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リバイズ  作者: ユウイ
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大通り、辺りは夕暮れ。

絵具を零したような深い紺色と朱色のコントラスト。

路地に逸れればすれ違う人も誰もいない。

静かにコツコツと私の僅かなヒールが鳴り響く。それはこの薄暗い場所では少し場違いな気がした。


ファミレスとパチンコ屋を挟んだこの隙間。辺りは回った換気扇から煙草や油の匂いが充満している。

毎度その匂いに顔をしかめながらもやっとその路地を抜けると、街頭に照らされたその通りはちらほらと人がいて、そして、



「よう田中」


「あ、有島」



バチリと目が合ったその人物はヘラヘラしながら軽く手を挙げた。

紺色のスーツにストライプのカッターシャツ。暗い色のネクタイは既にずるずると緩んでいた。



「はい遅刻。今日はお前の奢りな」


「無理。金欠」


「え、じゃあ奢られるつもりで来たってこと」


「うん」



器用に口角をヒクつかせながらこっちを見やるその姿を一瞥して隣に並ぶ。

こういう時は特に何も言わずにいるのが得策だ。


第一やっとこさ仕事を終わらせてさあ帰ろうとした所で来たメール、『二十時駅裏』のせいで私は既に踏み出していた足を回れ右しなくてはならなくなったのだ。

しかも私に恋人というかそういった類の関係の人や、仕事が終わって一杯やろうと言うような友人もいない。

それを知っておきながら退社時間にメールを入れるのは完全に計画的犯行だ。更にタチが悪い。



「いつも思うけど田中のお勧めの店って美味いしホント穴場だわー。惚れそう」


「ガイド代を請求しようか」


「…お前強欲って言われねえ?」



歩く先には、赤い提灯がぶら下がった古い小さな店。暖簾にはシンプルに『鳥』の文字。


恋人も友人もいない代わりに私は一人で飲み歩くのが好きで、良く駅前やらをフラフラしているのだが、今は丁度給料日前で金欠だったので有島に誘ってもらって助かった。

嬉しい、より助かったって所が私の人間性を表していると思う。


横引きの扉を開くとレトロな店内。BGMなんて言うお洒落なものは掛かっていない。

代わりに響くのは小さなテレビ。カウンターに座るサラリーマンなんかは呑みながらそれから流れるニュースを見て酌している。



「すいませーん。生ふたつと串盛くださーい」


「あとなんか野菜ほしい」


「え、何ヘルシー女子ぶってんの?きゅうり?」


「最近肌荒れ酷くて。あ、ポテトサラダで」


「芋?野菜?」



カウンターに並んで腰掛けると、座高はそう変わりない。


着ていたジャケットから煙草の箱を取り出しすと、隣は丁度火を点けた所だった。

一本だけ出して軽く端をとんとん詰める。吸い始めた頃に見様見真似でやっていた事がいつの間にか癖になってしまったようだ。



「ほら」


「ありがと」



差し出された火に顔を寄せると、チリチリと有害物質に汚染されていく。


頼んでいたビールも来たので二人で小さく乾杯。炭酸の濁流が汚染された口内を流してくれるようだ。

どちらも身体に良いものではないけれど。



「あれ、お前銘柄変えた?」


「あー、いや、売り切れてて仕方なしのやつ」


「ふうん」



特に興味もないだろう、話題なんてないこの空間が心地良かった。


ちびちび出されたポテトサラダを摘まんでいると、「そういえば、」と有島が思い出したかのように顔を上げた。



「中学の時、同じクラスだった森って覚えてる?」



なんかそんな名前の人がいたようないなかったような。所詮大人しく学業に専念していた中学時代で思い出せるような人物なんて数える程しかいない。

悲しきかな、片手で足りてしまうかもしれない。

しかも卒業からもう八年程過ぎているので、その片手達の顔も朧げだった。



「まあ森って奴がいたんだけどさ、そいつ結婚するんだと」


「へー」


「予想通りだけどやっぱりそういう反応になるよなー」


「いや、だって覚えてもいないし…」



有島とは中学時代同じクラスだった。かと言って当時は特に関わりはなく。

思春期におけるヒエラルキーはとても面倒くさいので、極力静かに静かにと過ごしていた私は誰かに変に絡まれる事もなく、ただ普通に卒業した。

反対に、有島はそのピラミッドを形成するにあたってトップに君臨するであろうグループの中心にいた。

関わりといえば、有島のカバンが私の背中に当たった時の「あ、ごめん!」「大丈夫」の一言くらいだろうか。

とにかく、有島の事でさえそんな些細な記憶しか持ち合わせていない私が、更に他の人の名前を出された所で覚えているとは答えようがないものだ。



「最近特に結婚率上がったと思うんだけどそこんとこどう思うよ田中ちゃん」


「有島もすればいいのに。あ、お酒ください、一合冷で」


「それ一合じゃなくて二合で。あと生もうひとつ。…で、俺が誰と?」


「今の彼女と」



私がそう言うやいなや、有島の頭ががくんと落ちた。



「もう別れるし」


「はあ?」



私はいつまでも恋人という存在が出来ないが、有島はそんな事はなかった。

なんだったら今すぐにでも家庭を持てるというのに。


有島は一口齧ったねぎまを片手にビールを煽った。時々口の周りに白鬚が生えている。

ねぎまを食べ終わるとおちょこを持ってこちらへ催促してきた。

勝手に二合にされた徳利を傾けると、くいっと勢い良くそれも喉に流し込む。

ビールがまだ残っているのに更に冷でちゃんぽんなんて、酔いが回っても知らないぞ私は。



「そのぼんじりちょうだい」


「ん」



寄越せと催促すればその串盛の皿をこちらに寄せてきた。


一杯目はいつもビールを飲むが、私はビールより日本酒や焼酎の方が好きだ。

キンキンに冷えた日本酒を舐めながらぼんじりを齧る。ここの串は安くて酒も美味い。人もまばらで、一人で呑むのに何も考えず入れるので重宝していた。



「俺まだ結婚する気ないしさあ」


「あっそ」


「おい、ちょっとは興味あるフリしろよ」


「へー」



「俺の気持ちなんてお前には分からないだろうけどな!」といつの間にか頼んでいた何杯目かのビールを飲み干していた。

いつになくペースの早い男だ。同じ言葉をそのまま返してやろうか。

そんなものは別に分からなくても支障ないし本当に興味が無かった。生きるのに困らないし。


私には彼氏がいない。彼氏いない歴イコール年齢という今時珍しい純情だ。

それを有島に言うといつも「本当の純情に謝れ」と怒られるけど。

だから私は有島の気持ちなんて理解出来ない。

有島には彼女がいて、約三ヶ月から半年程のスパンでいつの間にか変わっているが大体存在はしている。

彼女がいても週一、二程の頻度で一緒に呑む有島と私のそこには面倒な男女のあれこれは存在していない。



「じゃあ田中、お前想像出来るか。帰ったら待ってる幸せな家庭ってやつ」


「んー…帰ったらつまみが一品と酒があれば結構幸せ。あとデザートにあんこがあったらもっと幸せ」


「…あんこ…」



私の答えに対して有島は、はあ、と何も刺さっていない串をぶらつかせた。

「田中に聞いたのが間違いだった」と、それはごもっともだと思う。



「大体彼氏いない歴イコール年齢の私にそんな話をする時点で間違ってる」


「それは大変失礼しやした」


「で?」


「んで、俺は怖くなったわけ」


「は?何が」


「彼女が俺の留守中に部屋に来て飯作ってんの。んで俺が帰ってきたらご丁寧に炊飯器はスイッチ押すだけ、おかずは暖めるだけになってんの」


「おかず?」


「なんだと思う?」


「鳥皮」



「てめーが今食いたいだけだろ」と叩かれた。頭の細胞が二億個減った気がする。



「すいません、鳥皮とレバーください」


「…で、そのおかずってのがさ、肉じゃがとかほうれん草のお浸しとかとにかく凄いんだよマジで俗に言う家庭料理ってやつ」


「私の奥さんに欲しいかも」


「だろ?出来る奴だろ?しかも部屋も超綺麗になってんの。隅々まで。とにかく色んな意味でやべえって思った」


「へえ」


「で極め付け、テーブルにアイツの忘れ物があって…それ見た瞬間なんかもう俺やべえ無理だわって思った」


「何が置いてあったの?」


「…ゼクスィ」


「…へえ」



要約すると、家に帰ったら美味い飯が用意されていて部屋も綺麗になっていた。そしてテーブルにあからさまな忘れ物のゼクスィ。


つまりはこうだ。彼女の方は結婚を意識しているので、有島にプロポーズまではいかなくともそういう方面に意識を向かせる為…有島からしたら結婚欲丸出しに引いた、と言うことらしい。



「ごめんだけど無理だわ、俺まだ結婚する気ねーのに、結婚結婚て。アピールがこすい」


「つまり惚気?」


「お前今の俺の話の何を聞いてた。どこを歪曲したらそうなんだよ」


「このレバー美味いよ」


「だああ、ちょっとは!興味を!持て!くそ、もう別れてやる」



有島という人間は来るもの拒まずな所があるが、それが結婚というがっつき方になるのはNGらしい。

恋人の最終形態って夫婦なんじゃないのかと私は思うのだが、彼にとっては現時点で恋人が最終地点らしい。


「合鍵渡さなきゃ良かった」とこぼす彼がまたビールを飲み干した所でその口にタレたっぷりのレバーを突っ込んだ。



「…美味い」


「うん」


「なんか悔しい」


「何が」


「田中お勧めの店が美味すぎて悔しい」


「伊達に一人で飲み歩いてないからね」


「ちっ」



変な所で闘争心を燃やされても困る。精々私が有島に勝っていると言えるのは、恋人いない歴イコール年齢という事と、一人で飲み歩いたその回数くらいだというのに。



「合鍵渡すから期待するんじゃないの」


「だって欲しがるから渡しただけじゃん。飯とか作られても結構持て余すから困るし、女子力アピールこえーし…」


「知らないし」



徳利を傾けて、もう数滴の滴しか出てこない。私も大概なペースで呑んでいるが、有島は今日は早すぎる。しかもちゃんぽん。多分その件でもやもやしていたのだろう。

いくら酒に強いからと、そんなハイペースで呑み続ければ翌日に残るし嫌な酔い方をしてしまう。自分にあったペースで美味いつまみとちびちび酒を舐めるのが良いのに。


そのうちのろのろと着ていたスーツの内ポケットから携帯を取り出して、どこかへ掛け始めたようだ。

聞こえないフリして新しい酒を頼む。さて次は何を食べようか。

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