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旅館

「今日もかっこよかったよケンちゃん。」

「……あぁ、うん。……ありがと。」


 道中の宿で2人部屋を2つ借り、ケントとその姉を自称する精霊がその1室に入るのを見届けて私はイレーヌ様に確認した。


「……あの、ディエゴ様と合流できそうなのは……」

「若様たち勇者御一行はまだ人間界でパレードをしています……魔王討伐に向けてその身を一振りの刀と化しているあの方々には誠に申し訳ありませんが……魔界の入り口付近で合流することになりそうですね。」


 その言葉を受けて私は唇をきつく結んだ。


「……エスクラ……」

「悔しいです……ケント様の、ご恩に、報いられなくて……」


 悔しかった。病気でも強制労働をさせられていた私を救ってくれたケント様の役に立てず、一生懸命頑張った武芸も一瞬で破られて倒されたことが。

 そして許せなかった。今もなおあの化物がこの場に居るのに何もできない自分の不甲斐なさが。


「……いえ、返信が来ました。魔界に入る前のデモンストレーションとして可愛い弟の為に勇者一行を説得してあの怪異を倒してくださるそうです。」


 吉報が届いた。しかし、それで喜んではいられない。あの妖怪「変態」は底の知れない力の持ち主なのだ。

 勇者様も、私どもでは見てわからない程のお力の持ち主だけどどうなるか分からない。


「……ですが、私も出来る限りのことはしたいです。今日もお稽古お願いします。イレーヌさん。」


 その言葉にイレーヌさんは困ったような顔で応じる。


「……私も、あの怪異には到底及ばないのですが……それでも、私に師事するのですか?」

「それでも、イレーヌさんは私の遥か高みにいらっしゃいます。私はケント様に命を捧げた身です。あの方の為に……出来ることは何でもしたいです。」


 その言葉を受けてイレーヌさんも頷いた。


「……分かりました。ただ、私も少し鍛え直しが必要のようなので指導は厳しい物になると思います。その上、この鍛錬を理由に翌日からの旅に支障を来すことは許されない。それを前提として付いてきなさい。」

「はい!」


 無力な私をお許しくださいケント様。そして、待っていてください。私があなたを救出できる力を手に入れるまで……










 その頃のケント。


「ねぇ~お姉ちゃん寂しいよ~?小さい頃は一緒に寝たでしょ~?5歳くらいの時なんてお姉ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だって言ってくれたのに……」

「もの凄く前の話だよね!それに、僕……あ、また、胸を押し付けないでってば!真面目に聞いて!」


 闇魔術とやらの力で周囲に音は漏れない、こちらに音を届けない空間を構築して下着を脱いでラフな格好をしている愛美とそちらを向けないケントがそれぞれのベッドで領土争いを繰り広げていた。


「姉弟の関係だから、僕はその……ね!そう言うのはダメだと思う!」

「でも、もう血は繋がってないんだよぉ?それに、ケンちゃんも……ね?」

「メグ姉がそんな格好するからだろ!」

「だって、締め付けられると痒くなるんだもん。」


 どうやってこの場所に持って来たのか分からないネグリジェを着て微妙に透けている愛美から目を逸らしつつも気になって見てしまうケント。

 それを楽しそうに見ながら愛美は同じベッドに誘い、ついでにベッドを移動させて連結させる。


「分かった。今日はえっちなことしないから。添い寝だけでいいよ?それもダメなら……」


 愛美は怪しげな笑みと共に小瓶を置く。それを見てケントは息を吞んでその小瓶の中身について尋ねるが彼女は笑いながら逆に訊いた。


「何だろーね~?ケンちゃんが一緒に寝てくれるって約束するなら教えてあげるよ?」

「……寝るから。」

「んふふ~……ただの、睡眠薬でした~」


 ただのでも何でもないと思ったが、隣で一生懸命頑張っているメイドと小さなメイドの努力のことなど知らずにケントは愛美と一緒のベッドで眠った。




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