空想文学少女
町外れにある小さな図書館。
そこは、私のお気にいりの場所だった。
訪れる人は少なく、まして平日の夕方などは
私と司書さん以外は誰もいないことの方が多かった。
お日様のやわらかな光が差し込む中、
少し埃っぽいそこで、ゆったりと本を読むのが
私の日課であった。部活にも所属しておらず、特に
親しい友人もいない。強いて言うなら、シェイクスピアかな?これから話すのは、そんな私が経験した、
小さな恋のお話。
ある日のこと、私はここで、次に読む本を探していた。洋書ばかりをよんでいたため、たまには和書でも読もうかと思い、棚を眺めていると、あるタイトルが目に留まった。私はその本を手に取ろうと背伸びをして手を伸ばしたが、届かなかった。しかし、その本は手に取られ、私の眼の前に差し出された。その本のタイトルは…
『この出逢いは恋の始まり』
私が目線を上げると、そこには私より少し年上に見える、優しそうな男の人が立っていた。
「この本、だよね?」
彼の声は、優しいけれど、芯のある声だった。
「あ。は、はい。」
「はい、どうぞ。」
彼から受け取ったその本はふんわりとした手触りで、お日様の匂いがした。
「…どうも。」
何故だか恥ずかしくて私は俯いてしまった。
「君も彼、好きなの?」
彼とは、その本の作者のことだった。
「あ、えっと…私、あまり和書は読まなくて…」
実際、私は和書はほとんど読まない。
有名所は嗜む程度には読んでいたが。
「あ、そうなんだ。」
少し残念そうに彼は言った。
「あの、『君も』ってことはあなたは…」
「うん、俺、彼の大ファンなんだ。彼の登場人物を
面倒くさがらずに全員最後まで物語に関わらせるっていう作風が好きなんだ。」
少し興奮気味に彼は言った。
「そうなんですか。読むのが楽しみです。」
「君は、よくここに来るのかい?」
「はい。よくというか、ほぼ毎日ですね。」
「そうなんだ。実は僕、最近この辺に引っ越してきて、図書館を探していたんだ。前の街でも図書館に通っていたからね。で、ここを見つけた。」
「そうなんですか。…ここ、埃っぽくないですか?」
「言われてみればそうかもしれないね。でも、だからいいって人もいる…君はそうなんだよね?」
「はい。落ち着くというかなんと言うか…」
「分かるよ。その感じ。…人が少ないね。この図書館は。」
図書館内にいる利用客は、私達2人だけだった。
「平日っていうのもありますけど、もともとあまり人は来ませんね。だからお気に入りなんです。」
「へぇ。じゃあ僕もお気に入りにしちゃおうかな。
君にその本の感想を聞いてみたいし。」
「あ…はい!是非!」
彼にまた会えると知って、私は何故か胸が高鳴った。
「でもなかなか会えないかもね。僕明日から普通に
講義に出なくちゃいけないからほとんどここには来れないと思うし。」
「あの、お兄さんは大学生なんですか?」
「うん。A大の文学部。きみは高校生かな?」
「はい。」
「やっぱりね。そうなんじゃないかと思った。」
「…それって私が子供っぽいってことですか?」
バカにされたようで、少しムっとした。
「あはは、違うよ。うちの学部に君みたいな子がいれば、噂にならない訳ないと思ってさ。」
「それってどういう…?」
…よく、意味がわからなかった。
「君が可愛いってことだよ。」
彼がとんでもないことをさらりと言う。
「…そんなことないですよ//」
突然の言葉に私は戸惑った。
「そうかな?僕は可愛いと思うけど。」
恥ずかしげもなく、彼が言う。
「あ、ありがとうございます//」
先程までの怒りは何処かへ消え去り、恥ずかしさで
私の頬が夕焼けのように真っ赤に染まった。
その時、6時を知らせる鐘が鳴った。
「…おっと。もうこんな時間か。」
「本当ですね。そろそろ帰らないと。」
うちの門限は、6時半だった。
私は普段から、一応守るようにしている物であった。
彼とは帰る先が全くの逆方向だった。
出口で互いに手を振りあい、別れを告げた。
「それじゃあまた。…感想、楽しみにしてるから。」
「はい、それでは、また。」
私は何となく名残惜しさを感じたが、それを口に出すことはしなかった。理由が分からなかったからだ。
彼の姿が見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。すると司書さんがやってきて、本を渡してくれた。
「これ、忘れてたよ。」
それは、彼に取ってもらった例の本だった。
「あ。ありがとうございます。」
「百合子ちゃん、いい男だったね、今の人。」
「え。あ、そ、そうですね//」
「ふふっ。百合子ちゃんもお年頃なのね。あ、その本私も読んだことあるけれど、とても面白いわよ。それに今のあなたにぴったりかも。」
「そうなんですか。早速帰り次第、読んでみます。それじゃあ…」
「また明日、かしら?」
「はい!また明日!」
彼へのこの思いはなんだか分からないけど、
この本を読めば、分かるような気がする。
そんなことを思いながら、帰り道を急ぐのでした。
結局それから彼に会うことは無かった。
親の都合で都心へ引っ越すことになったからだ。
本を読みきった結果、思いの正体は恋であると
仮定した私だったが、
それを確かめる術をもたなかったため、
大切な思い出としてこころに留めておくことにした。
…いつかまた会えたら。この思い、伝えたいな。
完