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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
25/65

ムスタファー邸 1


 空いた扉の向こうを通り過ぎる男の姿に、ゼンタは洗濯の手を止めて飛び出した。


「ダラントさん! 姉ちゃんのことなんだけど……」

「今ちょっと忙しいんだ。また後でな」


 呼び止めたゼンタを手で制すると、ダラントは一度も振り返ることなくどこかへ行ってしまった。守られることのない口約束は、これで両手の指の数を越えることになるだろう。


 その場の勢いだけで神聖同盟に加わったようなゼンタであったが、今はバーデンと出会ったあの廃墟で暮らしている。その生活は、孤児院で過ごしていたころと大して変わっていない。今日も今日とて、ゼンタがするのは雑用ばかり。ティサを助けに行くどころか、同盟の活動すらひとつも無かった。

 少年の心には大人たちに対する不信感が募っていたが、不満を言おうにも、ダラントは忙しそうに歩き回っているし、バーデンのことは、あの日以来見ていない。


 バーデンに誘われた次の週の終わりに、ゼンタは同志として紹介を受けた。

 その日、廃墟に集まったのは十数人ほど。それで全員ではないようだったが、年齢こそバラつきがあるも皆大人で、彼らは子どもにしか見えないゼンタに気付くと、一様に怪訝そうな顔をする。


「彼はエイコン孤児院教会のゼンタ」


 見知らぬ大人たちを前に緊張した様子のゼンタの背を押して、バーデンが言った。

 彼らは口にこそ出さなかったが、子どもがこの場にいることを不思議に思っているのがわかるような顔をしていた。

 そんな彼らに、バーデンはどこか愉快そうな声音で告げる。


「彼はムスタファー伯爵の元にいる聖なる炎の使い手と同じ炎を出すことができるそうんだ」

「なんだって!?」

「それは本当なのか!?」


 それまでの不思議そうな顔が一転して、彼らは必死な形相で問い返す。

 バーデンは静かに手を上げることで黙らせると、ゼンタに向かって優しく言った。


「ゼンタくん、皆に見せてやってくれないか」


 その声に、ゼンタに注目が集まる。

 実のところ彼は、ティサとの約束もあるため、魔法を使うのはあのとき限りにしようと思っていた。しかし隠しておけない雰囲気に、渋々その指先に炎を灯す。

 バーデンは炎がもっとよく見えるよう手を揚げるよう促すと、口を開く。


「小さいが、彼によれば間違いなく同様の炎だそうだ」


 同盟者たちは、少年の指先に宿る程度の大きさ故に些か拍子抜けたようではあったが、一先ず納得したようだった。

 その様子に、ダラントが透かさず後押しする。


「聖なる炎の使い手として連れて行かれた娘は、コイツと同じ孤児院出身なんです。どうです、説得力があるでしょう」


 その言葉に納得したのか、そうではないのか。とりあえず反論は上がらなかった。

 ゼンタはその日より神聖同盟の一員として認められることとなり、廃墟で暮らすようになった。それは単に、バーデンに帰らないことを薦められたからである。


「君は秘密にしていたようだが、司教に炎のことを知られてしまえば、君も貴族の元に連れて行かれてしまう可能性もある。ここで良ければ留まる方が良い」


 ゼンタは孤児院に戻っても雑用を押し付けられるだけなので、それもそうかと孤児院を出ることにした。何よりその方がティサを早く助け出せると思ったのだ。


 しかし、その予想は今のところ大きく裏切られている。

 ゼンタは去って行くダラントの背中に向かって叫んだ。


「それなら僕も連れて行ってよ!」

「ああ。この次な」


 ゼンタが何度頼もうとも、ダラントがその約束を守ったことは今のところ一度も無い。彼は常に何やら気忙しく、依然はゼンタから話を聞き出すためか足しげく孤児院に来ていたことが嘘のようだ。

 ダラント以外の同志たちは、そもそもあまりここに近寄ることはないようだった。バーデンなどは、ゼンタがはじめてこの場にやってきた日が奇跡的な確率だったと示すが如く、まったくの一度もやって来ない。故にゼンタは誰に不満をぶつければ良いのかもわからず、廃墟で独り不貞腐れるしかなかった。


 そんなある日、今日も代わり映えしない一日だと腐るゼンタは、突然声をかけられた。


「坊主、どうしたんだ?」


 顔を上げると、子連れの男が立っていた。

 人の良い優しそうな顔をしているが、鍛え上げられた体つきと腰に差した剣を見るに、おそらく傭兵か何かだろう。こんな廃墟にやって来る傭兵は、同盟の協力者と決まっている。ゼンタはその顔を見たことがあるような気もするが、正確なところ憶えていなかった。


「誰ですか? 僕に何か用?」

「俺はラーセン。こいつはスノーレってんだ」


 男はゼンタに近づくと、快活とした笑みを浮かべて言った。

 ダラントを彷彿とさせる気安さと、それとは正反対に髭の無い顔を持つ男は、後ろにいる子どもの頭を優しく小突きながらゼンタに紹介する。

 スノーレと呼ばれた少女は、隠れるようにしながらも父の相手が気になるのか、小さく顔を覗かせていた。歳はゼンタよりも下だろう。渦巻く白髪は透き通るように輝き、真新しい衣服に身を包んだ少女は、愛されていることが良くわかる。

 ゼンタは、孤児院で自分より幼い子がいなかったため、少し緊張しながら手を振った。


「こ、こんにちは」

「ほら、お前も“こんにちは”って返してやれよ」


 ラーセンに促され、子どもは体を隠しながらも、ゼンタに向かって小さく手を振り返してくれた。

 突然泣かれるとまでは思っていないが、素直な反応を示されて心が温かくなる。


 気付くと、ゼンタは廃墟の庭に座り込んで、積もりに積もった愚痴を零していた。

 ラーセンは見た目の通り気さくな男で、話を聞くのも上手かった。普段から子どもと接することが多いからだろう。雑用を熟したと言えば褒め、約束を反故にされたと零せば同じように憤ってくれる。適度に子ども扱いしてくれるところも好ましかった。

 はじめはラーセンの影に隠れていたスノーレも、ゼンタの存在に大分慣れたようで、庭で蝶を追っていたかと思えば、今はゼンタの隣に座って地面に絵を描いて遊んでいる。


「なるほど。その姉ちゃんが聖女なのか」


 ゼンタはすっかり饒舌になり、バーデンらに秘密にしておくように告げられていたティサのことも話して聞かせた。もっとも子連れであるラーセンが、彼らの危惧するような何かを引き起こすようなことはしないだろう、という理性による判断もあったからだが。


「バーデンさんたちはティサ姉ちゃんを取り戻すのに協力してくれるって言ったけど、結局のところ僕が子どもだから何もわからないだろうって、はぐらかしてばかりいるんだよ!」


 ゼンタは殆ど叫ぶようにして言った。

 ままならない現状に対する焦りや、無力な己に対する怒りもあったが、中でも彼を苛立たせるのはそれだった。いっそのこと、全てはゼンタを引き入れるための嘘だと言ってくれれば、諦めもつくというのに。

 驚いたスノーレは、再びラーセンの影に隠れてしまった。土の上には、絵が途中のまま放り出されている。それを見ても尚ゼンタの唇は縫い付けられでもしたかのように動かない。


 すると急に、ラーセンが立ち上がった。


「よし! じゃあ俺と行くか!」


 彼は笑顔で、さも当然とばかりに提案した。

 ゼンタはただただ驚いて、困惑したまま首を傾げる。


「行くって、どこに?」

「ムスタファー伯爵の屋敷だよ。場所なら俺も知っているからよ」


 あっけらかんとした口調で、ラーセンはそう言った。

 ゼンタは目を剥いた。貴族の屋敷に平民が――それも孤児が、行けるはずが無い。

 まさか彼はそんなことも知らないのだろうか。ゼンタは信じられない気持ちでラーセンを見上げた。彼はそんなゼンタに首を傾げる。不可能であるなど微塵も思っていない顔だ。


 少年は、この人の好い傭兵が罪に問われるようなことにならないよう正してやらねばならぬと、半ば使命感に駆られて口を開いた。


「あのね、ラーセンさん。貴族街には僕らみたいな平民は入れないんだよ」


 優しく諭すような少年の物言いに、ラーセンは目を丸くした。

 次いで彼は、合点が行ったように微笑むと、ゼンタの頭を強く撫でる。


「大人になるとなぁ、子どもには思いつかないような裏技がいろいろあるんだよ」


 そう言って、ラーセンは気障ったらしく片目を閉じた。




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