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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
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エイコン市民街 1


 今より百年ほど昔、初代エッカルド王が不死の怪物を相手に戦ったという話は、この国に住む誰もが知っている伝説である。

 初代エッカルド王は、辛い戦いの末に怪物の首を斬り落とし、人類の未来を勝ち取ったとされている。その場所にまるで墓標のように建っているのが、バース・エッカルド城だ。

 今やその周りには、戦火を思わせるものは何一つ存在せず、多くの民が平和に暮らしている。


 城下にある市民街のひとつエイコンに暮らす少年ゼンタも、そのうちの一人だ。


「おばさん、今日もシエルの実を九個ください」

「はいよ。毎日偉いねぇ」


 一人で市場をうろつくにはまだ幼いゼンタを相手に、八百屋の女将は慣れた様子で店の奥から赤い果実を運んできた。ゼンタの掌より大きく、女将の両手には小さいそれは、まるで今しがた採ってきたばかりのように瑞々しく、日の光を浴びて艶々と輝いている。

 人の好い女将は、態々少年の目の前で一つずつ数を数えてやった。


「さぁ、数が合っていたら手続きをしてちょうだいね。面倒だけれど王様の御命令なんだから、忘れちゃいけないよ」

「わかってます」


 少年がすました顔でそう答えると、女将は口の端を上げた。

 ゼンタはこの女性のことを親切な人だと思っているが、あまりにも子ども扱いをしてくるので辟易することがある。それが今だ。彼がはじめてシエルの実の受け取りをしたのは、もう何年も前のことだ。当然、配給の受け取り方くらい、わかるようになっている。

 女将から受給者名簿を受け取ると、ゼンタは間違えの無いようゆっくりと書き始めた。


「そういえば、司教様はまだ具合がお悪くて(・・・・)らっしゃるの」

「今朝は御祈りをしていたから、そろそろ元気になると思います」


 そう答えながら、ゼンタは本来であれば触れることは無いだろう上質な紙に、『エイコン孤児院教会』と綺麗に書き切ると女将に返した。

 一緒にペンを受けとりながら、女将は笑う。


「アンタまだ字が上手くなったんじゃないかい?」

「ありがとう」


 毎回繰り返されるこのやり取りにも慣れたものだ。

 ゼンタが愛想よく笑いながら、実を受け取ろうと女将の向こうへ手を伸ばすと、不意に辺りが静かになった。市場らしい喧騒はどこへ行ってしまったのか。女将も驚いた様子で、二人して辺りを伺うと、通りの向こうから何やら一団が歩いてくるのが見えた。


 甲冑に身を包んだ一団が、小隊を組んで歩いていく。

 その姿が通り過ぎると、辺りは再びいつもの喧騒を取り戻した。


「最近は騎士様も忙しそうだねぇ」


 その声に、ゼンタは我に返って振り返った。

 女将が訳知り顔で頷きながら、両手に抱えたシエルの実を差し出してくる。ゼンタは慌てて持っていた布袋にそれらを入れながら、先ほどの一団を思い出した。


「騎士様は、最近よく来るんですか」

「なにアンタ知らないのかい」


 女将は随分驚いたようだった。


「なんでも聖なる炎の使い手を探しているって噂だよ」

「聖なる炎……?」


 首を傾げるゼンタに、女将は得意げに話し始めた。


「あたしも詳しくは知らないんだけどね、噂じゃただの火魔法とは違うらしいんだよ」


 そこまで言ってから、女将は特別秘密にしたい様子でゼンタの耳に顔を近づけた。


「なんでも、アンデッドを倒すことができるらしいよ」


 凄いだろうと言わんばかりの表情だが、冒険者でもないゼンタにとっては、世の中に数ある事実のひとつに過ぎない。


「ふぅん。そうなんだ」


 と、ゼンタがただ頷くと、女将は不意を打たれたような顔をした。


「そうなんだねってアンタ、これがどれだけ凄いことかわかっているのかい?」

「うーん」と、ゼンタは曖昧な頷きを返す。

「これまでは光魔法じゃなけりゃ退治できなかったアンデッドを、火の魔法で倒すってことが、どれだけ凄いか……」


 女将はそこまで言って、ゼンタのような少年が不死者の恐ろしさを知るわけがないこと思い出したらしい。そこで代わりに、違う視点からその素晴らしさを教えることにしたようだ。


「もしアンタが聖なる炎の使い手なら、お城に住めるかもしれないよ」


 姫君に憧れる少女や、英雄や騎士を目指す少年であれば惹かれることもあったかもしれないが、ゼンタ少年の心は少しも揺さぶられない。

「ふぅん」と、頷くだけで気の無い様子に、女将は等々匙を投げたのだった。


 漸く解放されたゼンタは、布袋を大事に抱えて帰路につく。

道なりに歩いていく先、建物の隙間から小さく見える大きな白い建物が見えた。ゼンタは、それが平和の象徴と謳われるほど美しい城であるということしか知らない。


「お城ってそんなにいいところかなぁ」


 思わず零れた言葉は、市場の喧騒に掻き消されて、誰の耳にも届くことは無かった。






 ***






 ゼンタが孤児院教会に着くと、険しい顔をした司教が教会の扉の前で話し込んでいた。

 彼を取り囲むようにして立つ男たちは、先ほど女将と共に見た一団と同じ格好をしている。女将の言葉が正しければ、彼らは最近よく見るようになった騎士たちだ。

ゼンタは疑問に思いながら、見つからぬよう建物の影に隠れた。もちろん疚しいことなど一つも無いので、このまま教会に帰っても良かったのだが、普段は温厚な司教の表情が気になったので、少し様子を伺うことにしたのだ。

 しかし、ここからでは遠くて会話は聞こえない。司教が何やら思案顔で首を傾げているのが見えるだけだった。


「おう、ゼンタ」


 慌てて振り返ると、顔見知りの男が片手を上げた状態で固まっていた。男はゼンタの振り向く勢いに驚いたようで、ゴマ髭の目立つ顔で目を丸くている。


「なんだ、ダラントさんか……」

「驚かしちまったみたいで悪かったな」


 ゼンタが胸を撫で下ろすと、ダラントと呼ばれた男は後ろ首を掻いた。

 それから、ゼンタに倣って物陰から同じ所を見ると、顔を顰める。


「なんだって王城の騎士がこんなところに」

「王城の騎士? エイコンの騎士じゃないの?」

「よく見てみろ」


 と、ダラントはゼンタを促した。


「甲冑の胸元に絵が描いてあるだろう。鍵と果実の紋章はエッカルド王直属の近衛騎士の証だ。王城の中でも限られた部隊しか付けられねぇ特別なものなんだ。普段は王やその側近なんかを守ってるって話だが……」


 ダラントはそこまで言って、下から向けられる感心したような視線に口を噤む。

 その視線の持ち主であるゼンタは、一市民でありながらも王城内のことに詳しい彼のことを心底から尊敬していた。


「ダラントさん、騎士でもないのに詳しいね」

「ああ、いや、別に」


 ダラントは視線を逸らしながら、どこか気まずそうにそう言った。

 以前、子どもがどこからやってくるのかを聞いたときと同じ仕草をする彼に、ゼンタは何か子どもには言い辛いことがあるのだろうと、気を利かせて話を変えてやることにした。ゼンタは大人相手にも気を使える少年なのである。


「そんな人たちが司教様に何の用事だろう」


 じっと見つめていると、騎士たちは司教に一礼して、再び徒党を組んで去って行った。司教はその背中を見送ることもせず教会の中に戻っていく。

 ゼンタはその背中に声をかけようかと迷ったが、少年が駆け出すより早く、後ろのダラントが声をかけた。


「なぁ、ゼンタ」


 振り返ると、妙に神妙な表情をしたダラントが、ゼンタを真っ直ぐ見下ろしていた。


「お前、司教様から上手いこと聞いてきてくれねぇか」

「なにを?」

「さっきの騎士が何をしに来たのかに決まってんだろ」


 ゼンタは少しだけ嫌だと思い、答えに窮した。

 しかしダラントはそれを読んでいたようで、少年の小さな頭を上から押さえつけるように乱暴に撫でまわすと、豪快に笑って見せる。


「なに、無理して全部聞かなくていいんだ。司教様がお前に話したことを、ちょっとばかし俺にも教えて欲しいってだけさ」


 大人の男の力で髪を掻き回されて、ゼンタの頭はグラグラと揺れた。しかしそれを不快に思わないのは、父親を知らぬ少年の理想がそこにあったからかもしれない。

 ゼンタは親しみを持ってその大きな手を払い落とした。


「もう、わかったから。子ども扱いするなよな!」


 そう言いながら睨み上げるも、淡く染まった頬を膨らませている様子はダラントにとって何ら恐れるものではないだろう。その証拠に、男はニヤニヤと笑いながら少年の頭に再度手を乗せた。


「それでよ、できれば俺に教えたことも秘密にしてくれねぇか」

「なんで?」

「なんでもだよ。男同士の秘密だ。明日の同じ時間にここで待っているからよ」


 ダラントはそう言って、ゼンタの頭から手を離した。

 それを名残惜しく思ったゼンタは、ダラントと目が合った途端に、それを隠すよう腕を伸ばした。


「なんだよ?」


 ゼンタが掌を開いて突き出すと、ダラントは首を傾げた。


「情報料。いくら?」

「かーッ! 賢くなりやがってよ」


 と、男は大げさに驚いてみせた。


「くそっ、こいつで菓子でも買いな。まったくどこで覚えてきたんだ」


 悪態をつきながら、ダラントはゼンタの差し出した掌の上に拳を翳す。

 落ちてくる硬貨の感触に、ゼンタは「毎度あり」と、笑った。




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