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リバイズ  作者: ユウイ
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窓の向こう。日が傾いて、外の景色が橙色に変わっていく様子をなんとなく眺めていた。

店内の所々に置かれた間接照明がムードを出しているからか、そこで飲み食いする人々もどこか大人っぽい雰囲気で。

ガラス張りの店には椅子が無く、客達はその長いカウンターと小さなテーブルに並んでワインやビールを小さなつまみと共に楽しんでいるのだ。

このお洒落な立ち飲みのお店を選んだのは、せっかく他県に来たのだからと、どうせなら普段行かないようなちょっとこ洒落た店でも散策しようじゃないかと、仕事終わりにふらふらしていた私の目に止まったからだった。

入ってみれば良い雰囲気だし一人で呑んでいる方々もかなりいて、それに習って私も隅のカウンターを陣取った。

気分がとても高揚していた。初めての仕事にしては上手く商談がまとまったので、達成感と優越感に浸りつつ密かに一人で祝杯でもあげたい気分だった。

普段あまり呑まないワインを頼んで、それからお洒落なおつまみをチョイス。

今日の出来事を思い出して緩む顔を抑えつつ、頼んだものが来るまでの間、外を眺めて待っていた。


そうだ、上司にも報告しておこう。

バッグから携帯を取り出して上司の名前を探す。

きっと自分がするはずだった商談の話が気になって仕方なかったのだろう。

見つけた番号に掛ければ、僅か数コールで出た。



「あ、田中です。お疲れさまです」


「はい。上手くまとまりました。今回はその通りに進めてくれると」


「…いや、そんな事ないです。大和さんにお大事にと言葉を頂きました」


「はい。…はい。ありがとうございます。大丈夫です」


「ええ。はい。あ、そういえばあの…あれ、もしもし?大和さん?…もしもし?」



切られてしまったようだ。耳に当てた携帯からはツーツーと無機質な音しか聞こえなかった。

最後の方に「今の時間電話は禁止ですよ!」と声がしたので、大方看護師の方に没収されたのだろう。

電話を掛ける時間帯をちょっと間違えたなと僅かに罪悪感を抱く。

すいません。上司、大和さん。

心の中で小さく謝罪しておく。


そうして電話しているうちにワインもつまみも手元に来ていたので、宙に向かってグラスを向ける。

えー、初めての仕事が上手くいきました。私、おめでとう。乾杯。

言葉にせず祝辞をあげて、ワインを一口。

チーズやらサーモンやらが綺麗に盛り合わせられたカナッペを肴に。

普段食べないお洒落な味は、とても味わい深い。


有島がいたらなあ、と無意識に考えてしまう。

そういえば、気付けばほとんどいつも一緒に呑んでいただろうか。

じわじわと仕事が辛くなってきていた時とか、周りの三倍の仕事をこなしたと自慢したかった時だって。

長年いる先輩方より立場が上になってしまった事。そしてその優越感と、とてつもない不安を抱えていた時。

いつも呼び出しは有島からだったけど、何故かいつもタイミングが良くて、そしていつもそれを待っていたのは私だった。

最後までうだうだぐちぐち言ってる時も、特に何も言わずただ呑みまくっている日も、適当にはいはいと相手してくれていた。

一緒のクラスになった、中学生の時からそうだった。有島は人との距離を測るのが上手い。

コミュニケーション能力も高かったけどそれだけじゃなくて、人一倍周りを見てるから細かな気配りが出来ていた。だから有島の周りには人が集まるのだろう。

私もそれに救われた部分もあった。そして、今では無二の親友だと、ついこないだまでは思っていた。

私と有島を比べたら、それはもう天と地との差がある。

片や仕事と酒に生きる女を捨てた女と、片やエリートコースまっしぐらの文句のつけようのないスペックを持った男。

だからこそあんな関係にはなり得ないだろうと思っていたし、そしてなりたくなかった。

いつまでもその友人の席に座していたかった。そしてそれを汚してしまうのは、私にとってあり得ない「無理」な事だった。

今日の仕事だって上手くいったから、いつもだったら一緒に吞んで、「祝杯として今日は有島の奢りね」「いつも奢りだろ」「ごち」「ふざけんな」なんて会話が安易に想像出来るくらいなのに。



「この白をグラスで」



既に空いてしまったグラスを置いて、新しいのを注文。

青くカビたチーズを齧って、ため息が漏れる。美味しい。



「…禁酒しようかな」



ただでさえ頭がいっぱいいっぱいなのに、酒の席で更に思い出してしまうなら、しばらく酒を絶った方が良いかもなんてそんな気さえしてくる。


バッグから携帯を取り出して、その名前のメールを見つける。

そういえば、仕事が終わったら見ようと思ってたんだったか。

あの日の一番古いメールに遡って、意を決してそれに目を通す。



『電話出ろ』


『電話出ろよ』


『ごめん』


『出てくれ』


『悪かった』


『田中、話がしたい』


『お願いだから、電話出てくれ』



あとはいくつかのごめん。

後になればなるほど悲痛さを感じさせるそれ。

そして、最後に今日来たメールを開く。



『明後日の八時に駅前で待ってる』



いつもの端的な時間と場所のみのメールじゃなくて、待ってるの言葉がついたそれにはどんな意味が込められているのだろうか。

何の用だろうか。無かった事にして呑みに?それとも掘り返して話す為?何の為に?

何の為にこのメールを送ってきたのか、意図が分からず思わずくぐもった声が漏れた。

明日は新幹線で会社に戻り、書類や決算をまとめたのち早めの退社。明後日はいつも通りの仕事。そして明々後日は休みだった。

バックから取り出したスケジュール表を眺めながら、その明後日八時は丁度退社の時間で、なんかタイミングが良いなと思う。

これが明日だったりすれば早めの退社だから時間がズレて待たなければいけない。もしくは行かないでそのまま帰るか。

あの時出張の日を言っていなかったので、有島は知らないはず。なら今日と言われる可能性だってあったのに。

いつもいつも、妙にタイミングが良い男だ。

問題は、その待ってるに対して私が行くかどうかなんだけど。


ここまでずるずるとメールも見ず電話も出ず一切の連絡をシカトしてきた。会社の最寄り付近ではそそくさと早足で動いていたし、極力会わないようにと会いそうな場所はなるべく避けてきた。

確かにそれも気を張って疲れるには疲れるのだけども、ただどうして会えばいいか分からなかった。

会った時に、どんな顔して、どんな事を言えばいいのか分からなくて困るから、だから会いたくないのだ。


もしあんな事がなければ、きっとずっとこれからも呑み友達としていられたのに。

なんてしても遅い後悔ばかりが募る。

行くか、行かないか。


有島はどう思っているのだろうか。

あの日の事。今。これから。そして私の事。

きっと私の事は、身体を重ねた女としか見てないだろう。

だとしたら、今までの関係は全て破綻してしまった。

これからなんてない。もう、二人で仕事終わりに酌し合う事も無いのだ。

元々情も人付き合いも薄い私にとって、誰かと縁を切るだとか、絶交というのはなんて事なかった。

所詮他人なんてどうでもいいのだ。

有島と中学以来の再開するまでは、一人でふらふらと飲み歩くのが日課であったから、今更一人が寂しいなんて事もない。

自他認めるこの可愛げのなさだ。また一人になろうと、それは日常が戻って来ただけだ。


行かない。

いや、最後に一度だけ。

でも、行ったところで私は普段通りに接する事が出来るだろうか。

無理だ。それは出来ない。

一度だけ考えた事がある。もし有島と私が男女の関係になってしまったら、と。

まずあり得ないのだけど、もしも本当にそうなってしまったら。

すぐにその関係は終わってしまうだろう。

どこぞの占い師も仰天の早さでその答えは出てくる。

何故かと問われれば、まあ釣り合わないし、やはり一番にあり得ないから、というのがぶっちぎりで出てくるのだ。

いくら考えても、そんなものは想像すら出来なかった。

彼氏いない歴がイコール年齢ともなると、そういった妄想すら出来ないらしい。

私の乏しい欲と知識と妄想力では掻き立てられるようなものは湧いてこず。

その出来ない妄想に無理矢理ねじ込もうとしてしまった有島には申し訳なかったと少しだけ思う。



「これバゲットついてるんですか?あ、じゃあこのレバーペーストお願いします」



行くか行かないか。

それは今すぐ決めなくてもいいかと思い直して、新しく来た銘柄の違うワインに口付けた。

あまり飲まないのでワインの違いは飲みやすいか飲みにくいかの違いしか分からないのだけど、ここに置いてあるワインは私の口に合うようで、進んでしまうつまみをまた追加したところでふと我にかえる。

財布の残高はいかほどか。

恥ずかしいので周りに隠しつつ、財布の中身を確認。そしてほっとする。

まだ数杯は呑み食い出来ると安心して、いつも通りの酒豪っぷりを周りにひけらかしたのだった。


因みに私が一人でいるので一緒に呑もうと声を掛けてきた男性方がいたのだが、私が「ご馳走してくれます?」と言うと一度了承したのち伝票を見てあっさり退散したという事があった。

本気でご馳走になろうと思っていたわけではない。けど、一度了承しているのを断るってカッコ悪いなーと思ってしまった。

有島だったらぐちぐち言いながらきっと奢ってくれるのだろう。

私は酒を呑みに来ているのであって、ナンパ待ちをしているわけでもミーハーで来ているわけでもない。

もう一度言おう。私は酒を呑みに来ているのだ。

ともあれ普段人に声を掛けられる事なんて、キャッチやビラを配ってる人にしかされた事が無かったのでちょっとだけ驚いた。

ただ、声を掛けるくらいならもう少し根性持てよと思う。

まあいくら根性があったところで一緒に呑むかどうかと言う問に関してはノーと答えさせて頂く。


いくらか呑んで、満足した私は帰路を急ぐ。

特別急がなければいけない用事は無いのだが、ただ今日は長旅であったし、仕事も上手くいって美味い酒も呑めた。

その余韻に浸りつつベッドに転がるのが酒を呑む事に次いで二番目の至福の時だからだ。

その楽しみを控えて少し小走りになる私だった。

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