第8話 私を守って下さい
服屋の店長から三人分の防寒具を受け取った後、僕はリンさんからゆっくりと話せる場所に行きたいとの要望があり、一緒に広場のベンチに座っていた。
話したいことと言うのは、服屋での出来事で間違いないだろう。
───私をさらって下さい…
どうしてそんなことを言い出したか、その言葉の真意を知らなくては、どうしようもない。
リンさんは、ゆっくりと自身の過去について語り出す。
「私の家庭、昔は大金持ちの貴族だったんです…」
やっぱりそうだったんだ。
だから街に来たときに、周りの人たちは僕たちの方を見てたのか。
「ですが、母が亡くなってから、状況が変わりました。母が残した遺書には、遺産は全て両親へと書かれていたそうです」
「つまり、バルレやリンさんには、遺産はいき渡らなかったと…でも、それだけじゃ貧乏になんて…」
「お父さんは元々は、ただの一般人だったらしいです。それで、家の財産はほとんどが母さんのもので、父さんはほとんど財産を持ってなくて…」
あんなに傲慢で偉そうな態度をとっていたバルレが、元は一般人!?
絶対に生まれながらの極悪貴族なのかと思ってた。
「メイドから聞いたんですけど、昔は優しい人だったらしいんです。でも、結婚してしばらくすると、突然性格が変わったみたいになったって…」
「性格が?」
「はい。結婚してから半年後くらいに、外で遊び呆けるようになったらしいです。その度に、母さんに金を寄越せと暴力を振るったそうです」
「…………………」
以前は優しかったというのなら、何故バルレは変わってしまったのだろう。
彼を変えたものは何だったのか…
「それで母さんは、部屋から出なくなりました。私が部屋に入っても、あんな男の血をひいたやつは入ってこないでと拒絶されて…」
夫が突然変貌したことでのショックで、誰も信じられなくなったのか…
「その後も、父さんは金を使い続けて、それに耐えられなくなった母さんは、三ヶ月前に自殺しました…」
「自殺か…バルレを苦しめたかったのかな?あいつから金を奪うことで…」
「遺書には、そう書かれてました…『今まで私が苦しんだ分も苦しめ』って」
でも、結局あいつは苦しみを娘のリンさんに押し付けた…
許さない…
ああいうやつらが、罪のない人たちの居場所を奪っていくんだ…
「おじいちゃんたちの家も入れてくれなくて、街のみんなも、まだ貴族の肩書きだけは残ってる父さんには関わりたくないって…だから、もうレン君しかいないの…!」
「…………………」
リンさんも、一緒なんだ…
常人にはない力を持つがゆえに忌み嫌われるルナや、手を差し伸べてもらえずに、道を踏み外すことしか出来なかったロビンと同じように…
この人にも、居場所がないんだ…
「だからお願いします!私も連れてって下さい!」
リンさんは頬を涙で濡らしながら、そう言った。
連れてってあげたい。
僕が、彼女の居場所になれるのなら、なってあげたい。
だけど…
「僕たちの旅は、三種族のいがみ合いをなくすっていう危険なものなんです。下手したら、戦場にも行くことになる…そんな旅に、リンさんを連れていくのは…」
「大丈夫です!迷惑かけませんし、それに私、剣術を嗜んでおりますので戦力にもなります!」
リンさんはそう言って、僕の両手を掴んで顔を数センチの距離まで近づいてきた。
「わ、わかりました!わかりましたから離れてくださいよ!」
この人は時々距離感を考えないで接してくるから反応に困る。
「ほ、本当ですか!?本当に連れてってくださるのですか!?」
「本当ですよ。そこまで頼まれたら断れませんよ、全く」
リンさんを連れていくのはいいが、ルナになんて説明しようか…
「!?」
何だろう…今、寒気が…
「じゃあ私、店に行って必要なものを揃えてきます!レン君はそこで待って下さい」
リンさんは立ち上がり、この場を立ち去ろうとする。
すると、木陰から黒い影が見え、それは僅かに殺気を感じる。
「リンさん危ない!」
「えっ?」
僕は叫ぶと同時に、リンさんのもとに走り出す。
それと同時に、木陰から男がリンさん目掛けて飛び出してきた。
よく見たらそいつは刀を持っていた。
僕は一足先に男の前に立ち塞がり、彼の一振りを受け止める。
男は距離をとり、腰にさげたもう一本の刀を抜く。
その男は長い耳をしていて、今現在人間と戦争をしているエルフの特徴に一致する。
そして白い癖のあるショートヘアーと赤い瞳、そして黒い服とズボン、そしてマントを羽織っており、マントに十字架のマークが描かれていた。
そして二本の刀も黒く、完全に黒で統一していた。
彼が現れた途端に周りの人たちが騒ぎだし、逃げ惑う。
そしてこの場には、僕とリンさん、そして黒ずくめの男だけとなった。
「邪魔をするな」
男は先程まで隠していた殺気を解き放ち、そう言った。
正直言うと、普通なら尻尾巻いて逃げ出すくらいに怖い…
だけど、こっちは逃げ出せない理由があるんだ。
「断る。もしこの人を殺したいなら、僕を倒して見せろ」
「ああ、ならばそうさせてもらおう!」
男は言葉を発すると同時に、僕に斬りかかる。
僕はそれを剣で受けとめ、金属がぶつかる高い音が辺りに響いた。
リンさんは戦いの邪魔にならないように、木陰に隠れる。
僕は相手の攻撃を弾き返し、反撃に移るべく前に出る。
僕は剣での連続攻撃をするが、刀を二本持っている向こうの方が手数が多いため、反撃されてしまう。
しかも人との戦いに慣れてるのか、僕を斬ることになんのためらいも感じない。
だが僕は何とか男の動きに食らいつき、反撃の隙を伺う。
「しぶといな、いつもならもう決着はついているぞ」
「くっ…当たり前だ…大事な人を、守りたいからね!」
「!?」
僅かに隙が出来たところに、一歩前に踏みこみ、剣を振るった。
その一振りは当たりこそしなかったが、男の頬をかすり、相手は悔しそうに歯を食い縛る。
「くっ!貴様、この俺にかすり傷をつけるとはな…」
そう言うと、周りから足音が聞こえてきた。
それもたくさんの数の。
兵士たちが来たのだろうか。
それを聞いた男は、チッと舌打ちをする。
「もう兵士が来やがった…おい、この勝負はお預けだ。次邪魔したら、今度こそ殺す」
そう言って、男は立ち去っていった。
僕は剣を鞘に納めると、木陰に隠れているリンさんのもとへ歩み寄る。
「大丈夫ですか!立てますか!?」
「は、はい…大丈夫です…」
「よかった、無事で…!」
「ど、どうかしましたか?きゃ!」
僕は兵士がやって来たことに気づき、慌ててリンさんを抱き締める体勢で木陰に身を隠した。
リンさんは最初は暴れていたが、次第に抵抗が弱くなり、おとなしくなった。
兵士とは一度森の中でやり合っているので、見つかったら襲われる危険がある。
「おい、誰もいないぞ」
「逃がしたか…それにしても、ステルクと交戦していたという少年もいないな」
「ああ、住民の話ではルナやロビンと一緒にいたやつと特徴が似ていたから見ておきたかったが、いないということはそいつと同一人物だということか?」
「わかりません。とにかく、調査を始めます」
「ああ、ではそれぞれ手分けして情報を集めろ」
「はい!」
兵士たちは、それぞれ別方向に散らばっていった。
「ふう…いなくなったか…大丈夫ですか?リンさん?」
リンさんの顔を見ると、真っ赤になってなんか変な顔をしていた。
「ふぇ!?だ、大丈夫らよ!」
混乱のあまり噛んだぞ、今。
それにしても、リンさんの反応を見てると、こちらまで恥ずかしくなってくる…
それにしても、あのステルクってやつは間違いなくリンさんを狙っていた。
一緒に旅をしていると、やっぱり危険なんじゃないかと思ってしまう。
だけど、この街に残すのも危険なわけで…
どうしようか考えていると、後ろから何者かが僕に話しかけてきた。
「何やらお困りのようですね?お手伝いしましょうか?」
僕に話しかけてきたのは、胡散臭い格好をした小柄の男だった…