば皆、幾らか硬く感じただろう。


「ジギスムント様、シェルグラス家の娘がゼンタくんと共に平民街に居るそうです」

「なに?」


 ジギスムントは短く問い返した。その様子は、彼が、先程のバーデンらと同じく、その名に興味を掻き立てられたと言うには十分な反応であった。この場にいる者の中で、唯一人、ダラントだけが、その理由が分からない。

 困惑する男を一人残し、話は進む。バーデンは、ジギスムントの疑問にこう答えた。


「貴族であるなら感情は隠すもの。それにも拘らず、その者は居丈高に振舞っているそうです。名もルベリアと。それから、主観ではありますが、顔も悪くないと、ダラントが」


 バーデンの視線が向くに釣られ、その場にあるすべての視線がダラントに集まった。彼は、何も分からぬ儘、唯、促された事に対し、言葉を紡いだ。


「そ、そうです。顔は、ええと、性格は最悪でしたが、この辺りではまず見たことの無い美人でした。髪や肌も、平民にしては綺麗すぎるってもんです。その点だけ見れば、あの女が貴族だって言われても頷けます」

「その女は、ルベリア・シェルグラスと名乗ったんだな」

「はい。そうです」


 と、ダラントは直ぐに頷いた。そうして、それから、彼は訊ねずには居られずに、こう口に出していた。


「……あの女、本当に貴族なんですか?」


 その声は、信じたくないという気持ちと、信じられないと云う、同じようでいて全く似ていない気持ちから紡がれた所為で、酷く不安定であった。そうして又、不満気でもあった。


「我々が秘密裏に掴んだ貴族の――シェルグラス家息女の情報と合致する」


 ジギスムントが静かに答える声に、反論は上がらなかった。


「だが、そう結論するのは早計だ。先程も言った様に、罠の可能性もある」


 バーデンが、重苦しい空気を払拭する様に言った。彼は、先程までの動揺をすっかり消して、常と同じく、貴族の面影を残す冷静沈着な男に戻っていた。


「罠ですか」


 と、ダラントは真意を掴めず、言葉を繰り返した。


「我々がシェルグラス嬢の情報を掴んだと知られたか、或は、彼女の様な貴族が居るはず無いと油断するのを狙ったか。その判断は付かないが、どちらにせよ……」

「見極めねばなるまい」


 バーデンの言葉を遮るようにして、ジギスムントが先を言った。

 離れていた皆の視線が、再び老人へと集まると、彼は緩慢な動作で幾つか頷いた。


「“歪んだ土地”の娘。本当に投獄されていたならば、ゼンタ同様使えるな」


 ダラントには、どうして使える(・・・)のか分からなかったが、その場に居る誰からも疑問や反論の声は上がらなかった。それ故に、ダラントは、何もかも分かっているような顔をして、口を噤んでいた。

 すると、そんな彼に向かって、ジギスムントはこう命じた。


「ダラント、ゼンタたちを此処に連れて来なさい」

「ええっ。で、でも、罠かもしれないって言っていたじゃないですか。連れてきたら不味いでしょう?」


 思わず反論すると、ジギスムントは、――バーデンを含む幹部たちは、皆、同じ顔で笑った。

 一言で云えば、異様であった。常の彼らは、貴族とも思える高潔さで、顔に浮かべる感情は決して多くは無い。故に、今の彼らは、貴族らしさとは正反対であり、それから遠いものと思えるはずだった。が、その眼を見ると、どうにも貴族らしいと思わずにはいられなかった。そうして、それから、ダラントは又、真意が分からぬ儘、釣られる様にして、引き攣った笑みを返したのであった。


「罠であろうと、女一人ならどうにでもなる。ダラント、注意深く連れて来なさい」


 命じた声は、冷静で居て、穏やかなものであった。表情も又、慈しみすら感じられるような、口の端を小さく反らしただけのものであった。――が、丁度この時、ダラントは、背筋を寒い風が撫でた様な気がして、その身を震わせたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ