表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
21/65

エイコン市民街 4 END


 昨日と同じ時間に孤児院の外へ出たゼンタは、ダラントとの約束通り、己が見たこと聞いたことをすべて話して聞かせた。


「王の命令とあれば、近衛騎士が出てきても不思議じゃないな。どっかと戦争でもはじめるのかと思っていたが、取り越し苦労だったか」


 ダラントは何度も訳知り顔で頷いて、ゼンタはその様子を黙って見ている。


「聖なる炎なぁ、どんな炎なんだか。そもそも本当に存在するのか?」


 一体誰に問うているのか、ダラントは腕を組み、難しい顔で目を閉じている。

 その様子に、ゼンタは報告も済んだこともあり、彼の前から立ち去ろうとした。


「おい、待て待て」

「え、なに?」


 ダラントに呼び止められ、ゼンタは首を傾げる。


「それで、結局その姉ちゃんはどうだったんだよ。本当に聖なる炎は使えたのか?」

「さぁね。後でティサ姉ちゃんに聞いてみれば」

「かー! 一番重要なところじゃねえか!」


 ダラントは頭を抱える。しかし、急に顔を上げると、怪訝そうな顔をした。


「聞いてみればいいって、お前あの娘が帰って来ると思ってるのか?」

「帰って来るよ」


 ゼンタはそう確信していた。それがダラントには疑問である。


「どうしてそう言い切れるんだ? もしかしたら本当かもしれねぇだろ」


 そう尋ねるダラントは、騎士の話をした時よりも真剣そうな表情をしていて、ゼンタは少し驚いたが、彼の知る真実は変わらないので、自信をもって答えてやる。


「ティサ姉ちゃんは違うよ」

「だから、なんでだよ!」と、ダラントは嘆いた。


「ここらじゃ滅多に見れない別嬪だしよ、もしかしたらがあるかもしれないだろ。どうしてそんなに自信あり気に言うんだよ」


 ゼンタの自信の現れが、ダラントには全く予想がつかないようで、彼は腕を組んで唸り始めた。そんないい大人の姿に、少年の心はいくらか軽くなったような気がする。


「見た目って関係あるの?」

「聖女と言えば、優しく微笑む美人って相場が決まっているだろうが」


 妙に説得力のある声音と共に馬鹿らしい説明をされ、ゼンタは思わず笑ってしまう。

 そんな少年の姿に、ダラントは気付かれぬよう眦を下げた。


「まぁ、聖女様にしちゃあ、ちっとばかし愛想が足りないけどな」


 そう言いながら、澄まし顔をしてみせたダラントに、少年は声を出して笑った。

 しばらく笑いあった後、ゼンタは気を取り直して口を開く。


「確かにティサ姉ちゃんは凄く綺麗な人だけど、でも絶対に聖女なんかじゃないよ」

「なんだお前、実は虐められていたのか?」

「そうじゃなくて……」


 言い淀むゼンタに、ダラントは促すような視線を送る。

 ゼンタは躊躇した後、確信には触れないよう言葉少なに答えた。


「ティサ姉ちゃんは聖なる炎なんて使えないよ。あの人が使えるのは、ただの火魔法だ」

「だから、その火が聖なる炎かもしれねぇんだろ?」


 ダラントは続ける。


「お前の聞いた話じゃ、貴族や、それに宰相の前でも使ってみせたそうじゃないか。そういうお上の人間だったら、普通の火魔法かそうじゃないかくらい、わかりそうなもんだろ」


 上手い反論が思いつかず、ゼンタは口を噤むしかなかった。

 しかし、ゼンタの知る事実をダラントが知れば、ティサが聖なる炎の使い手ということは、絶対にありえないこと(・・・・・・・・・・)だとわかるだろう。だが、その理由を口にすることは、ティサに対する裏切りに値する。だからゼンタは沈黙を守るしかないのだ。


 二人の間には暫しの沈黙が落ち、ゼンタは話を変えることにした。


「それよりさ、ティサ姉ちゃんは戻ってきたらここに住むと思う?」


 きっと同意してくれるだろうと思っての問いだったが、ダラントの表情は晴れない所か、哀れみを浮かべてゼンタを見る。


「あの子は貴族様のところに奉公に出ているだろう? よっぽどのことがなけりゃ普通こんな所に戻ってきやしねぇよ」

「ど、どうして?」

「どうしてって、そりゃあお前、貴族の屋敷で暮らした方が良いからに決まっているだろ」


 まるで先ほどのゼンタのように、確固たる自信を持った声で、ダラントは言う。


「貴族とくれば、使用人にも見栄を張るものさ。綺麗な住み家に、清潔な寝床。食事も毎日与えられて、上手くすれば貴族にだってなれるんだぜ。こんなところより、よっぽど良いだろうが」


 それを聞いて、ゼンタはすぐに反論した。


「僕は孤児院でもいいよ。ティサ姉ちゃんも来るし」

「へぇ、そうかい」


 ダラントは言い返しもせず、ただ笑う。


「お前は変わっているからそう思うのかもしれないけどな、普通はもっと贅沢な暮らしをしたいって思うもんだぜ。特に女はな。綺麗な服に花だ宝石だと、そこらの町娘だって思うもんだ」

「ティサ姉ちゃんは他のみんなとは違うんだ!!」


 ゼンタは思わずそう叫んでいた。

 それでも尚、ダラントは笑いながら話し続ける。


「あれだけ別嬪なんだ。もしかしたら貴族の方から言ってきているかもしれないぞ。綺麗な服も、花も宝石も、なんでも好きなものを与えてやるから、あんな町には戻らないでくれってさ」

「ティサ姉ちゃんは絶対に僕のところに戻ってくるんだ!」


 そう言い捨てると、ゼンタは踵を返して駆け出した。

 後ろでダラントが何やら言っている声が聞こえたが、耳を塞いで孤児院に駆け込むと、扉を背にしゃがみ込んだ。


「ティサ姉ちゃんは帰って来る。だって約束したんだ……」


 己に言い聞かせるようにそう呟くが、目に入る床も壁はくすんだ色をしていて、所々罅割れている。己の身に纏った衣服は、何度も洗われたおかげで色褪せ、とても綺麗とは言えない。年長者であり、修道女であるティサは、もう少し良い服を着られるが、それでも貴族が着ているものと比べられるものではないだろう。

 ゼンタの脳裏には、シミひとつない純白のベールが浮かんでいた。


「約束したんだ……、約束したんだよ……」


 そっと右手を掲げて力を籠めると、僅かな魔力の波動のあと、指先に光が燈った。

 それは極めて小さな炎であり、ゼンタの吐く息に煽られて今にも掻き消えそうではあったが、確かにティサと同じ炎(・・・・・・)であった。




 ***




 しばらくの間、そうやって炎を見ていたゼンタであったが、馬車の走る音に勢いよく立ち上がった。

 教会まで走って行き、扉を開けると、やはり真っ先に目に入るのは騎士たちの姿であった。その数は少し減っており、全身鎧のあの優しい騎士はいなかったが、胸にある紋章は変わらず鍵と果実である。


 騎士たちの間にある馬車から、イェンシュテン司教が降りてきた。

 ゼンタは駆け寄りながら、ティサが一向に降りてこないことが気になった。挙句の果てには、彼女が降りる前に傍にいた騎士が扉を閉めてしまう。


「司教様、ティサ姉ちゃんは?」


 妙な胸騒ぎを覚えながらゼンタがそう尋ねると、司教は上機嫌に何度も頷いた。

 それから、愉快な気持ちが抑えきれないとばかりに、怪しく笑い始める。


「ああ、素晴らしい!! 奇跡だよゼンタ! 奇跡が起こったのだ!!!」


 イェンシュテン司教は恍惚とした表情で天を仰いだ。

 無意味に両手を天に掲げ、何度も下ろしては揚げるという動作を繰り返している。まるで正気ではなかった。


「私は確かにこの目で見たのだ! 素晴らしい! あれこそ神の御業に相応しい!!」

「司教様、何があったの? ティサ姉ちゃんはどこ?」


 ゼンタは司教の様子を不気味に思いながらも、必死に問う。

 何度もティサの名を繰り返し尋ねると、司教は漸く少年を意識の中に入れた。だがそれも束の間のことで、司教は再び「奇跡だ。私は見たのだ」と、言っていたかと思うと、唐突に叫んだ。



「我が弟子ティサは聖なる炎の使い手だったのだ!!!」



 まるで天啓を得たばかりに高らかと、両手を広げて宣言するその姿に、ゼンタは間違いが起こってしまったことを悟った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ