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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
22/65

神聖同盟 1


「どうして受けてくれないんだよ!!」


 少年の悲痛な叫び声は、賑やかなギルドを一瞬のうちに静まり返らせた。

 冒険者たちは何事かと振り向いて、そこに居るのが貧しい身形の市民だとわかると興味を失くし、気を取り直して話し始める。辺りはあっという間に元の喧騒を取り戻した。

 その中で、少年は若い受付嬢に相手にまだ何やら叫んでいるようだ。


「ギルドは依頼を受け付けているんでしょ!? だったら僕の話を聞いてよ!!!」


 冒険者たちも、今度は振り返らない。

 受付嬢の方はと言えば、台の上に肘をついて、気だるげに爪を弄っていた。依頼人を前にする態度でないことは間違いなく、少年を相手にしないと言外に告げているのと同義である。

 しかし少年は、見当違いにも交渉を続けようと懐を漁る。


「お金なら……。ほら、ちゃんとあるんだ!」


 少年が懐から草臥れた布袋を差し出すと、嬢は冷めた目で見下ろした。

 彼女は受け取ろうともしていないのに、少年は仕舞う素振りを微塵も見せない。

 嬢は深い溜息をつくと、口を開いた。


「あのね、ギルドは慈善団体じゃないのよ」


 はっきりとした拒絶の言葉に、周囲の冒険者たちから少年に向かって野次が飛ぶ。


「そんな端金で誰が依頼を受けてくれるんだ?」

「俺は御免だな!」

「誰がガキのお守りなんてやりたがるよ」


 意地の悪い顔をして囃し立てる冒険者たちを止める者は一人もいない。

 受付嬢には、少年が悔しさに拳を強く握り締めたのが見えたが、彼女も止めるようなことはしない。分不相応な行為は嗤われる。それが条理というものだからだ。


 しかし少年は、周囲に味方が一人もいないとわかってからも、決して諦めようとしなかった。彼は気丈に顔を上げると、冒険者たちに食って掛かる。


「僕はガキじゃない。依頼人だぞ!」


 冒険者たちは顔を見合わせてから、再び大声で笑う。


「随分威勢のいいガキだな」

「けどガキはみんなそう言うもんだ」

「なんだとぉ!」


 少年が言い返そうとしたところへ、人の良さそうな集団が近付いてきた。

 彼らは皆、無数の傷が刻まれた頑丈そうな装備を身に着け、使い込まれた武器を携えている。それらはすべて丁寧な手入れをされているようで、どこにも見窄らしい印象はない。

 辺りにいた冒険者たちは、彼らを見た途端に口を閉じ、きまり悪そうに視線を逸らした。


 少年が目を丸くしてその一団を見上げていると、一番前にいた比較的若そうな弓兵が、彼の前に片膝をついて目線を合わせてきた。

 先程までの周囲とは打って変わって丁寧な態度に驚きながら、少年は己が持つ布袋を指す弓兵に、ないとは思いつつも、奪われまいと両手で握りしめる。


 もちろん弓兵は奪うことなどせず、静かに問うた。


「君が持っているのは茶色の硬貨かい?」

「そうです。銅貨です」


 突然何だろうと怪訝に思いながらも、少年は短く答えた。

 それに気を悪くした様子もなく、弓兵は穏やかな声で続きを口にする。


「ここで依頼をするなら、最低でもあと二つ上の位でなければ、受けてもらえないよ」

「二つ上って……金貨ってこと!?」


 驚き慌てて聞き返す少年に、弓兵はひとつ頷く。

 少年は言葉を失った。彼は普段市井で使っている悪銭――擦り切れて刻印が見えなくなっているような銅貨――ではなく、態々割に合わない取引をして手に入れた銅貨であれば、問題なく依頼できると思っていたのだ。だがそれは間違いだった。本当に必要なのは、銅貨の上の銀貨の更にその上。少年が生まれから一度も見たことの無い金の硬貨でなければ、依頼することすらできないとは、思ってもみなかったのである。


 弓兵には少年の失意が目に見えてわかった。それでも大人として、まだ幼く純真な者に対し、この不条理を教えてやらなければならない。

 弓兵は責任と自負そして哀れみを以て、優しく諭す言葉を口にする。


「ここは王都だから高いんだ。銅貨で依頼がしたいなら地方の町に行くしかない。それができないなら、そういう運命だったと諦めなさい」


 少年はその言葉を受け、ただただ項垂れた。

 周囲の予想に反して、少年は意外にも駄々を捏ねるようなことはしなかったのだ。もし誰かが哀れみで以て少年の依頼を受けてしまえば、皆がそれに倣うだろう。そうなればギルドの運営が破綻することは目に見えている。それがわかっているのかいないのか。彼が自分でそう口にしたように、少年はもう子どもではなかったのかもしれない。

 しかし落ち込む姿を見せぬまでの保持はまだ無く。あるいは絶望が深すぎるのか、少年は見るからに肩を落として、重い足取りで出口へ向かう。


「泣くなよぉ」


 せせら笑いと共に冷やかすような声が聞こえ、少年の歩みが止まる。

 幼い顔が怒りに燃え上げるより早く、別の声がそれを遮った。


「止めんか」


 たったそれだけだったが、怒りを含めた太い声に、笑い声は忽ち消える。

 少年が振り返ると、弓兵の後ろにいた歴戦の勇士を思わせる壮年の剣士が、眉間に深い皴を寄せて立っていた。睨め付けるような視線は、笑い声をあげた冒険者たちに向いている。


 自分のために叱責してくれたのだと気付き、少年は下唇を噛み締めた。震えそうになる体を抑え込んで、その場で一つ頭を下げる。


「ありがとうございます」


 顔を上げた少年がそう言うと、剣士は驚いたようだった。気難しそうに顰められていた表情が、目を丸くしたおかげで若返って見える。

 少年は彼に笑いかけると、今度は他の冒険者やギルドの受付嬢らに向かって頭を下げた。


「お騒がせしました」


 周囲全体が戸惑うような気配を見せる。誰も何も言えなかった。つい先ほどまで少年を揶揄っていた冒険者たちも、きまり悪そうに口を噤んでいる。

 少年はそんな大人たちを余所に、顔を上げると同時にギルドを飛び出した。




 ***




 涙を流す少年が市場を駆け抜けると、人々は一瞬立ち止まるが、それでも声をかけるまではいかない。故に少年は、ギルドを出てからずっと、荒れ狂う感情のままに足を動かしていた。


「ゼンタ!!」


 気が済むまで駆け続けるかと思われたが、急に呼び止められる。

 慌てて目を拭いながら、その声がした方向を涙が沁みる目で凝らすと、人の間からよく知るゴマ髭面の男が現れた。


「ダラントさん」


 ゼンタはぼんやりとした声で男の名を口にした。

 その憔悴した様子に、ダラントは驚き慌てて駆け寄ってくる。


「どうしたゼンタ。何があった」


 真っ直ぐと個を見て案じてくれるその様子に、ゼンタの涙腺が再び緩みだす。けれど奥歯を噛みしめて堪えると、少年は不出来な笑みを浮かべた。


「ダラントさんこそ、仕事はどうしたの?」

「俺のことはどうでもいいんだよ」


 ダラントはそう言って、ゼンタの腕を引くと建物の影へ連れて行く。

 抵抗する気力も湧かず連れて行かれるままのゼンタだったが、そこでもう一度「で、どうした」と、問われると、堪え切れずに涙を零してしまった。

 慌てて腕で乱暴に拭うが、一度流れ出すと中々止めることができず。すると不思議なことに、言うつもりの無かったことも一緒になって零れ落ち始める。


「ギルドは、金貨からじゃないと依頼を受けてくれないんだって」

「お前ギルドに行ったのか!?」


 ダラントは思わぬ言葉に声を上げたが、勝手に溢れ出す涙の所為で、ゼンタには答える余裕が無かった。


「せっかく頑張って銅貨を集めたのに、無駄だったんだ」


 呻くようにそう言った少年の姿に、ダラントは思わず息を呑んだ。

 同じ市井に暮らす彼には、ゼンタの辛労が容易に察せられた。しかしだからといって、彼にはどうしてやることもできない。精々が慰めの言葉をかけてやる程度である。

 だがダラントの知る少年は、賢い子どもだった。慰めが何の力も持たないことも知っている。だから彼は、少年の背を摩るのではなく、その隣に座ることにした。


 大通りから外れたそこは、喧騒から壁を一枚隔てたように静かで、しばらくの間、ゼンタの鼻を啜る音だけが聞こえていた。

 ふと、ダラントは思い出したかのように口を開く。


王都(ここ)には大勢の貴族がいるだろう。そいつらが自分の依頼を先にやらせようとして高い報酬を付けたのが始まりだって話だ。それでも最初は普通の値段でも請け負ってくれていたらしい。けどいつからか、ギルドは貴族相手の仕事しか受けなくなっちまった」


 ダラントの言葉は、妙な実感を伴ってゼンタの耳に届いた。

 未だ睫毛を濡らしている少年は、草臥れた男の顔を横に見る。


「そりゃあ誰だって同じ仕事なら高い方が良いだろうさ。けど、それじゃあ俺たち貧乏人には依頼する権利すら与えられてねぇのと同じだろ。そんなことあってたまるかよ」


 ゼンタはその言葉に激しく同調した。そして、そう言うからには、男は何かしらの打開策を持っているのだろうとも考えた。少年の涙に濡れた瞳が、希望を以てダラントを見上げる。

 しかし少年の期待とは裏腹に、ダラントが次に発したのは打開策などではなかった。


「けどな、それが王都だ。それがこのバース・エッカルドという国なんだ」

「そんな……」


 ゼンタは潰えた光を前に言葉を失う。


「それじゃあどうやってティサ姉ちゃんを連れ戻せばいいの?」


 消えそうな声で紡がれた言葉に、ダラントは目を剥いた。


「今なんて言った!? まさかあの姉ちゃん、本当に聖なる炎を使えたっていうのか!?」

「それは間違いなんだ!」


 掴み掛らんばかりの様子に驚きつつも、ゼンタは断言した。

 しかし現状を思い出すと、苦々し気に顔を顰める。


「でも司教様はそう思ったみたいで、ティサ姉ちゃんを勝手に(・・・)置いて来ちゃったんだ。だから僕は依頼を出して連れて帰ってきてもらおうとしたのに……。ギルドが駄目ならどうすればいいと思う?」

「待て待て。落ち着け」


 話を進めようとするゼンタを、ダラントは大きく手を振って遮った。

 彼はゴマ髭の残る顎に手を当てると、考えるような素振りをする。実際のところ、何かを考えているのだろう。ゼンタは彼に何か妙案が浮かぶのを待った。


 大して時間も経たぬ間に、ダラントは顔を上げた。その表情は普段と比べると随分と真剣味を帯びている。


「これは確認だけどよ。あの姉ちゃんは奉公としてじゃなく、聖なる炎の使い手として残ったんだな?」

「そうだよ」


 ゼンタがしっかりと頷くと、ダラントはすぐに別の問いを口にする。


「それは司教がそう言ったのか?」

「そうだよ。司教様が帰って来るなり、『ティサは聖なる炎の使い手だった』って言ったんだ」


 ゼンタはそう答えた後、小さな声で「そんなこと、ありえないのに」と、言った。

 ダラントはそれには答えず、何やら難しい顔で再び考え込んでいる。

 しばらくして、ダラントはゼンタに向き直ると、何かを言おうとして口を閉じるという動作を繰り返した。

 目に見えて迷っている様子に、ゼンタは首を傾げる。


「なぁ、ゼンタ。お前がそう言い切る理由は教えてくれねぇのか」


 思わず目を逸らしながら、ゼンタは首を横に振った。


「言えない。言ったらティサ姉ちゃんに嫌われちゃうから」

「いつかは話せるか」


 ゼンタはそう問いかけられて、返答に窮した。

 何分その理由とは、ゼンタとティサの間で交わされたとある約束に基づくものである。ゼンタ一人の判断で話してよいと定めるのはどうか。


「なら、聞いたら誰もが納得できるような理由かどうかだけ教えてくれ」

「絶対にわかるよ! わからないほうが可笑しいくらいのことなんだ!!」


 今度の問いには、返答を躊躇わなかった。

 ゼンタが逸るようにそう答えると、ダラントは「そうか」と、神妙に頷くと、再び考え込むよう顎に手を置く。

 それがいったいどんな策へと結びつくのだろうと、ゼンタは不思議に思いながらも、彼の口が再び開かれるのを待つ。

 またしてもそう時間を置かずに、ダラントは顔を上げた。


「ゼンタお前、姉ちゃんを取り戻すためだったら、どんな秘密でも守れるか」


 そう問うダラントは、ゼンタにはやはり普段とは違って見えた。




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