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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
30/65

王の愚行と騎士の不信


 その日、王城では、貴族たちが集い、ささやかな宴が開かれていた。とはいえ、貴族たちの催しであるため、所々に贅が凝らされているのは間違いない。特に、机の上に並べられた、様々な料理の数々は、誰も口にせず、殆ど、景観の為にあると言っても過言ではない。が、そこには肉や魚といった貴重なものから、貴重な砂糖をふんだんに使った菓子の数々と、贅の限りを尽くしたものが並んでいた。


 中心で、一人の、若く精悍な顔立ちの男が、あからさまに、つまらなそうな顔をして、貴族たちに囲まれていた。周りの貴族たちは、男の様子に、気が付いているのかいないのか、口々に、男への賛辞を述べている。


「それにしても陛下、この度は正にご慧眼でございました」

「聖なる炎の使い手がまさか実在するとは! いやはや御見それいたしました」

「流石は我らがエッカルドの王で在らせられる」


 陛下と呼ばれた男は、無言の儘、赤い葡萄酒の入った杯を傾けた。――その視線は、壁際で静かに佇む一人の令嬢に向けられている。

 令嬢は、美しい顔立ちをしていたが、貴族らしく感情の見えぬ顔が、僅かに覇気を欠いているように見えた。美しい金糸の髪も、白い肌も、暗い影を落とし、猶更、彼女を小柄に思わせた。――オビチュアリ・アンホールドの名を、その弟に起こった出来事を、この国の貴族で知らぬ者はいない。故に、彼女の周囲に人は居ないのだった。

 エッカルド王は、以前よりアンホールド家の令嬢に対して、美しさと聡明さを認めていた。そうして、それから、最近では、その陰りに、弟への深い愛を感じて、仰ぐばかりの憧憬の念を抱いていた。が、彼は、王としての矜持が為に、心の儘に、行動することが出来ずにもいた。

 貴族たちは、いずれ明らかになる思惟の類に対して、慎重に事を進めていた。アンホールド家の令嬢を時期王妃と認めるか否か、どちらを選ぶにせよ、それは己の進退に直結する。いっその事、王が寵を与えれば話が速いのだが、――と、思うと、貴族たちは、期待を隠した目で、王の視線の先を見つめた。


 と、王の視線を遮るように、視界の横から、一人の貴族が現れた。

 上級貴族の名に相応しい、豪華な装飾の成された服に身を包み、長い髪を背の方で一つに括った壮年の男は、エイコン領が伯爵ムスタファーだった。彼は、王の周囲に侍る者たちへ、一様に、薄く厭味らしい笑みを向けた後、恭しく首を垂れた。


「陛下、聖なる炎の使い手をお連れ致しました」


 慇懃無礼な態度だったが、王が何も言わぬので、他の者たちも何も言わなかった。が、内面から滲み出る不満や怒りが、僅かに空気を固くした。

 ムスタファー伯爵は、その瞳に隠しきれぬ喜色を浮かべて、横に手招く。――やって来たのは、一人の娘であった。俯きがちに近付いて来たと思うと、ムスタファーの隣に並ぶや否や、堂々と顔を上げ、下品にならぬ程度の笑みを浮かべる。


「お初にお目にかかります。ティサと申します」


――美しい。と、一人が思うと、忽ち、辺りから、同じ意味の言葉が零れて溢れた。

 が、陛下は、少しも関心が無い様子で、冷めた瞳のまま、娘に問うた。


「聖なる炎は本当に使えるのか?」

「はい。もちろんでございます」と、ティサは、すぐに答えると、

「ご覧に入れますか?」


 小さく首を傾げ、露になった白く美しい首筋に、周囲からは、感嘆の息が漏れた。


「いらん」と、王は素気無く答えた。

「聖なる炎が実在するか否か、それもすぐに判るだろう。態々宴に水を差すこともあるまい。そんなこともわからんのか」


 苛立ちを露にした王へ、ムスタファーは慌てて口を開いた。


「では、ついに掘り返すので?」

「宰相より後日正式に発表させる」


 王の言葉が聞こえた者から、順に、波紋の様にざわめきが広がった。と、思うと、王は苛立ちを治めて、忽ち、常と同じく感情の読み辛い表情へと戻ってしまった。


「陛下、あの……」


 ティサが、何かを言いかけた。――その顔には、王の反応が、自分の思っていたものと違った、と云う様な、不満に近いものが、僅かに浮かんで察せられる。が、未だ王が認めぬ聖女に対し、気を遣ってやるような貴族は、此処には居ない。


「これだけでは、憂いは晴れぬか」


 王の視線の先には、先程と同様に、アンホールド家の令嬢の姿があった。周囲の男たちが、肩を叩いて王の英断を歓迎する中、彼女は、静かに杯の淵をなぞっていた。

エッカルド王は、もう一度、今度は誰に聞かせるでもなく、


「首の在る無しに係わらず、憂いが晴れれば良いのだが……」


 これを聞くや否や、ティサの顔が、貴族にあるまじき歪みを見せた。が、すぐに気付いたムスタファー伯爵により、声をかけられて、忽ち消えた。それでも、王に侍った貴族の内、何人かは、聖女の顔が歪んでいるのを見てしまっていた。――と、思うと、彼らは、知らぬ様子で、微笑を浮かべて、王の慈悲に対する賛辞を、次々と述べ始めたのであった。




 ***




 宵も更け、王を先頭に、貴族たちは部屋を後にし始めた。残りたがるのは、噂好きや酒豪ばかりで、オビチュアリは、最後から数えて十にも満たないくらいに、部屋を出た。

 城内に、人は疎らで、窓から差し込む月の光を除いては、等間隔に備え付けられた蝋燭が、頼りない灯りを燈らせているばかりである。

 弟のアブサード亡き今、アンホールド家の時期当主として、社交の場に出ることも増え、同時に、夜出歩くことも増えたオビチュアリだが、やはり、まだ年若い娘。暗い城内を一人で歩くことは、まだ恐ろしい様子で、踵が床を打つ音が、忙しなく続いている。


「オビチュアリ」


 ふいに呼び止められ、驚き振り返ると、柱の影から王が姿を現した。

 脳裏に過った恐ろしいものではなかったことに、オビチュアリは安堵すると同時に、怪訝に思う。


「陛下、どういたしましたか」


 彼女が訊ねると、王が、暗闇の中で、目を細めたのがわかった。月明かりに照らされて、朧気に浮かび上がった顔の上で、瞳が、蝋燭の僅かな灯りを照り返して、きらりと光ったのだ。

 王は、彼女の問いには答えずに、こう言った。


「少し話がしたい」


 王に乞われれば、臣下に断る理由はない。――オビチュアリは、王に誘われる儘、彼の後を追って、進んできた道を引き返した。独りではないため、先程と同じ恐怖は、感じなかった。が、反って、今度の方が、心細いような気がした。そうして、彼女は、王の背を見失わぬよう、足早に夜の城内を進んだ。




 ***




 ムスタファー伯爵が手柄を上げたことにより、聖なる炎の使い手探しは、実質、終わりを迎えた。それ故に、騎士たちも、本来の職務に戻った者が大半だった。つい先日、罪人捕縛の命を受け、最北の地まで飛んだ(・・・)男も、その例に漏れず、――彼の場合は、城の警備を中心とした、城内の治安維持に戻っていた。

 が、その日は珍しいことに、宰相に頼まれて、職務を熟す側、質疑応答が行われた。

 内容は、罪人についての追加報告のようなものだったのだが、問われる内容は、すでに報告書に書いたことばかりであった為、彼は首を傾げた。宰相ほどの人物が、無駄なことを成されるとは、到底思えなかったのである。――ならば、どうして自分は、呼ばれたのか。


 彼が、そんな事を考えながら、再び自分の職務を熟すべく、城内の見回りを行っていたとき、突然、暗闇から人が飛び出してきた。


「何者だ」


 反射的に、腰に凪いだ剣に手を這わせ、低く叫ぶと、相手は、驚き身を固めた。

 月を覆っていた雲が晴れて、暗闇に、ぼんやりと白い顔が浮かび上がる。


「アンホールド様?」


 彼は、それが誰だかわかるや否や、口に出していた。その人の名を、彼は、一方的に知っていた。――オビチュアリ・アンホールド。彼ら警護する王城の、隣にある貴族院。その内で、一番美しく、そして最も優秀だと言われているのが、この令嬢であった。

 彼は、貴族らしく表情の変わらぬ顔が、一度だけ微笑んだところを見たことがあった。その時、彼が思ったのは、「可憐な花とは、正しく彼女の為にある言葉だ」と、云う事である。彼は同僚と飲みに行った際には、必ずこう言って、周囲を巻き込んで彼女を賛美した。

 最近では、弟のアブサードが行方不明と聞き、どうか力になりたいと、陰ながらその機会を伺っていた程だ。


「一体ここで何を……。いや、こんな時間にどうなさったのですか?」


 彼は剣から手を離し、そう尋ねた。――何か困っているならば、己の手で助けてやりたい、と云う思いもあった。剣を握って硬くなった騎士の手が、令嬢の柔肌に伸びる。


「なにも。なにもありませんでした(・・・・・・・・)


 が、彼の手が触れる前に、令嬢は、恐れた様子で身を翻すと、その儘、暗闇の中へ、溶けるように、駆けて行ってしまった。

 夜の精霊が、指の間から逃げてしまったかの如く、騎士は、暫くの間、惚けた様子で、その場に立ち尽くした。雲が動き、再び月を隠してしまうと、辺りは一層、暗くなる。――彼には、走り去る後ろ姿から、何か小さな輝くものが、いくつも零れ落ちたように見えた。もしかして、あれは、月明かりに瞬く、無数の涙だったのではないだろうか。


「この先は、王の寝室しかなかったはず」


 彼は、彼女のやって来た廊下を見やった。――窓の無い、真っ暗な廊下を、蝋燭の灯りが、ぼんやりと薄く照らしている。


「どうして、こんな時間に、――まさか、――そんな、ことが?」


 彼にとって、最悪の出来事が頭を過った。

 そうして、それから、その胸に湧いた一抹の不信感が、彼の人生に、後々、大きな影響を及ぼすことになることを、この時の彼は、まだ気が付いていなかった。




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