第三章 こうやって宇宙人と出会いました
後輩が円盤と遭遇したのは、いつもの散歩道でのことであった。水道局の敷地の隣に面した空き地の、前日までは何もなかったはずの場所に、見たことのない物体があった。飛行機でもなければ車でもない、円盤が裏返しで置かれているとしか見えなかった。墜落したのであれば、大きな音や振動が発生して騒ぎになっているはずだ。ところが、あたりには見物人の一人すら見当たらない。おそらくは何らかの理由で不時着したのであろう。
おそるおそる近寄ってみると、円盤のすぐそばに、横向きでうずくまっている人間型の生命体が目に入った。乗組員であろうか、そっと声をかけてみる。
「もしもし」
「うーん」
「大丈夫ですか?」
「あいたたたた」
「あっ、痛むんですね! お怪我をしているんですか?」
「うん、そうなんでげすよ」
「それは大変だ! 救急車を呼びましょう」
「いや、それよりも円盤の中に入って、壁にあるボタンを押してもらった方がありがたい。初対面のあなたをお使いだてして申し訳ないんでげすが」
「わかりました、お安いご用ですよ」
円盤の底らしき部分が、上向きで口を開けた状態になっている。そこから入っていき、中を見渡すと、壁面に並ぶ三つのボタンが目に入った。
「赤青黄色とありますけど、これを全部押すんですか?」
後輩が外に向かって叫ぶ。
「だめだめ、赤だけだよ、赤いボタンだけを押してくれ」
「あれ? つかぬ事をお伺いしますが、あなたは宇宙人ですよね、なんで僕の言葉が通じているんでしょうか」
「こっちが言葉を覚えたからにきまっているだろ」
「なんだ、私が宇宙語を話せているわけではないんですね」
「しゃべっているのは二人とも日本語でげすよ」
「普通は英語を学びそうなものですが、よりによって日本語を覚えるとは・・・どうしてなんだろう」
「そんなことは、こっちの勝手だろうが。それよりも、早くボタンを押してくれ、頼むでげす」
「おっといけない、そうでしたね!」
バンバンバン
「ばか、軽ーく一回押すだけでいいんだよ、これ以上円盤を破壊してどうするんだ!」
「すみません」
今度はそっと押してみる。ボタンの色が赤から白へと変化した。
「あれ? 色が変わったぞ」
「そう、それでいいんでげすよ、ありがとう。やれやれ、これで助かった」
「もう一回押してみようかな、今度は何色に変わるんだろう」
「もう押さないでくれ! それで充分なんだよ」
「そうですか・・・」
残念そうに返事を返す後輩、円盤の外へと這い出して、宇宙人のもとへと戻った。
「あのボタンを押すと何が起こるんでしょう? 助けが来てくれるしくみにでもなっているのですか?」
「そう、君は察しがいいでげすねえ。さしずめエスオーエスの発信器といったところでげすかな」
「あなたのお仲間が到着するまでの間に、しておけることが何かありますかねえ? お手伝いできるものでしたら僕がやりましょう、どうぞ遠慮なく言ってください」
「君は親切な人でげすな」
「いやいや、暇なだけなんですよ」
「またまた、ご謙遜を」
「もしも急ぎの用事があったのであれば、あなたにかまうことなく通り過ぎていったかもしれません」
「冗談で言っているのか、それとも本気でそう思っているのか、いったい、どっちなのかな」
あれこれと会話しているうちに宇宙人の仲間が現場に到着。わずか小一時間で、怪我の応急処置と円盤の修理を終わらせた。
「君には本当に感謝しているよ。どうもありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「お礼としてこれをプレゼントしたいんだけど。どうだろう、受け取ってもらえるかな?」
宇宙人が円盤を指さしながら言う。
「えっ! せっかく修理をしたというのに、僕にくれちゃうんですか?」
ボタンをたった一つ押してあげただけではあるが、宇宙人が助かったのは彼の功績によるところでもある。
「うん。君は命の恩人だからね、私からの気持ちだよ」
「うれしいなあ」
「ただねえ・・・」
「なんでしょう」
「修理を施したとはいっても、円盤の状態を万全に戻せたというわけではなくてね。使用に当たって注意をしておいてもらいたい点がひとつあるんだ」
「なんでしょうか」
「もちろん安全性で問題のないことは保証するよ。ただ、機体を透明化する機能が作動しなくてね。昼間のフライトは目立ってしまってしょうがないから、夜の間だけ乗るようにしてほしいんでげす」
「わかりました」
後輩が円盤全体をぐるりと見て回る。
「あっ、へこんでいるところがまだ残っていますよ、直してもらえますか?」
指で指し示しながら宇宙人に願い出る後輩。
「ああ、それは気にしなくても大丈夫」
「大丈夫って、飛んでいて、この部分に穴が開いてしまうなんていうことが起こりかねませんよね?」
「いやいや。べつに空気抵抗を受けるわけではないから、問題はないんだよ」
「空気抵抗を受けないって? そんな乗り物があるんですか」
「あっちゃ困るのかい?」
「いえいえ、困りはしませんが・・・」
「なら、いいじゃないの」
「確かに困ることはないんですけれどもね。ただね、空気の中を飛ぶ物だっていうのに、そんなことが有り得るのかなあっていう疑問は湧いてきますよね。そもそもが、空気抵抗を減らすことを目的として機体を円盤型に設計してあるのでしょうし」
「違うんだなあ、そうじゃないんだよね。機体がどんな形であろうとも、たとえば三角であろうと四角であろうと、同じ様に飛ぶ乗り物なんでげすよ」
「そうなの?」
「いろいろな形状の円盤が作られている中で、私が気に入ったものがたまたまこの形だったというだけのことでげすね」
「へー」
「気に入らないでげすかな?」
「いえいえ、良い形だと思いますよ」
「そうかい、ならよかった」
「見るからに飛んでくれそうですもの」
「だろ、だろ、俺もそう思ったんだー」
「ところでですが、この実によく飛んでくれそうな円盤が、なんでまたこんなところに落っこちてしまったんですか?」
「理由かい? それは聞かないでくれ」
「僕が墜落しないように気を付けるためにそういった情報は必要でしょ、教えてください」
「誰にも話したくはないんだよ」
「大丈夫です。内緒にしますから、僕にだけでも教えてください」
「誰にも、の中には君自身が含まれていないとでも思っているのかい? 随分とあつかましいんだなあ」
「すみません」
「残念ながら、きっちりとその中に入っているんだからね。君にも他の人にも知られたくはないんだよ」
傍では、助けに来た宇宙人が修理道具の片付けを始めている。後輩はそちらへと話を振り変えた。
「ねえねえ、そっちの人」
「はい、なんでげす?」
「作業中に済みませんね。ちょっと聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「ひょっとして、この人は運転がへたくそなんですかね?」
不時着宇宙人のことを尋ねる。
「俺よりはうまいと思うよ」
助っ人宇宙人がそう答えると、
「はははのは」
不時着宇宙人が大声で笑い出した。
「なにを笑っているんでしょう?」
後輩が尋ねる。
「今日彼がここに派遣されてきたのはね、もちろん円盤の修理を安心して任すことのできる技術をきっちりと備えているという厚い信頼を得ているからではあるんだけれどもね、技術者になるまでの彼の経歴が、ぷっ・・・これが傑作でね」
「ほう」
「聞きたいでげすか?」
笑顔で後輩に確認する宇宙人。
「べつに」
「聞きたいでげすよね!」
今度は詰め寄ってきた。自分の話を聞いて欲しいのだ。
「はい、是非聞かせてください」
「彼、以前は円盤壊しの常習犯でね。ようするに運転がとてつもなくへたくそだったんだ。壊しては修理を呼んで直してもらうということを幾度も繰り返していてね。自分の円盤が修理されていく作業行程を何度も何度も観ているうちに、専門技術を学んでしまったというわけなんでげす」
「おいおい、困っているだろうからと一目散にここまで来てやったんだぞ、その恩人を前にして悪口を言うなんて失礼だろう」
不時着宇宙人が構わず続ける。
「修理資格を持っているけれど、エアバッグも背負っているんだぜ、こいつ。はははのはー」
「へー、円盤にもエアバッグがついているんですか」
「特注品だよ。装着命令を食らったので、作らされたんだ。宇宙広しといえども、エアバッグを付けさせられているのはこいつぐらいのものだろうよ」
「お前も今日からはその仲間入りだからな。今回は記念すべき事故百回目、エアバッグ装着義務が発生することになったんだよ」
「うそー、俺も着るのー?」
「円盤のエアバッグっていうのは、着るものなんですか」
「危険を察知すると、膨らんでクッションになってくれる服なんだ。あいつが着ているだろ」
修理師が手で隠そうとするが、隠せるものではない。
「安全を保障してくれる物なのでしょうし、デザインだって悪くはない、嫌がることはありませんよ」
「見る人が見るとエアバッグだと解ってしまうんだ。これは恥ずかしいぞ」
しょんぼりとする宇宙人。
「よくぞこちら側へ来てくれた、歓迎するよ。いやあ、よかったよかった、ようやく宇宙でたった一人という不名誉から脱出できた」
修理師は大喜びだ。
「宇宙でたったの二人きり?」
後輩が尋ねる。
「ああ」
「それほどまでに操縦がへたくそでも、円盤を取り上げられないんですか?」
「生活必需品だからねえ。これがなければ宇宙空間を移動できないんだもの」
「タクシーは、ないんですか?」
「みんながみんな自家用の円盤を持っているんだぜ。この広い宇宙の中で利用する客がたったの二人だけでは、商売にはならないだろ」
「商売? 宇宙人の口から商売という言葉が出てくるとは」
「宇宙にだって商売くらいあるよ。ただし、地球で言うところのお金といった類のものは介在しないんだけどね」
「え? お金がない? そんなんで労働意欲が湧いてくるものなんでしょうかねえ」
「それは大丈夫だよ、みんな働いている」
「いったい何のために?」
「感謝の為でげす」
「感謝?」
「そう、地球では労働の対価というとお金を指すけれど、宇宙での対価は感謝なんだ」
「それってなんか、とってもいい話ですね」
「地球も遅かれ早かれそうなるさ」
「にわかには信じられない話ですが」
「他の星々との交流が始まれば、いやおうなしにそうならざるをえないんだよ」
「はあ」
「ただしそれは、まだまだずうっと先のことになるだろうけどね」
「ふーん」
円盤の中、ボタンが並んだ壁面の前に宇宙人と後輩が立った。
「それじゃあ、円盤の操縦方法を伝授するとしようかね」
「はい、よろしくお願いします」
「このボタンを押した体勢のままで、しばらくじっとしていてくれるかな」
後輩は宇宙人から指図されたとおりに黄色のボタンを押し込み、次の指示を待った。宇宙人の方はというと、緑色のボタンを押してなにやらぶつぶつとつぶやいている。
「これでよしと。オッケー、もういいでげすよ」
「はい」
ボタンからそっと指を離す後輩。
「君をこの円盤の操縦者として設定しておいたからね」
「うれしいなあ、どうもありがとうございます、と素直に言っておきたいところですが、どこをどうすれば円盤を操縦することができるのか、皆目見当がつきません。不安なんですけど」
「ああ、そうだよね。肝心なことを忘れていたよ」
「頼みます」
「それじゃあ、説明するとしようか」
「よろしくお願いします」
「わるいけど、一旦円盤の外に出てくれるかな」
「はい」
床面から地面までは一メートルほどの高さだ。後輩が先に飛び降り、後に続く宇宙人に手を貸す。
「操縦といっても、君たちがイメージするいわゆる運転、そういったことはしないんだ。円盤にして欲しいことを、自分の心に念じるだけでいい。はじめは言葉に出して練習をしてみようか。さあ、やってみて」
「上にあがれ」
後輩が命令を出すと、円盤が上昇を始めた。
「おおっ、円盤が僕の言うことをきいてくれたよ、すごい」
「今度は君のところに呼び寄せてみなよ」
「こっちに来い」
すぐに円盤が反応した。
「わおっ! 寄って来た、寄って来た」
目の前一メートルのところまで移動してきて、フワフワと浮かんでいる。
「どう? コツは飲み込めたかな」
「はい、たぶん」
「あっそうだ、これを言い忘れちゃいけないんだった。家に帰り着いたらね、基地に戻るようにと円盤に指示を出してほしいんだよ」
「はあ?」
「月の裏側に円盤の基地があってね。指図を出せば、円盤が勝手にそこまで戻っていくからさ」
「ふーん」
「ちなみに駐車場代はかからないからご安心を」
「燃料はどうするんでしょう」
「それも心配ない。基地に戻った際に、円盤が自分で補給してくるんでげすよ」
「そうですか、うまくできていますねえ」
「じゃあよろしくね」
後輩に背を向ける宇宙人。
「ちょっと待ってください。まだ質問したいことがあるんですけど」
「どうぞ」
「ちなみに、この円盤はずっと僕が使っていてもかまわないものなんですか?」
「そうだよ」
「円盤を、僕にくれたということなのでしょうか、それとも貸してもらうだけなのでしょうか?」
「基本、あげたつもりでげすよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「ただし、万が一の時のこと、君がそんなことをするはずはないとは思うんだけど、もしもだよ、もしも君がこの円盤を使って悪事を働くようなことがあったりした場合、そんなことが起った時には、円盤を取り上げざるを得ないだろうけどね」
「悪用するしないの以前に、はたして操縦がまともにできるようになるんだろうかといった点の方が今の僕にとっては心配の種ですよ」
「大丈夫、筋はいいと思うよ」
「それはどうも」
胸を張ってみせる後輩。
「それじゃあ、私はそろそろ失礼するとしようかな」
「あっ、ちょっと待ってください。今後僕があなたと連絡を取り合うことは出来るのでしょうか?」
「うん、それは大丈夫だよ。用事が出来た時には、月の裏側まで来てくれればいいんだ。いつでもどうぞ」
「この小さな円盤で、あんなに遠いところまではたして無事に飛んで行けるものなのでしょうか?」
「僕らはこれに乗って、遠路はるばる地球くんだりまでやって来ているんだよ。ここから月まで程度の距離は、隣の家に行くようなものでげすよ」
「なるほど、そう言われてみればそうなんでしょうね。あっ、それともうひとつ、基地におじゃまする場合なんですが、部外者である地球人を、すんなりと受け入れてもらええるものなんですかねえ」
「それは大丈夫、心配ご無用。さっき君の情報をマスターデータに登録しておいたからね」
「そうですか、なにからなにまでありがとうございました。これでやっと安心できます」
「そうかい、ならよかった。じゃあ、私はこれで失礼するよ」
「はい、帰りは落ちたりしないように気を付けて」
宇宙人達を乗せた円盤が夜空の中でグングンと小さくなっていき、やがて点としてすら確認できなくなった。ずっと光り続けていたのはおそらくライトを消し忘れていたためであろう。
「行っちゃった・・・」
宇宙人を見送り終えた後輩が、その視線を頭上に浮ぶ円盤へと移しながらつぶやく。
「これが僕のものになったんだよなあ・・・」
腕を組み、満足げに円盤を眺める後輩。
「さっきの出来事は本当にあったことなんだよな。信じられない話だけれども、信じていいんだよな」
手を上に伸ばして、頭上の円盤にそっと触れてみる。
「間違いない、その証拠にこうして円盤が存在しているんだからな。ちゃんと手に感じるぞ、幻なんかじゃあないぞ」
今度はさすってみる。
「さっきは僕が出した指図を聞いてくれたはずなんだよな、これが」
ぐいぐいと押してみる。
「よし、嘘か本当か、もう一度試してみようじゃないの」
目を閉じて強く念じた。
「僕を乗せろ」
円盤がゆっくりと降りてくる。
「おお、やった。そうだろ、やっぱり夢じゃあなかった、よかったー」
円盤が、安堵する後輩の身体を機体の中に包み込む。
「よし、うちへ行け」
円盤は十メートルほど上昇したところで水平飛行に転じ、後輩の自宅方面へと向かった。
「提出命令書」
後輩の自宅玄関先。彼の胸元へ突き付けられた紙片の一行目に、太字で大きくそう書かれている。
「当局へは私共の側から手を回しておきます、よろしいですね」技術者がそう言い残して帰っていったのは前日のことであった。どの様な手を使って説得をしたのか、当局の重い腰を上げさせて、技術者と共に後輩の家へとやってきているのだ。
「当局さん、今日のご用件はなんなのでしょう?」
「以前お宅を訪問したときと一緒です」
「ああ、例のカビが生えた話ですか」
「生えたカビは掃ってもらいましょう。今一度あの話を蒸し返しに来たんでね」
「はあ」
「貴殿の所有物の中に、法律に引っかかるものが含まれていないかどうか、それと、もしも違反物の所有が確認された場合には、その安全性に問題がないか、これらの点を職権によって調査するので、貴殿におかれては全面的に協力してもらいたい、そういった類のことがここに記されている」
「強引なんだからなあ、まったく。大体あなたは、円盤は未確認の物体だとか言って、存在そのものを信じていなかったはずじゃあありませんでしたか? もう未確認ではなくなったということなんでしょうか?」
「今でも未確認であることには違いない」
「ではなぜ?」
「いわゆる大人の事情だとか、目に見えない圧力といったものが関わっているようだな」
「ふーん。そちらも大変なんですねえ」
「まあそういうわけだ。貴殿には、我々が業務を遂行するにあたって、全面的な協力を惜しまぬようお願いしたい」
「没収・・・ですか?」
「いや、調査対象物を隠ぺいすることをやめにして、公開しなさい、ということだ。まあ、そういった物が実際にあるのであればの話だがね」
「これは命令なのでしょうか」
「表題にそう書いてあるだろ」
「紙切れ一枚でひとを右往左往させて、そんなことが許されるものなのでしょうか?」
「悪いな、それが俺のやり方なんでね」
「あなた方は、心底底意地の汚れきった人たちですねえ・・・」
「ふっ、なんとでも言ってくれ」
「出せと言われても、肝心の飛行許可はどうなっているんです?」
「申請無しでフライトすることを、今回に限って許可する」
「申請無しで? ここは法治国家でしょ、そんなことを許しても構わないんですか?」
「特別措置だ、あんたは心配しなくていい」
「むちゃくちゃな話だ」
「さあ、見せるのか、見せたくても見せることが出来ないのか、どっちなんだね」
「どうしようかなあ」
「よろしく頼みますよ」
技術者が横から口をはさんだ。
「これはこれは、技術者さん、どうも。昨日の今日ので大変ですね」
「いやいや」
技術者の足元に置かれている荷物に後輩の目が止まった。
「おおっと、今日は随分といろいろな機材を持ちこんできているようですね。調査の準備は万端といったところですか」
「ええ、まあ」
「この様子だと、どうやら見るだけでは済ませてもらえそうもない。僕としては円盤を変にいじくりまわされるのはご免被りたいんです。故障を起こされでもしたらたまったものじゃあありませんからね。なにしろ僕自身の手で修理ができるような代物ではないのですから。そういった訳で、今回の命令には従うわけにはいきませんね」
「こちらとしては、家宅捜索の手続きをとっても構わないのだがね」
当局の決め台詞が出た。柔らかめに脅してくるのだ。
「理由は?」
「そんなもの、なんとでもこじつけられるさ。我々にとって、法律の拡大解釈はお手のものなんだからね」
「懐柔作戦が通じないとなると、こんどは脅しですか。家宅捜索とやらをやりたいというのであれば、どうぞご自由になさってくださいな。このアパートの中に円盤を隠秘することなどできようはずがない事は、容易に想像がつくと思いますがねえ」
「ちっ」
「当局の許可なく乗ることは断じて許さない! あなたは以前僕にそう告げてお帰りになりましたよね。ところが今日のあなたときたらどうです? 今度は見たくなったので飛ばしなさい、ときなさった。こんな一方的な要求ばかりをよく突きつけてこられるものですねえ。自分らのご都合主義のために作り出した、正義は常に我にありとうたってある看板を、たった一人の小市民に向かって振りかざしてくるとは、なんて乱暴で身勝手極まりない人たちなんだろう。ああ、うっとうしい。地球の窓口側として立つべき部署の人間がこんなありさまなのでは、宇宙人が表に顔を出すことを躊躇してしまうわけだよなあ」
「言いたいだけ言えばいい。我々を敵に回しても構わないというのであればね」
「おお、怖いことをおっしゃる」
「怖い?」
「ええ、恐怖で震えがきていますよ」
「まあ、どのように受け取るかは、そちらの勝手だ」
はてさて、どうしたものかなあ・・・考えを廻らせる後輩。
「わかりました、降参しましょう、当局の調査に協力しますよ」
「ありがとう、礼を言うよ」
「これ以上ここに足を運んでこられては、ご近所に迷惑がかかりますからね」
「それは賢明な判断だと思うよ」
「どうぞ、こちらへいらっしゃってください。あっ、技術者さん、お持ちになった道具はここに置いていってもらえますかねえ。さっき申し上げたとおりで、円盤を破壊されたくはないものですから」
「わかりました」
部屋を後にして、近所の工場跡地へと二人を誘導する。
「それじゃあ、今からこの場所に円盤を呼び寄せます」
ひとつ息を吸って念じ始めたところに、
「よっ」
という掛け声がかかった。動作を中断させて声の主の方へと顔を向ける後輩。
「やあ先輩、どうも。来るのが少し遅いんじゃあないですか?」
特段驚いている様子はない。
「最初から居るには居たんだけどね。ずっと隠れていたんだよ」
「先輩は今回のすったもんだを仕掛けた張本人なんですから、この場に居ないわけはないだろうとは思っていましたよ」
「悪く思わないでくれよな、金持ちっていうのはわがままなものなんでね。しかも、自力ではそれを上手にコントロールしたり抑制したりすることが出来ないときている」
「先輩のその持論が嘘ではないことを、僕は身をもって今体験させてもらっていますよ」
「いい勉強になっているかい?」
「どうなんですかねえ、ただ、好きにはなれそうもない授業だな、とは感じています」
「まあ、相性の合う、合わないがあるんだろう」
先輩がそう言いながら当局と技術者の間に入った。
「それじゃあ、役者が揃ったところで改めて始めるとしましょうか」
「ああ、頼む」
「皆さんお互い顔見知りでしょうから、自己紹介は省略して構いませんね」
「ああ、それで結構だ」
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと目を閉じる後輩。念じること数秒、息を少しずつ吐き出しながら瞼を開いていく。
「円盤に呼び出しをかけました。後は到着の時を待っていただくだけです」
みんなで夜の空を見上げる。
「いよいよなのかあ」
「本当にやって来るのかねえ」
一同がそれぞれの思いを胸に、月を見つめている。待つこと数分、月の黄色に小さな点が現れたかと思うと、それがみるみる大きくなってきた。
「おお」
みんなの中からどよめきが湧き上がる。
「来たぞ、来た来た」
その形状が肉眼で解る距離にまで近づいてきた。
「確かに円盤だよ」
残りあと二百メートル。
「ちょっとスピードが出過ぎているんじゃないか?」
「ここに突っ込んできそうな勢いだよ」
「どうぞご心配なく」
円盤は中腰で身構える面々の頭上三メートルほどの中空で停止した。当局と技術者は揃ってあんぐりと口を開けたままだ。声を発する者がひとりもいない。円盤を只々見つめているだけの時間が暫くあった後、
「な、俺の言ったことは事実だっただろ」
先輩の得意げな第一声で、当局と技術者が我に返った。
「本当にあったんだなあ」
「ほおー、うーん」
舐め回すように観察を始める二人。
「どんな仕組みで動いているんだろう」
「プロペラはついていないようだな」
「燃料は? 燃料はいったい何を使っているんだ?」
「あっ、ひょっとすると宇宙エネルギー? ダークマターかなにかなのかな」
「うーん、何から何まで謎だらけだよ・・・」
技術者が後輩の元へと寄っていく。
「頼む、もっと近くで見せてくれ。それと、出来ることなら円盤を直に触らせて欲しい」
後輩の表情が曇る。
「お願いだ、円盤を着地させてくれ」
技術者がそう言って詰め寄る。
「他の皆さんも、眺めているだけじゃあご不満ですか?」
「ああ、これでは充分に確認をしているとはいえないからな」
当局がそう口を挟んできた。
「ふう、欲張りな人たちですねえ」
後輩が渋々といった表情で円盤を着地させると、待っていましたとばかりに、一斉に飛びついていった。体を外面にへばりつけて、触るわ、触るわ。
「いったい何で出来ているんだよ? 素材はなんなんだ?」
「金属じゃないのか?」
「プラスチックのような手触りだが・・・」
「俺には木を触っているような感触が伝わってっくるんだけど・・・」
同じ物を触っているというのに意見がバラバラだ。
「わからん」
「地球には存在していない物質なのかもしれん・・・」
「初めて見るものだったら、いくら必死で考えてみたところで、解りはしないよなあ」
「そうだ、中はどうなっているんだろう」
「うん、そっちも気になるよな。おい、円盤の中を見せてくれ」
要求がどんどんとエスカレートしていく。後輩が円盤を二メートルばかり上昇させて、底にあるドアを開いたとたん、総員が円盤の真下へと集まって来た。背伸びをして中を覗きこもうとする技術者。奥の方まで見ようとジャンプを始めた。当局はというと、先輩の秘書に肩車をさせて中を覗きにかかっている。もう待ちきれないといった様子だ。
「乗せてください」
「さあ、早く中に入れてくれ」
「しかたがありませんんねえ。それじゃあ乗り込みましょう、みなさん私のところに集まってください」
乗組員は先輩、当局、技術者、秘書と後輩の五人である。
「出発しますよ、みなさんはその辺りにしゃがんでいてくださいね」
先輩が、言葉どおりの先輩風を吹かせながらみんなに指示を出している。
「それじゃあ後輩、よろしく頼んだよ」
「わかりました、土手にでも行ってみましょう」
「土手? おいおい勘弁してくれよ、俺たちは自転車の試し乗りをするためにわざわざここまでやって来たわけじゃあないんだぜ」
「そうそう、せっかくの円盤なんだから、もっと遠くまで飛ばしてもらいたいものだね」
「はいはい、そうですか。遠方に行くのがご希望なんですね。わかりましたよ」
後輩が円盤を上へ上へと上昇させる。地上の明かりがどんどん遠ざかっていく。
「急上昇か、力強いもんだな」
「こんなに加速して大丈夫なのかねえ。気圧の変化が気になるぞ。体の具合が悪くなったりしないのかなあ?」
技術者がそんな不安を漏らすと、外気圧が変化してきましたので、艦内の気圧を自動調節します、との案内放送が流れた。
「まかせておけば、円盤がなんやかやと対応してくれるんだな」
蛇行をしますので注意してください、との案内放送が続いて流れた。
「うわっ」
「おわっ」
左右に大きく振られたが、揺れは一往復だけで治まった。
「今のは、けっこうな横揺れだったよなあ」
「どうしたんだろう」
「緊急事態に遭遇か?」
「ちょっと止めてくれ」
「はい」
後輩が円盤を停止させると、各々が外の様子の確認を始めた。
「なるほどね、そういうわけだったのか」
円盤の下方を見ていた当局が、浮かんでいる人口衛星に気付いて納得顔で言った。
「さっきの揺れはおそらくあの衛星を避けたときに起ったものだろう」
「やれやれ、理由がわかって一安心だ」
「それにしても、でっかい地球儀だなあ」
一同が技術者の話に誘われて指さす方へと視線を向けると、青い地球が衛星の向こう側に大きく広がっていた。
「きれいだなあ」
「この画を見ることが出来ただけでも、ここまでやって来たかいがあったというものだなあ」
地球の姿にいつまでも見惚れている搭乗者たちなのであった。
「さあみなさん、いかがでしたか?」
「とても感動しているよー」
「ありがとう、どうもありがとう」
「ほんとほんと、良いところへ連れてきてもらいましたよ」
「実にありがたい、感謝感謝だねえ」
「どうやらみなさん揃って満足していただけたようですね。よかったよかった、ではこれにて体験搭乗プログラムを終了とさせていただきます。どうもお疲れ様でした」
バシッ
「いたたたた」
後頭部を手で押さえながら後ろを振り返る後輩。
「何を言いだすのかと思ったら、終わるだと?」
先輩の形相が変わっている。
「旅はまだまだこれからに決まっているだろうが」
「そうそう。自分だけでプログラムを決めないでほしいね」
「まったく油断も隙もあったものじゃないな」
「ほうとほんと。まだ、準備運動が済んだかな、といった程度の段階なのにねえ」
「そう、これからが本番なんだよ。さてどうするかだが・・・」
「みんなで話し合って決めようぜ」
「賛成」
「やっぱり地球から離れたところに行ってみたいよなあ」
外を眺めながら相談を始めた一同。後輩以外のメンバー達が団結したようだ。
「宇宙っていうのはさあ、とてつもなく広いところなんだろ」
「ああ、そうだね。どんなものであろうと単位が億とか兆になってしまう世界だからなあ」
「この円盤を自在に操って、その広大な宇宙のあちらこちらを飛び回っているんだろ・・・宇宙人っていうのは、本当にたいしたものだねえ」
「俺たちも、今日からその仲間入りができたということなんだよなあ」
「今までは空想で思い描くことしか出来なかった遥か遠くにあったはずの未来に、直接触れさせてもらっているような気がします」
「ロマンですねえ」
満天の星を眺めながら、乗員各々が感じたことを口にしていく。
「ご一同、まずは銀河系をちょっと一回りするという案はどうだろうか」
「賛成」
先輩が後輩を振り返って声をかける。
「俺たちの意見がまとまったよ、円盤を出してくれ。これから宇宙旅行を味わうことになったんだ」
「地球に戻ってくるのがおそらく一億年くらい先になってしまうと思いますけど、それでもかまいませんか?」
「なにそれ?」
「宇宙が大きいことは解っていると思いますが、銀河系ひとつをとってみても、けして小さいものではないんですよ。光の速さで回ったとしても、一周するのに何十万年がとこはかかるんじゃあないですかねえ」
「ほえー、それでは時間がかかりすぎだよ」
「うん、そんな時間はないわなあ」
改めて外を眺めてみる先輩。どこを向いても星々の光が瞬いている。その中で、際立った大きさを誇っている我らが月、今日は満月の姿を披露している。
「じゃあ行き先変更だ、今日のところは月旅にしておこう」
「ちょっと、ちょっと。さっきは僕を攻め立ててきたくせに、そっちだって勝手なことを言いだしているじゃありませんか」
後輩の訴えを無視して先輩が話を続ける。
「これから月へ向かいたいと思うんだけど、一同どうだろう」
「ちょっと先輩!」
「賛成」
「私も賛成」
「せっかく宇宙に出て来たんだもの、ものはついでということで、月まで行っちゃいましょう」
秘書まで自己主張を始めた。
「ゴーゴー」
「ふー、困った人たちだなあ」
「我々がこうやっておとなしくお願いしているうちに、色よい返事をしておいたほうがいいんじゃないのかな。どうしても首を縦に振りたくないというのであれば、要望を命令に切り替えてもいいんだぜ」
当局の人間がそんな脅しまがいのことを言いだした。
「ここは国外なんですよ、日本の法律や当局の指導や命令がはたして通用するものなんでしょうかねえ」
「おっと、そうだよな、これは失敬失敬。職業病なんだな、ついいつもの口癖が出てしまったよ。今の発言はひっこめさせてもらおう。どうか月に連れて行ってくれ、頼む、このとおりだ」
そう言って頭を下げる当局。
「まいったなあ。当局さん、柄にもない事はなさらないでくださいよ。頭をあげてください」
「頼む」
「当局さんまでが、月へ行きたいなどと言い出すなんて、一体どうしたというんですか」
「実を言うと、子供のころの俺は、宇宙が好きで好きでたまらない、宇宙小僧だったんだ。そんなことを思い出してね」
当局が真剣な眼差しを後輩に向けてそう語る。
「当局さん、安心しなよ。票は四対一、これで月行きは決定なんだから」
「え? この問題を多数決で決めるんですか?」
「そうだよ。実に民主的だろ」
「民主主義の乱用にしか思えませんが」
「その意見は却下します」
「ここまで来たんだ、少し足を延ばして月まで行ってくれたって構わないんじゃないの? 観ろよ、外はまだ明るいことだしさあ」
「ここは宇宙なんですよ。太陽が沈むことがないんですから、いつまで経っても明るいままに決まっているでしょう!」
「素直に行っておいた方が、後々の君のためにもなると思うんだけどなあ」
先輩が後輩の肩に腕を巻きつけながら忠告する。
「なぜですか?」
「君が今ここで見学会を強引に終わらせてしまい、みんなを地球へと帰らせてしまったとしよう。 後々まで面倒を引きずることになるんじゃあないのかなあ」
「はあ? 言っていることがよくわかりませんが」
「地球に帰ってから、この連中がいったいどんな行動に打って出るかを考えてもみろよ」
「お礼の手紙をくれますかね」
「ノーノー、そんなもの、誰からも来ない。もちろん俺も出す気にはならないだろうな」
「何かお礼の品を送ってくれるとか」
「君の頭には虫のいい考えしか浮かんでこないのかねえ」
「じゃあなんだろう」
「せっかくの楽しい宇宙旅行だというのに、意に反して途中で引き返させられてしまうんだぞ、普通の頭で考えてみろよ」
「そう言われると、考えることが怖くなってきてしまいましたね」
「じゃあ教えてやろう」
「遠慮しておきます、聞くのも怖いや」
「いいから聞け!」
「はい」
「おそらくみんなは、月に連れて行けと連日連夜執拗に君の家に押しかけて行くんじゃあないのかなあ」
「うひょー、それは困る」
「まあ、それ以前に、これで終わりですから今日のところは帰りましょうね、と伝えてみたところで、素直に従ってくれる顔ぶれだとも思えないけどね。円盤を見せただけでは満足しなかった連中だろ、体験搭乗させないことには、納得してくれなかった奴らだろ、そんなメンバーに帰ることを受け入れさせられるのかねえ」
先輩からの有難いアドバイスを受けて、改めて考えを巡らせ始めた後輩。狭い円盤の中、睨みを効かせた四人の男に自分が囲まれていることに気が付いた時点で、さっきとは違った結論があっさりと出た。
「予定は変更いたします。これから月に向かうことにしましょうねー」
ぎこちない笑顔でそう宣言すると、円盤を急発進させた。
「うわっ」
「うおっ」
乗組員たちが床を転がっていく。
「わたたた!」
「おい、ちょっと!」
「すみませんね、不愉快なことがあったものですから。ほんの少しばかりではありますが、自分のガス抜きをさせてもらいました」
「いててて」
「あいたたた」
月に向かって円盤が進んで行く。ここからは障害物のない一本道だ、スピードがぐんぐんと増していくのに比例して、地球の姿がどんどん小さくなっていった。




