【競作~起承転結~承の怪】悪魔のドミノ倒し 怒の章 ~許されざる者たち~
競作~起承転結~『承』へお越しいただき感謝します!
本日のテーマは「鈴」
ちと暴走気味の長文ですが、お付き合いくださいませ!
皆様は、こんな体験をした事があるでしょうか?
突然、目の前の者が憎くなるのです。最初は、ただ気に入らないだけなのですが、徐々に嫌いになっていき、いつの間にか心がそいつへの憎しみで一杯になる。そして仕舞には、殺意すら芽生える。
だが不思議な事に、その対象を嫌いになった理由が見当たらないのです。見た目、仕草、性格、声色、話し方。どれを見ても敵意を抱く理由がないのです。なのに、親の仇の様に憎くなってしまうのです。
皆様が長い人生を歩んでいるならば、2度や3度はこんな経験をしたことがあるでしょう。
お気を付けください。こんな現象が起きた時、あなたの近くにヤツはいます。
そして、奴はあなたの耳元で囁くのです……。
桜に艶やかな華が咲き、薫風が肌に心地よく吹く季節。タケオは真新しい制服に袖を通し、上機嫌に鼻歌を歌っていた。絞め馴れないネクタイを、鏡を見ながら整える。納得できないのか、丁寧に整えられた髪を掻き毟り、ブラシで梳かす。そんな彼の背後に黒い影が立つ。
「よぉ、ピカピカの高校生! やきもきしていても、何も始まらないぞぉ!」
「姉ちゃん、またいつの間に……邪魔だから部屋から出てけよぉ」
姉の沙紀が彼の背中にしがみ付き、頭を掴んでかき乱す。タケオは焦って抵抗したが、彼女の腕力に負け、なされるがままとなってしまった。
「やぁめろって!! 今日は入学式なんだからさ! ビシッとキメたいじゃんかぁ!!」
「ほぉ~。ビシっとねぇ~」
と、微笑ましく彼の背中を眺めながらタバコを咥え、慣れた手つきでマッチに火を点ける。
「だぁ!! 臭いがつく!! ここで吸うな!」
近場に置いてある匂い消しスプレーを手に取り、まるで殺虫剤でも撒くかの様に姉に向かって噴きかけた。
「わかった、わかった! 参ったからやめて~! 入学祝いを渡そうと思ったんだよ」
沙紀はポケットから小さな紙袋を取り出し、タケオの手に握らせた。彼は訝しげな表情でその中身を確かめる。すると、何か懐かしいものを見るような目つきに変わり、姉の満面の笑みを瞳に映した。
「アタシが神経科とかのお世話になった頃さ、あんたがどこからか拾ってきてアタシにくれた『鈴』だよ。こいつのお陰で今のアタシがある」
沙紀は幼い頃、手の付けられない悪ガキ、ガキ大将も泣き出す程の暴君だった。少し気の障る事があれば相手に殴ってかかり、毎度大怪我させては親に迷惑をかけていた。弟であるタケオをも幾度も手にかけた程だ。
いくら躾けても治らない彼女は10歳の頃、神経科や精神科の治療を受け、少しずつ暴力衝動を抑える訓練を行った。
そんな時にタケオがどこからか拾ってきた鈴が役に立った。神経科医曰く「何かイライラしたり、頭にきたら直ぐに鈴の音を聞きなさい。そして心を落ち着けるのです」長い歳月を要し、彼女が高校に上がる頃、やっと暴力を断ち切る事に成功し、現在に至る。
それからというもの彼女はこの鈴を『天使の鈴』と呼び、大切にしていた。
「いいか我が弟よ? 高校にはいろんな誘惑がある。女、タバコ、カンニング、ギャンブルに喧嘩……まぁお前の行く私立校はどうだか知らないが、少なくともこういった、人を堕落させる誘惑が必ずある! それに負けそうになった時……この鈴の音を聞け。そうすれば全うな学生生活を送る事ができる! ハズだ」
沙紀はタバコを咥えながら笑い、暖かな手を弟の掌に乗せ、鈴をぎゅっと握らせた。
「負けるなよ?」
「……ありがとよ、姉ちゃん」
「うん! しっかし可愛いなぁ!! もう1回ヤらせろ!」
沙紀は嫌がる弟に無理やり抱き付き、折角整えた髪を再びグシャグシャにかき混ぜた。
「だぁ!! だからやめろって!!」
学生生活とは早いもので、あっという間に日が進んでいった。風が通る様に時間が過ぎ去り、あらゆる行事があっという間に終わっていき、また始まる。この繰り返しに馴れる頃、学生は学校内で何かしらの風に誘われる。
4時間目の授業が鐘と共に終わりを告げ、学生たちの至福の時『ランチタイム』の時間になる。タケオは馴れた様に鐘と同時に教室から飛び出し、学食で目当てのフライドポテトと飲み物を手に入れ、自分の席についた。
この日は彼の友人は部活の先輩に呼び出されており、独り寂しく昼飯を摂る事になった。
「ん~、いつもながら油っぽいポテトだ。これがまたうまいんだが……」
「一口くれるかな?」
いつの間にか、彼の正面に見知らぬ学生が立っていた。整った髪に多少イケメンな童顔、高身長、ピシッと着こなされた制服。いかにもモテそうな外見にタケオは心の内で身構えた。
「えっと……誰だっけ?」
「あぁ、初対面か! 青山サトルっていうんだ。どうぞよろしく。僕はこうやって友達を増やしてるんだ~」
丁寧に深々とお辞儀し、近くの椅子に座り、タケオの机にジリジリと近づく。
「ポテト、1ついい?」
「あ、あぁ……」
タケオが差し出すと、サトルは遠慮なく油の沁み込んだポテトをひとつ、丁寧に口に運び、満足そうな表情をした。
「この学校に馴れた? 僕の前の学校は小さかったからなぁ~、ここは大きくてビックリだよ~。それに人数もハンパなくて、もう仰天! 確かK組まであるんだっけ? 友達の作り甲斐があるねぇ!」
「あぁ……うん。本当、驚きだね」
タケオは相槌を打ちながらポテトを口に運び、サトルの話を聞いた。
この日から毎日、昼飯時になるとサトルが現れ、タケオのポテトを食べながら世間話をした。校舎の大きさ、様々な教師達、部活、校内の不良、喫煙スポットの場所、カンニングペーパー売買をしているグループの溜り場。どこから仕入れてきたのか、サトルは毎日タケオに様々な情報を置いては去っていった。
中間テストの最終日。
タケオは煮え切らない表情でシャーペンを置いた。答案が回収され、教師が教室から早足で出て行く。同時にクラス中の生徒達が猫の様に伸びをし、様々な感想を鳴きながら机に突っ伏した。
「うぅ……自信ねぇ~よぉ」
頭を掻きむしり、隣の席にいるショウジに目をやる。彼は自分と同じような自信満々な表情を作りながら眼鏡を上げ下げしていた。
そんな彼の表情を何気なく眺めていると、唐突に脳の中心に針で小突かれたような痛みが襲った。その痛みは一瞬だったが、それを切っ掛けにタケオの中で何かが変わって行った。
「なぁ~んか……腹ぁ立つなぁ」
目を座らせ、隣のショウジの横顔を睨みつける。相手がこちらを向くと目を逸らし、とぼけたような表情を作った。
「や、何か不機嫌そうだね」
突然、目の前にサトルが現れる。
「うわ! いつも急に現れるな! 俺の姉ちゃんみたいだ」
「はは、驚かせるのが僕の趣味さ。で、何か悩み事? 今回の中間テストかな?」
「別に話す事じゃないさ……」
と、隣のショウジに目を戻す。帰り支度を始め、鞄に教科書や筆記用具を入れていた。
「ふぅん……ねぇタケオ君。この学校の裏サイトの事は知ってるかな?」
「いや、知らないなぁ」
「このサイトはねぇ、生徒たちの悪巧み掲示板みたいなもんでさぁ。いつ、どこで、どんな校則違反をするって沢山書き込まれているんだ。ネット世界の不良たちの溜り場、ってな具合だね。で……ん?」
サトルの話そっちのけでショウジの方を見るタケオに気が付き、片眉を上げる。
「彼が気になるのかな? まさかタケオ君、そっちの気はないよね?」
「ち、ちがわぃ!! 何、変な事をいってるんだよ! 別に気になってるわけじゃ……」
するとショウジが席を立ち、教室から出て行く。それを合図にタケオはサトルに向き直り、表情を崩した。
「いやさ、俺ぁあいつがその……気に入らないんだよ。なんか……こぅ、言葉では言えないんだけどさ、嫌いなんだよ。卒業する前に一発ぶん殴ってやりたくなるくらい……わかるかな?」
複雑そうな表情をするタケオに笑顔で答えるサトル。
「あぁ、そういう奴っているよね。僕にもいるよ、別のクラスだけどさ。なんかムカつくよね。うん、わかる。わかるよぉ~」
サトルはタケオの顔を覗き込み、視線を同じにするために中腰になった。
「あの隣のヤツさ、小耳に挟んだんだけど……C組の美香さんと付き合ってるらしいんだ」
「なに? あの可愛い? 何で?」
「何でかは知らないけど、そういう噂だよ。それにね……」
サトルは上唇を軽く舐め、口の動きを滑らかにし、ショウジに関する事をこれでもかと語った。彼の両親、前の中学での活躍、例の彼女との関係、学力、運動神経……同じクラスであるはずのタケオの知らない情報まで彼は知っており、彼を驚かせた。
「サトルって情報通だなぁ~何でそんなに知ってるんだよ」
「この世は情報社会だよ? これを握らなきゃ世は渡って行けませんって。あ、そうだ。さっき言った裏サイトの入室パスワード、教えてあげようか?」
サトルはタケオに丁寧にサイトへの鍵や検索方法を教えた。そして、最後にこう言った。
「知ってるかい、その裏サイトでの名言……『いじめは合法』だってさ」
その日の夜、タケオは自宅のパソコンの前で頬杖を付きながら煎餅を齧っていた。画面には自分の通う学校の裏サイトが移され、そのタイムラインを何気なく眺める。
「っへぇ~虐めとかタバコの売買とか……うわ、援助交際までやってるよ」
煎餅をパリッと齧り、マウスを操作する。サイトから一旦出て検索画面に『いじめ スレ』と打つ。今度は虐めに関する掲示板巡りを始め、サトルに負けじ、と頭に『いらぬ情報』を詰め込んでいく。
すると、背後に黒い影が立つ。
「おい、弟よ! こんな夜中に何をやっているんだぃ? エロサイト巡りか? 付き合うぞぉ~」
彼女の声に焦り、慌ててノートパソコンを乱暴に閉じる。
「ね、ね、ね、姉ちゃん!! 違ぇよ!! ってか急に俺の背後に立つなって何度いわせるんだよぉ!!」
「何度も聞いた覚えはないぞぉ。お前は殺し屋かって……ん?」
不思議なモノを見つけた様に弟の目を覗き込む沙紀。首を傾げ、目を擦る。
「な、なんだよ」
「弟よ、眼科に行った方がいいぞ。なんか、その……目がほんのりと赤い。いや白目、黒目とハッキリしているのは確かだが、黒目の奥がほんのりと赤い……」
「な、何、言ってるんだよ! 昨日まで俺は中間テストの勉強で忙しかったんだよ! 目がどうにかなるのは当たり前じゃないかぁ!」
「あぁ、まぁ、そうだな……でも……不思議だ」
「早く出て行ってくれよぉ! 俺にもプライベートってもんが!」
「はいはい、わかりましたよ! 思春期な我が弟よ。精々、赤玉が出る前にやめておくんだな!」
「だから、エロサイトなんか見てねぇってば!!」
ケラケラと笑いながら部屋を出る姉を見送り、荒くなった呼吸を整える。気を取り直してパソコンを開き、掲示板に書かれた文字を次々に追っていく。
煎餅を齧り、マウスを操作し、また齧る。
タケオは外が明るむまで、学校の裏サイトと虐めに関する掲示板を交互に眺め続けた。
そして寝る前に、裏サイトに何かを書き込み、満足したように布団に潜った。
数日後の放課後。
タケオは隣のショウジに軽々しく声をかけた。相手は少々戸惑ったが、タケオの無邪気な笑みに安心し、中間テストの結果や趣味などを語り合った。
2人で下駄箱へ向かい、揃って校門へ向かう。
「そうそうショウジ君」
タケオは馴れ馴れしくショウジの肩に手を回し、さりげなく向かう方向を変えた。向かう先は体育館裏。ここは裏サイトでは有名な場所だった。そう、『ある事』をする為には絶好のスポットであった。
「友達を紹介しよう」
そこには、タケオが裏サイトで知り合った別のクラスの生徒、先輩達が各々の得物を片手に屯していた。
異変に気が付き、この場から離れようとするショウジ。そうはさせじと、足元を掬い、蹴り転がすタケオ。あらかじめ用意した土の入った布袋を手に取り、ショウジの背中に叩き付ける。
「お前、気にいらねぇんだよ」
この日を境に、タケオに楽しみが増えた。放課後、ショウジを体育館裏に呼び出しては仲間と共に袋叩きにする。最初はこの程度で済んだ。
しかし、サトルからのアドバイスやパソコンの情報を元にショウジへの『課題』を増やしていった。『指定した金額を持ってこさせる』『指定した店で万引きさせる』『飯はおろか、トイレをする時も許可を取らせ、禁を破った場合は百叩き』などなど。
夏休みが始まると、さらに内容はエスカレートし、ショウジの瞳からは光が消え始めていた。少しでも逆らえば『親、知人に危害を加える』『お前の下半身を写した写真をネットにばら撒く』などの古くさい脅し文句を吐き、踏みつけた。
「おいおい、今日もこれっぱっちか? 親は共働きで家は隙だらけなんだろ? もっともってこいや! 仏壇でも腎臓でも売ってさぁ!!」
タケオはショウジの手を踏みつけ、金を数えた。
「これ以上は無理だ! もうやめてください! お願いします!」
泣いて許しを乞うショウジ。彼が一言何かを口にするたび、回りの者達は砂袋で彼を力強く叩いた。
その拍子に彼の上着から携帯が飛び出た。それを素早く拾い上げるタケオ。
「あ? なんか細工してるんじゃないだろうな? 録音機能とか使って証拠を掴む気か? それとも助けを呼ぶか? え? オヤジに助けを求めてみろよ」
携帯をショウジの目の前にちらつかせ、ワザとらしくニヤけるタケオ。
それを悔しそうな表情で睨み返すショウジ。気に障ったのかタケオはその表情を踏みつけ、靴底の汚れを擦り付けた。
「ま、アレだ。新しいのを買ってもらうんだな。はいサヨウナラ」
携帯を落とし、踵で踏みつける。ショウジの目の前で割れ、砕け散る携帯電話。彼は悔し涙を流し、やっと買って貰った型落ち携帯を拾おうと手を伸ばした。
それすら許さないタケオは、彼の傷ついた手を踏みにじった。
夏休みが終わり、始業式が始まる。
学校再開早々、今朝は遅刻者が多かった。
「え? ダイヤが乱れた?」「人身事故らしいよ」「うわ、迷惑な話。災難だなぁ~」「片づける人可哀想~」
学校の最寄り駅の線路は赤く染まり、肉片が四方に散らばっていた。千切れた衣類からして学生。血に濡れ、潰れた生徒手帳には『ショウジ』とあった。
数日後、炎天下の中、ショウジの葬式が執り行われた。式にはタケオのクラスも参列し、1人ずつ御焼香を上げた。いじめに参加していた者やタケオは笑いを堪えながら式に参加し、含み笑いを隠しながらショウジの遺影を見た。
「いいザマだな……清々したよ」
タケオは誰にも聞かれないようにそっと呟いた。
ある日の職員会議で、今回の事故が上げられた。担任の教師がショウジの両親から渡された封筒を校長に提出し、内容を述べる。
「今回の件は、どうやら虐めによる自殺、らしいです」
この一言でざわつき荒れる会議室。そんな中、落ち着き払ったように校長が手を叩いた。
「はいはい、落ち着いて。今回が初めてじゃないんだから……いいですか? 今回のもなかった事にします。マスコミに嗅ぎつけられる前に情報封鎖を徹底してください。ショウジ君のご両親はなんと?」
「この件は学校側で解決してほしい。もし出来なかったら、警察に……と」
「そうですか。では前回同様、署長に話は通しておきます。こんな時の為のコネですから。いいですか? 今回のも『事故』で終わらせます。いいですね?」
日曜日。タケオは自室のパソコンで裏サイトを眺めていた。煎餅を齧っては含み笑いをし、今回の出来事の感想を書き込み、また煎餅を齧る。
〔まったく、ここまで楽しんだのに教師共は揉み消す事しか考えてないんだから愉快だ。笑いが止まらないぜ( *´艸`)〕
〔そうそう、次のターゲットはどうするべ(´・ω・)〕
〔G組の桜井なんかいいんじゃないか? あいつ、前々から気に入らなかったんだよネ( `―´)ノ〕
「へへ、桜井かぁ……よし、メモって明日から情報収集して、と。サトルがなんか知ってるかな?」
タケオは学生鞄からノートを取り出し、制服の胸に差したペンを乱暴に抜き取った。するとその拍子に、ポケットからあるモノが転がった。
姉から渡された鈴だった。チリンチリンという音を響かせ床を転がり、タケオの足元で止まる。
すると、彼の目の奥でゆらゆらと揺れていた『赤色』がゆっくりと消えていった。
「ん……え? え?」
急にタケオの頭を何かが襲う。脳の真後ろ、両脇から何かが圧迫した。目が飛び出そうな感覚を覚え、顔を押さえ、蹲る。
彼の頭の中で、せき止められていた何かが少しずつこぼれ出る。まるで穴の開いたダムの様に少しずつ壁にひびが入り、やがて決壊する。今まで抑え込まれていた感情が一気に彼の心と頭に襲い掛かる。
ひとりの学生を虐めた、物事を強要した、自殺に追い込んだ……自責の念が今になって噴き出て心を貫いた。
「俺、何やったんだ……なぁ、俺何やったんだよ……」
呆然とするタケオ。パソコンに映し出される悪意の洪水を目にし、吐き気を催す。
「お、れ……何をやったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
次の日、タケオは隣のクラスへ駆けこんだ。
「なぁ、青山サトルはいるか?」
「え? 青山ならいるけど……サトルって奴とは違うなぁ……」
「なんだって?」
タケオはもう一方の隣のクラスでも同じことを聞かされたばかりだった。
頭の中を昨日の圧迫感が襲い掛かる。胃の中を焦げるような痛みが襲い掛かり、心臓の鼓動が鼓膜を太鼓の様に響かせる。
今度は職員室へ向かい、サトルの事を問うた。彼の特徴などを事細かに説明したが、そんな学生は過去にもいた事が無いと述べられた。
「……う、そだ……」
タケオは階段を駆け上り、屋上へ向かった。ドアを蹴破る様に開け、奔り、フェンスにぶつかって蹲る。
「いったい何だったんだ! この数カ月はいったい、なんだったんだ!!」
「楽しかっただろう?」
背後から青山サトルの声が地を這う様に低く響いた。
「夢から覚めた様な表情だね。悪夢でも見たの?」
サトルの声が耳に障り、歯をむき出して彼に飛びかかり、胸倉を掴んでフェンスに叩き付ける。
「全部、全部お前のせいだ!! お前がけしかけたから俺は……」
「夢を見たのは君だろう?」
「見せたのは……お前だ!」
「……そうやって責任を僕に擦り付けたら満足なの? 死んだ『彼』は満足してくれるかなぁ?」
相変わらずサトルはニヤニヤと笑っていた。この状況を楽しんでいるかのように、タケオの心理状況が面白くて堪らないかのように。
「お前は、何者なんだよぉ……」
「なんだろうねぇ……さぁ、ここから面白いよぉ、もっと僕を楽しませてくれよぉ~タ・ケ・オ・君♪」
目の前の青年が不気味に微笑むと、タケオは怒りに任せて屋上から彼を投げ飛ばした。まるで綿の様に軽かった為、ふわりと持ち上がり、タケオにされるがままサトルは屋上から地面へと落ちていった。
汗だくになって呼吸を荒げるタケオ。彼が下を覗き込むと、そこには『何も』なかった。
そして下から風に乗って重たく低くいが、どことなく軽い笑い声が飛んできた。
その日の放課後。
タケオはトボトボと独りで校門へ向かって歩いていた。すると、彼の『仲間』が背後から気軽に声をかけてきた。
「よぉタケオ。例の件、どうなってる? こちとらウズウズしてるんだよね♪」「タケオちゃんが合図だからね。俺らはいつも通り、いつもの場所で待機してるぜぃ」「今回はもっとえげつない方法を使おうぜ。で、ショウジちゃんの時よりも早く終わらせようぜ。目指せギネス記録!」
仲間たちから発せられる言葉に吐き気を覚え、心臓が締め付けられるように痛む。
「おい、ちょっと待てよ! 死んでるんだぞ? 人がひとり! どういう事態かわかって……」
「おいおい、お前じゃないかよ。『退屈な人生にスパイスを』って書き込んでショウジちゃんを紹介してくれたの」「誰よりも積極的だったじゃん。何を今更」「それに、学校側が揉み消してくれるんだし、俺たちのチームワークがあれば、虐めなんてこの学校から『無くせる』……な♪」
「やめろ! もうやめてくれ!!」
どこからともなく笑い声が響く。まるで今の状況に置かれたタケオを嘲笑うかの様に。下から上から……彼の心を舐め回すように不気味な笑い声が響き渡る。
「や、やめてくれ……笑い声、と、め……て……」
心臓の痛みが脳を貫き、地面が消える。目の前が暗くなり、額にゴン、という衝撃。タケオは胸を押さえながら痙攣し、白目を剥いて地面に転がった。どんなに転がっても、どんなに喚いても、笑い声だけは鼓膜から離れなかった。
鼓動が一定のリズムから外れ、痛みが増す。
そして……。
タケオが目を覚ますと、まず薬品のにおいが淡く鼻の奥を擽った。口は何か半透明なモノで覆われ、隣からは一定のリズムを刻む機械音。
目の前にはうつらうつらと眠気を堪える姉の姿があった。
「お、我が弟よ……目が覚めたか。ここは、残念ながら天国ではないぞ」
「地獄じゃなかった……か」
姉が言うには、ここは内科の病棟だった。ここに運ばれてきてからすでに5日も過ぎていた。その間、タケオは昏睡状態に陥り、両親と姉を心配させた。
「医師が言うにはストレス性の不整脈なんたら、だそうだ。まぁ心臓がストレスでイカレたってわけだ。若いのに大変だな? どうやら悩み事を沢山しょい込んでいるみたいだなぁ。ま、落ち着いたら話してみな。どんな悩み事でもある程度は答えられるつもりだよ? アタシは」
「……姉ちゃん……」
その後、両親と共にやってきた医師は今後どうすればいいか指示を出し、適当にアドバイスした。彼はそんな話を上の空で聞き流し、姉にどう説明するか、どう相談するかを頭の中で整理していた。
同級生の命を、軽々しく奪った。まるで煎餅でも齧る感覚で命を弄び、自殺に追い込んだ。そんな自分を、正義感の強い姉が許してくれるはずがない……彼は目に涙を浮かべ、この日はベッドに横になった。
その次の日。
沙紀がリンゴを片手に現れる。慣れた手つきでさばき、兎を6個作る。ひとつ咥え、残りを皿にのせ、面会者用のパイプ椅子に座る。
「うっし、聞くぞ我が弟よ。話してくれ」
「……姉ちゃん、俺……俺」
腹をくくり、話を最初から説明し始める。途中、涙や鼻水が零れ落ちたが、それを気にも止めずに彼は、告白した。
自分のやってきた事を。
全てを話し終える頃、沙紀はリンゴを全て食べ終えていた。
「それが……悩み事か?」
ティッシュの箱を弟に投げつけ、背もたれに寄りかかり腕を組む。
「うん……全部、話した……」
沙紀は苦しそうに唸った。腹の痛みを押さえるように年寄り臭く唸り、目を瞑った。涙を一滴流し、自分の頬を叩く。
「ちょっと、ひとりになるわ……頭ぁ冷やす」
腰を上げ、病室から出て行く沙紀。物悲しそうな背中を見送るタケオ。
殺されても文句はない。タケオの心にはこの一文字がクッキリと描かれていた。
30分経つと、沙紀がせかせかとした足取りで戻ってくる。椅子に腰を下ろし、前のめりになってタケオを睨み付ける。
「まずひとつ……退院したら、一発殴らせろ。いいな?」
「う、うん」
タケオは納得した様に深く頷いた。
「そしてふたつ……父さんや母さんには言うな。ショックがデカすぎる。家族崩壊しかねない。それはアタシが許さない、いいな?」
タケオはそれにも深く頷いた。昔の姉の問題ですでに心身傷ついている両親にこの事を話したらどうなるか、目に見えていた。
「そして最後。これはお前次第だが……学校側に告白しろ」
「姉ちゃん、それはダメだ。学校は隠ぺいしようと、無かったことにしようとしているらしい……ショウジの両親が見つけた遺書も破り捨てたらしいし……」
「……腐ってるな、お前の学校……じゃあ、警察に行くか? どんな罪で裁いてくれるか知らないが、行く価値はある。後ろに手が回った時は、父さんと母さんにアタシが上手く説明しておくよ。いいな?」
「……うん……」
力ない返事を続けるタケオに嫌気がさしたか、沙紀は彼の頭を掴み、前後へ揺らした。
「おいおい、こういう時はだなぁ、気合を入れて『はい!』って言うんだ! 小学校の時、教わらなかったか?」
「は、はいはいはい!!」
「『はい』は1回でよろしい!」
沙紀は苦しそうに笑いかけ、涙を堪えるように下唇を噛んだ。
「ふっ、お前の告白が終わった時、危なく絞め殺すトコロだったよ。アタシが一番嫌いなの、知ってるだろ?」
沙紀は中学時代、保健室と教室を行ったり来たりしながら頭の中の暴力衝動と戦っていた。そこへ水を差すように同級生が彼女に向かって『精神異常者』『ゴリラ女』『バイキンちゃん』などとからかい、彼女の神経を逆なでした。その度、彼女は鈴の音を聞いて心を落ち着かせた。
「……ま、退院してから、だな……行動は。警察はキチンと対応してくれるかなぁ? 最近、不祥事が多いし、なんか連続殺人事件の捜査に行き詰まっていたり……なんか不安だが……どうする?」
親身に相談に乗ってくれた姉に感謝の涙を流すタケオ。彼女の問いかけに彼は精いっぱいの声で答えた。
「俺、警察に行くよ! そこで全部告白する! あとで誰に何を言われても構うもんか!!」
この言葉に、沙紀は複雑ながらも少し笑みを零した。
「もしくは、アタシがお前を半殺しにしてチャラにするって手も」
「それだけは勘弁」
退院後、彼は姉との取決め通り、警察へ出頭する事にした。朝早くに起床し、久々の制服に袖を通し、証拠と成りうるものを鞄に詰める。その後、玄関に立ち、約束通り、姉からの全力の一撃を頬に喰らった。首が千切れ飛ぶ程の衝撃だったが、姉の支えがあったお陰で踏みとどまる事が出来た。
「容赦ないね、姉ちゃん」
「当ったり前だっ!! アタシの一番許せない事をやった首謀者が目の前にいるんだ! これでも加減したんだぞ!」
「ありがとう……じゃあ、行ってくる」
「……アタシはあんたを許さないよ。でも、これが終わったら……多分許してやる。完璧に許せた時には、ラーメンを茹でてやるから、その日を……首を長くして待ってろ!」
タケオは涙ながらに頷き、踵を返した。
警察署へ向かう道中、今までの出来事が頭の中を駆け巡っていた。今思うとゾッとすることを自分は楽しみながら、笑いながらやった。
今更ながら後悔し、また涙を流す。
そして彼の脳裏には、ショウジの顔が映った。
何の怨みもなければ、嫉妬の念すらなかった彼を、何の罪もない彼を虐めて嬲り、自殺に追い込んだ。頭の中で「許してくれ」「ごめんなさい」「俺を罰してくれ」と、お経の様に唱えた。
「ごめんなぁ……本当に、本当に、ごめん……ごめんよ……」
小さくブツブツと呟きながら、警察署への近道である路地へ足を踏み入れる。
その時だった。
まるで突風にでも吹かれたかの様に彼の身体が突き飛ばされた。日の当たらない影へと追い立てられ、やがて人目に付かない裏路地へと何者かに蹴飛ばされる。
タケオが突風の正体を確認しようと目を凝らした瞬間、腹に冷たい灼熱が襲い掛かった。白いYシャツがジワジワと赤く染まっていき、地面に黒い水たまりが広がる。
彼が口を開こうとした瞬間、突風の正体が彼の口を塞いだ。同時に彼の腹に突き刺さった銀色の爪を引き抜き、再び突き入れる。
悲鳴にならない声が籠れ出る。だが、その悲鳴が表通りまで飛んでいくことはなかった。立て続けにナイフが襲い掛かる。
抉られ、穿られ、捌かれ、臓物が滴り落ちる。
声を出す事も出来なくなったタケオは、地面に仰向けになって崩れ落ちた。
黒づくめの突風はマスク越しに声を漏らした。
「お前の心臓を喰ってやる……」
そのセリフを聞き、タケオは納得した様に笑った。
耳には、あの耳障りな笑い声が再生された。そして、横には前のめりになって事態を見物する『青山サトル』の姿。タケオは納得した様に涙した。
全てはこの『結果』の為だったのか、それともまだ何かが待っているのか……この疑問が彼の頭に走馬灯と同時に流れる。
そして、臨終の喉鳴りが裏路地に弱々しく響いた。
「ゆるしてくれ……」
ポケットの中から鈴が零れ落ち、血溜まりに沈む。
皆様は、天使を信じますか? 果たして、この世に天使はいるのでしょうか?
私は、いないと思います。
なぜ? それは……漫画には『ヒーロー』と『悪役』がいるでしょう? 現実はどうです? 『ヒーロー』はいなくとも、『悪役』は掃いて捨てる程います。
そのふたつに『天使』と『悪魔』を当てはめてみましょう。
どうです? 現実に『悪魔』はいても『天使』はいない。そうでしょう?
ですが、誰もが『ヒーロー』の存在を信じるように、『天使』の存在を信じる者達がいるのです。
お笑いじゃあ、ありませんか……。
いかがでしたか?
感想・評価を頂ければ幸いです!
では、次回の『転』でお会いしましょう!!