港町
「これがエンデの船か」
青く晴れ渡った空の下、港町の静かな港で公太郎とフィオレはその船を見ていた。
「結構立派な船ね。わたし達が最初に使っちゃっていいのかしら」
「ここまで来といて、今更怖気づいたなんて言うなよな」
「言うつもりはないけどね。エンデちゃん、使わせてもらいます」
フィオレは手を合わせて船を拝んだ。公太郎もつられる形で拝んでしまった。
「ところで、公太郎ちゃん。船の運転は出来る?」
「いや、俺は船の運転なんてやったことないな。お前は?」
「わたしもないわ」
「・・・・・・まあ、適当にやればなんとかなるんじゃないか?」
「酒場に行って聞いてみましょう。誰か船を運転してくれる船乗りさんがいるかもしれないわ」
「ああ、そうだな」
フィオレと公太郎は酒場へと向かった。歩きながら公太郎は訊いた。
「ここって寂れてるんだな。もっと活気のある港町を想像してたぜ」
「昔はランバルディア王国との交易で栄えてたらしいんだけどね。今は滅びの大陸になっちゃったし、列車が出来てからは人の足は完全にそっちへ行ったのよ。この港はランバルディアに近いし、今では昔から住んで愛着を持っている人とあえて人の少ない場所で活動しようとしている人達が寄り付くぐらいね」
「へえ、そうなのか」
「着いたわ。ここが酒場ね」
フィオレは扉を開けて入っていく。公太郎もその後についていった。
酒場の中は思ったよりも人がいた。フィオレは早速マスターに近づいていって訊ねた。
「船を運転してくれる船乗りを探しているの。誰か紹介してくれない?」
マスターはコップを拭いていた手を止めて答えた。
「ほう? ってことはあんた達があの船の持ち主、大会の優勝者エンデ様の友達ってわけかい」
「そうよ。わたし達はランバルディア大陸へ行きたいの」
「あんな人のいないところへ行くなんて物好きだね。さすがはエンデ様の友達だ」
「エンデちゃんのことを知ってるの?」
「当然さ。この辺りで闘技大会の優勝者を知らないなんて、モグリかモグラぐらいさ。年、出身地、好きな食べ物。何が聞きたいんだい?」
「わたし達はエンデちゃんのことを聞きに来たわけじゃないの。船を運転してくれる船乗りを探しているの」
「なら、俺が連れてってやるぜ」
そう名乗りを上げて席を立ったのは酔っ払いのがさつそうな男だった。
「ほう、ゲンさんの腕なら確かだ。連れて行ってもらいなさい」
「よろしくお願いします」
マスターのお墨付きを受けてフィオレは頭を下げた。公太郎はそんな彼女をずっと見ていた。その視線にフィオレは気づいた。
「公太郎ちゃん? どうして黙ってるの?」
「いや、お前を見てたんだ」
「そう。・・・・・・何か変なところとかあった?」
「別に。船乗りが確保出来たんなら行こうか」
「うん」
その時、慌てて外から酒場に駆け込んできた男がいた。
「大変だ! みんな早く逃げろ! 滅びの雲が来るぞ!」
男はそれだけを叫んで走り去ってしまった。
「滅びの雲?」
「まさか!」
ゲンさんが一早く飛び出していく。公太郎とフィオレも後に続いた。
外へ出ると、ランバルディアの方角から黒い雲が海に雷を落としながら近づいてきていた。
「あの雲、動くのか!?」
「こんなことは初めてだ! まずい、逃げるぞ!」
港町から続々と人が逃げていく。
「船はどうするんだよ!」
公太郎は逃げようとするゲンさんを捕まえた。
「あの雲は駄目なんだ! お前達もランバルディアのように滅びたくなければ早く逃げろ!」
ゲンさんは公太郎の腕を振り切って逃げだした。
「逃げろって言ってもよ」
公太郎とフィオレは顔を見合わせた。フィオレは何かに気づいたかのように目を見開いた。
「エンデちゃんの船を守らないと!」
彼女はすぐに駆け出していく。逃げるのとは反対の方向。港へ向かって。
「ったく、仕方ねえな」
公太郎もその後を追っていった。
青かった空を黒い雲が覆い尽くしていく。平穏だった海が荒れている。
船はまだ無事だった。だが、急がなければいけない。荒れる海よりも広がる雲が危険なのだ。あの雲はランバルディアを滅ぼした。止めるためにはサンガーを倒すしかない。
「フィオレ! 運転は!?」
「なんとかやってみる!」
その時、雷が落ちた。
「危ない!」
公太郎はフィオレを庇って押し倒した。雷の光と音が辺りを震わせる。公太郎は目を開いて上を見た。
雷は止められていた。二人の上に淡く展開された魔法のシールドによって。
「抱き合っても雷は防げませんよ。やはりわたしの魔法のサポートが必要なようですね」
「船乗りをお探しでしょう。実は自分は戦士になる前は船乗りだったのですよ」
そこに立った二人の男を公太郎とフィオレは知っていた。二人同時に彼らの名を呼んでいた。
「マホルス! ファイタン!」
滅びの雲が広がる下で四人は久しぶりに再会した。
船が出港していく。荒れる海を乗り越えて。
「雷はわたしの魔法で防ぎます。二人はどうか気楽にくつろいでいてください」
そう言って、マホルスは魔法を唱えて船をシールドで包んでいく。
「船の操縦は任せてください。なに、見えている島に着くことなど、赤子の手をひねるような物ですよ」
ファイタンが船を巧みに動かしていく。
「マホルス、ファイタン、ごめんなさい!」
そんな二人にフィオレは頭を下げて謝った。
「どうして姫があやまるのです?」
「だって、わたしは二人を邪魔者扱いして置いていったのに・・・・・・」
「姫はわたし達のためを思って置いていってくれた。そうなのでしょう?」
「そうだけど・・・・・・でも!」
顔を上げたフィオレを見つめる二人の目は優しかった。
「わたし達のことを思うなら、どうか必ず勝利してきてください」
「姫がサンガーを倒して帰ってくることをわたし達国民は待っています」
「・・・・・・ありがとう」
そして、船は本当にあっけなく、最後の目的地ランバルディアへとたどり着いた。
「姫、わたし達はここで船を守っています。どうかご無事で」
「公太郎、姫を頼んだぞ」
「ああ、任せとけ。姫を守るのは主人公の仕事だぜ」
「じゃあ、行ってくるね」
そうして、二人と別れ、公太郎とフィオレは大陸を進み始めた。
そこは黒い雲に覆われた死の大地だった。
「本当に誰もいない土地なんだな」
「ええ。人だけじゃない。モンスターだってここでは生きられない」
荒れ果てた荒野がどこまでも広く続いている。そこに動く物の姿は何もない。
フィオレはその中を迷いのない足取りで進んでいく。
「サンガーがどこにいるか分かるのか?」
「呼んでいる声が聞こえるの」
「呼んでいる? 敵であるサンガーがお前をか?」
「うん」
「そうか・・・・・・まあ、いいけどよ。早く終わらせてこんな所おさらばしようぜ」
「そうだね」
フィオレは歩いていく。公太郎もそれに合わせて歩いていく。
「雷、あんまり降らないな」
「わたしがここにいるからね。サンガーはわたしが来るのを待っているのよ」
「そっか」
フィオレは歩いていく。公太郎もそれに合わせて歩いていく。
その旅はどこまでも続いていくかのように思われた。
フィオレの足がふと止まった。公太郎の足もそれに合わせて止まった。
そこには一つの神秘的な女性の像があった。そして、その横に二つの原型を留めず崩れさった二つの像だったものがあった。
フィオレはその前で振り返り、本当にさりげなく公太郎に向かって言った。
「公太郎ちゃん、聞いて欲しい話があるの」
「何だよ。改まって」
「たいした話じゃないんだけどね。川口愛美という娘の話を聞いて欲しいの」
「え・・・・・・」
この世界で始めて聞く日本人の名前に公太郎は息を呑む。
そして、フィオレはその話を始めた。




