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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
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大監獄アブラプトゥム 3


「きゃぁあああああああ!!」


 静寂を切り裂くような悲鳴は、地上で待つ騎士たちの元まで届いた。

 石畳に反響し、ガードナーも思わず顔を顰める。

 ルベリアは慌ててガードナーの元まで走り寄ると、彼の丸太のような腕を掴んだ。


「……おい」

「な、なにか、なにかが居ました!」


 自分は今、何かおぞましいものを見た。

 ルベリアは恐慌状態でガードナーにしがみ付いた。この命綱を離してなるものかと、きつく纏わりつく。

 ガードナーが立ち止まり振り返っても、牢の中には死体があるだけだった。


「本当に何かいたのか? どうしてそう思った」

「目が、目が合ったのです! 何か小さいものがいて!!」

「小さいとは? どのくらいだった?」


 恐怖に狼狽えるルベリアを宥め賺しながら、ガードナーは冷や汗を流し始めていた。

 最悪の予感が頭を過る。


「まさかヤツの首がここにあるというのか……?」

「首!」


 ルベリアは叫んだ。


「そうです首です! あの首が私を見て……!」


 彼女が言い終わる前に、ガードナーは腕を振りほどき、再び牢屋に向かっていた。


「まさかそんなはずは……」


 ガードナーの顔には焦りが浮かんでいる。

 再び牢の前に立ったガードナーの眼には、やはり首の無い死体がひとつ。

 床に座ったままの死体に合わせて、ガードナーもしゃがみ込んだが、やはり首から上はどこにも無かった。


「そうだ。そんなはずはない。でなければ体がこの状態で残っているはずがない」


 安堵の息を吐き、立ち上がろうとしたその時。


「それは間違いだ」


 ガードナーのものではない男の声が、冷えた牢獄に響いた。

 慌ててルベリアを確認したガードナーは、自分が腕を振りほどいたままの状態で座り込んでいる女の姿を目にすると辺りを見渡す。


「どこにいる!」


 ガードナーは激高して吠えた。

 視界の隅で女が身を竦めたが、そんなことはどうでもよかった。


「どこだ!! この化け物め!!」

「だからここだよ」


 ガードナーの足に、何か重いものが感触がした。

 恐る恐る視線を下げると、黒い塊が足のすぐ横に転がっている。


「きゃぁああああ!!」

「静かにしろ!」


 ルベリアの悲鳴に我に返ると、ガードナーは足を振り上げた。

 ブーツ越しに鈍い感覚を味わうと共に、首が暗闇の中へと飛んで行く。広くない牢獄では距離は伸びず、壁にぶつかる音がした後、すぐにゴロゴロと転がりながら戻ってきた。


「ひどい男だな。蹴とばすなん……」


 ガードナーが剣が振り下ろすと、少ない水音と共に、首はあっけなく切り裂かれた。

 振り下ろした態勢のまま、ガードナーは恐怖で弾んだ息を整える。


「い、いまのは何なのですか?」


 ルベリアが光を持って近付いてきた。

 ガードナーの結晶石は、剣を抜いた拍子に床に投げ捨ててしまったらしく、石畳の上で粉々になっていた。


「言っただろう。化け物だと」

「あ、あなたはわかっていたのですか!? あれが、あんなものがいると!」


 ガードナーは答えなかったが、ルベリアには必要なかった。


 彼女は考える。どうして己がこの任務に就けたのか。

 なんということはない。誰もやりたがらなかっただけなのだ。大英雄相手に廃墟を案内するだけの簡単な仕事。得られるのは強靭なコネクション。それと引き換えにしても強力な不死者との対峙は誰もが避けたい。

 そうとも知らず、名誉ある仕事を奪い取ったと勇んでいたルベリアのことを見て、あの男どもはどう思っただろうか。考えれば考えるほど、ルベリアの心に憎悪の念が湧き上がる。


 ガードナーの足元では首がすでに砂と化していた。

 不死者は死ぬと、そのほとんどが砂へと変わる。思えば、地下へと続く扉が隠れていたのはその所為だったのだ。でなければ扉が隠れるほどの砂があの場所だけに現れるはずがない。


「ひとつ、勘違いをしているようだ」


 その声が聞こえるや否や、ガードナーは再び剣を振るった。

 刃が石畳にぶつかる音と共に、生まれたばかりの生首が砂へと変わる。

 ルベリアは悲鳴をあげそうになる己の口を手で閉じた。


「この忌々しい化け物めが!」


 彼女の視線の先で、英雄は狂ったように幾度となく剣を振るった。

 ルベリアはその恐ろしい光景からいつしか目が離せなくなっていた。否。目を離した途端に英雄が敗れ、ソレの標的が彼女に変わるのではないかと、そんな不安が消えないのだ。


 もしそんなことが起こったならば、今度は彼女がソレを斬り捨てなければいけない。

 ルベリアは腰に凪いだ剣の柄をそっと撫ぜた。


「くそッ……くそッ……くそぉ……ッ!」


 ガードナーが疲れか絶望にか、ついに剣を振り下ろしたまま動けないでいると、ソレは転がるのを辞めて、その顔を老いた英雄へと向けた。

 息を荒げた英雄を見上げて、首だけのソレが笑う。


「随分老いたな」


 久しく会わなかった友人にでも話しかけているかのように、ソレは言った。


「あれからどれくらい経った?」


 ガードナーが力を振り絞って剣を薙ぐと、首は静かに砂に変わる。

 しかしまた新しい首がころころと転がってきた。


「無駄なことは止せ」

「それはお前の方だ!」


 首は砂になり、また新たな首がやってくる。


「お前も知っているだろう? 俺の首はここにはない」


 目の前の英雄とソレに目を向けながら、妙なことを言うとルベリアは思った。

 首とは、今転がっているソレではないのだろうか。

 しかしその疑問はルベリアだけが抱いたものだったらしく、ガードナーは言う。


「そうだ。そのはずだ!」


 ガードナーは無様に叫んだ。


「お前の首は斬り落とされ、エッカルドの地下深くに埋められたはず。それが……なぜ……」


 英雄は急に勢いを失くし、まるでこの世の終わりを目にしたかのような表情で呻いた。


なぜ(・・)?」


 ガードナーの疑問を繰り返し、ソレはまた笑った。


「それはまた妙なことを聞く」


 わかっているだろう、と首は言う。


「俺を不死身にしたのはお前たちだ」

「だから首を埋めたんだ!」

「そう。だから今も暗く重い闇の中にいる」


 ルベリアは思わず息を呑んだ。

 ソレがはじめから笑っていなかったことに気付いてしまったのだ。首の左頬から口にかけて微笑んでいるように見えたそれは、乱雑に縫い合わされた傷口である。

 そして今、その傷からヘドロのような濃密な闇が溢れ出していた。


「今日はただの挨拶だ」


 ソレは顔の下に闇を溢れさせながら言った。


「英雄殿が態々この体に会いに来てくれたようだったからな」


 平衡感覚を失った首が、溺れるように闇へと沈んでいく。

 顔の半分ほどを闇に沈ませながら、ソレは死体のように白く濁った瞳をガードナーに向けた。

 そして、微笑むかのように瞳を弧の形にしならせる。



「また会おう」



 ガードナーとは真逆の言葉を吐いて、首は闇へと沈んでいった。

 後に残ったのは点在する砂の山。それが、先ほどまでの悪夢が現実であると告げていた。


 ルベリアの全身から汗が吹き出し、石畳の上に膝を折り、座り込む。その冷たさに生を実感する自分がいた。手にした結晶石に光が燈っていることを確認すると、安堵の息が零れる。

 今の彼女にとって、その光だけが頼りだった。




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