第3話 私に夢を下さい
「何をしている!早く陣形を整えろ!」
兵士たちの陣形が乱れ、それを見た指揮官は慌てて指示を出す。
だが、今更陣形を整えようとしてももう遅い。
僕たちは、陣形の唯一乱れる一点に向かって走っていた。
ルナはリボンサッシュに隠されていた短剣を取り出す。
包囲の突破をさせまいと、慌てて兵士たちは僕らの向かう方へ集まり、厚い壁を作ろうとする。
それを見て、僕は二人の前に出て、全ての命に宿る力、マナを剣に注ぐ。
その後、剣から魔方陣が浮かび上がり、刃が光輝く。
その剣を天に掲げると、光は空高く伸びていった。
「ぐああああ!?」
僕がその剣を振るうと、剣から伸びた光が兵士たちを襲った。
光を浴びた兵士たちはバタバタと倒れていき、残った兵士たちは動揺を隠せない様子だった。
それを見たロビンは、今の攻撃で広がった隙間を一気に走り抜け、僕たちも後に続く。
「くそ!貴様ら!何をしている!早く追わないか!」
それを見た指揮官は、後ろから兵士たちに怒鳴り付け、僕らの後を追わせる。
「それで、どこに逃げるかは考えてあるの?」
僕は逃げながらロビンに尋ねた。
「当たり前だ。まずはこのまま真っ直ぐ走り続けろ」
僕とルナは、ロビンの指示通りに走り続ける。
しばらくすると、ロビンは振り向きながら急ブレーキし、懐から何か白い玉を取り出す。
それに気づいた僕とルナも、ロビンから離れた位置で立ち止まり、振り向く。
それを見た兵士たちは好機と捉えたのか、走る速度を上げた。
ある程度距離が縮んできたところで、ロビンは白い玉を地面に叩きつけると、そこから白い煙が巻き起こり、兵士たちの視界を奪った。
煙の中から出てきたロビンは、人差し指を立てて、クイックイッと動かし、茂みの中に入っていく。
着いてこいってことか…
ルナも信じていいって言ってたし、着いていっても問題ないだろう。
僕たちはロビンの後を着いていくと、下に人が入るスペースがある木を見つけた。
ロビンはそこに入っていき、僕とルナも続いて入っていく。
そしてロビンは、隙間に気づかれないように、大量の落ち葉で入り口を塞いだ。
「よし、これで後は、あいつらがいなくなるのを待つだけだ」
ロビンは外に声が漏れないように、小さな声でそう言った。
「でも、途中で見つかったらどうするんだ?」
「大丈夫だろ。ここを見つけられるなんてことはない。仮に見つかっても、さっきみたいに陣形を組んでない相手なら、逃げ出す手段はいくらでもある」
「へえ…さすが盗賊だね」
「だろ?」
ロビンの言葉に、感心の声を口にするルナ。
僕は先程から気になっていたことを、この場で聞いてみようと思った。
「なあ、ロビン。あの時僕たちが手を貸さないっていったら、どうしてたんだ?」
「……何故そんなことを聞く?」
「いや、あんたってもっと確実に物事を動かそうとする人間だと思ってたから、気になったんだ」
ロビンは少し間を開けてから、答えた。
「お前たちには、絶対に成し遂げたい目的があるんだろ?だったら、逃げ切るまでは間違いなく協力してくれると踏んだ」
あれ、何で目的があること知ってるんだ?
「何で目的のこと知ってんだって顔してんな。お前の目を見たら一発でわかったよ。あんなに必死こいた目をしてりゃあな」
「……なんか、僕が顔に出やすいタイプみたいに言うね」
「だってそうだろ?」
即答だった。
「なっ、嬢ちゃんもそう思うだろ?」
そしてこの話題をルナに振った。
ルナならきっとフォローしてくれる。
そう思っていたのだが、彼女の反応はオドオドして、何を言えばいいかわからない反応を示す。
……なんて事だ。フォローどころか否定すらしてくれないではないか。
そんな心の声が聞こえたのか、慌てて僕に声をかける。
「だ、大丈夫。レンはそんなんじゃなくて…感情の起伏が激しいっていうか、何て言うか…そ、そう!純粋な子供なんだよ!」
もういい、ふて寝してやる。
心に大ダメージを受け、僕はそう決意し、その場で寝っ転がる。
そんな僕の様子を見たルナは、慌てふためく。
「えっ?どうして?私、何か悪いこと言った?」
「これぐらいの年頃の男にその発言は逆効果だったな…」
ロビンは僕に背後に立ち、こう言った。
「おい、お前は子供なんかじゃねえ。あいつはお前を正直者だって言いたかったんだよ。だからそんなに気にすんな」
「……本当にそう思ってる?」
「思ってるさ。だから立ち直れ」
「……わかった」
僕は起き上がり、そのまま胡座をかく。
「ロビンさんって、面倒見いいんですね」
「そうか?」
「はい。あの、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「何で盗賊なんてしてるんですか?」
ルナの疑問は、確かに僕も気になり始めていた。
何だか話していると、ロビンが盗賊だということを忘れてしまう。
そんな人間が、どうして盗賊なんてやっているのか。
するとロビンは、真面目な顔でこう答えた。
「人から何かを盗む理由は二つの内一つだ。一つは、生きていく力のないやつ。もう一つは、楽して生きていこうとするやつだ」
ロビンは、何か遠くを見るような目をして続けた。
「俺は前者の方だ。俺は元々猟師をしていたんだが、狩りをして帰ってみると、村が燃えてたんだ…」
「村が!?一体どうして…」
「誰かが襲ったんだ。あの時の死体の状態だと、獣の仕業とは思えない…だが、魔法の痕跡もほとんど見当たらない。おそらく、人間の仕業だ」
……何だろう。ロビンの話は何か他人事とは思えない。
僕にも以前、そんなことがあったのだろうか。
「それでも最初はまだ、何とかなると思ってた…町にいけば、何とかなるんじゃないかって、そう思ってた…だが、町の人間は、誰も俺に手を差し伸べてはくれなかった…」
僕たちは、先程の和やかな雰囲気など捨てて、ロビンの話に耳を傾けていた。
「そして俺は、森で狩りをしながら暮らすことにした。だが、最近になって、魔物なんて厄介なやつらが出てきやがった」
「魔物?」
僕が疑問の声を口にすると、二人はえっ?何で知らないの?とでも言いたそうな顔で僕を見る。
「えっ?そんなに有名なの?」
「有名っていうか常識だぞ?あれだけ騒がれてて知らないわけが…」
「もしかしてレン、魔物に関する記憶も無くしちゃったの?」
「記憶を無くす?どういう事だ?」
ルナの言い方にロビンが反応し、その説明を彼女が始めた。
「レンは記憶を失ってるんだって。だから、その記憶を取り戻すのが、私たちの旅の目的の一つなの」
「なるほどな」
僕の現状を簡単に説明したところで、話の内容は魔物に移った。
「それで、魔物っていうのは一ヶ月前に世界中に現れた化け物のことだ。あいつらは獣より凶暴で、人を見つけては、見境なく襲ってきやがる…」
「なるほど。それで狩りで生きるのも精一杯になったから、盗賊になろうとしたのか」
「……そうだ」
ロビンは否定することなくハッキリと言った。
「居場所を奪われて、人からの助けもなく、生きるのも辛くなった。そんな人生の中で、生き抜く手段が盗賊だったってことか…」
「ふん、笑いたければ笑え。こんな堕落の一途を進んでるなんざ、平和に過ごしてるやつらから見たら笑い話だ」
ロビンは力なく笑い、まるで生気を感じなかった。
記憶を失った僕には、辛い過去を味わった時の苦しみは共感できない。
だから、どうすればいいのかわからなかった。
すると、ルナが口を開いた。
「私、心の声が聞こえるの」
「なに?」
ロビンは驚いた表情でルナを見る。
「この力のせいで、周りから化け物扱いされて、遂には殺そうとする人さえ出てきた…」
「…………………」
「怖かった…いつの間にかみんな、私を殺そうっていう考えしか持ってなくて…何て言うか…感情に押し潰されそうだった…」
ルナはその時のことを思い出したのか、少し肩が震えていた。
それでも彼女は話を続ける。
「そんなとき、レンに会ったの。レンは、私の力を知っても、手を差し伸べてくれた…一緒にいようって言ってくれたの…」
「ルナ…」
「それがとても嬉しかった…今まで、手を差し伸べてくれたことなんてなかったから…」
「そうか…お前には救いが会ったんだな…」
ロビンの言葉には、何だか羨ましそうなものが含まれているような気がした。
……どんなに頑張っても、居場所を見つけられない人たちがいる世界か。
「どうしたんだ、レン?」
僕の考えが顔に出てたのか、ロビンが心配した表情で尋ねてきた。
隠す必要もないだろうと思い、僕は考えてたことを口にする。
「何かね、ルナやロビンの話を聞いてると嫌な気持ちになるんだ…何もしてないのに忌み嫌ったり、辛い想いをした人を見捨てる今の世界が…だから、この世界を変えたい…この世界を生きる者たち全てが、居場所を失わずにすむ世界に…」
「…………………」
ルナもロビンも僕の話を無言で聞いていた。
「だから僕は、理想の世界を築こうと思う。ルナもロビンも、世界に居場所を見つけられない者たちも、辛い想いをしなくてすむ世界を…」
そう、この理不尽な世界は、変わらなくちゃいけない。
例え、何があっても…
僕の言葉を聞いて、最初に口を開いたのはルナだった。
「いい願いだと思うよ。私も、そんな世界を見てみたい。だから、私にも協力させてくれる?」
「もちろん」
「じゃあ俺も協力するぜ」
「ロビンも?」
ロビンは立ち上がり、僕の頭に手を乗せる。
「そんな世界が出来るんなら、俺も願ったり叶ったりだしな。協力しない手はない」
「ロビン…」
僕は頭に乗っかっている手を払い、立ち上がる。
そして二人の前に手の甲を上にして差し出す。
「わかった。僕たち三人で、世界を変えよう!」
二人は僕の手の上に手を置いて、
「うん!」
「ああ!」
こうして僕たちは、団結を高めて同じ道を進むことになった。
大丈夫、僕たちなら、世界だって変えられる。
この時僕は、そう確信していた。
そう、この時は…