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リバイズ  作者: ユウイ
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「…あ、もしもし?有島だけど」


左耳に当てられたその携帯から、微かに女性特有の高い声が聞こえた。

聞かないようにしていても、そりゃ聞こえるものは聞こえるもんで。


無駄に低くハスキーな私の声とは違うソプラノ。喋るリズムもテンポもゆっくりで、なんだか改めて実感してしまった。

これが彼氏のいる女と万年独り身女の違いってやつか。

きっと容姿だって可愛いのだろう。そんなことが安易に想像出来てしまう。



「別れよ」



たった四文字の薄い言葉。そしてそれを携帯越しに言われるなんて。

顔も名前も知らないその子が少し可愛そうだと思った。

知っている限りじゃ確か半年は付き合っていたはず。それだけ一緒にいれば少なからず情も湧くはずなのに、有島はバッサリと言い放った。

元々の終着地点を恋人にしていればそうなるものなのか。

その先に進みたい女と、そこに留まっていたい男が一緒にいれば、それまでの関係は崩壊してしまうのだろうか。

その答えを私が知る術は一切ない。


新しい冷の徳利を傾けてそれを口に含めば乾いた口を満たしてくれた。

隣で聞いていただけなのに、どうやら私はこんな他人事に僅かばかりの緊張感を抱いていたらしい。

話は終わったらしく携帯を置いた有島が新しい串盛を頼んだ。



「てことで別れました。彼女募集中なう」


「…いや別れましたって。まじでほんと、面倒くさいね」


「はあん?文句あるんですか?ああん?」


「だから嫌なら彼女なんて作らなきゃいいのに。ただ欲を満たしたいだけならそこら辺にいっぱいいるじゃない」


「一夜限りの関係は好かないんだよ俺は。ちゃんと彼女が欲しいの。もう、彼氏いない歴イコール年齢は黙ってなさい!」



小さな悪口を言いながらビールを一口。有島はいつもビールしか頼まない。

私の酒をたまに攫っていくけど。



「…で今日どうするの?ハシゴ?」


「ん?あ、俺ラーメン食いたいかも」


「なら塩で」


「おー、分かってるな田中」


「ただし全て有島持ち」


「ちっ」



私達は至って普通の会社員だ。月曜から金曜までまるで働き蜂のよう真面目に出社している。

今日は金曜日。この日に呑む時は必ずと言って良い程毎回ハシゴの朝までコース。

明日の心配をしないで気兼ねなく呑めるのは、一週間の中で一番の自分へのご褒美だった。



「俺もポテトサラダ食う」


「あそ、頼めば」


「お前の寄越せ。俺の奢りだろ」



私の手元に僅かに残っていたポテトサラダを自分の元に引き寄せて、抗う暇も無く有島は暴君のように攫っていった。

私に見せつけるがごとく、その口に運ばれる。



「はぁ…」


「なんでそんな恨みがましそうな目で見るんだよ。おい、目が据わってんぞ。もう酔ってんの?」


「酔ってないし、うざ。この芋野郎」


「なんすかなんか文句あるんですか俺が芋なら田中はこの水分飛んで萎びたきゅうりだな」


「まじでポテト野郎泥酔して道端で倒れて身ぐるみ剥がされればいいのに」


「悪かったっておいごめんってだから目を潰そうとするな!その右手の箸を下ろせ!」



そんなやり取りをしながら、腕の時計に目をやるともう十時を指していた。

ある程度食べて腹も膨れたので、休憩の一服。そう思って煙草の箱に手を伸ばすと、隣から差し出された一本に有島の顔を見る。



「一本だけやるよ」


「…ありがと」



何の偶然か同じ銘柄を吸っている私達。売り切れた時や煙草が切れた時にたまにくれる有島の優しさ。

有り難くそれを頂いて、火を付けた。

ゆらゆらと紫煙が揺らめいて、近くの換気扇に吸い込まれていった。

その様子をぼーっと見ながら、頭では今日の仕事の事にを思い出していた。



「…あ、そだ。来週は無理だから」


「何が?」



ふーっと煙を反対側に吐いてからこっちに向き直る有島。彼は無意識なのか、そういう気遣いが出来る奴だった。

似非紳士というか。実際は似非と言う程でもない普通に紳士らしい所もあるのだけど。



「仕事、あれがあれであれだから呑みに付き合えないの」


「は?あれって何」


「上司がちょっと色々あって、出張とか色々」



そう言えばわざと下唇を突き出して、拗ねたポーズを取られた。そんな事をされても無理なもんは無理だ。



「なんだよ。じゃあ俺は誰と呑めばいいんだよ」



ジト目でこちらを見る彼に言えるのはひとつ。



「新しい彼女作って呑めばいい」



それに尽きる。

有島は肩をすくませて深いため息をついた。



「俺はね、彼女とは呑まない主義なの。こうやって呑むのはお前みてーなのとがいいの」


「は。お前みてーって何。私に喧嘩売ってんの」


「売ってない売ってないからだから箸を向けんな!先端恐怖症になるぞ!」



私が勤めている会社の上司が入院したのは昨日からだった。

ここ最近しばらく欠勤になっていて、その上司の仕事がいくつか溜まっていたのを見かねて私は残業しつつ処理していた。

何故私がというと、簡単だ。私の他に上司の仕事が出来る人間がいなかったからだ。

上の人間から、上司の入院の話を聞いたのが一昨日。

元々体調が悪いとは聞いていたが、なにやら手術を施す程のものらしく、無事それらが終わるまでは入院。そして退院後もリハビリやなんやらがあり、しばらくは出社出来ないだろうと。

ではその間の仕事は誰が受け持つのか?その疑問に即座に白羽の矢が立ったのは私だった。当たり前だ、私の他に出来る人間がいないのだから。

時間的にも他の人間に教える事が出来ないので、手短に上司から引き継ぎだけ済ませて、そして仕事が全て私に来た。

今まで無かった出張や営業。やっていなかった仕事を受け持って憂鬱な私は、昇進させろと上に無言の圧を出すので精一杯だった。



「何が辛いって酒を呑んでる暇が無いのが想像出来ちゃう事ね」


「ま、たまには肝臓休めればいんじゃねーの?お前結構な頻度で呑んでるしその内やられっぞ」


「でも大体一緒にいるから有島もやばいんじゃない。ビールしか呑まないしプリン体になるよ、腹」


「まだ全然ヨユー…と言いたい所だけど最近筋肉落ちて来たんだよなー。ジムでも通おうか迷い中」


「ああ、ジムで始まる恋物語ね。いいんじゃない?」


「違うってそういうんじゃねーから!いつでも俺が出会いを求めてると思うなよ!」


「と言われても説得力皆無なんですけど」



呑み溜めというか。しばらくは呑めぬだろう酒に愛しの視線を送りつつ、今日は有島の奢りという事もあってかいつもより酒が進むのであった。

対して有島はたまに私の酒を奪う以外はひたすらビールを呑むばかりで、腹がいっぱいになったのかもう串は頼まなかった。



「腹八分目くらいかな。まだ酒はいくらでも入るんだけど」


「勘定してラーメン行くか。すいませーん」


「お手洗い行ってくる」


「おー」



ふらりと席を立って、お手洗いのマークに連られて行く。


有島もかなりの杯数を呑んだはずなのに、その顔には酔いなんて微塵も出ていなかった。

二人ともザルなので、一件目ではそれほどでもないのだ。


鏡に映った何も変哲も無い顔。歳を重ねると共に出てかたテカリを軽く拭き取って、ポーチに入っていた口紅をひいた。

顔色が優れない様に見えるのは、若干酔っているからだろうか。

とは言ってもまだまだ許容範囲だ。二件目三件目も余裕だろう。

少しだけ火照った身体に伸びをして、外で待っている有島の元に向かった。



「ごち」


「もっと感謝の気持ちを込めろ」


「さんきゅう」


「あい。で、ラーメンどこだよ」


「あっち」



指差すのは薄暗い道。そこを通ってまた少し開けた通りに出るのだ。

この辺は食べ物屋や遊戯屋などが密集しているが、一つ向こうの通りにも同じような店はたくさんあるので、飲み歩きにはぴったりの場所だ。


隣を歩く有島はゆっくりだった。

酒を呑んでるせいかもしれないが、気持ち素面の時よりゆっくりな気がするのは私の気のせいだろうか。

適度に開いた距離感を保って歩を進める。

くだらない事を話しながらも、たまにすれ違う水商売の女の人の目が有島に向かうのを見て、やっぱり有島はモテるんだなあと再認識した。

キャバクラも数ある界隈なので、派手な女の人達が多い。彼女らに色目を使われても、一切視界に入れないのが有島だった。


顔は確かに整っている方だと思う。背丈も申し分無い。長身の私と並んでも余裕で見下ろされるのだ。

それに上場企業に勤めているので金もある。性格は悪くないし、寧ろ優しい。良い大学を出ていて頭も良いし、気遣いに長けてる。

顔良し頭良し性格良し。更に金もあると来たらそれは世の女性はほっとかないだろう。

まあ本人が結婚を望んでいないので、それを相手が望まなければ関係が持てるという話だが。



「何ガンつけてんだよ」


「自意識過剰なんじゃないの」


「は?絶対ガンつけてたろ」


「しつこい」


「しつこいておま…」



着いたラーメン店はいくつかのカウンターが埋まっていた。

酔いどれのサラリーマンであったり、若いお兄さんお姉さんであったり。


店の入り口にある券売機にお札を入れた。入れたのはもちろん、金欠の私ではなく金持ちの有島だ。

横から『塩並』を押す。すると一つ舌打ちをした有島が隣の『塩大盛』を押した。



「あと味玉」


「はいはい」



最後に『味玉』を押しておつりを財布にしまった。

出て来た券を店員に渡す。



「並に味玉で固め普通多め。大盛りも同じで」



言われた通りに厨房に声をかける店員を見送って、有島とカウンターに並んで腰掛ける。

ここでは禁煙なのが一つ悔やまれる。待っている手持ち無沙汰な感じに、いつも煙草に手が伸びそうになる。



「頼むのはえーな。さすがだわ」


「慣れだね」



こうやって二人分まとめて頼むのにも慣れてしまった。いかんせん同じ注文が被るので、一緒に言った方がいいと下した結果であった。



「ラーメン食ったらどうするよ」


「有島の金が尽きるまでザル呑み一択」


「…強欲に加え遠慮と言う言葉も知らないとは」


「ありがと」


「褒めてねーし馬鹿野郎。給料入ったら次奢れよ」


「やだよ奢る程金無いし」


「はあん?」



回転率の良い為か、潰れている客以外は出入りが激しい。

それに伴い厨房とを行ったり来たりを繰り返す店員も忙しそうに動いていた。

その中の一人の女の店員を横目で見て、有島はにやりと笑う。



「いやあ、仕事で汗かいてるく女性ってそそるよな」



にへらと崩れたその甘いマスクに歴代の彼女はやられたのだろう。

向こうから寄って来るのを分かってて色んなものを振り撒いてる有島もタチが悪い。



「…その内刺されるよ」



それを私に向けて来る事がない事を願って、その顔から目を逸らすように天井に向け、ラーメンを待ちながら深い溜め息をつくのだった。

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