戦火の中で
二月一日。
「ジョン=エリオット大尉です」
FV107シミターという装甲車に毛がはえたみたいな車の前でマルティン=ニーメラー、フレデリック=ジョン=ウォーカー、エドワード=エドワーズの三人は握手を求められた。
ここはキリマンジャロ東部のNATO軍基地。
ここではレオパルド戦車が修理を受けていたり、毛づくろいをする猫がいたりする。
「猫もいるんですね」
そういいつつマルティンが猫を抱え上げた。
ふさふさの毛並みは良いものを食べさせてもらっている証拠だろう。
右手で猫の喉元をくすぐってやる。
「あ、彼はここの副司令ですよ。イタリア陸軍少将です」
おや、とスパナを持った通りすがりの整備兵が彼はサイモン少将閣下です、と説明し、ぶち猫がふしゃーとマルティンを威嚇する。
「お前はいいのか?」
今まさに引っかかれようとしているマルティンを尻目にエドワーズがフレデリックに聞く。
「…猫は苦手だ」
「助けてフレディ!」
「少将閣下に向けてそれはないでしょう?」
整備兵までもマルティンに絡む。
この騒ぎはジョン=エリオット大尉が現れるまで続いた。
「サイモン少将閣下はしょっちゅう部署を抜け出して車庫に現れる不良将校なんですよ。しかも気まぐれですのでどこの車庫に現れるかはわかりません」
ハハハとジョンが解説をいれるが、マルティンは頭の上をぶち猫に制圧されて憮然とした表情だ。
「我が隊は明日未明に出発します。三時にここ集合でお願いしますね。忘れ物もないように」
「にゃー」
ジョンが率いる隊は第四偵察隊。
今回は三日かけて基地に戻ってくる長期行だ。
そんな時、サイレンが鳴り響いた。
〈空中管制機ライジングウルフより全将兵、敵の大戦車隊だ。地上戦力ばかりおよそ二百!〉
周囲が慌ただしくなる。
「皆さんは副司令を連れて司令部へ!邪魔です!」
司令部も酷い有様だった。
「世界地図を持って来い!」
「ホワイトボードに描けよバカ!」
「衛星入りました」
「第五偵察隊はどうなった…わかった。あとで弔おう」
「エアカバーを頼みます」
「ぬるぽ」
「ガッ!ふざけてんのか!?」
「こちらは戦車五十七両、自走砲三十二両、対戦車ヘリ八機です」
「敵は推定二百…」
「シチリアの基地から通信!」
どうやら襲撃はここだけではないらしい。
ホワイトボードの戦況図にはアフリカと南米、インド洋に星印が書き込まれた。
「ロタール隊、出撃する」
レオパルド2A6が動きはじめた。
ここにいたドイツ戦車隊の中で最上位にあったロタール中尉。
レオパルドを九両率いて左翼を守る。
「敵は多いが、一両あたり三両落せば問題ない。気張っていくぞ!」
〈応!〉
左翼を守るのがロタールの九両で、右翼はフランス陸軍のルクレール隊が十四両だ。
ドイツやアメリカ、日本の戦車と同世代でありながらも知名度が低い。
決して雑魚ではないが、無名だ。
中央は十両のチャレンジャー2が埋め、残りの戦車は後詰である。
戦車隊の後ろには自走砲が配された。
左翼と右翼に十両ずつで残りは中央。
これで倍の敵を迎え撃つ。
まずはオスカー=クッシュのPzH2000自走砲が距離二十五キロで砲撃を開始した。
装甲車に乗り込んだ偵察隊が敵に接近して着弾観測を行う。
いつ敵に見つかるかもわからない危険な任務だ。
さらに空から爆弾とミサイルを降らす。
空軍のEF2000タイフーンとフランス空軍のラファールだ。
ラファールはルクレールよりは知名度があるものの、ステルス性能に欠けるためタイフーン共々世代遅れの機体となっている。
NATO軍の十二機が我が物顔で空を支配。
今のところ敵の航空支援がないのでやりたい放題やっている。
「戦車隊、前へ (パンツァーフォー)」
砂塵を巻き上げ両翼の戦車隊が動き出した。
衛星からの写真では、敵の大多数は軽装甲。
戦車は八十程度だという。
自走砲も四十と、勝てない数ではないということだ。
ずんと音を立てて砂柱が現れる。
その下を潜り抜けて両軍の戦車隊が征く。
「全車停止、撃て!」
行進間射撃など器用な芸当(普通の戦車は未だにできない)ができないレオパルドたちは一旦止まってから撃つ必要がある。
「目標に命中…不発!」
「シュルツェンか…」
直撃しても破壊できるとは限らない。
追加装甲で弾の威力を減衰させられた。
「履帯を狙え」
後ろにいたレオパルドがキャタピラーを撃たれ行動不能に。
「怯むな、撃て!」
両軍の戦車隊は魚鱗の陣で進む敵の左右と交戦を開始した。
間も無く中央の隊が撃つだろう。
オスカーは砲の狙いを手前にずらす。
(発射)
百五十五ミリ砲弾が撃ち込まれ、敵の先頭車両に直撃。
(次)
さらにずらす。
直撃。
オスカー=クッシュ軍曹、欧州一の砲兵と呼ばれる男だ。
寡黙で愛想はないが、腕は確か。
〈全車後退〉
自走砲が下がり、後詰の戦車が前に進み出る。
下がりながらも砲撃を続行する。
上空では遅れてきた敵の航空支援と友軍空軍がしのぎを削る。
「ちょっと押されてるな…侵攻が速すぎる」
ジョン=エリオット大尉は少し離れたところから戦場を見ていた。
(んー、このままだと少しまずいな)
何か思いついたようだ。
すでにロタール隊は四両となっていた。
歩兵が出てきて地味にうざいと感じている。
「行進間射撃だ!撃て!」
四両が発砲し、命中は二番車の一発のみ。
お返しとばかりに撃ち込まれた。
ガツンと音を立て、砲塔に被弾。
幸いにもセラミックアーマーで被害は僅少であった。
〈二番車被弾!まだ..まだいけます!〉
二番車は砲塔に横一文字の傷跡が痛々しくめくれている。
裂け目からは砲塔の中身が少し見えた。
その赤を描いたのは破片か?
生き残っている戦車は敵の車列に割り込み、キャタピラーを擦らせながら超至近距離砲撃を敢行。
敵の機銃弾が車体を叩くものの、お返しに手斧を投げつける。
装甲車の天井を開いて銃撃していた敵兵の一人の頭にヒット。
すれ違いながらもばっくりと割れた頭から致命的な量の血の噴出を見た。
そこへ基地から赤の星弾が上がったと無線が来る。
撤退の合図だ。
「全力反転!」
別の装甲車のコクピットの中の哀れなドライバーを戦車の巨躯で圧殺しながら敵の後方へ逃れる。
ついに脱出に成功したのはレオパルド三両、ルクレール五両だけであった。
「ヒャッハアアア!」
盗賊まがいの奇声をあげて、第四偵察隊が敵の戦車隊の前を掠めていく。
「まだまだ行けるぜぇ!」
主砲や同軸機銃の攻撃で同乗者は生きた心地がしない。
「吹っ飛びくたばれクソッタレ!」
銃火の中ハッチから身を乗り出しAT-4を発射、キャタピラーをやられた戦車が玉突き事故を起こす。
84mm無反動砲は反動を打ち消すために後ろから火を吹く。
その火で装甲を焦がしながらも止まることをよしとしない。
「無茶苦茶だ!」
ドライバーの悲鳴もなんのその。
拳銃で通り過ぎざまに敵戦車のハッチから身を乗り出していた指揮官を撃つ。
(もうやだこの上官…)
快速を売りに装輪車で突破成功。
敵は速度を緩めざるを得ない。
これで時間を稼げた。
〈司令部より第四偵察隊、足止め感謝〉
「どんなもんじゃい」
オスカーは第四偵察隊が足止めしている間にも砲弾を送り込み続けた。
すでに所持分は撃ち尽くし、砲弾補給車両から直接給弾している。
「オスカー、間も無く敵がキルゾーンに入る」
「承知」
「司令部より兵士諸君。プランCを選択。サードステージだ」