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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
31/65

地下牢にて 1


 ゼンタたちは、ムスタファー邸の地下にある牢屋の中で、寒さに身を寄せ合って、震えていた。

――とは云うものの、震えているのは、後悔と恐怖に蒼褪めた少年の方だけであった。ラーセンは、ゼンタとは反対に、怒りと不満に、全身を熱く燃え上がらせて、閉じ切った扉の向こうに向かって、罵声を浴びせていた。


「普通は裁判をするもんだろうが! この傲慢! これだから貴族ってやつはクズなんだ!」


 隣に座る少年の耳に、キーンと高い音が響いた。が、扉が開く様子は一向に無い。

 怒鳴り続けて、疲れたのだろう、ラーセンはゼンタの隣に腰を下ろすと、苛立たし気に、鼻から息を吐いた。


「おじさん、ごめんね。僕の所為でこんなことに……」


 ゼンタがこう言うと、ラーセンは、忽ち怒りを忘れて、驚いた顔をした。そうして、それから、気が抜けたように苦笑を零すと、体から力を抜いて、冷たい石の壁に凭れた。


「別に気にしてねーよ。忍び込もうって言ったのは、そもそも俺の方だしな」


 彼はこう言って、常と同じく口の端を上げて笑った。――と、思うと、切れた口の端が傷んだのか、僅かに呻いて、顔の下半分を手で覆った。

 ゼンタが思うに、ラーセンは、心底から、牢に入れられたことを、微塵も気にしていない様だった。それは、不思議なことではあるが、自分よりも大人で、故に人生経験も多い彼には、この状況を打開できる策があるのかもしれない。

 そうして、落ち着いてみると、己が逃がした小さな少女のことが頭に過った。


「スノーレは大丈夫かな?」


 此処に居ないと云うことは、見つかっていないと思って良いだろう。が、まだ幼いあの子が、神聖同盟のアジトまで、独りで、無事に帰れただろうか。


「きっと大丈夫だ」

「どうしてそう言い切れるのさ。心配じゃないの?」


 ゼンタが、苛立ち交じりに問うと、ラーセンは、厭味なく微笑した。


「あの子の父親は傭兵でなぁ。行くところがないっていうから、俺が引き取ったんだ」


 その口から語られた過去に、二人を実の親子だと思っていたゼンタは、驚き目を丸くした。それから、少女と自分の境遇が似ていると感じた。すると、途端に、心に湧いた苛立ちが消えて、彼に対し、申し訳なく思う気持ちでいっぱいになった。


「俺も流れて暮らす身だ。あの子の親父と、いつ同じことになるかわからない。だから教えられることは教えて来た」


 ラーセンは、どこか遠くを見ながら、そう語った。ゼンタは、その視線の先に、己の知らない傭兵の姿が浮かんでいるのだと、確信に近いものを抱いた。

 彼は、そんなゼンタの視線に気付くと、照れたように、笑った。


「だから俺がいなくなったとしても、あの子はきっと大丈夫だ」


 ゼンタには、彼が、どこか寂しげに見えた。




 ***




 それから、どれ程の日数が経っただろうか。

 地下にある牢には、日の光は殆ど届かないので、正確なところが、ゼンタはわからない。一度などは、見張りが持って来た松明の灯りを、日の出と勘違いしたこともある。今が昼か夜かもわからない儘、眠たい時に寝て、目が覚めた時に起きていた。


 が、そうやって六度目の眠りについたとき、俄かに、牢の外が騒がしくなって、少年は目を覚ました。

 松明を持った男の後ろを、騎士が続いて、ゼンタとラーセンは、彼らに引っ立てられる儘、屋敷の外へと連れ出されると、日の光が眩しく、目を細めた。――いつの間にか、松明を持った男は居なくなっていた。ゼンタたちは、目が慣れぬ内に、豪華な装飾の成された馬車の後ろで、手足をそれぞれ縄で繋がれた。やがて、馬車がゆっくりと進み始めると、ゼンタたちは歩かざるを得なかった。


「どこに行くんだろう」


 思わず口に出したゼンタを、側を闊歩していた兵士が剣で小突いた。




 ***




 前を進む馬車の所為で、行き先は殆ど見えなかったが、ゼンタは、高い門をくぐらされ、その先に、白く大きな美しい建物を見て、――それが、平民は絶対に入ることが許されぬ王城だと気付くと、唖然と口を開けた。

 信じられない光景に、体が硬直したが、馬車が止まらぬので、引き摺られるような形になった。が、ゼンタは、気にならぬ様子で、城を見上げた儘、間抜けに口を開けていた。気付いた側付きの騎士が、不快そうに眉を顰めて、又、剣で小突いた。


 馬車はそのまま敷地の奥へと入って行くようであったが、ゼンタたちの身柄は、途中で別の騎士の手に委ねられた。その儘、人気のない方へと連れて行かれると、二人は、再びの地下へと、案内させられた。――と、思うと、その後から、誰かが降りて来る足音が聞こえた。

 ゼンタたちが、檻の中から振り返ると、階段の上に、足首が見えた。綺麗に磨かれた、黒い革靴を履いており、当然、平民でも騎士でも無いことが直ぐ判る。

 その人物の、薄く皴の刻まれた知性溢れる顔と、潔癖さを表したような詰襟には、覚えがあった。が、ゼンタが声を上げる前に、ラーセンが叫んだ。


「ファウスト!」


 ゼンタの記憶にあるのと違わぬ、凍えるような眼差しが、こちらを見た。


「無礼だぞ」


 格調高い声が、低く、不快そうに言った。


「知り合いなの?」

「ファウスト・ベイヤー・フォースタス。この国の宰相だ」


 ラーセンは、少年の問いに、短く答えた。

 ゼンタが驚き目を見張ると、宰相と呼ばれた男は、否定せずに、鼻で笑った。――言外に、彼の無知を嗤ったのだ。ゼンタは、羞恥のあまり、顔を赤くした。


「どうして、お前のような男が出て来る」


 ラーセンが、ゼンタを庇うように身を乗り出して、こう言った。その声は、少年の知る男の声と異なって、硬く感情の乗らないものだった。


「随分、暇なんだな」と、ラーセンは挑発的な物言いをした。

「平民が許可なく貴族の屋敷へ侵入することは重罪だ。ムスタファー伯爵からは極刑が望まれている。そうなれば、私が出て来るのが道理と云うものだろう」

「死刑だと!? そんな馬鹿な話があるか!」


 驚き叫ぶラーセンを横に、ゼンタは、声も出ぬまま驚いた。まさか、そんなに重い罪になるとは、思いもしなかったのだ。幼い少年の体は、再び沸き上がった恐怖と不安に、又、ぶるぶると震え始めた。


「全く以て、馬鹿げた話では無いのだが……」と、宰相は前置きをしてから、こう言った。

「私も幼い子どもを刑に処するのは忍びない。そこで、君たちが、あること(・・・・)をしてくれるならば、その刑を軽くしてやろうと思うのだが、どうだね?」


 ゼンタは驚き、喜んで頷こうとしたが、それより早く、ラーセンが口を開いた。


「俺たちに、いったい何をさせようって言うんだ?」

「この地下から、あるモノ(・・・・)を掘り起こしてもらいたい」

「あるものって?」


 ゼンタの問いに、宰相は答えなかった。彼の視線は、一身にラーセンへと向けられたまま、微塵もズレる様子が無い。まるで、彼にはゼンタのことが見えていないかのようだ。

 ラーセンの視線も又、ベイヤー宰相へと向けられていたが、ゼンタには、真意を探ろうとしているからだと云う事が、察せられた。事実、彼は、こう口にした。


「それは、いったい何なんだ?」


 すると、宰相は、目を反らした。


「掘り出せばわかる」


 言うや否や、宰相は、視線を逸らして、二度と合わせなかった。

 まるで、口にしたくないと言わんばかりの態度に、ゼンタとラーセンは、顔を見合わせた。――二人が、どう相談しようと、宰相は、気にも留めない様子である。

 やがて、二人は、静かに頷き合った。そうして、それから、ラーセンの方が、ベイヤーに向かって口を開いた。


「その条件を呑む」


 聞くや否や、ベイヤーは踵を返して、


「決行は明日だ。心の準備をしているように」


 そう言い残すと、静かに去って行った。

 ゼンタは、緊張に止めていた息を大きく吐いて、その場にぐったりと座り込んだ。冷たい石の床が、体温を奪っていくのが、今は心地よい。

 牢屋の奥から、女の声が聞こえたのは、その時だった。




「あんたたち、もう終わりね」




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