第4話 私に近づかないで下さい
僕たちが世界を変える決意をした次の日。
外を見てみると、見事に兵士が一人もいなかった。
「本当に見つからなかったな」
「だから言っただろ、大丈夫だって」
ロビンはどや顔をしてこちらを見ているが、反応したら負けだと思い、無視して森を出るため歩き始めた。
その後を二人も追う。
若干ロビンが虚しそうな雰囲気を放っているが、無視した。
ていうかロビンって、親しい相手には結構面倒くさい反応をするんだな。
まあ、それだけ心の距離が縮んだということなのだから、喜ぶべきなのだろう。
「ところで今私たちが向かうのは、北東にある王国だよね」
「ん?ああ、やっぱり世界を変えるなら、上のやつを説得するのが一番だろうからな」
昨日の夜、僕たちは目的地について話し合っていた。
世界を変えるなんて大きな目的を持った旅は二人とも初めてらしく、どうすればいいのか色んな知恵を出し合った結果、まずは人間の王さまと話をしようという結論に至った。
最初は、王国に狙われているという理由で、二人は採用を渋っていたが、やがて前科を持っていない(であろう)僕が話し合えばいいと話が進み、王国に向かうことを決めた。
まあ、元々僕が言い出したことだから、僕が話すのが筋というものだろう。
さてと、そろそろ森を抜ける頃か…
─────ッ!
何だろう、今、寒気が…
僕は服がびっしょりになるほどの汗をかき、メドゥーサに見られているかのように、その場から動けないでいる。
「?どうしたレン。汗すごいぞ?」
「レン…?」
何かが…来る!
「そこか!」
僕は剣を抜き、動かなかった体を無理矢理動かし、茂みに隠れる何者かに向けて剣を振るう。
だが僕の一撃はあっさりと剣で受け止められてしまい、キィンという音が周りに響いた。
「ひどいなぁ、いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて」
僕と対峙している少年は、赤い瞳に白く短い髪、そして何も描かれていない黒い半袖の服と短パンを身に纏い、見た目だけなら脆く、戦うイメージは全くわかない、そんな感じの少年だった。
だけど、彼を近くに感じたとき、恐怖した。
何故かはわからないけど、この子には近づいちゃいけない、そんな気がした。
「おや?どうやら恐怖しているようだね、この僕に」
少年は、僕の心を見透かすように言った。
「そんなに怖がらなくてもいいんだよ?だって僕たちは…」
「黙れえ!」
僕は少年を力で押しきり、あの子との距離が離れる。
「それにしても、君は僕の事がわからないみたいだね。まあ無理もないか。あの時、君は放心状態だったんだし」
「何を、言って…」
この子が何を言っているのか、僕にはわからない。
だけど、一つだけわかることがある。
この子とは、関わっちゃいけない…
僕の後ろから二人が駆け寄ってきて、ロビンが少年に尋ねた。
「お前は何者だ!俺たちに何のようだ!」
その質問に、少年はクスッと笑う。
「勘違いしないでほしいな…僕が会いたかったのは君たちじゃない…レン一人だよ!」
「!!?」
今、僕を狙ってるって…
一体、僕が何をしたっていうんだ!
そんなことも声に出せず、ただ震えるしかない自分が嫌になった。
そんな僕の心を察してのことか、ルナは僕の聞きたかったことをそのまま少年に尋ねた。
「あなたは誰?どうしてレンを狙うの?」
少年は一考してから、質問に答えた。
「僕のことはファントムとでも呼んでくれ。僕がレンを狙う理由は、すぐにわかる」
そう言って、ファントムは僕にゆっくりと歩み寄ってくる。
それを見た僕は、ファントムが一歩歩み寄ると同時に、一歩足を後ろに下げる。
それでもファントムは、止まらずに歩み寄ってくる。
僕も後ずさっていると、やがて一本の木にぶつかり、後ろに下がることが出来ない状態に陥った。
それでもファントムは、速度を落とさずに歩み寄ってくる。
やめろ…来るな…!
彼はゆっくりと手を伸ばし、僕の胸に触れようとしたそのとき。
「ヤメロオオオオオ!」
握っていた剣を思いっきり振り上げ、ファントムの体を斬り裂いた。
「「!?」」
僕は激しく息を切らし、ファントムの体を見る。
すると彼の体からは血が一滴も出ておらず、しかも中身は空っぽだった。
「これは、一体…」
「この体は人形なのさ。今は魂が宿っているから動かせるんだけどね」
もう訳がわからない…
人形?魂?何を言っているんだこいつは…
すると突然、ロビンが僕とファントムの間に割り込み、煙玉を地面に叩きつけ、煙が飛び散った。
「なっ!?」
「今だ!急げ!」
ロビンの声に、僕は力を振り絞ってルナとロビンの後を追い、この場を後にした。
あれからどれだけ走っただろう。
気がつくと僕たちは森を抜けていた。
流石に体力が底をつき、手を膝についてぜえぜえと息を切らしていた。
疲れたのは二人も同じようで、ルナはその場で大の字になって息を切らし、ロビンはその場で座り込み、息を整えていた。
ファントムが追ってきてないかと森の方を見ると、出てくる様子はない。
どうやら追ってきてはいないようだ。
「なんとか、撒いたね…」
「あ、ああ…それにしても、あいつは一体…」
「わからない…いや、わかりたくない、あんなやつ…」
どうしてこんなにファントムに対して恐怖心を抱くのだろうか?
昔に何かあったのか?
もしそうだとしたら、一体そのとき何を…
「レン、今は気にしてもしょうがないよ。まずは気持ちを落ち着かせて」
「ルナ…」
ルナは僕のこの場で一番欲しかったもの、心の抜け道を作ってくれた。
ファントムには、遅かれ早かれ向き合わなくちゃいけないときがくる。
だけど彼への恐怖心が、僕を抜け道に誘う。
今の僕には、ファントムに向き合う勇気がない…
「まあ、気にすんな。今は無理でも、いずれ向き合えるようになるさ」
「ロビン…」
そう…だよね…
向き合うのは、今じゃなくてもいいんだよね?
僕は一度深呼吸をして、それから二人の方を見る。
「ありがとう。もう大丈夫」
二人はまだ少し心配そうな顔をしていたが、話を掘り返そうとはしなかった。
「あまり無理はするなよ」
ロビンはたった一言だけ、そう言ってくれた。
「それで、今日はどうするの?もう日が沈みかけてるけど」
「……もうちょっと進んでいいかな?今は、ここに留まっていたくない…」
「わかった。じゃあ行こうか」
二人は文句を言わずに、僕の気持ちを尊重してくれた。