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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
32/65

地下牢にて 2


 不気味に響いた声に、ラーセンは、すぐ様反応した。


「誰だ!?」


 ゼンタはその背に隠れながら、声のした方を窺うと、向かいの牢屋の暗がりから、ぼんやりと白い円が浮かび上がった。近付くにつれ、その円の周りには、くすんだ金色の糸が、――髪が、無数に伸びていることに気付いた。すると、忽ち、白い円に出来た凹凸が、人の顔を形作る。


「あんな条件を呑むなんて、馬鹿みたい。そこに何が埋まっているのかも知らないで」


 暗がりから姿を現したのは、薄汚れた女だった。後ろに伸ばされた金の髪は、平民ではありえないほど長く、元は、それなりに身分が高かったのかもしれない。ゼンタは、そう思ったが、女の顔に浮かぶ表情がはっきりとしていたので、貴族では無いだろうと、判断した。

 ゼンタがそんなことを考えている横で、ラーセンは警戒を緩めずに、こう話しかけた。


「その言い方じゃあ、アンタは何が埋まっているのか知っているみたいだな」


 すると、女は不気味に笑った。


「アンタたち平民は知らないでしょうね」

「平民? だったらアンタは違うって言うのか」

「ええ。そうよ。私は貴族だもの!」


 女は大げさな身振りをしながら、そう言ったが、ゼンタには、女が貴族とは到底思えなかった。彼の知る貴族と、目の前の女は、殆ど両極端にいる。何よりも、その顔に浮かぶ表情の強さが、それを示していた。


「いいわ。教えてあげる。あそこに埋まっているのは首よ」

「な、なんの首?」


 ゼンタが、疑問を口にすると、女は、そこではじめて、ゼンタの存在に気付いたような顔をした。やはり、表情に出やすいようで、やはり、そこが貴族らしくない。


「化け物よ」と、女は言った。

「この国が創世されたころに存在した化け物が、大監獄アブラプトゥムとこの地下に、体と首とが、別たれて埋められているの」


 言うや否や、女は何がおかしいのか、甲高い笑い声を上げた。

 ゼンタは、幼いながらに、今まで見たことがない性質の女に対し、恐怖を抱くと同時に、云い様のない、不愉快な気持ちがした。が、同じことを所以に、その事に気付かぬ儘、ふと頭に湧いた疑問を、口に出した。


「どういうこと? 化け物って、いったい何のこと?」


 が、女は、その疑問に、答えなかった。彼女は、唯、無知を嗤い、又、こう述べた。


「あの男が死刑を撤回するはずがないじゃない」


 皿のような白い顔の上で、弧を描いた目と口が、月明かりでは照らしきれず、不気味に、黒く凹んで見えた。ゼンタは再び、一抹の不快さを抱いたが、やはり、幼い少年はそれに気付かない儘、単に恐怖を覚えて、身を震わせた。

 女は、再び、少年のことを意識の外へとやってしまった様子で、高らかに嗤う。


「きっと見たら死んでしまうんだわ!」

「そんな馬鹿なこと、あるはずがない!!」


 ゼンタが、恐怖に負けてしまうより先に、ラーセンが威勢のいい咆哮を上げた。が、すると、忽ち、牢屋の上から、見張りの苛立ったような声がした。


「五月蝿いぞ!!」


 牢屋の蓋が、鞘に入ったままの剣で叩かれたような音を発てた。

 ゼンタが無意識の内に、口を手で抑えると同時、女もラーセンも口を閉じて、地下には、静寂のみが訪れた。


「罪人無勢が騒ぎやがって……」


 見張りの男がついた悪態が、静けさの中、よく響いて聞こえた。

 暫くの間、誰も口を利かなかったので、地下はシンと静まり返っていた。すると、不思議なことに、ゼンタの小さな体から震えが消えて、心に様々な考えが湧いて来た。彼と同じように、皆も冷静になった様子で、ラーセンが、漸く口を開いたとき、その声は、ひどく凪いでいた。


「確かに、そう云う事なら辻褄が合うな」

「何が?」

「聖なる炎の使い手を探していたことさ」


 ゼンタは首を傾げた。彼の言う“そう云う事”が、女の話した“化け物の事”だとしたら、聖なる炎との関連が、想像つかなかった。聖なる炎の使い手として選ばれた美しいティサと、バース・エッカルド創設期の化け物は、ゼンタの中では、決して重ならない認識の中にある。

 ラーセンは、その疑問を解くように、こう言った。


「この地下に本当に首が埋まっているとして、それがまだ潰れず其処に在ったとしたら、何になっていると思う?」

「もしかして――」と、少年は目を丸くした

不死者(アンデッド)になっているって言うの」


 彼は、答えを聞いて、満足そうに頷いた。が、ゼンタは、一層、困惑する。


「でも、放置された死体がアンデッドになるのは迷信でしょう?」

「だが貴族たちはそれを信じているのさ」


 ラーセンがそう言うと、向かいの牢屋で、再び、女が不気味な笑い声を上げた。ゼンタは、云いようのない恐怖を覚えて、ラーセンの後ろに隠れようと、身を縮めた。が、それに気付かず、ラーセンが一歩踏み出した。そうして、それから、彼は問う。


「あんた、いったい何を知ってるんだ?」


 女は、尚も笑った。――嗤いながら、無知で愚かな男へ、うっそりと微笑んだ。


「大監獄はね、本当は寂れたんじゃないのよ。その化け物を閉じ込めておく為だけに、封鎖されたの。――私は、大監獄でソレ(・・)を見たのよ」


 言うや否や、女は、然も可笑しいとばかりに、笑い声を上げた。最早、正気ではないことは、明らかであった。が、ラーセンは、服の端を掴む少年のことなど忘れ、尚も女に問う。


「そんな話、聞いたことが無いぞ」

「当然でしょう? どうして態々平民如きに教えてやる必要があるの」


 女は、心底からそう思っているようだった。


「大監獄にはアンデッドが居たわ。私たちは結晶石に光を灯して進んだ。けれどね、あそこの地下にはもっと恐ろしい化け物がいたの。結晶石なんて持っていたところで、アレと目が合ってしまえば、――」


 すると、突然、女は自分を抱きしめた。遠目から見ても、ひどく震えていることがわかる。そうして、こちらには聞こえぬ大きさで、何かを話しているようだが、天井裏の子ネズミの様に、気配がするだけで、捉えることはできなかった。


「きっと、大丈夫だ」と、ラーセンは振り返って、こう言った。

「君の姉さんは聖なる炎の使い手なんだから、本当にアンデッドが出たとしても、彼女の炎で焼いてもらえばいいんだ」


 ゼンタは、自分を慰めるために、彼は態とそんなことを言ったのだとわかった。が、それは、気休めにもならないことも、又、事実だった。彼は、彼女が本当の聖なる炎の使い手ではないことを、知っている。――ゼンタは、何と答えれば良いかわからぬまま、人の良いラーセンの為を思い、ひとつ頷いた。


「ちょっと待ちなさい! 聖なる炎の使い手って言ったわね!?」


 女は、急に、怒声のような叫び声を上げた。見張りに聞こえやしないかと、ゼンタは身を竦めた。が、女は、それに気付いた様子も無い儘、叫び続ける。


「あんなのただの噂話でしょう!? 聖なる炎だなんて、そんな都合が良いもの、存在するはずがないわ!」


 言うや否や、見張りが剣の柄で蓋を叩く音が響いた。こうして又、女も口を閉じるだろうと思ったが、今度は、どうしてか、女は、話すのを止めなかった。


「そうよ。そんなものがあるならガードナーが聖都に行く意味がないわ。そうすれば私だってこんなところには……。そう、そうよ。嘘に決まっているわ。だって、ガードナーは逃げたんだもの。正常じゃないのよ。だって、私はこんなに美しいのに、牢に入れられるはずがないじゃない……」


 最早、誰のことも意識に無い様子で、女は、ぶつぶつと繰り返した。


「ゼンタ、あまり相手にするな。ああなっちまったら、もう駄目だ」


 ラーセンは、そう言って、少年の視線から狂女を隠すように、体を割り込ませた。それから、牢屋の奥に放られていた、誰が使ったのかもわからない、カビ臭い布を手にすると、


「これからのことは少し休んでから考えよう。お前もなるべく休むんだ」


 比較的綺麗な方をゼンタに渡すと、ラーセンは、臭いが気にならない様子で、身を包み、硬い地面の上で横になると、忽ち眠ってしまった。


 ゼンタは、布に顔を寄せてみて、――すぐに離した。ラーセンの心遣いはありがたいが、孤児院で貰えるおさがりよりも酷い臭いがするので、使う気にはなれなかった。が、何も使わず横になると、剥き出しになった地面が硬いので、仕方が無く、細く折り畳んで下に敷いた。

 ラーセンとは異なり、横になっても、眠気はやって来なかった。それどころか、これまでに起こった様々な出来事が、走馬灯のように、少年の小さな頭の中を駆け巡っていた。――冤罪からティサを助け出したかっただけなのに、今はどうしてか、貴族に歯向かった大罪人として、自分の方が、牢屋に居る。


 ゼンタはこの日、眠ることなど、出来やしなかった。




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