表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
35/65

地下牢にて 5 END


「……――タ!」


 意識の向こうで、声が聞こえた気がした。


「……――ゼンタ!」


 心地よい温もりの向こうで、覚えのある声が、名前を呼んでいる。そんな気がしたが、ゼンタはまだ目覚めたくなくて、温もりに擦り寄ると、ごわついた生地が頬を撫でる感触がした。それが不快で、眉を顰めると、また、名前を呼ばれた。


「おい、ゼンタ! 起きろ! 姉ちゃんを助けに行くんだろうが!」


 水面から顔を出す様に、意識が覚醒した。――目の前は、朧げな灰色の世界が広がっていて、鼻を突く臭気に腕を払うと、視界が晴れて、薄暗い地下牢の景色が視界に広がった。いつの間にか、眠ってしまったらしい。


「ゼンタ!」


 驚き振り返ると、ラーセンが、天井付近の小窓から覗き込んでいた。


「ラーセンさん! 無事だったの!?」

「隙を見て逃げ出してきたんだよ。スノーレも無事だ」

「よかった!」


 ゼンタは心から安堵の声を漏らした。ラーセンにも、それがわかったのだろう。彼は、もう一度微笑むと、


「今出してやるから少し離れてろ」と、言って、窓から離れた。


 ラーセンの顔が離れると、小窓から差し込む光が増えて、牢屋の中が、少しだけ明るくなった。が、まだ夜は明けていない様子なので、ゼンタが眠っていたのは、そう長い間では無いことがわかった。

 ゼンタの前で、ラーセンは、窓に嵌められた鉄格子に向かって、短剣を叩きつけた。鼓膜を穿つ高音が辺りに響き、ゼンタは、見張りに気付かれやしないかと、思わず肩を竦めた。


「よし。このくらいでいけるだろう。――ダラント、手伝ってくれ」

「おう」


 外で、そんな会話が聞こえたかと思うと、今しがた剣で叩いた鉄格子に、縄を括りつけて、四本の手(・・・・)が伸びて来た。男二人が、縄を引っ張ると、暫くして、鉄格子は叩いた部分からボキリと折れて、その部分だけ隙間が広くなった。


「ゼンタ、ここから通れそうか」

「大丈夫だと思う!」


 答えるや否や、広くなった場所から縄が降りてきて、ゼンタは、それを自分の胴に巻き付けようとした。そのとき、


「ちょっと待ちなさいよ! 何をしているの!」


 何時の間にか、向かいの牢屋の女が、目を覚まして、こちらを見ていた。


「アンタだけ逃げようっての!? 狡いじゃない! 私のことも助けなさいよ!」

「静かにしろ!」と、ラーセンは、器用にも声を潜めて怒鳴った。


 ゼンタは、女の声が見張りに聞こえたのではないかと、地下牢の蓋を見たが、幸運なことに気付かれなかったようで、上からは物音一つしなかった。


「助けないって言うなら悲鳴を上げるわよ!」

「おいラーセン! なんだあの女は!?」

「イカレ女だよ。拙いな、いくら眠らせているとは言え、流石に気付かれちまう」


 女の叫びに、男たちは焦りを滲ませていた。ゼンタは、女を黙らせる術は無いかと考えを巡らせたが、何も思い浮かばなかった。――出会ってからこれまでの、短い記憶の内でさえ、彼が何かを言って、女が声を荒げなかった事は、一度も無かった。

 ラーセンも、その事実に思い至った様子で、表情こそ見えなかったが、深い溜息をつく音が、牢屋の中にまで聞こえて来た。


「仕方がない。あっちも出してやろう」

「全員掴まるよりはマシか……」


 二人がそう言うと、鉄格子の間から手を下して来た。その手には、先程ラーセンが鉄格子を叩くのに使った短剣と、頑丈そうな縄が、握られていた。


「ゼンタ、下の方だけで良いからこの剣で叩いてから、鉄格子をこの縄でしっかり縛ってくれ」

「見張りにバレない?」


 ゼンタの問いに、窓から覗き込んでいたラーセンは、口の端を上げた。


「もう暫くは寝ているはずさ」


 もう一度促されて、ゼンタは、鉄格子に向き直った。短剣を鞘から抜くと、刀身に見事な紋章が刻まれており、実用的と言うよりは、調度品の様な印象を受けた。傭兵であるラーセンが使うにしては、華美過ぎると思ってしまう様なものだ。

 ゼンタは、それで鉄を打つ事に対し、若干の躊躇を覚えたが、背に腹は代えられぬと、思い切って振り下ろした。ガンガンと大きな音が、二回程、耳を打つと、驚くことに、鉄格子の半分以上が抉れていた。――通常では考えられない程の効果があると云う事は、この短剣が、魔術が込められた品(マジック・アイテム)であることを示していた。

 少年は、好奇心の儘に、短剣に付いて問いたかったが、同時に、彼は賢かったので、只管に手を動かし続けた。短剣を仕舞い、鉄格子に縄をしっかり結びつると、彼が振り返ると同時に、窓から覗き込んでいた顔が頷いた。


「よし、ゼンタ。お前は少し離れていろ。――ダラント、引っ張るぞ」


 撓んでいた縄が引かれて、ピンと張り詰める。縄が伸びる嫌な音がしたかと思うと、ゼンタが叩いた部分から折れて、上の方は、熱でへしゃげた様に折れ曲がって止まった。


「通れるか?」

「行けると思う」


 ゼンタは、そう答えながら鉄格子を潜り抜け、向かいの牢屋に辿り着いた。狂女が、暗い目をギラギラと輝かせて見下ろしてきているのがわかったので、決して上を見なかった。

 先程と同じように、短剣で下の部分を叩いて、縄を括りつけると、ゼンタは振り返った。


「出来たよ!」

「よし。引っ張るぞ」


 その声と共に、再び縄が張り詰めた。先程よりも距離があるからか、鉄格子が軋んだ音を発てるまで、僅かな時間が空いた。すると、女は、焦れた様子で、自分でも鉄格子を押すと、出来た隙間に無理やり体を食い込ませた。途中、胸や腰が引っ掛かると、体をくねらせて抜け出そうとする姿は、教会裏に出たトカゲが、司教の手から逃げ出そうとする様子を、連想させるには十分だった。

 鉄格子が曲がり切る前に、女は牢屋を抜け出すと、ゼンタを置いて、窓の方へ向かった。


「私が先よ!」

「うるさい! 静かにしろ」


 ラーセンが、ぴしゃりと言い返したが、女は気にした様子もなく、縄に手を伸ばした。


「早く引き上げて!」

「クソッ! 少しは自分で登って来ようって気はねぇのかよ!」

「重ぇ……」


 男たちのぼやく声が聞こえる中、女の足が宙に浮いた。ゼンタは、蹴られないよう離れたところから、その様子を見ていた。

 女は、苦戦しながらも、なんとか鉄格子に出来た隙間から、脱出することに成功した。再び縄が降りてきて、今度はゼンタの番である。彼が腰に縄を結び付けるや否や、縄を引っぱられて、少年の体は、軽々と引き上げられた。折れた鉄格子に引っ掛からないよう気にかけるより早く、彼は、ラーセンの手によって牢屋の中から掬い出された。

 牢屋の外の空には、まだ月が輝いていた。が、東の空が明るくなり始めているので、朝が近いのだろう。暁の中で、ラーセンが微笑みながら、ゼンタの頭に手を置いた。


「よくやった、ゼンタ!」


 ラーセンの手が離れると、今度は反対側から、違う手が伸びて来た。乱暴な手つきで、髪を掻き回す手つきに、彼はひとつだけ覚えがあった。――ダラントは、瞳の端を僅かに輝かせて、不格好な笑みを浮かべていた。


「無事でよかった。心配したんだからな!」

「来てくれてありがとう」

「当たり前だろ! お前の事は、俺が引き込んだようなもんなんだからな!」


 ダラントは、乱暴に腕で眼元を拭うと、照れくさそうに笑った。


「スノーレはどこ?」


 ゼンタは、姿の見えない少女に首を傾げた。すると、ラーセンが微笑む。


「門のところに隠れさせてるんだ。さぁ、俺たちもずらかろうぜ」


 無駄口は此処までとばかりに、ラーセンは早口でそう言うと、踵を返して走り出した。ダラントも短く「行くぞ」と、言うと後に続いたので、ゼンタも賢く、何も言わずに駆け出した。




 ***




 貴族街と平民街の間にある壁のところまで、三人は走り続けた。ゆっくりと明け始める空の中、街を歩く人影は、彼らの他にはひとつも無い。

 門の前では、顔に入れ墨のある男が、スノーレを腕に抱いて待っていた。記憶違いでなければ、彼は、ゼンタがはじめて貴族街にやってきた日にも、此処で門番をしていた、ラーセンと馴染みの男だ。


「オイスタイン!」


 ラーセンが、片手を上げて名を呼ぶと、門番も片手を上げて答えた。


「スノーレ! 無事でよかった!」


 ゼンタは、門番の腕から降ろされた少女に、真っ先に駆け寄って、その両手を握り締めた。温かく柔い感触に、安堵の息が漏れると、スノーレは、驚いた様子だったが、前と変わらぬ笑顔を浮かべてくれた。


「まだバレてねぇみたいだから、さっさと向こうに行っといた方がいいぞ」


 オイスタインと呼ばれた門番は、淡泊な態度で、門の向こうを顎で杓った。彼は門を守る存在であるにも関わらず、ゼンタたちを捕まえる気は毛頭無い様だった。ラーセンも、それがわかっていたから、彼の下にスノーレを預けたのだろうと、ゼンタは思った。そうして、それを裏付ける様に、ラーセンは、彼に向かって、ゼンタたちへ向けるのと変わらぬ笑顔を浮かべた。


「そうするわ。ありがとな」

「団長の為だ」

「ははっ、だな!」


 ラーセンは、気安い態度を崩さずに、オイスタインの背中を叩いた。

 ゼンタは、その様子に少しだけ驚いた。――ラーセンが、大人に対して気安い態度を取るのを、はじめて見たようなつもりになって、意外だった。自分を牢屋から出す為に、ダラントと協力し合う姿は、親しいといえなくも無い様子だったが、同じ目的だから協力しているだけという風にも見えた。――傭兵であるが故の警戒と拒絶、そう云ったものが、二人の間には存在しているような気がしたのだ。


 見ると、余計に、二人の間には深い信頼が伺えるようで、ゼンタは、羨ましく思った。傭兵と門番と云う、本来であれば決して交わることの無い関係の二人が、信頼できる友として肩を並べている事が、ドラコニカの教えにある奇跡の様に、少年の目に眩しく映った。が、それと同時に、彼の心には、ある一抹の光が差した。――それは、傭兵と門番の間に友情が芽生えたように、平民と貴族の間にも、何かが芽生えることがあるのではないかと云う、殆ど願望に近い、希望であった。


 ゼンタは、今しがた逃げて来た道の向こう、バース・エッカルド城を振り返った。美しい純白の壁の向こう側、その何処かに、ティサは今もいる。と、思うと、彼は、ゆっくりと目を閉じて、息を吸った。そうして、それから、僅かな希望を胸に、新たな決意を以て、目を開けた。


 その奥で、揺らめく執念のような炎が、燻っているようだった。……




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ