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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
26/65

ムスタファー邸 2


 ゼンタはラーセンの後を追って貴族街と市民街の間にある壁に向かっていた。


 見える景色は先日ダラントに連れて来られた時と同じものだが、今回はその目的がゼンタにもわかっていることが大きく異なる。

 もっとも、それがゼンタには到底信じられることではないこと。彼の手が小さな少女の手と繋がっていることなどもあり、やはりゼンタの心は落ち着かないのだが。


 壁に辿り着く前に脇に逸れたダラントに対し、ラーセンは恐れることなく門の前まで進んだ。

 まさかそれだけで捕まるということはないだろうが、厳しい叱咤を受けるのではないかと、ゼンタはスノーレと共に後を追いながら身を竦める。


「ラーセンだけど、入れるか」


 彼は門の脇にある小さな窓を叩きながら言った。

 すると間を置かずに窓が開き、顔に入れ墨のある男が顔を出す。


「急に来るなって言っただろ」

「悪いな」


 と、ラーセンは軽い調子で言う。


「で、入れる?」

「お前なぁ……」


 男はラーセンが引き下がらないと見て、大きな溜息を吐く。

 ゼンタはやはり駄目なのだろうと思ったが、男は言った。


「開けてやるから待ってろ」


 言うが早いか窓が閉まる。

 驚くゼンタを振り返って、ラーセンが自慢げに笑ってみせた。


 それからすぐに、軋んだ音を立てて門が動いた。

 大人が一人通れるほどの隙間が空くと、ラーセンが真っ先に潜り抜ける。その後に恐る恐るゼンタが進み入り、彼と手を繋いでいたスノーレが最後に通った。


 門の中には、入れ墨の男の他は誰もいなかった。てっきり門の大きさや動いた時の音の様子から、大人数人がかりで動かしているのだと思っていたゼンタは、彼が全身を使って一人で門を閉じる様子を見て、素直に感心した。


「おっ! スノーレじゃねぇか。お前も一緒だったのか」


 厳つい見た目に反して子ども好きなのか、男はスノーレを見ると顔を輝かせた。

 地面に膝をついて両手を広げた男に、彼女の方も慣れた様子で近付いていく。


「ところで、ムスタファー伯爵が屋敷にいるかどうか、お前わかる?」


 ラーセンがそう尋ねながらスノーレを抱え上げたため、男の手は空を切った。

 男の睨め付けるような視線をものともせず、ラーセンは首を傾げる。ゼンタはそれを冷や冷やしながら見守った。


「ムスタファー伯爵?」

「俺たち伯爵に用があるんだよ」


 ラーセンの言葉を信じているのかいないのか。男は少しの興味も湧かぬ様子で「ふぅん」と、生返事をした。


「見ての通り俺は市民街(こっち)側の門番だからな。奥の方のことは知らねぇよ」

「だよな」


 男の答えに、ラーセンは然もありなんと頷き返す。彼も男が知っているとは微塵も思っていなかったのだろう。もう一度問うなど無駄なことはしなかった。


「んじゃ、行くわ」

「バレないように気を付けろよ」


 軽い調子で言ったラーセンに、男も引き留めること無く手を振った。


 男に見送られて、三人は貴族街の中を進み始める。

 ゼンタがしばらく進んでから振り返ると、丁度男が門の横にある小屋の中に入って行くのが見えた。おそらく先程ラーセンと門の外でやり取りをした窓は、あの小屋の中にあるのだろう。

 男に本当に止める様子が無いようなので、少年は一先ず安心した。


「すごいや。ラーセンさん、本当に入れたね」


 ゼンタが興奮したように言うと、ラーセンは得意げな顔をした。


 辺りを見渡して、ゼンタはいよいよ分不相応な場所に足を踏み入れている実感が湧いてきた。

 初めて入る貴族街は、市民街と違って、一面に灰色の石畳が敷いてある。その所為で町全体がどこか無機質だ。それは貴族の表情にも見られる独特の冷たさにも共通しているような気がして、やはり己の暮らす市民街とはまったく違う世界なのだと、少年は感慨に浸る。

 立ち並ぶ建造物や庭の草木も、ゼンタにとっては初めて見る物ばかりで、少年は興味を引かれるままに、その近くまで歩いて行こうとしてしまう。


「おいおい。姉ちゃんのところに行くんだろうが」

「そうだった!」


 ラーセンに苦笑しながら呼び止められ、ゼンタは我に返った。

 ティサのことを思い出せば、寸前まで興味深かったものが、途端に色褪せて見えるのだから不思議だ。


「ラーセンさん、早く行こう!」


 気を取り直したゼンタは、勢い勇んでラーセンの手を引いた。

 ラーセンは笑いながらその手を握り返すと、もう一方の手でスノーレの手を掴む。そして勝手知ったる他人の家とばかりに、貴族の街を堂々と歩み始めたのであった。




 ***




 大人一人を間に挟んで、子ども二人が並んで歩いている。

 市民街であれば特筆すべきこともない親子の姿だが、ここ貴族街ではあり得ぬ光景であった。幸いにして人通りが無く、奇妙な平民の姿を見咎める者はいない。


 段々と王城が近付くにつれ、無機質な街並みに人の気配が感じられるようになってきた。

 ゼンタはいつ見つかるのかと再びの不安に駆られたが、ラーセンは堂々とした態度を崩さずに道の中央を歩いている。

 少年が、まさか城まで行くのではないかと思ったところで、ラーセンは立ち止まった。


「おい、お前ら隠れろ」


 王城の本当にすぐ近く。ラーセンは急にそう言うと、近くの建物の影に潜り込んだ。

 それに倣って身を屈めながら、ゼンタはどうして今更隠れる必要があるのか疑問に思った。


「あそこがムスタファー伯爵の屋敷だ」


 ラーセンは隠れながらゼンタを振り返って、通りの向こうを指で示す。

 ゼンタは恐る恐るその指の先を窺った。


 真っ先に視界に入ったのは、甲冑に身を包んだ二人の男だ。

 驚き隠れたゼンタの頭を、ラーセンは軽く叩く。

 それに促されてもう一度見ると、彼の指差す先には貴族街を囲む壁と同じくらい大きな塀を持つ屋敷があるのがわかった。どうやら甲冑姿の二人はそこの騎士らしい。


 再び陰に隠れると、ゼンタは己の息が上がっていることに気付いた。どうやら見ている間、息を止めていたようだ。少年は地面に座り込んで、深く息を吸う。


「騎士がいる」

「あれは騎士じゃなくて門番だ」


 ゼンタが見たままの光景を口に出すと、ラーセンが透かさず訂正した。

 少年には二つの違いがよくわからなかったが、貴族街にも入れるラーセンが言うのだから、そうなのだろう。今のゼンタにはその理由を訊ねる気力も無く、少年は黙って頷いた。

 ラーセンはそんなゼンタを見て何か考えている。


「駄目元で行ってみるか」と、暫くの後ラーセンは言った。


「きっと門前払いをされるだろうが、捕まるなんてことはないだろうしな。相手は門番だし、なんとかなるだろ」

「ええ、大丈夫なの?」

「何も悪いことはしていませんって顔してろ。その方がバレない」


 不安に思うゼンタを余所に、ラーセンはどこか慣れた様子でそう告げると、二人の手を引いてムスタファー伯爵の屋敷へ向かって歩き始める。

 手を握られていては逃げられない。ゼンタは腹を括るしかなかった。


 三人が近付いていくと、門の前の二人は揃って怪訝そうな顔をした。


「ここがエイコンを治めるムスタファー様のお屋敷か? 伯爵に会いたいんだが」


 ラーセンがそう告げると、当然、門番たちは顔を顰めた。


「なんでこんなところに平民がいるんだ」

「伯爵がお会いする訳が無いだろう」


 捕まる前に帰ろうと、ゼンタが口には出さずとも手を引いて訴える。

 だがラーセンは、必死に訴える少年に見向きもせず、門番に向かって話し始めた。


「俺は他国の傭兵でね。ここには別の貴族様の仕事で来たんだが、途中でこの坊主に頼まれたんだが、聞けば身内が例の聖女だって言うじゃないか。城に召し抱えられる前に別れの一言くらい言わせてやってくれないか」


 ゼンタは驚いてラーセンを見上げた。彼の言ったことは殆ど事実だ。

 一方、門番たちは呆けた様子だったが、やがて声を上げて笑い出した。


「それはできんなぁ!」と、門番は言う。


「他国の傭兵だなどと言われれば、余計に通すわけにはいかないぞ。連れて逃げられたら堪らないからな」

「どうせお前が聖女を見たいだけだろう! 子どもを出しに使うとは流石傭兵殿(・・・)だなぁ」


 二人はそう言いながら顔を見合わせて、腹を抱えて散々笑った。

 ゼンタには彼らが笑う理由がわからなかったが、ラーセンが黙っているのでそれに倣う。


「面白かったから見逃してやるよ。さっさと帰りな」


 挙句の果てに涙まで浮かべた門番に手で追い払われ、三人は踵を返した。

 ゼンタが振り返ると、門番たちはまだ笑っている。


「やっぱり駄目だったじゃないか」


 ゼンタは何故だか悔しい気分になり、その原因を作ったラーセンを睨め付ける。

 しかし見上げた先のラーセンは、彼ら以上に愉快そうな顔をしていた。

 驚いて手を引くと、彼は身長差からゼンタを見下ろしながら、その眼を弓なりに細らせた。


「気が付かなかったか?」


 ゼンタには少しの心当たりも無く、ただ首を傾げることしかできない。

 そんな少年を余所に、ラーセンは口の端を持ち上げた。


「あの門番、聖女がいないとは言わなかっただろう」

「そっか!」


 そこまで言われて、ゼンタも漸く理解した。

 会いたいと請われた相手がそこにいないならば、ただ“いない”と言えばいいのだ。だが門番たちは、あのとき確かに“それはできない”と言った。


「ティサ姉ちゃんは、あの中にいるんだ!」


 ゼンタはもう一度振り返った。

 笑い続ける門番の姿も、今度は微塵も気にならない。少年が見つめるのはその向こう、壁のように高い塀の中にいる大切な人の姿だけ。今この瞬間も、彼女は怯え震えているのだろう。


「絶対助けるからね、姉ちゃん」


少年は決意を新たに、ムスタファー伯爵の屋敷に背を向けた。




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