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リバイズ  作者: ユウイ
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あれから数日。

私は見慣れぬ土地に舞い降りて、このごちゃごちゃしたような雰囲気に謎の感動を覚えていた。

生まれてこの方出身県を出たことがない――学生時代の修学旅行などではあったがプライベートでは引きこもりだった――為、密かに旅行だとかそういうものに興味を持っていたのだ。

日々仕事に追われ、毎日の楽しみも酒。酒。酒。別の趣味を持とうかなんて考えた時に、ちらと心の奥底で顔を出したのだ。

まあ結局の所一に多忙、二に億劫、三に金欠と揃いも揃っていたので、興味を持つだけ持ってそのままダンベルよろしく話題に持ち上げては下げてを繰り返していただけだったのだが。


私を降ろして去って行った新幹線に背を向けて、携帯で位置情報を調べる。

駅周辺の安いビジネスホテルを目当てにガラガラとキャリーケースを引けば、階段を降りたり上ったりと無駄に体力を消耗させられる。

いかんせんキャリーケースを持って動き回るのに慣れていないので、新調した扱い辛さもあってか足取りもゆっくりになるのだ。

わざわざこの為にと持っていなかったキャリーケースをネットでポチっとして、届けられたそれに目を輝かせたのは二日前。

これを引いてそのまま観光と行きたい所だけど、今回は旅行でも何でもなく、残念ながら先日入院した上司に代わっての出張に来ただけだった。

初めての仕事に少し憂鬱になりながらも、意外と軽い足取りで、そしてゆっくりと今日の宿を目指すのだった。


今は感謝すらしている。

意を決して電源を入れた携帯の、メールが二十件と電話が三十件という数字。それは果たして誰からであろうか。

そんなものは一人しかいない。有島だ。

あの事件の日の携帯に表示された件数を見て眩暈がした。

次はいつかかってくるのかと布団に包まって、まるで取り立てに怯える借金を抱えた夜逃げ前の人みたいだなんて自分で思った。

でも予想とは違い、その日以降翌日からはピタリと連絡が止んだのだ。

止んだら止んだで嵐の前の静けさに怯える人と化してしまった私だったのだが、とりあえずそれまでに来た連絡はシカトして普通にいつも通りの出社をした。

有島とは会社の最寄りが一緒で、もしかしたら会ってしまうかもと懸念したものの、そんな偶然あるわけもなく。

連絡だらけの電源を落とした携帯を持ち、もし会ってしまったらどうしようと恐怖に怯える日がそう何日も続いては精神的にもキツイので、幸いにもそこから離れられる仕事があった事に少なからず感謝をしていた。

最初は何故仕事がこんなにも多いのかと上層部に嘆いていた私だが、逆に有難い状況になってしまった事は否めない。

とにかく、そうして私は今日の出張の日を迎えたのだった。


因みに来たメールの最初の何通かを新幹線の中で読んでみたのだが、そのどれもが電話に出ろだとか連絡しろだとかシカトするなだとかそういったメールであった。

どうせ全部同じようなメールだろうと読むのも面倒になって、それ以降は既読にだけして内容に目は通さなかった。


まるで夢の国に遊びに来たかのようなテンションでホテルに入り、フロントでチェックインを済ます。

駅近の安いビジネスホテルだけど、入ればそこまでの広さは無いものの思いの外綺麗で、キャリーケースと手持ちのバッグを部屋に投げ出してから弾みの良さそうなベッドに体も投げ出した。

新幹線に長時間乗ってるのって意外に疲れるらしいと一つ勉強になった。


ベッドの上からヒールを投げ捨てて、スカートをたくし上げてあぐらをかく。こんな格好、親にも誰にも絶対見せれない。

仮に見せたとしたら何と言われるだろう。きっと女を捨ててるから始まり、誰か良い人はいないのか、知り合いにこういう人がいてどうのこうのと始まるのは目に見えている。

嫌な事考えてしまった。はあ、と一つ溜め息をついて、シワにならない程度にスーツを直しキャリーケースからパソコンを取り出した。


こちらに来る前、会社である程度仕上げた書類を書き上げていく。

右手でキーボードを打ちながら、左手にはホテルに来る途中のコンビニで買った、有名なカフェのブラックコーヒー。

砂糖もミルクも入っていないそれを、私は気に入っていた。

時折それに口をつけながら、せっせと仕事を片付ける。その作業は私にとってそれ程苦ではない。

だからだろうか、普段手元に二倍以上の仕事を抱えているのは。


会社の事務は私以外にも数人いるが、何人かは真面目、何人かはチャラチャラ。私に言わせれば、学生時代と変わらぬヒエラルキーの中という現状だ。

私を除いて年齢層は三十代前後。その中で私は最年少で、だからといって特に可愛がられる事もうざがられる事もなく、良い意味でも悪い意味でも基本的に自分の事以外は無関心な方達だった。

そこに今年から入った新入社員は更に私より年下で、そしてとんでもない連中だった。

最初に見た瞬間、まつげで刺されそうだと思ったのが正直な感想だ。

化粧は濃いわ爪はギラギラだわマトモに敬語も使えないわ仕事もしないわと踏んだり蹴ったり。

そしてそれを誰も何も言わなかった。

何故かと上司に問えば、社長の姪だかなんだかのコネでの入社だという事で、誰も何も言えないらしい。

そうしてよくよく見れば、まとめて入って来た連中は化粧や爪こそ凄いものの、一人を除けば適当であるが一応敬語も使っているし、仕事を振ればそれなりに成果を出しているようだった。

裏の仕事であるので、ある程度の身だしなみを守ってくれていれば化粧などは別に気にする必要もない。ただ、そこのコネ入社の彼女一人だけは違った。

仕事を振れば「え?なんで?」。というのはなんで私がやらなきゃいけないの、の訳。

金髪を指摘すれば、「これ?綺麗でしょ!」と話にならず。

とても長く、色んなものが乗ってキーボードの打てなさそうな爪を指摘すれば、「意味分かんない」とのこと。私からしたら彼女がここにいるのが意味分かんない。

それ以外の連中は便乗しているだけらしく、流石に茶髪で収まっているし、爪は綺麗なピンクなんかだった。

彼女らが入社したての時は頭を抱えたが、コネちゃん――私が勝手に心の中でそう呼んでいる――は最早いないものとして仕事を回せばなんてことは無く、今はそれが通常営業としているのだった。

私より先輩のおばさまおじさまが何度か声をあげた事もあったが、やはりマトモに相手に出来ず撃沈したのは記憶に新しい。流石に仕事が増えたりと自分にまで被害が及ぶとなると少しは声をあげるらしい方々だった。

もとより、先輩方もただ日々自分のノルマをこなしているだけで、それを改善させて職場を良くしようなんて方向にはこれっぽっちも思っていないようなので、期待するだけ無駄なのだが。

まあ、ようはそういう場所で働いていると人に仕事を振るより自分で片付けた方が良いとどうしても思ってしまうから、手元の仕事がどんどん増えているのであった。

では何故上司の仕事を私しか出来ないのかというと、先輩方のやる気のなさ。そして実際に言われたらしい「今の受け持った仕事だけやりたい」の声で上司も教える気なんてどこかへすっ飛んでしまったそうだ。

今回の入院理由で、胃に穴が開いたなんてちらと聞いた時になるほどと思ってしまった。

一応のある仕事はしてくれる中途半端真面目な先輩方と、全く動かないコネちゃんを筆頭にした連中――コネちゃん以外はある程度やってくれているが――との板挟みになっている私は、極力角が立たないようにと動いているのであった。


打ち込んだ内容を最初から見直して、ぬるくなったコーヒーを喉に流し込む。

バッグから煙草の箱を取り出して、そういえばコーヒーと煙草の組み合わせって口臭がやばくなるんだっけ、と一瞬躊躇ったものの、わざわざ喫煙室を選んだんだからと端を詰める。

火を点けて一息。

パソコンを閉じて携帯を見ると、新しいメールが一通届いていた。

少しびくりとしながら見ると送信先は有島からで、あの日から音沙汰が無かったのに、今日唐突の表示に少し戸惑う。そのメールを見ようかどうか迷った。

見もせずに既読だけつけたメールがまだ山ほどあるのに、それを先に見てしまうのは何か悪い事のような気がした。

しばらくそれをぼーっと眺めながら煙草をふかしていると、いきなり画面が着信に切り替わり、震えだす。表示された相手はまさかリアルタイムで有島から…なんてことはなく上司だった。



「はい、田中です」


「…はい。大丈夫です。はい」


「…分かりました。はい。では」



切った携帯をバッグに戻し、煙草を灰皿に押し付ける。

代わりに口臭対策用のタブレットを口に入れて、僅かに残っていたコーヒーで流し込んだ。

良くCMでも流れているその商品を、呑兵衛でヘビースモーカーの私はいつも愛用しているのだった。



「さてと」



立ち上がってスカートを整える。


携帯は見ない。

内容が何にしろ、これから先方に伺うのにそっちに頭を使ってられないから、この出張での仕事が無事終わってから見よう。

それがいい。


キャリーケースはそのまま置いて、バッグだけ掴んで軽く鏡で身だしなみをチェック。

煙草の匂いがモロにしたらまずいから、軽くうがいと手も洗って。

脱ぎ捨てたパンプスを拾って履けば、準備完了だ。


ホテルを出て、先方へ向かって歩き出した。

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