愛美の告白
長いようで短かった夏休みが終わりを告げた。
今日から9月、新学期が始まるそんな朝。学校への道を気だるそうに歩く一人の少女がいた。
彼女の名前は川口愛美。どこにでもいるような平凡な女子高生だった。
特に何か得意なことや人に自慢できるような素晴らしい特技があるわけでもなく、自分が名前が示すような誰かに愛される美しい存在になれるとも思わず、愛美はただ唯一の趣味のゲームを楽しみながら平凡な毎日を過ごしていた。
「ああ、だるいなあ」
昨日までの自分は大人気のMMOで、みんなから頼られ尊敬される聖騎士フィオレとして大活躍していたのに、何だって現実はこんなに平凡で刺激がないんだろう。
「いっそ、この世界が滅んでファンタジーになってしまえばいいのに」
そう思った時だった。
いきなりどこからともなくトラックが突っ込んできた。気づいた時には遅かった。
「うぎゃー!」
川口愛美は死んでしまった。
気がつくと愛美は真っ暗な空間の中にいた。
「ここはどこだろう」
そう思って周囲を見回していると、目の前の暗闇の中から、かっこいいイケメンの青年の姿をした神様が現れた。
「よくぞ来た、人の子よ。お前を殺してしまったのは俺のミスだ。おわびにチート能力をくれてやった上でお前を異世界の森に転生させてやろう」
「神様でもミスをするんですね」
愛美が何となくそう言うと、かっこいいイケメンの神様の顔が不機嫌に変わった。
「ミスではない! 最近、神々の間でこうした遊びが流行っていると聞いたので、俺はその様式にのっとって発言しているだけだ。お前を殺したのはわざとだ。暴走したトラックもわざわざ俺が用意したんだぞ。だが、ミスのおわびということでチート能力を与えるのが今のトレンドらしいのだ。ということでこれは俺のミスなのだ」
「なるほどよく分かりました。じゃあ、早くチートで転生させてください」
愛美が積極的になってそう言うと、かっこいい神様の顔が不審な物を見る目に変わった。
「やけに物分りがいいな。なぜ自分が死ななければならないのかとか、チートや転生とは何なのかとか気にならないのか?」
「現世には何の未練もありませんから、チートや転生はゲームで知っています」
「なるほど。お前を選んだのは適当なのだが、どうやら俺は当たりを引いたようだ。では、お前を黒いマントの双剣の勇者として転生させてやろう」
「待ってください」
「何だ?」
「黒いマントの双剣の勇者というのはわたしの思い描くチートの姿ではありません。誰からも頼られる大剣の聖少女フィオレこそがわたしの思い描く理想のチートの姿なのです」
「この神に注文を付けようというのか?」
「チートをより完璧にするためです。これは神様の力を他の神々よりも優れたものと見せつけるためにも有益なことだと思います」
日頃はあまり口数が多い方ではない愛美だったが、ゲームのことになると彼女は雄弁だった。神様は納得したようにうなづいた。
「そうか。そうだな。お前はなかなか利口なようだ。では、お前の望み通りに転生させてやろう。お前の理想の姿を頭に思い浮かべるがよい」
「ありがとうございます、神様」
愛美はゲームで活躍していた自分の理想の姿を頭に思い描く。
そして、彼女はチート能力を持った聖少女フィオレとして、異世界の森へと転生した。
気がつくと愛美は深い森の中に立っていた。
いや、もう愛美ではない。それは平凡で何の取り柄もなかった少女の名前だ。今の自分は聖少女フィオレ。誰からも頼られ、みんなを守ることが使命の少女なのだ。
「さて、ここではどんな冒険が待っているのかな」
そして、彼女はこの世界の一歩を踏み出した。
黒い雲が空を覆い尽くす死の大地で、愛美だった少女は静かにその話を終えた。
「ま、これだけの取るに足らない話なんだけどね。期待外れだったかな」
公太郎の手は震えていた。
「なんでだよ・・・・・・なんでそんな話を今俺なんかにするんだよ・・・・・・」
フィオレは寂しそうに微笑んだ。
「なんかね、聞いて欲しくなったんだ。愛美って娘がいたんだって話をね」
「それなら俺だって・・・・・・!」
公太郎が言いかけた時、不意に背後から何者かの足が大地を踏みしめる音がした。二人の他には誰も存在しなかったこの大地で、その音は酷く大きなインパクトとなって公太郎の耳に届いてきた。
公太郎は振り返る。そこに立っていたのは一人の女性だった。女性は我が子を見る母親のような眼差しでフィオレを見た。
「最後の話は終わりましたか? フィオレ」
「はい」
公太郎はその姿をどこかで見たと思った。そして、気づき振り返った。ここにある女性の像とそっくりだったのだ。
それを見て、女性が話しかけてくる。
「気になりますか? ここにはね。三魔獣の像があったのですよ。神によって遣わされた三体の魔獣。ファイダとフリーザーはすでに果て、残るはわたし一人。さあ、最後の戦いを始めましょうか」
女性の瞳が黄色く光り、雷がその周囲で渦を巻く。彼女の体が変貌し、巨大な化け物の姿となっていく。
大きな二つの腕が伸び、四つの足が大地を叩く。背に大きな翼が広がって全身に雷をまとわせた。
『さあ、このサンガーがあなたの最後の相手です。最後にふさわしい良い戦いを神にお見せするのですよ』
サンガーの放つ雷が大地を切り裂き、フィオレに向かって進んでいく。フィオレはそれをただ剣を一振りして弾いた。




