プロローグ
バース・エッカルドから東に三つの雨雲を越えたところに、かの有名な大監獄アブラプトゥムは存在している。
かつてアブラプトゥムは純度の高い魔石の産地として人やモノやで大いに賑わっていた世界でも有数の巨大都市であった。
それが今や、本国と繋がる橋は落ち、鉄柵が周りを囲み。寂れた港に修復の目処はなく、打ち寄せる波に削られた湾内は船の進入すら拒んでいた。
ここにやって来る人間は年に数えるほどしか存在しなく、その殆どが一日を待たずして去って行く。
それ故に、エッカルド王の最初の政策として、アブラプトゥムに監獄を移したことは、ある意味で成功したと言っていい。
ここに収容された囚人たちは、バース・エッカルドにて重罪となったどうしようもない悪人ばかりであった。
彼らは獄中にあっても、看守を買収し、面会人を要立てて、そこがまるで己の国であるかのように振舞っていた。
それが、ここでは何一つ同じようにはいかない。
いわば巨大な離れ小島のような大監獄アブラプトゥムには、看守がいなければ、面会に来る者など一人もいるはずがない。
年に数回、人権団体の無用な善意のために、囚人たちへ食料を運ぶという役目を負わされた者がいることもあるが、その殆どは態々好んで足を運ぶ者など居らず、上空から投げ落とすだけになっている。
それ故に囚人たちの姿を見ることはなければ、囚人たちも見ることは無い。
本国において畏れられ、あるいは一種の尊敬を集めていた大罪人たちは、はじめて己と同じレベルの者たちだけの環境において、いかにして上に立つかを考えた。
そして彼らは悪人ばかりであったが故に、そこに暴力と殺しを持ち出した。
彼らは誰に命じられたわけでもないが、ひとり、またひとりと、まるで蟲毒のように数を減らしていった。
エッカルド王は己の手を汚すことなく、囚人の数を大いに減らすことに成功したのである。
囚人たちの中にも、争うことに否定的な者もいた。それが改心によるものかそうでないかは、今となってはもうわからない。彼らも例に溢れず他の囚人に殺されたか、暴力から逃れる前に受けた傷によって息絶えていったからだ。
アブラプトゥムには、今でも時折大罪人がやって来る。
一人であったり、二人同時であったり。人数はやはり少なく、その理由も様々だが、彼らはここへ来ると態度を一転させ、一様に己の罪を悔いて泣き、置いていくくらいならば殺してくれと懇願した。
エッカルド王は囚人の命すら奪わぬ、慈悲深い方である。