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ブルー・ブラッド傭兵団  作者: 雑魚メタル
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英雄の出発 3


 ルベリアとオビチュアリは魔術院の中を並んで進んだ。

 時折擦れ違う魔術師が、オビチュアリの纏う真紅のローブを見て頭を下げていく。魔術師に馴染みのないルベリアにも、彼女がそれなりの地位にいるらしいことはすぐにわかった。

 態度を改めるべきかとも思ったが、相手の家名もわからぬ今は特に気にする必要もないだろうと鷹揚に考えると、ルベリアは気安い態度のまま口を開く。


「助かったわ。あの管理係は頭が固くて」


 オビチュアリはローブに覆われた手で口元を隠すと、目だけで微笑む。

 貴族の女がやるその仕草が、態とらしく思えてあまり好きではなかったのだが、オビチュアリがやると少しも違和感がなく、ルベリアは一層好感を持った。


「彼がお渡しできなかったのも仕方がありませんわ。転移魔法の封書は、普段は別のところにございますの」

「そうなの?」


 ルベリアの問いに、オビチュアリは徐に窓に近付いて、そこから見下ろす中庭を指差した。


「ほら、あそこですわ」


 ルベリアが並んで中庭を見下ろすと、よく手入れされた緑の真ん中に囲まれて、魔法陣が描かれた石造りの床があり、その中心に小屋ほどの小さな建物があるのが見えた。華美な装飾の多い魔術院にしては質素な建物だ。


「あそこに封書が?」

「転移や召喚といった貴重なものは全て保管されていますの。先ほどの管理室にはお渡しする許可が出された分しか置かれてはおりません。ですから彼もお譲りできなかったのです」

「へぇ、知らなかった」


 ルベリアは己の無知が露呈した様な気がして僅かに苛立ったが、オビチュアリが自慢するようでなかった分、その怒りもすぐに忘れられた。


 二人は再び並んで歩き始める。


「床の模様は探知魔法? あの小屋から出すときには一々描き直すの?」


 ルベリアがふと疑問に思って訪ねると、オビチュアリは嫌な顔もせず答えた。


「このローブがあれば入れますのよ」と、真紅のローブを摘まんで見せる。

「赤色のローブには予め魔力が込められておりますの。どなたが封書を取り出したのか、その魔力を見ればわかりますのよ」

「へぇ」


 騎士であるルベリアにとっては、魔術と言うのはよくわからない。自ずと気の無い返事になってしまったが、やはりオビチュアリは微塵も表情を動かさなかった。

 やがて二人は一段と豪華な扉の前に辿り着く。


「さぁ着きましたわ」


 オビチュアリがノックもせずに慣れた様子で扉を開けて入って行ってしまったので、ルベリアもその後に続いた。




 ***




 部屋の中は赤で溢れていた。

 壁も床も、オビチュアリが着ているものよりも深い色ではあるが、真紅で覆われている。所々の装飾はそれに似合うよう銀ではなく金で施されており、部屋にある机や本棚といった調度品も趣がある色合いで揃えられていた。


 ルベリアが一歩踏み入れると、敷き詰められた毛足の長い絨毯に足が沈み、彼女が歩いた後が色濃くなった。

 思わず足を止めたルベリアを余所に、オビチュアリはすぐに消えてしまう足跡を残して、進んでいってしまう。

 彼女は戸惑うルベリアを背に、部屋の最奥にある一番豪華な机の前までやってくると、その机を無遠慮に人差し指で叩いた。


「師長、転移魔法の許可を頂きたいんですの」


 億劫そうに顔を上げた初老の男は、その先にいるのがオビチュアリと気付くと表情を喜色に替えた。だがその後ろにいるルベリアと目が合うと、不機嫌そうな顔に戻ってしまう。

 師長は何か言いたげな視線のまま口を開く。


「転移魔法? そちらのお嬢さんにかな?」


 魔術師長の眼が、ルベリアの腰に向き、その胸の階級を確かめると、オビチュアリに向く。

 オビチュアリは微塵も表情を変えることなく、頷いた。


「最北の地へ行きたいとのことですわ」

「もうすぐ大英雄の出発式が行われるはずだけれど……」


 魔術師長の眼が、再びルベリアの方を向く。

 今度は目が合ったので、彼女は自分が一番魅力的に見えるよう微笑んだ。

 しかしやはり騎士たちのようにはいかず、魔術師長は興味の欠片も無い様子で首を横に振った。


「許可できないな。今日だけで何人の馬鹿がそう言ってきたことか。英雄など見たところでどうしようもないだろうに。まったく馬鹿が考えることはわからんね」

「私は見学目的では……!」

「オビチュアリくん、友人は選んだ方が良いよ」


 反論するルベリアのことなど視界にも入っていないようで、魔術師長はオビチュアリに優しく言い聞かせた。

 その横から、真紅のローブを纏った別の者がそっと耳打ちする。

 魔術師長は僅かに驚いたようで、その瞳を丸くした後に、ルベリアを一瞥した。


「なるほど“貝の大地(シェルグラス)”の……」


 こちらを見ながら呟かれた言葉に、ルベリアは思わず口を噤む。

 魔術師長は急にルベリアへ微笑みかけると、静かに詫びた。


「お役に立てず申し訳ない、シェルグラス嬢。封書の許可はすぐには出せないのだよ」

「ですがっ! 宮廷魔術師長のあなたであれば……」

「申し訳ないね」


 師長はルベリアの言葉を遮りながら徐に席を立つと、そのまま帰ってこなかった。

 屈辱に震えるルベリアの肩を、オビチュアリが気づかわしげに撫でる。


「お力になれずすみません」

「いいのよ」


 頭を下げるオビチュアリに、ルベリアは素っ気なく答えた。

 謝罪は当然だと思った。オビチュアリが全く役に立たなかった所為で、封書を手に入れられなかったのだ。彼女が高位の魔術師であるかのように振舞ったことで期待が高まった分、落胆も大きかったということもある。


「アンホールド様、少しよろしいでしょうか」


 別の者に呼ばれて、オビチュアリもまたルベリアの元から去って行く。

 ふと、机の上に置かれたローブが目に入った。オビチュアリが身に纏っていたローブだ。

 ルベリアはここに来る途中で彼女から聞いた言葉を思い出した。中庭にある封書の建物。そこには真紅のローブさえあれば入ることができる。


 ルベリアはローブに手を伸ばす。

 オビチュアリの方を伺うと、彼女は同僚と話し込んでいて、こちらを見ていない。


「……少し借りるだけよ」


 ルベリアは誰に言うわけでもなくそう言うと、ローブを掴んで足早に部屋を出た。




 ***




 中庭に降りて、ルベリアはまず辺りを伺った。床に描かれた魔法陣以外に、魔法が仕掛けられているような気配はなく、見張りもいなかった。ここに重要なものがあるとは、知らなければわからないだろう。もっとも魔術師であればわかるような仕掛けがあるのかもしれないが、騎士であるルベリアには到底わからない。

 ルベリアは意を決し、持っていた真紅のローブを羽織ると、逸る心を抑えつつ足を踏み入れた。


 はたして、魔法陣は彼女に反応しなかった。

 それがわかる否やルベリアは駆け出していた。真っ直ぐに建物に向かい、その取っ手を掴む。しかし扉には鍵がかかっていた。

 仕方がないので忍ばせていた短剣で叩くと、物理攻撃に備えていなかったのか、鍵はあっけなく壊れた。


 扉を開くと、人一人ほどのスペースを残して建物内は封書で溢れていた。

 それだけで一財産になりそうな光景に圧倒されながらも、ルベリアは素早く意識を切り替えて、此度の目的である転移魔法の施された封書を探す。


「転移魔法の封書は青色だったはず……」


 ルベリアがざっと建物内を見回すと、棚の一番上にそれらしき青い束が見えた。

 背伸びをすれば届かない高さではない。彼女は手を伸ばしてその中の一つを取ると、期待に胸を高鳴らせて表紙を見る。

 そこにはアブラプトゥムで見たものと同じ魔法陣が描かれていた。


「これだわ!」


 ついに手に入った封書を前に、ルベリアは歓喜の声を上げた。

 彼女は再び棚の一番上へ手を伸ばすと、迷った末に、同じものを二つ取った。

 手にした三通のうち、二つは最北の地への往復分だ。そしてもう一通は、万が一間に合わなかった場合に船の上まで転移する分。もっと余分に持って行くことも考えたが、良心が咎めたのだ。船の上からでも王都までは一度で飛べる。予備は必要ないだろう。


 封書を懐に仕舞うと、ルベリアは建物を出た。

 院内に戻りながらローブを脱ぐと、悪いとは思いながらも、窓から投げ捨てる。


「この国のためよ」


 ルベリアは誰に言うでもなくそう言い訳をすると、足早に出口へ向かった。

 自ずと駆け足になるのを抑えながら、ルベリアは進む。


「許可なんか出なかっただろう」


 途中通りがかった封書の管理室から、馬鹿にするような声が聞こえたが無視した。

 ルベリアは魔術院を出た瞬間に封書を破ると、最北の地へ飛んだ。



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