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年末のダンスパーリィ

アフリカにおいてフランス軍最後の主力戦車団が降伏し、フランス軍は壊滅した。

アメリカも南米戦線を後退し、コロンビア、ベネズエラのラインで防戦中。

東南アジアは日本の勢力圏となることが事実上確定し、ハワイ近辺はロシアが進出。

中部太平洋を空白地帯に、南太平洋は異世界圏内に。

インド洋、大西洋も赤道付近で南北にわかれた。


十二月十日。

メルボルン。

主要国がパラオに続き、メルボルンに集った。

完全な終戦へ向けた話し合いである。

主催は日本とイギリス、ドイツ、ナッソー、アルマタ、コパヒー。

生放送中のマスコミを前に、外交官の矢矧が青写真を提示する。

会場は元ロシア資本のホテルだ。

「今回の戦争、攻め込まれて押し返すこと叶わなかった我らの敗北であることは疑いようもなく、一国で戦況を逆転することももはや不可能。停戦せねば国民は塗炭の苦しみに喘ぐばかりということを前提にします」

中国の代表がまずケチをつける。

「我らはまだ負けていない。核を使えばいいのだ」

すると参加者から呆れた声が聞こえてくる。

「ろくに貢献もしないでそれを言うか」「脳みそまで沸いたか」「それでよく生きられたものだな」「笑止」「無能だな」

ぱんぱん、とロヴァーズ=イレーヌ女史が手を叩く。

ナッソーの外交官だ。

「話を進めましょう。あなた達は負けたのです。それを認めないことには再戦もできませんよ」

主にアメリカ、フランスに向けた言葉だろう。

両国の代表は青筋を浮かべるものの押し黙っている。

「終戦後の話です。国際社会というものは、その範囲を倍にしました。我らの陣営にも中小の国家があるがごとく、あちらにも中小の国家があり、我らはそれの代表なのです」

「ですので、双方の国際平和維持組織を統合し、活発かつ効果的な交流を行うべきかと存じます」

意義なし、とドイツ。

「本部はどこに置く?立地にも意味はあろう」

「はい。そのため、中立地帯を設定します。すべての軍はそこを犯してはならないものとします」

どこに置くんだ?、とバーンズ国。

「地図を」

スクリーンに表示されたマップ。

ひとつは地球、もうひとつは

「二つの地球ですね。意訳の都合で両方共Earthです」

二つの大きな大陸の片方は局地とつながっており、大陸の他にいくつもの島がある。

「ここをアリストラ、あちらをデクシアと呼び習わします」

右と左を表す古代の言葉だそうです。

矢矧が説明し、Αριστερά、Δεξιάとパワーポイントの画面に記される。

「デクシアはこれまでどおり。アリストラはデクシア側の勢力を若干縮小し、このラインを提案します」

オーストラリアの北、コロンビア、ベネズエラの戦線、コンゴ、ケニアのラインである。

「組織はメルボルンに設置を考えています」

そこで中国が文句を言い出す。

「敵の支配下となる民衆の解放はどうなる」

アリストラ一同が驚いた顔をする。

まさか中国がそんなことを言うなんて。

「チベットやウイグルで弾圧を行う何処かの民族がいましたね」

「時代遅れの品のない帝国主義者どもか」

これがネットならwwwwwや(笑)などと付けられるであろう。

実際、翌年にこの会談が公開されるとコメント欄にはそれらのネットスラングが画面を埋め尽くした。

「不愉快だ!」

椅子を蹴立てて何処かへ行ってしまった中国代表。

「彼は外交官か?」

「うちの調べでは縁故採用の軍人らしい」

「あいつらは外交を何だと思っているんだか」

呆れた風の一同。

翌日中国代表は心臓発作で急逝し、別の代表が現れたが会談への参加は認められなかった。

(イレーヌ、多分今回もあの見た目は立派で中身が海賊な男が裏で糸を引いてるよ)

(なるほど)

狐耳をピコピコさせてイレーヌは得心がいったという顔をする。

まったく腹黒くて陰険な野朗だ。

そう呟いた矢矧だが、彼も今回工作をしているので人のことは言えない。

二時間後には矢矧が提案した地図は書き換えられていた。

主にイタリアの代表と矢矧が利害関係のすり合わせを人道という大義名分の影に隠しておこなったのだ。

それによりオーストラリア、ナミビア、モザンビーク、コロンビア、ブラジルのラインまで下がった。

「ではこれで決着とします。つぎに‥」


十二月十五日。

メルボルンの会談は継続中だ。

今は軍縮について話している。

「それでは大量破壊兵器、NBC級兵器について話しましょう」

イレーヌが話題を振る。

「今回の戦争では核が実用されましたからね」

「あれは民族主義系テロリストが旧ソ連の遺物を盗み出したものだ。行方は我らも追っていたが、捕まえる一歩手前で起爆された」

アメリカ代表はそう言った。

「そうでしたか」

陰険腹黒紳士と目配せをする矢矧。

ドイツ代表が指を鳴らし、そしておもむろにメモリを取り出した。

停電が起き、会場の明かりは予備電源に切り替わるがカメラは動かない。

「これをご覧ください。南米の核について、興味深いものを見つけました」

CIAの交信記録だ。

「これは一部ですが、なるほど。あなた達はテロリストを飼っていたのですか」

「そのような事実はございませんし、そのような記録も存じません。偽造ではないのですか?我が国の名誉を貶めるに足る行いです」

アメリカ代表は反論。

するとコパヒーの代表が続いた。

「疑惑があるのですしね。帰国は七十年前にも核を二発、しかも民間人が住む市街に向けて投下したと聞く。民間人虐殺に躊躇いがないのか、なんというか」

コパヒーの代表が矢矧に目配せをしてくる。

矢矧が繋ぐ。

「常識を無視した殺戮ですね。七十年前の戦争では民間人虐殺などよくある話でしたが、核を投下する暴挙に出た国は一国のみ。謝罪もなければ賠償もない。弾道弾を陣営全体の利益のために使った国もあるというのに、これはこれは..」

最近落ち目のアメリカ経済だが、それを良いことにドイツは影響力を拡大しようとしている。

「ホロコーストはどうなんだ!」

「ナチ党の愚行は精算済みというのが我が国の見解ですし、アメリカもそれを容認したじゃないですか」

「日本は!」

「見苦しいですな」

置き去りにされていた国々を代表し、コア王国の代表が諌めにかかる。

「ええ。今回話すべきは七十年のことではなく、今のことですね」

イレーヌが南米の核被害のデータを出す。

「総計七十万人が被害を受けています」

「どこの誰だかは知らんが、とんだ愚行だ」

「提案します。核廃絶を我が国は求めますが、核抑止の観点から受け入れられないでしょう。ですが縮小はできるはずです」

(つまり小僧は核攻撃を黙っていてやるから減らせ、というのだな)

アメリカ代表が思案した時間は三秒。

「いいでしょう。疑惑を晴らせるのならば安いものです。大方、他の核保有国が我が国の権威失墜を狙ったのでしょうが、その目論見が甘いことを知らしめてやりましょうぞ」


同刻、イスラム圏国家群にとあるデータが送られてきた。

送り主はサーバーをいくつも迂回しているため不明。

中身は例の通信記録だった。

同時にインターネット上の実況サイトに途中から公開され始めたメルボルン会談。

〈アメリカが率先すれば、世界も核を減らせるでしょうね〉

〈何が言いたい?〉

〈いえ、前科持ちの国があるから撃ちたがる奴もいるのでしょう、と〉

匿名掲示板は盛り上がった。

アメリカが核を削減すると明言したのだ。


矢矧はホテルの一室で休んでいた。

(ドイツとアメリカを仲違いさせることで二国を抑え、ロシア資本のホテルで止めたはずのカメラが止まっていないという事態でここを点検しているボーグの権威を貶す。日本とイタリアはひたすらに終戦を求めたという姿勢をアピール。しかしこれから押し込み強盗が私のもとに来るので、嫌疑はイギリスと中国のどちらかに流せる)

窓の外でなにか音がした。

(来たな)

慌てるふりをしてクローゼットに隠れる。

非常ベルを押しそびれた風を装わねばならない。

あえてクローゼット前にブランケットを落とすことで慌てぶりを演出。

戸の隙間から覆面の男が二人、窓から上がってくる様子が伺えた。

(そろそろだ)

その三秒後にドアがノックされる。

第一発見者となるはずのイタリア代表が来たのだろう。

強盗は急いで逃走を開始。

途中でテーブルにぶつかりグラスを落とし、鋭い音を立てる。

窓から闘争した二人。怪しく思った代表がドアを開ける。

苦しいいいわけだが、イタリア代表が来るということで鍵は開けていたという設定だ。

代表にも鍵は開いていると伝えてある。

ちゃんとイタリアの随行員も聞いているはずだ。

「なんだこれは!」

驚く代表。

知らされていないのだから当然で、反応にはリアリティがある。

「ミスターヤハギ、どこにいる!」

キィと音を立ててクローゼットから出る。

「..ひぃ、助かりました」

心底参ったような顔をして矢矧は答えた。


十八日。

矢矧は各国の避難の視線がイギリスに向いているのを心地よく感じた。

すべてコイツラらがやったんじゃないだろうか、という疑念は不信感となり、イギリスの権益は遠慮なく削る方向へと持っていかれた。

とはいえ、それらは優先的なゲート通過権やそういったもので、ブリテン島に篭っていれば何ら問題はないものだった。

「しかし矢矧は鬼ね。自分まで餌にして他国の邪魔をするなんて」

「言い方が美しくないね。打てる布石は打っておく、言うべきだ」

イレーヌの呆れた視線もなんのその。

「どうせみんなやってるんだ。それに比べたら私のなんて優しい部類だよ」

「優しいから国際的な信用を失墜させる程度で済ませてあげるのね」

「そういうことだ」


十九日。

停戦に関する会談の最終合意がなされた。

それを受けてメルボルン条約が締結されることになる。

「矢矧です。はい、高雄首相に参加願います」

〈日は?〉

「大晦日です」

これは元日より始まった此度の戦争が大晦日に終わるという、ただ学生に優しいサービスでしかない。

そしてそれまでの軍事行動は一切制限されていない。

つまり、残り十日のうちに領土拡大は無理でも、深刻な出血を強いることも無理でも、こっそりと敵方の勢力に打撃を与えることができるという期間だ。

これを機会に、日露は中国への締め付けを行う予定だった。


榛名上級一佐が率いる潜水艦隊が中国の港湾部を急襲。

貨物船多数を撃沈し、同時に多数のP-3c、P-1対潜哨戒機を繰り出すというパフォーマンスを行い、所属不明潜を太平洋にて撃沈したと報じている。

中国軍にそれを確認する能力はない。

また、ロシアも中国北部の陸軍基地を襲撃し、翌日臨戦態勢に入るという動きを見せた。

いうまでもなくこれは偽装行動であり、中国の戦後の影響力を削ぐ狙いがある。

ちなみに戦中も行われていた日露の工作により、解放軍内部のモラルは破綻している。

主に麻薬や武器をロシア経由で流しているのだ。

白人が動くとバレやすい場合は、日本の内務省秘密工作班が代わりに動いている。

解放軍だけではない。

アメリカは十一月より活発に台湾に武器を輸出し始める。

空中管制機まで売る始末だ。

イギリスも複数の軍閥に武器を流し、内部分裂を目論んでいる。

これにも内務省秘密工作班が関わっている。


そして二十四日。

クリスマスイブ、パラオ沖。

いつもより荒れた海を進む艦隊。

雨がぱらついている。

「提督。アメリカ太平洋艦隊が接近中」

「メリークリスマス、と打っておけ」

「了解です」

金剛は麾下の第一機動護衛艦隊を率いていた。

目的は南方での演習。

アメリカが引き、停船ラインが近づいたことでこの周辺は不安定になっている。

ゆえに海自を出して存在を知らしめる必要があった。

安心感を与えるとともに、逆らう気をなくさせるのだ。

「太平洋艦隊より返信。貴官らの演習の成功を願う、以上です」

「そうか」

太平洋艦隊は空母二、護衛が十五という大艦隊。

日本を脅しに来たか。

「中国とアメリカがいなければ、好きにやれるというものを」

「閣下。政治のことは」

「おお、すまん。独り言だ」

一時間後、演習海域に到達した護衛艦隊。

「周辺諸国を下品にならない程度に脅してやれ」


二十五日。

東京、防衛省。

その凶報は、足柄大臣をして湯のみを取り落とさせるのに十分であった。

「確かなのか?」

「はい。第一機動護衛艦隊は全滅。生存者なし、です」

「制服組を集めろ!緊急事態だ!官邸へむかう!」


サンタクロースは最悪のプレゼントを持ってきたらしい。

主力として最前線を駆けた第一機動護衛艦隊と金剛上級一佐、なにより熟練した隊員の喪失である。

「イージス艦が二隻、ヘリ搭載護衛艦が一隻、汎用ミニイージス艦が三隻。なりませんな。死者は千四百名」

「一度に失うには多すぎるぞ」

「衛星は?」

だめです、と参謀。

「当時はあいにく曇天で、状況は不明。通信妨害も行われております」

「内務省より。周辺宙域にいた他国の衛星をクラックするも失敗。何者かが妨害しているようです」

これだけのことをやれるのはアメリカだけだ。

「しかし理由はなんだ?」

伊勢外務大臣が唸る。

山城海幕長が手を上げる。

「例の停戦前の戦争推奨期間、それを利用してアメリカが攻勢を仕掛けてきたのかと」

「日本の拡大を阻止する気か」

「逆襲は可能か?」

足柄と山城は揃って首を横に振る。

「間に合いません」

致し方ない。

総務省の那加大臣が提案する。

「しゃくですが、アメリカへの報復は後にした方がよろしいかと。まずは国内の整備を重視すべきです」

「国民やマスコミが黙っていないぞ!」

「そこは虚報を流しましょう。遠からずされど近からず、な虚報です」

那智財務大臣が発言。

「つまり“民族主義系テロリスト”が一瞬で艦隊を殲滅したと?」

「他に道はないと思うぞ」

高雄が悔しげに机を叩く。

クソッタレ。

「来年度はアメリカへの報復に総力をあげることにしよう」


防衛省。

「足柄大臣。またしてもろくでもない情報です」

帰ったばかりの足柄に、職員がろくでもない情報を伝える。

「‥夕立空将補に繋げ」

職員は急いで空自に電話をかけにいく

足柄は部屋につき、一服するまもなく受話器をとる。

「足柄だ。夕立空将補か?」

〈はい〉

「至急、部隊を編成しろ」


十二月三十日。

メルボルン条約による戦争推奨期間が終わる直前、アラスカから飛来した米空軍五機が択捉島に接近中との報があった。

航空自衛隊はこれに抗すべく再精鋭航空戦力を投入。

戦乱の二〇十五年のフィナーレを飾る、オホーツク海航空戦が勃発した。


「Leviathan隊則その一!」

〈殺せ!〉

「Leviathan隊則その二!」

〈殺せ!〉

「Leviathan隊則その三!」

〈殺せ!〉

「野郎ども!今度の敵は最上級の奴らだ!敵にとって不足はない。オロチスコードロンを食い破り、俺達の最強を証明するぞ!」

F-16Eヴァイパー、F-15Eストライクイーグル、F-18Eスーパーホーネット、F-20タイガーシャーク、F-22ラプターと、まったく違う五機種編制という変態ぶり。

アメリカ空軍のリヴァイアサン小隊だ。

機種には海龍、全身を地獄の深淵のような藍色で塗った無敵部隊。

隊長はジョージ=エルフィンストーン大佐。

撃墜数八十五。

そして五番機はダヴィッジ=クルード少佐。

撃墜数六十二。


〈諸君、門松と注連縄を破壊することに喜びを見出す変態が接近中だ。どうやらお年玉がほしいらしい。くれてやるぞ〉

「了解」

対するは航空自衛隊大蛇小隊。

F-2にコンフォーマルタンクを増設し、ソフトウェアを強化したF-2改に、さらにエンジンを新開発のものを試験的に搭載したF-2改ニだ。

海洋迷彩の尾翼に稲妻を描き、主翼に朱で“大胆不敵見敵必殺”“桜花爛漫死屍累々”“絢爛豪華危忌怪奇”“百禍繚乱百鬼夜行”と書きなぐってある。

〈F-3カッコ仮の試験機でもあるんだ。壊すなよ〉

四番機の不知火二佐は撃墜数四十五。

隊長は七十二。


リヴァイアサンと大蛇の総撃墜数は三百六十二対二百九十五。

しかし戦前のアラスカでの演習では大蛇が若干優勢でドロー。

どうなるか。


〈全機ブレイク。タイマンで蹴りをつける!〉

〈集団戦に持ち込め!槍衾を組むぞ〉

距離七千メートルで大蛇がミサイルを発射。

リヴァイアサンはこれを回避した後、包囲攻撃に移る。

〈こちらも全機ブレイク。二機落としたやつには俺が奢ってやる〉

不知火は右に旋回、高度を落とす。

(来た)

「撃破する」

敵機を引っ掛けたことを確認しています高度をシャンデルで稼ぎ、そのまま敵機を引き連れて大型の宙返りをかける。

着けてくるのはF-18ホーネットだ。

加速が悪い艦載機。

途中で離脱したところが狙い目。

高度三千メートル。

上昇途中で予想通り敵機が出力不足で息を上げる。

ローリングで背面降下、ホーネットの頭を抑える。

「ガンズガンズガンズ!」

不知火の機銃がホーネットのコクピットを撃ち抜いた。

「一機撃墜」


「やられたか!」

ダヴィッジはラプターのミサイルを解き放つ。

フレアを撒いて逃げるも、一発が“絢爛豪華危忌怪奇”と書かれた一機の尾翼をもぎ取る。

(抜かったか!)

それでもアフターバーナーを蒸かしたその機は、ラダーとエルロン操作だけでF-15の背後に忍び寄る。

「後ろだ!避けろ!」

爆散。


ジョージは“百禍繚乱百鬼夜行”の一機をミサイルで落とす。

「ダヴィッジ、残りはいくらだ!」

〈二対一だ〉


〈HMDがら光が逆流する!うわあああああ!〉

とうとう不知火以外は落ちた。

敵は二機いる。

(ミサイル、なし。銃弾、十秒は撃てる)


〈ダヴィッジ、そっちはいくら残ってる?〉

「ミサイルありません。機銃は十秒ほど」

〈こっちは機銃が二十秒だ〉


太陽が沈む。

墨を溶かしたような暗闇と、明るい夕暮れの狭間の時間に、海龍と大蛇が支離滅裂に殺し合う。


「マニューヴァ、ゴウ!」

ラプターが猛禽の名のままに飛ぶ。

その鉤爪をローリングで回避し、不知火は後続の虎ザメを狙う。

指切りで放たれた銃弾は、しかし何にも当たることなく虚しく消える。

「この瞬間を、待っていた!」

ラプターは推力偏向エンジンで強引に機種を起こし、コブラ機動からのクルビットを行う。

半ば失速しつつの反転で針路を戻し、狙いを定める。

「これで終わりに..」


「甘いわね。もっと骨のある敵はいないの?」

再度指切りで撃つ。

ラプターのキャノピーに吸い込まれた銃弾は、ダヴィッジ=クルードの胴体をズタズタに引き裂いた。

何も不知火はタイガーシャークを逃したあと、無為だったわけではない。

彼女もまた、クルビットをしていたのだ。

広い空を高速で飛び回る訓練をしていたダヴィッジと、狭い空域、それこそ橋の橋脚の下などで訓練を重ねた不知火の差が出たのだ。

不知火はそのままタイガーシャークを追う。

高度を上げる虎ザメ。

五千メートルで虎ザメがストール。

追い抜かせる気か。


「やるな、嬢ちゃん」

空自で一番やばい女と言われるパイロットのことはジョージも知っている。

全力で相手をしなければ死ぬ。


雲海に二条の航跡が伸びる。

二機のケモノが互いの尻を取り合ってコブラ機動に移ったのだ。

「老練だ!」

戦前の演習ではこいつに手を焼かされた嫌な記憶が蘇る。

タイガーシャークの前に出れば落とされる。

後ろにつこうにも失速すれば狙われる。

高度七千メートルでのコブラ競争は膠着していた。

月と太陽の残光が照らす中、雲海の上を滑る二機。

どちらがケツをとるかで争っている。

下手に機動を取ると失速する恐れがあるため、愚直にチキンレースを繰り広げるしかない。

「とっとと落ちろ、蚊トンボがァ!」


「いい戦士だ。できれば、違う形で会いたかったよ」

ジョージはチキンレースに限界を感じていた。

先の交錯で回避した銃弾は直撃こそなかったものの、タイガーシャークの尾翼にダメージを与えていた。

このまま行けば遠からず空中分解する。

(三分で落とす!)


(エンジンが!)

ビープ、ビープ、ビープとアラートが鳴り止まない。

F-2改二というが、その実エンジンを無理やり換装したものだ。

ソフトウェアも搭載しているが、やっつけ仕事なので無理が来ている。

(潮時ね)


チキンレースからの離脱はジョージが先だった。

ストールさせ雲海に飛び込む。

不知火も追って視界の効かない空間へ向かう。

レーダーに注視していては敵を見失うとの認識は二人に共通していた。

気流の乱れから敵機の位置を推測する。

しかしその雲海も五秒で突き抜けた。

高度三千メートル。

暗闇が支配する空に、二度目のチキンレースが始まった。


俯角七十五度でアフターバーナーを炊く。

急降下と加速で一瞬のうちに高度が下がる。

先行するタイガーシャーク。

不知火はそれを照準器に収めた。

(落ちろ!)

そしてタイガーシャークは視界から消えた。

(やったか!)


「甘‥い」

木の葉落とし。

出力を落とし、微妙な操作で後続を回避、不知火に追い越させる。

攻守が逆転する。


(‥くぅ、ブレィク)

高度二百メートル。

あらん限りの力を込めて操縦桿を引く。

全身の血のめぐりが狂い、頭が沸騰しそうになる。

視界がぼやけ、楽な方へ逃げたくなる。

(‥)

意識と無意識が全て圧縮され、最後に残ったのはパイロットの本能。

高度七メートルで水平飛行に。

音の壁が太平洋の波濤を巻き上げる。

タイガーシャークは高度三十に位置。

(見せてみろ。米空軍のエースの力を!)


F-2改二が高度を上げる。

高度三十、上昇に転じて速度がゆるみ、狙いやすくなった。

ジョージは酸素欠乏で鈍化した思考でトリガーを引く。

不知火はローリングと木の葉落としで回避。

そのまま巴戦に持ち込む。

ジョージは獣のごとく追いかける。

ミサイルをすべて撃ち尽くし、燃料も消費したF-2改二の上昇速度は予想外に早い。

高度千。

宙返りは頂点に達し、ジョージは八百メートルの段階で敵を見失った。

続いて衝撃。


次に彼が目を覚ましたのは潜水艦の中だった。

「‥そうか、生き残ったのか」

「大佐どの。我々で救出できたのは貴方ともう一人だけです。力になれず、申し訳ない」

どうやら原潜に拾われたらしい。

(あれは‥落とされたのか)

水密扉が開き、ダヴィッジが現れた。

頭には包帯を巻き、右手を吊っている。

「大佐。申し訳ありません」

「いや、いい。生きて帰ってこその戦争だ。帰ろう、祖国へ」


不知火はタイガーシャークを、米空軍最強のジョージ=エルフィンストーンを撃墜したのだ。

三沢のF-15が二機、迎えに来た。

〈不知火二佐。無事ですか?〉

「ええ。なんとか一人生き残ったわ」

最後の宙返り、彼女はエンジンの出力を限界まで下げ、動くすべてのパーツの微調整で左捻り込みを実現していた。

零戦の必殺奥義とも言うべき捻り込み。

ジェットでは不可能の機動のはずだった。

「下にタクシーを呼んでくれないかしら。コクピットの中がアラートで真っ赤なんです」

エンジンはほ死にかけ。

羽ももげかけている。

墜落して然るべき有り様だ。


五分後、F-2改二は墜落した。

パイロットの不知火二佐は無事に海自の護衛艦に収容された。

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