呼出
「……あ、呼び出しだ……ごめんねケンちゃん。本当に、とっても残念だけどお師匠様に呼ばれてるの……ごめんね?闇の衣を着てて?それ、大魔王が着る物だから光のオーブを持って来られない限り全部の攻撃反射するよ!ケンちゃんには安全安心のお姉ちゃん素材だから!」
「え、あ……うん。」
ケントはほっとする一瞬だった。次の瞬間には名残惜しそうに頭を下げつつ消えて行く愛美を見送ってケントはイレーヌとエスクラが寄って来るのを見て飛び下がった。
「危ないよ!今の愛美姉ちゃんは再会で興奮してて何をするか……」
「坊ちゃま。その闇の衣はあの怪異の術式すら跳ね返すようです。……ですからあの怪異は今は手出しできないはずです。これから、坊ちゃまにあの怪異への対策会議を始めさせていただきます。」
「うぅ……ケント様ぁ……お労しや……」
(そっか……だからあの過保護状態の姉ちゃんでもこの闇の衣をいつもは出さないのか……)
納得しつつケントは涙ぐんでいるエスクラの頭をこの世界で10年近い習慣で撫でる。
「えへへ……久し振りになでなでされて、嬉しいです……」
「……会議を、始めさせていただきますがよろしいですか!」
「何で怒ってるのさ……」
「撫でると、落ち着いてくれると思うよ~?」
エスクラの言葉に従ってイレーヌの頭も撫で始めるケント。
当然、天界からその光景は見られていた。
「クスクス……面白いな。」
「……地上で、何かあってるのですか?」
「んーまぁ、教えないが。」
ただし、見ているのはこの世界の神と黒ローブの男だけだ。再会を果たし今日もべったりのつもりだった愛美は不機嫌そうにしつつも目の前の存在には抵抗のしようがないので大人しく正座している。
「……アジ・ダカーハと勝負してから下界に行ってよ。」
「そんなに戦わせたいならウチの子と戦わせてみるか?ハニバニ。」
「…………呼んだ?」
闇より現れた黒兎耳の幼女。一目見ただけで視る者を虜にするかのような美しい幼子に黒ローブの青年は告げる。
「あれをボコれ。」
「……ラジャ…………撫でて、ね……?」
「アジ・ダカーハぁぁぁああぁぁあっ!」
理不尽に殴られるアジ・ダカーハのレプリカのことなど無視して青年は愛美を見据えて幾つか質問する。
「向こうから、きちんと指輪を付けさせたか?」
「……はい。それと、あの盛りのついたメスたちは……ケンちゃんに手を出してないですよね?」
「……まだ大丈夫。そうか。人間は損をしたくないと強烈に思うことで自分が取った行動を苦しい理由でも合理化させるからな……それはクリアっと。」
盛りのついたメスはお前だろとは言わずに青年は続ける。
「人殺しは?」
「……戻った状況次第ではこれから、するかもしれません。」
「オケオケ。出会ってすぐに殺しをすると好感度下がるが、まぁ後は良いだろ。さて、次。」
アジ・ダカーハをボコボコにした後、鯵に変えて得意げに戻って来たハニバニを撫でながら青年は尋ね……ようとして下界の様子が面白くなってきたのでそれを止める。
「指令。まだ、殺すな。ポイントを溜めさせろ。警告で済ませろ。相手に負い目を背負わせろ。さぁ行け。」
「…………!そういう、何かが起きたってことですねぇ……?この短時間で、よくも、まぁ……!」
激怒しながら地上に降りる愛美。それを見送りつつ青年は嗤う。
「いや~人の恋路は楽しいねぇ……あのままだと姉一強過ぎて面白くないから少しメイドたちに力を貸したが……出来れば、頑張ってかき乱せ……」
撫でられて嬉しくなったハニバニが更に褒められるために鯵を開いて乾すことでアジの開きになってしまった可哀想なアジ・ダカーハを見ながら咽び泣くこの世界の神の声を聞きつつ青年は下界に目を落とした。