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新人類

海上。

阿武隈はフリッカーテイル=ステートの倉庫に隠れていた。

脱出しようにも太平洋のど真ん中。

そこまで阿武隈は泳ぎが得意ではない。

それに寒いし波が高い。

(食料確保に気を揉むのよね)

下手に米兵に見つかれば、若い彼女は身ぐるみ剥がされてRで18な目に合うだろう。

彼女の好みは馬鹿な米兵ではなく、ケマル=アタテュルクのような渋面なのだ。

ダンボールをかぶってこっそりと厨房に忍び込み、ギンバエがバレない程度にかっさらっていく。

一週間もすぎれば、厨房のおっちゃんも“正体不明の食い意地の張った水兵”のために多めに食材とネズミ捕りを置いてくれるようになった。

(人が良いのね)

ネズミ捕りにはチーズが挟まれており、阿武隈は毎度それを潰しておいた。


内務省。

日向は円卓会議室に人を集めた。

高官だけでなく、待機中のエージェントやオペレーターもいる。

「今回のアメリカの南極進攻の情報を整理する」

まずアメリカがコパヒー、クロアタンのいるゲートを攻撃した。

反撃を受けた米軍は撤退。

「コパヒーからの情報では、SEALsやデルタを動員していたようです」

「精鋭を一度に失うとはな」

「これは何かの意図があるのか?」

「ただのヤケでしょう」

そんなヤケをおこす国と同盟を結んでいたということを思うと頭が痛い。

日向は目を覆った。

「日本とイギリスが離れてしまい、東西から挟撃されることを過剰に怖れたのでしょうか?風船爆弾とパンジャンドラムが本土を蹂躙すると思えば居ても立ってもいられなかったのでしょう」

そのシーンを何人かが想像する。

「まるで昭和の少年雑誌に描かれた未来予想図みたいですね」

「イルカが攻めてくるぞ!みたいな?」

次に諸外国の反応を纏める。

「カナダはアメリカに遺憾の意を表明。ドイツはカナダ大使館に繋いだ秘匿回線を傍受していたようです」

「なんだと!」

「な、なんだってー!」

回線の見直しが必要であるようだ。

「その後ドイツ大使館はアメリカ大使館に連絡。詳細は不明ですが、我々が衛星でアメリカの侵攻をカナダに伝えたことを示唆していたようです」

「その割にはアメリカの動きが鈍い」

「ドイツ‥トップの野朗殿が気を回してアメを嵌めたというのは?」

トップの野朗殿とは駐日ドイツ大使のエーリヒ=トップである。

「あいつならやりかねんな。日本の歓心を引いておこうとでも言うのか」

「落ち目のアメリカより、日英のほうが未来がマシ、という本国の判断でしょう」

「同じ陣営と見ていいのではないでしょうか」

「ドイツは世界大戦を毎度負けてますし、今の内閣も親中派だがね」

次官が次の話題を出す。

「アメリカがコパヒー、クロアタンに送った輸送艦についてです。阿武隈一級諜報員の調べでは米ドルと金だそうです。賠償金ですね。他の二隻は不明」

「いっそ米ドルを紙くずにできないものか」

「愉快ですが、影響も大きすぎます。却下です」

現在の世界で信用がある通過はユーロ、米ドル、日本円だ。

この一角が崩れるとなると恐慌が起きるかもしれない。

「カナダはイギリスのロビーを受けているようで、こちらの陣営に引き込めそうです」

主に盾として。

「ロシアはどうだ」

「榛名提督の哨戒網に掛かっているロシア原潜の動向は、主にアメリカの輸送艦を注視しているようです」


十月二十日。

フリッカーテイル=ステート。

阿武隈は今夜も食堂へ向かった。

だが昨日までとは違い様子がおかしい。

「Russian submarine peeping us...」

「What do they say?」

「Nothing.」

三人の士官の会話だ。

どうやらこの船団はロシアにストーキングされているらしい。

(ここで沈むのはいやよ?)

低気圧帯に入り、波は高くなっている。

今でも食堂のテーブルの上ではコーヒーカップが三個滑っている。

ひとつ揺れるとつつっー、と右に滑り、もう一つ揺れるとつつっー、と左に滑る。

戻ってくるタイミングで一人の士官がそれを掴む。

「Caption, what can we do ?」

「Nothing. We have no weapon to kick the submarine.」

丸腰の輸送艦だ。

護衛が何もしないのなら、何もできない。

その日はそれから二時間ほど雑談が続き、阿武隈が食事にありつけたのはその後だった。

(SPAM SPAM SPAM SPAM SPAM SPAMー)

昨日はSPAMにベーコン。

一昨日はSPAMに卵。

三日前はSPAMにウィンナー。

四日前はSPAMにベーコンと豆。

五日前はSPAMだけ。

そして今日はSPAMに豆と卵だ。

どうやら厨房のおっちゃんはモンティ・パイソンが好きらしい。

(SPAM SPAM SPAM SPAM SPAM SPAMー)

余談だが、スパムメールなんかのスパムは、モンティ・パイソンを語源としているらしい。

飲み物もコーラしかない。

しかもCocaだ。

阿武隈の好みのPEPSIではない。

(肌が荒れるなぁ)


十月二十五日。

ようやく港についた。

ここまでの航路を危なげなくこれたのは、彼女が優秀であるからだ。

完全武装の兵士が多数。

陸海空全てで厳重な警戒をしていた。

無理もない。

アメリカは中立国に奇襲を仕掛けたのだから。

ここで阿武隈はろくでもない事を思いつく。

(‥もうマズメシはいやだ!)


クロアタンの兵士が荷をおろしていく。

三隻の輸送艦にもクレーンがついており、迅速な積み降ろしが可能なのだ。

(ひゃぁ高い)

その降ろされていくコンテナの一つに、阿武隈はしがみついていた。

女性としてどうかと思う格好で貼り付いている。

トレーラーに乗せられて、ゲートを潜る車列に並ぶ。

まさかコンテナがそのままゲートを潜るとは思わなかった。

(しかしこれは予想外でした)

ゲートは海抜百メートルほど、幅二百メートルほどと大きく、軍艦と車両を同時に通過させられるように半分海に浸かり、半分地上に乗っかっている。

しゃぼん玉のように虹色に光る境界面を潜るトレーラーたち。

ついに阿武隈のトレーラーがゲートを超える。


十月二十六日。

「阿武隈一級諜報員と連絡途絶。最後の生体反応は南極の港。そのゲート直前!」

「なんだと!不可抗力にせよ何にせよ、諜報員の不法越境はまずい!ナッソーにすら隠しておけ!書類上では極秘任務に従事しているとしろ」

「それでは内務省の支持で越境したと取られます!」

「ぐぬぬ」

内務省は上を下にの大騒ぎだ。

「まず総理に報告。ついで対応を考える!」

「緘口令を敷く。各員これを漏らすなよ」

「回線繋ぎました!」


緊急秘匿回線がリンとなる。

高雄は対中工作の予算に修正を入れ、突き返しBOXにダンクしてから対米ロビー活動予算に印鑑を押し、承認BOXに放り込もうとしていたところだった。

緊急秘匿回線である。

滅多に鳴らない回線だ。

「私だ」

日向からカクカクシカジカシカクイマーチ、とことのアラマシを聞く。

「能代に続いて阿武隈か。優秀な諜報員は少ないんだから運用を見直せ」

〈肝に銘じます〉

「情報は全力を以って秘匿する。いざとなれば私と君の首でごまかすぞ」

〈その覚悟です〉

回線を切る。

責任者の仕事は詰め腹を切ることである。

だから覚悟は人の上に立つことになったその日から出来ていた。

しかしそれでは困る。

無論、辞任後も政府中枢とのパイプは残るように工作している。

後任人事も志を同じくする者になるよう仕込んでいる。

だが、歴史が大きく変わるときに、傍でそれを見ているだけというのは辛いだろう。

(新人類が旧人類に淘汰されるなどあってはならない)

全く違う二つの世界が絡み合ったこの年は、人類種が新しい価値観に出会う好機なのだ。

これを逃せば人類種は千年の停滞を迎え、泥濘の中で緩やかに滅びるだろう。

(新人類が時代を掴めば、必ずルネサンスが起こる。“目覚めた”人類は旧人類との戦争の果ての荒れ果てた大地に種を撒き、時代の萌芽を芽吹かせるだろう)

高雄は“新人類”の指導者の一人である。

最前線を進む彼は一部から戦争を呼んだ、とされる。

異世界と交流などせず、敵として殲滅していれば、これまで通りの世界が続いたであろうという者も出てくるだろう。

高雄は、それを旧態依然とした残骸にしがみつく頑迷古老な俗物と呼んだ。

“旧人類”と呼ぶ。

いずれ誰かが、いつか気がつくことだったのだ。

“人類は多様性を認め、次の段階へ進む時なのだ”、と。

(大航海時代、ヨーロッパは黒人を人と認識しなかった。白くない肌の持ち主を奴隷とした。そしてしだいに世界はグローバル化により統一され、まだ見ぬものが無くなり、逆に新しいものを受け入れる寛容さを失ったように見える)

そこに現れた異世界人。

そして獣人。

その一石は小さなものでも、新たなルネサンスを導くものとなった。

(牢獄の庭を散歩するより、嵐の海をどこまでも泳いでいける自由を日本に与える。たった一度の敗戦で卑屈になった日本人に、もう一度機会を与える。これはエゴだが、いずれ誰かがなすだろうことだ)

高雄は新型戦闘機の開発計画書を承認BOXにいれた。


イギリス。

ライオネル=クラブは日本のスパイが一人、南極のゲートを超えたことを知った。

(アジア市場を拡大しつつある日本を牽制できるな。アメリカの次に手を組むとしても優位にある方がいい)

おそらく緘口令が敷かれていることは想像に難くない。

(スペインの日本人スパイなら、いい材料になりそうだ)

クラブはスコッチをグラスに注ぐ。

「誰か、MI6のMを呼べ」


パブにてヴァレリー=メディロスは上司のMが首相に呼ばれたことを聞いた。

フィッシュアンドチップスを突きながらエドワード=サイフレットの話を聞く。

「もしかしたら逃したままのウィリアム=コーンウォリスを捕縛しているとか?」

「それはないわね。さっさと拷問して自白させて処刑するでしょうから、Mを呼ぶ理由がないわ」

彼女は黒ビールをジョッキで頼む。

「そうでしたね。貴女はスペインの彼のことで意識がいっぱいでしたね」

「な、ぶち殺すわよ!?」

「おお、怖い怖い」

おどけるエドワードに赤面するヴァレリー。

珍しいものを見たと、エドワードはその顔を襟に隠したカメラで撮っておく。

黒ビールを照れ隠しで一気飲みして、むせた。

「こんな姿、彼には見せられませんね」

パセリを投げつけられてしまった。

「今度変なこと言ってみなさい。その口縫い合わすわよ」

ドスを効かせた声でも、本人が震えているのでは効果がないな、と思うエドワードだった。


スペイン。

扶桑重工の青葉は処置を監督していた。

史上初かもしれない処置だ。

日英の関係者が好奇心とともに見守っている。

「バイタルよし」

「ブロックB1、接合。つづいてB2に移る」

「出力安定。B1異常見られず」

三時間前に始まった処置。

それはひとまずの生命の危機を回避した後に早速始まった。

「ネジ回せ」

「ドライバー」

ぎゅうぃーん。

「M14x8区画に異常。通電停止」

「原因究明急げ」

ででででで。

「血液封入」

「チューブよし」

「B2、異常なし」

「ネジ回せ」

ぎゅうぃーん。

「M14x8の修復を開始。通電再開」

「シリコン注入」

「スプリングを挿入」

手際よく技師たちが能代の傷ついた身体に手を入れていく。

生物的なパーツだけでなく、あきらかに工業的なものもだ。

(‥これから彼は空港の探知機に毎回引っかかるんだろうな)


十一月二十九日。

ケープタウン。

フランスはアフリカをほぼ制圧していた。

しかしその補給線は完全に伸び切っており、ブレトンハ軍はそのラインの寸断に力を注いでいた。

結果、フランス軍は南アフリカのケープタウンと、セネガルのダカール間を喪失することになる。

それどころか他の地域も全て降伏した。

唯一抵抗するケープタウン守備隊はかつて電撃的侵攻を行ったルクレール戦車が八十両。

しかし整備性に欠けるV8Xエンジンにガタが来ているものばかりで、実用に耐えるのは共食い整備の上でも二十両だ。

九十ミリ砲装備のERC90装甲車や、百五ミリ砲装備のAMX-10RC装甲車もそれぞれ五十、百両装備していたが、これも実用に耐えるのは三十、七十だ。

兵数総勢千三百。

一方、ケープタウンを海上、地上から完全包囲したブレトンハ軍は兵数三千。

戦車七十両、攻撃ヘリ十四機。

原潜での妨害も敵の対潜強化によりままならなくなり、フランス軍は座して死を待つか、死中に活路を見出すかの選択を迫られていた。


「マダガスカルに逃れ、インド海軍ないし日本海軍の救援を待つのはいかがか?」

ジャン=ミシェル=ユオン中将は生き残った士官の会議の場で提案する。

「東部の山地を突破し、モザンビークまで走ればいける」

「だめでしょう」

フランソワ=ポール=ブリュイ大佐が反論する。

彼は中将の副官だ。

「すでに偵察機を出すことすらままならない現在、遠路の長征は不可能です。北部も抑えられておれば、降伏すべきかと」

将兵千三百のことを思えば、無茶な逃避行など論外だ。

「しかし、降伏により名誉を傷つけられるとはな。しかも我らはブレトンハと幾度もの死闘を展開した。非業な手段さえも使った。恨みを持つ敵は多いだろう」

焦土戦により撤退を敷いたこともある。

その時村を一つ焼き払うことになった。

「戦車戦指揮者として言わせてもらうぜ」

ジャン=シャルル=ド=ボルダ大佐だ。

「動ける機甲兵力は百二十。砲弾は一時間の全力戦闘を行うだけ残ってる。戦闘は部下を無駄に殺すだけだぜ」

「しかし一戦も交えず膝を折るなどっ」

「中将どの。名誉よりも人命を優先することに名誉を見出しください」

「..それもそうだな。諫言痛みいる。危うく無能指揮官と言われるところだった」

名誉を重んじるあまり、かえって名誉を失ってしまえば何もない。

「報告します!敵戦車団、南下!」

来たか。

ケープファームの畑に簡易塹壕を掘り、エンジンがイカれた戦車をトーチカとして運用している。

ケープタウン北方のマルムスベリーに展開していたブレトンハ戦車団。

車体の半分を禍々しい紫に塗り立てた彼らは、ケープタウン群を大いに苦しめていた。

「七回目の激突だな。そろそろやっこさんも痺れを切らす頃合いだ」

「それについては同意だ。おそらく、最後の戦闘になるな。年貢の納めどきか」

「中将!」

「いや、すまん。全軍に戦闘用意を。無理だと思えば各々の判断で降伏しろ。最後の命令だ。“生きてフランスの土を踏め”」

参謀一同起立し、敬礼を送る。

「私はここに残る。貴様らは行け」


「ピエール!随伴を頼むぜ。‥全戦車、これがおそらく最後の出撃だが、なに、気負うことはない。国を守ろうなんて大層なことは考えるな。片想いのあの娘の笑顔のことだけ考えておけ。そうすれば嫉妬深い神様に嫌われても、気のいい悪魔が助けてくれる!」

〈おう!〉

ジャン=ボルダ大佐はルクレールに乗り込んだ。

「戦車、前に!」

ピエール=ヴィルヌーヴ上級曹長は戦車の車体に這い上がった。

タンクデサント。

移動方としては消耗は激しく使いたくないが、トラックがないなら仕方ない。

「分隊、振り落とされるなよ!」


ミラン対戦者ミサイルを構えて待つ。

隣ではまだニキビの残る若い兵がFGM-148ジャベリン対戦車ミサイルを構える。

〈上級曹長、敵のスカート付きです。ラインDに到達〉

「ラインCまで引きつける。大佐、シンクロお願いします」

〈オーケー。ラインCまで引きつけるぜ〉

それはヴィルクと呼ばれる戦車。

フランス軍が付けたあだ名は“スカート付き”。

キャタピラ周りの追加装甲を揶揄したものだ。

「三、二、一、撃!」

初動でその前衛を崩したフランス軍だったが、しかし攻勢はそこまでだった。

対戦車ミサイルを撃ちつくし、小銃を持って敵に肉薄する。

スカート付きのエンジン部分の装甲が薄いのはこれまでの戦闘で判明している。

「死ねよ亜人種!」

ピエールはグレネードを投げ込んだ。

ダァン、という音とともにエンジンが火を吹く。

ジャンの戦車隊が砲撃を浴びせる。

しかしルクレール以外の砲撃は跳ね返された。

正面は重装甲すぎて手が出ないのだ。

速度が遅いことは救いであろうか、しかし、味方の砲弾を跳ね返す戦車がじわじわと迫るのは悪夢だろう。

敵の主砲はこちらより大きい百三十ミリ。

一つ、また一つとルクレールが吹き飛ばされる。

〈お前ら、やばくなたら逃げろ!こんなとこで死んじゃ誰も追悼にゃ来てくれねぇ。可愛い娘の腹の上で死にたきゃ、何としてでも生き延びろ!〉


戦闘開始から十五分後、ジャン大佐の戦車隊は降伏した。

残存八百名。

しかしピエール上級曹長に率いられた一部の歩兵は行方をくらませた。

ブレトンハ軍はジャン大佐を連れてケープタウン入り。

ジャン中将、フランソワ大佐はケープタウン群の降伏を認めた。


作戦本部とした建物の二階。

向かい合わせに並ぶブレトンハ、フランスの将校。

「Moe być dobre. Doceniam oddajcie swoje」

これまでに判明したデータに合わせると、少将の階級章を付けた将校が一歩前に進み出た。

「 Nawet w sytuacji niekorzystnej w przewazającej mierze, i oddać hołd morale, którzy byli odwazni walka do końca 」

(大佐、なんと言っておるのだ?)

(わかりません。が、儀礼的なことを言っているのでしょう)

ブレトンハ軍は皆人間と同様の見た目をしている。

言葉が通じない以外は、例えばイギリス人なんかを相手にしているのと同じようなものだろうか。

翻訳機を持ち込んではいるらしいが、使わないことを見ると、使うまでもないのだろう。


「いたぞ」

ケープタウン北方のマルムスベリー。

ブレトンハ軍の前線基地であった。

「零時半より浸透を開始する。配置につけ」

FA-MAS小銃を携えて徒歩で移動してきた十九名。

直属の部下ではなく、パリ爆撃やこれまでの戦闘で家族や仲間を喪い、ブレトンハを憎むことをやめられなかった者達だ。

定刻になった。

一斉に簡易陣地を乗り越え、奇襲を仕掛ける。

二十名にも満たず、装備も整っていない敗残兵の奇襲だが、想定外の事態に慌てる敵。

その頃になってようやくケープタウンから奇襲を警戒せよとの連絡が来たのだろう。

「 Wojujący juz! 」

ピエールはガラス越しに将校がいらだたしく通話を切るところを目にした。

ガラッ、と窓を開け、ナイフを一閃。

頸と胴を泣き別れにしたあと慌ただしく兵士が駆け回る室内へ入る。

侵入した部屋は指揮所の隣だったらしい。

丸腰の兵がこちらを見つけ、固まった。

(怖気づいたか。戦闘訓練をしていないんだな)

無慈悲に連射。

連続した銃火が、異世界の客人を討ち倒していく。

別のドアから敵がなだれ込んでくる頃には指揮所の要員は全滅。

立っているのは返り血を浴びて真っ赤になったピエールだけであった。

ダンダダン。

(ああ、母さんのポトフ、また食べたいな)

敵兵に心臓を撃ち抜かれる。

走馬灯に写っていたのは一面のぶどう畑と両親の笑顔。

そして国に残してきた恋人。

(ごめんよ、エリー)


「これは貴方達の差し金ですか?」

ケープタウン、ジャン中将はブレトンハの少将に詰問されていた。

「だから言っただろう!行方不明の兵士がいる、彼らは武装していると!」

「遅すぎると言っているんだ」

「部隊を再編している途中で判明したんだ!わかり次第すぐに伝えたぞ!」

とりあえず、と少将。

「あなたの処遇は後々検討します。野犬がまだ生き残っているでしょうから」


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