終焉の始まり
草原を吹き抜ける風に潮の匂いが混じってきた。海が近い。
草木が揺れる穏やかな草原を抜けて高台に出ると、そこにその景色が広がった。
広大に広がる青い海。その水平線にある物をフィオレは指さした。
「公太郎ちゃん、あれがランバルディア大陸よ」
青い海の向こうにうっすらと大きな島が見える。その島の上空には黒く厚い雲がかかり、時折そこに雷の光がちらつくのも見えた。
「今日は天気が悪いみたいだな」
「今日だけじゃないわ。ランバルディア大陸はいつもこうなのよ」
「いつも?」
「ええ。あれは自然の雲じゃない。あれこそランバルディア大陸を死の大地へと変えた滅びの雲。今もあそこにあり続け、人の住むことを決して許さない雷の魔獣サンガーの力よ」
「これからあそこに行くってわけか」
「ええ。港町はこっちよ。急ぎましょう」
フィオレは行く。公太郎はその後をついていく。
トコナッツ王国を出てからフィオレの口数は減っていた。前のように明るくうかれることもなくなり、真剣な眼差しをすることが多くなった。
<緊張してんのかな?>
とも思ったが、あえてそれを指摘することはしなかった。
<俺が人の心配をするなんて、変わったよな>
フィオレの揺れる後ろ髪を見ながらそんなことを考えていると、ちっこい少女の姿をした神様が現れた。
「公太郎、いよいよ最後ですね」
「最後?」
「次の三魔獣が最後ですねと言っているのです」
「ああ、そうだな。まあ、最後と言えば最後だけどよ。そいつらを倒したからって、そこで俺達の冒険が終わるってわけでもないだろうよ」
「鈍いですね、公太郎。三魔獣は神が遣わした魔物。この世界の神がこのままただ黙って奴らが全滅させられるのを見ているとは思えません。きっと何かアプローチを仕掛けてくるはずです」
「そっか。出てくるのかな。この世界の神」
公太郎の気のない反応にちっこい少女の姿をした神様は不満そうに目を吊り上げて怒ってきた。
「公太郎、本当に神を見つける気があるのですか!? チート能力が欲しいのでしょう!? わたしも神の力を得たいのです。もっと気合いを入れてください!」
「ああ、分かってるぜ。俺はいつでも気合い十分だぜ」
ちっこい少女の神様はため息をついて引き下がった。
「本当に頑張ってくださいよ。半チートは強くはあってもチートには遠く及ばないのです。あなたがこのレベルで満足しない男であることに期待しますよ」
神様の姿が消える。公太郎は自分の手のひらを見つめた。
「半チートか。この力にもだいぶ馴染めてきたよな」
そうしてしばらく歩いていったところで、フィオレが振り返って声を掛けてきた。
「公太郎ちゃん、見えたわ。あれが港町よ」
「あれがそうなのか」
草原の斜面を下りた先、そこの海に面したところにその港町はあった。
「行きましょう」
「なあ、フィオレ」
「なに?」
さっさと行こうとするフィオレを公太郎は呼び止めた。フィオレは振り返る。微笑みを浮かべた優しい顔をして。
その言葉は本当に自然にさりげなく公太郎の口からついて出た。
「サンガーなんて倒しに行かなくていいんじゃないのか?」
二人、しばらく見つめあう。風だけがその間を吹き抜けていく。草原の草が揺れ、遠く海が鳴る。フィオレはただ短く答えた。
「どうして?」
「どうしてって・・・・・・」
公太郎は言葉を詰まらせた。だが、一度言い始めた言葉はもう止まらなかった。
「だって、そうだろ!? サンガーって奴はただもう人のいない土地で暴れてるだけなんだろ!? だったらよ、そんな奴は後回しにしてもっと他の奴を倒しに行こうぜ!?」
「例えば?」
「例えばよ、ドラゴンとか魔族とか、そんなもっと人を困らせてそうな奴がいっぱいいるはずだろ!? 世界って奴にはよ! だからそいつらを探して・・・・・・」
「公太郎ちゃん、わたし達はサンガーを倒すためにここへ来たのよ」
フィオレの目はまっすぐに公太郎を見ていた。公太郎はもうその考えを変えることは出来ないことを悟った。
「ああ、そうだったな」
「公太郎ちゃんともあろうものが三魔獣の力に恐れをなしたのかな?」
「ばっか、そんなわけねえだろ!」
「フフ。でも、嬉しいな。公太郎ちゃんからわたしを誘ってくれるなんて」
「俺は別にそんなつもりはないんだけどな。・・・・・・ったく、くだらねえな。ほら、さっさとサンガーを倒しに行くぜ。こんな戦いさっさと終わらせて次に行こうぜ」
「うん」
公太郎とフィオレは向かっていく。その港町へと向かって。
遥か遠く、高くにある白く広がる雲の上。そこに建つこの世ならざる清らかさと美しさを持った白い宮殿の一室で、一人の青年が床を見ていた。
部屋は暗い。椅子に座る彼の足元には、地上の映像が映し出されていた。
そこではフィオレが戦っていた。フリーザーと。ファイダと。大剣を手にして戦っていた。
それはすでに過去となった映像だ。繰り返し見ていたそれへ向かって彼は手にしていたワイングラスを叩き付けた。
「ふん、くだらんな」
ガラスが砕け、赤いワインがフィオレの姿を赤く濡らしていく。男は視線を上げて正面の暗闇を見つめた。
「チートというものは面白い物ではなかったのか? 答えよ、サンガー」
彼の見つめる暗闇の中から一人の女性が現れ、その前にひざまづいた。
「フリーザーやファイダでは役不足だったのでしょう。神のお考えに間違いはないとわたしは思います」
「ふーん、そうか? 俺はそろそろこの飽きてきた道具を片づけようと思い始めてたんだけどな」
「フィオレに見切りを付けるのはまだ早いかと存じます。彼女には見所があります。このサンガーが必ずや神の期待に答えられるような物をご覧にいれてみせましょう。どうか最後までご観戦のほどを」
「まあいいか。よし。じゃあ、行け」
「ハッ」
めんどくさそうに手を振る男の前で、女性の姿が消える。
一人になって静けさが戻った部屋で、彼は椅子の肘掛けに頬杖をついて再び地上の映像に目を向けた。
「人間か」
彼はフィオレを見ていなかった。その周囲で戦っている人間達の姿を見ていた。
「こちらの方がよほど面白いのではないか。フッ」
彼の口元に密かに自嘲めいた笑みが浮かべられた。




