タクヌーク
下卑た笑い声が降ってくる。
一人の獣人が頭をブーツで踏みつけられていた。
「待ってくれ!俺は兵士じゃない!」
金髪どもは彼の耳をナイフで切り裂いた。
響き渡る絶叫。
まるで虫けらでも見るかのように金髪は彼の腕、足、尻尾を削ぐ。
悲鳴に酔っているのだ。
それに抗うすべを彼らは誰も持たなかった。
「赤と青の横縞に、星がいくつも印された旗を私達は忘れません。祖父は右腕と尻尾を亡くして帰ってきました。私は志願して金髪どもと戦えるところに行きました」
「‥」
「それに比べたら、あなた達はとても友好的だ。神刀のルーツが日本にあると判明する前からそんな態度だったというそうだ。どうしてなんだ?敵国の捕虜だ。それに耳まで生えている。なぜ、人間扱いできる?..差別意識の強い隣国よりも、遥かに遠いこちらのほうが過ごしやすい」
ロヴァーズ=シャーンドルは心底不思議そうだ。
不知火は答える。
「農耕民族のおおらかさでしょう」
と。
「我が国日本には特定の宗教がありません。神道という多神教のような精霊信仰のようなものや、海外から輸入された一神教たちが渾然一体となった国です。島国ゆえ大きな戦乱に巻き込まれた経験がほとんどなく、ただ受け入れ、同化させる民族です」
「それではいずれオリジナルが消えてしまう」
「消えるかもしれませんし、消えないかもしれません。異文化を吸収して取り込んでしまうのです。吸収限界になれば、いずれ消えてしまうでしょう」
むしろこのごった煮状態のケイオスさこそが日本なのかもしれない。
「そういうものですか」
「学者に聞けば別の答えがあるでしょう。しかし私の答えはそれです」
「戦争になったらどうなるんだ?幾度か経験しているのでしょう?」
私は国史は苦手なのですが、と前置きしつつ不知火は湯呑みに手を伸ばす。
「今から二百年もいかないほど昔、その横縞の薄汚い旗の国に武力で開国させられた日本は、その国の技術を必死で学びました。三十年ほどで昔の宗主国を倒し、十年後に北の大国を追い返し、さらに十年後には世界第三位の海軍国となりました。まだ見ぬものへの好奇心が技術者発破をかけ、たとえば開国の時にやってきた蒸気船を数年で複製します。当時の最先端技術です。しかもそれまで大型船の建造技術がなかったにもかかわらず、です」
嬉野茶は知覧などに比べれば知名度はないが、なかなか悪くない。
「開国後わずか五十年で、世界一と二の国を相手取った大戦争を始めます。無念にも結果は敗北。しかしこれまでの植民地を支配する世界の有り様を一変させました」
いろいろと端折った説明だが、シャーンドルは感銘を受けたようだ。
「独自の文化も持っています。この柿右衛門の皿‥四百年ほど前に始まった日本で初めての硬質磁器ですが、来年で発祥四百年を迎えます。隣町で焼かれてるんです」
「たしかアルデルト首相と高雄首相が会談されたときに土産だったのが有田焼だったな」
「宮の松も有田の酒ですよ」
詳しいんだな、とシャーンドル。
知り合いの受け売りです、と不知火。
九月九日、機雷攻撃により漂流していた太平洋艦隊がやっと救助される。
九月十日、アメリカはニュージーランドから撤退を開始した。
ナッソーはこれを正装と敬礼と礼砲で見送った。
アメリカが言い繕う余裕もないほどの完全敗北である。
撤退する船の上に、オーガスタ=ケッペルの姿はなかった。
九月十五日、日本の仲介でニュージーランドに残されていた米軍が回収できなかった遺体の返還が行われた。
質素だが清潔な柩に納められた遺体は十七。
他に、投棄された装備や遺品も返還された。
九月十五日、ハワイ。
アメリカ海兵隊フォースリーコン所属、ジョン=クック少佐は旧知の者の柩を前にしていた。
異世界人が憎いとは思わない。
戦場で生き延びることができなかった友が悪いのだ。
しかし彼の背後ではマスメディアが彼の背中にカメラを向けていた。
「‥このように、チープな柩に戦士の遺体を納めるという極めて無礼な態度に、海兵隊員は失望を隠せない様子です」
勝手なことを言うな、戦場を知らないガキどもは黙っていろ。
そう言いたかった。
言えなかった。
言えば海兵隊は信頼を失う。
守るべき国民の信頼を失った軍に存在価値はない。
(俺達が拾ってやれなくて、すまねぇな)
彼は銃火のごとく迸るフラッシュを背に、その場を後にした。
九月中旬まではそれほど大きな変動はなかった。
イギリスがアルマタ連邦と手を組むという共同声明を出したのも、日本とナッソーの同盟締結に比べればインパクトは小さかった。
フランスはなけなしの洋上戦力をかき集め、南大西洋でボーグ、ブレトンハ聯合艦隊に決戦を挑んだ。
しかし旗艦以下水上艦艇の八割を喪失。
フランス海軍は原潜と沿岸警備程度の戦力を残すのみとなった。
一方のアフリカ中部戦車戦では、ルクレール戦車の火力がブレトンハ陸軍を圧倒。
さらに原潜により補給路を寸断されたブレトンハ陸軍は降伏。
アフリカは人類の版図に戻った。
ボーグは南米、アフリカの抵抗が堅いことを鑑みて、オーストラリア発東南アジアルートを侵攻しようとする。
しかしナッソーの妨害と日本の存在がそれを断念させる。
中部太平洋では海自も損害を出しているのだが、五提督の艦隊の戦果は海自そのものを畏れさせた。
また、アメリカの勢力後退に伴い進出してきたロシアは、ハワイを拠点に原潜を展開。
当初は異世界艦艇を無制限に撃沈していたが、日奈条約により異世界艦艇を沈めることが日本の怒りを買うことを恐れ、インド洋と東太平洋のみで作戦を展開している。
現在は空母アドミラルクズネツォフさえも投入し、中部太平洋での示威行動に勤しんでいる。
そのためハワイの勢力比は日米露で二、二、六となっており、ハワイはいまやロシア勢力圏である。
イギリスはアルマタとの準同盟締結後は貿易に徹した。
南極ー南アフリカーイギリスの航路は、南大西洋決戦やロシア原潜の跳梁により途切れがちになりつつも存続。
イギリス産業再興の兆しは未だ見えないが、いずれ好転すると見込まれている。
イタリアは日本に空母の修理を依頼していたが、まだしばらくかかるとのこと。
彼らは特に目立った動きはないがイギリスの貿易に一枚噛んでおり、ワインの輸出が好調のようだ。
そして九月中旬。
大きく南米戦線は北上していた。
再度パナマ運河に迫るボーグ軍。
アメリカ政府は厭戦の雰囲気が広がる前に手を打たねばならなかった。
「マスコミには戦略的撤退と言っておく。そのためには敵に壊滅的打撃を与えねばならない」
大統領、ジャック=クロフォードはそう言って軍を急かす。
「そうだ、あれがあっただろう」
十月三日、“払暁のサジタリウス”作戦発動。
同四日、“黄昏のアンタレス”作戦発動。
パナマ国境を踏み越えたボーグ軍は想定外の攻撃を受けた。
戦術核だ。
「我々はアメリカを理性ある友人だと認識していた。粗暴なところがあっても、決して獣ではないと信じていた。だがそれは裏切られた!初めて戦争で核攻撃を受けた国として、これは見過ごすことのできない事態である。核なき世界を目指す、そう言ってノーベル平和賞を受賞した大統領の志は受け継がれなかったのだ!まさか実地で使うことにより核なき世界を目指す、などという戯言を言う気はなかろうな!私は怒りを抑えきれないでいる。それは閣僚、議員、官僚みな同じだ。私はここに宣言する。日米間の蜜月は終わった!彼らに付き合って慈悲も容赦もない弱肉強食の世界に戻るつもりはない!人類なら!理性ある人間ならばこのような暴挙はできないはずだ!それが良心というものであり、人権尊重というものだからだ!」
〈I cant believe but I must. The US, uses neuclear weapon in Sauth America. ...〉
日英は相次いでこれを非難。
独露も続いた。
アメリカ政府は公式にこれを否定。
日本の陰謀だと宣伝。
同時にDEFCONレベルを四に引き上げた。
更に悪いことに、十月十日、国連本部で日本大使と喧々諤々の論争を繰り広げたアメリカ大使が暗殺された。
アメリカでは反日感情が急激に高まり、政権の支持率も同様のうなぎのぼりだ。
これには民間出身のクロフォードのマスコミ戦術が関わっているとされるが真偽は不明。
対して日本政府は“かつてないほどの極めて強い遺憾の意を表明する”、として内務省のデータを一部公開。
CIAが南米の核に関わっていたことや、大使暗殺に関わっていたことが公開される。
ドイツも別ソースで南米の核に関する極秘情報を公開し、英露はこれを支持。
フランスは反米的中立を取った。
「日向だ。能代は無事か?」
〈大臣直々にお電話ありがとうございます。彼はイギリス海軍の原潜に収容されました。右半身に大きな被害を受けています。現役復帰どころか、立って歩くことさえ難しいかと〉
日向は顔をしかめた。
最精鋭諜報員の能代のリタイアは痛い。
いまだ日本内務省はCIAに比べると弱いのだ。
元に彼の周りにもCIAの影がある。
「わかった。以後もよろしく頼む」
能代は払暁のサジタリウス作戦に使われた戦術核を追っていた。
英国情報部と協同して、だ。
ロンドンを一人発ち、ブエノスアイレスの何処かにあるであろう核を探すのだ。
ボーグにも、アメリカにも気づかれずに実行することができるとされたには彼だけだった。
なぜならボーグとナッソーの関係悪化に伴い、ボーグには核攻撃の危険性の警告さえも無視されていたのだ。
廃ビルの地下にそれはあった。
しかし、あまりに緻密で精巧な作りであったため、解体を諦めるしかなかった。
そして大使館を通じて避難勧告を発する間に起爆。
発見から十分後のことだ。
能代は五キロの距離に退避していたために命は取り留めたものの、右半身が焼け爛れた。
アメリカでCIAに工作を仕掛けていた途中で核の情報を掴んだ由良がブエノスアイレス入りしていたため、彼女が重症の能代を抱えてイギリス原潜アンブッシュに運んだ。
これは内務省と情報部の要請で行われたものだ。
ジョージ=アンソン艦長率いる原潜アンブッシュは大西洋を北上。
スペインの病院に収容される手はずである。
アメリカの息がかかった地域では、能代はブラックリストに載っているため危険がある。
近くて安全な病院がスペインにしかなかったのだ。
ここはイギリスの資本家が持っている病院ゆえに設備も警備も充実している。
SASが警備につき、日本からも特務班が派遣された。
「対水上レーダーに感。包囲0-1-3、距離およそ百マイル。駆逐艦四隻、ボーグ海軍」
「変進。0-1-6、速度そのまま」
アンブッシュはその名の通りに潜航して進む。
患者はまだ生きているが、衰弱が激しい。
途中でイギリス海軍駆逐艦に回収してもらい、能代をヘリで飛ばすことを提案中である。
「艦長。当直交代の時間です」
「そうか。先ほど、ボーグ駆逐艦が四杯見つかった。対水上レーダー探知圏ギリギリにいる。それ以外は特になし、だ」
「了解。副長、操艦します」
アンソンは狭いハッチを抜けて艦長室に入る。
戦争が始まって十ヶ月。
その全てをアンブッシュとともに過ごしたアンソン。
実家に帰ったのは三回ほどだ。
妻はいない。
会えなくなることはわかっていたから原潜艦長職を拝命したその日に別れた。
今の戦況は一進一退。
いつまで続くか分からないけれど、艦が解体されるその日まで、アンブッシュと共にいたいと願うのだった。
五時間ほど眠り、日誌を記す。
航路を示したものでなく、艦長の日記だ。
艦内の噂や流行、そういった乗員のメンタルに気をつけるのは艦長の仕事である。
他にも食堂のメニューや、紅茶の味。
特に今回は患者の容態も書いている。
ダージリンの素晴らしさを三ページに渡りみっちり書き込んだあと三行ほど能代の容態を書き添えておく。
「未だ意識戻らず。常に生命の危機一歩手前。例によって医官には紅茶を多めに支給する。しかも高級茶葉。洋上の情勢不安定にして水上艦による搬送は困難。なれど原潜内の衛生状態は良いとはいえず、乗員のストレスも鑑みると早急なる搬送が必要。次回の定時報告でアフリカ経由のフライトを提案する予定」
フランスがアフリカを制圧しているため、まぁ何とかなるだろう。
まさか民間機を落とすことはないだろう。
原潜は原子炉で水と酸素を発生させ、それによりほぼ永久的な潜行が可能になった。
無論食料や資材は不足するから現実は補給が必須である。
なにより狭い艦内に長期間いると、閉所恐怖症でなくとも息が詰まる。
そんな艦内だから、どんなにエアコンが進歩してもどこか淀んでしまうのだ。
アンソンは医者ではないが、その淀みは決して意識不明の患者に良いものではないとわかる。
日誌を水密金庫にしまい、デスクを片付ける。
急速潜航、無音航行のさいに散らばったペンが予期せぬ音をたてるおそれがあるからだ。
ペンが転がる音が原潜の堅い外殻を通して漏れるとは思えないが、用心に越したことはない。
「艦長、当直交代の時間です」
「今行く」
インド洋上。
扶桑重工の青葉はコンテナを抱えてイタリアへ飛んでいた。
能代が搬送されるはずのスペインへはそこから乗り継ぐ予定だ。
彼ら自衛隊病院の医者や技術研究開発本部とかの技術者たちはチャーター便で飛んでいる。
環境のあまり良くない原潜の中で死亡していないとも限らないが、今のところ生命の危機一歩手前だそうだ。
今のところできることは何もないので、みなは思い思いにくつろいでいる。
「青葉さん、今回のアレうまく行くんでしょうか?」
「うまく行かせるのが仕事だ」
「それは承知していますし、微力を尽く所存です。ですがこのオペは‥」
そのための医官だ。
ピシャリと遮る。
「技官だけではできないことも、医官がいれば何とかなるさ。雑念は捨てろ。任務に支障をきたす」
十月七日。
英原潜アンブッシュを離れたヘリはガーナへ向かい、そこで英空軍の輸送機へ能代を引き渡した。
その六時間後、能代は生きたままスペインの病院に運ばれた。
すでに日本人スタッフは到着して医官も最大限の用意を整えており、後ろで技官が怪しげな動きを見せていた。
十月十日。
払暁のサジタリウス、黄昏のアンタレスに引き続き、アメリカは“サイレントアバランチ”作戦を発動した。
多数の攻撃型原子力潜水艦にドライデッキシェルターを積み込み、南極への特殊部隊直接揚陸を行うものだ。
十五隻が投入され、百名ほどの隊員が春の南極に上陸した。
彼らはアラスカでこの日のために訓練を行ってきた者が大半である。
しかしSEALsだけでは足らず、デルタフォースの隊員もいる。
さらに海兵隊フォースリーコンまでいる。
SEALsとデルタフォースは合同訓練を行っており、作戦に十分な連携を持っているがフォースリーコンはそうではない。
参加する海兵隊は四名。
海兵隊の横槍で無理やり参加している。
ニュージーランドから撤退した海兵隊は、国軍内で影響力が下がっているのだ。
なんとかしてメンツを保たせたい上層部のゴリ押しが効いたのだ。
「真っ白だ」
夏の南極。
眼前に広がるの純白の世界。
ジョン=クック中佐は海兵隊の現場指揮官だ。
M2010狙撃銃を背負い、旧友のナイフを胸のホルスターに挟んでいる。
部下の一人はSCAR-Hアサルトライフルに左右二基のグレネードだけでなく下にマスターキーまで搭載した、ひどく胡乱なシロモノを抱えている。
無論上にはACOGが乗っている。
一人はMINIMI軽機関銃MK48-mod0を持ち込んでいる。
7,62mmNATO弾を使うタイプのMINIMIだ。
もう一人はノーマルなSCAR-Lアサルトライフルと記録機器。
彼は初期のリマ市街戦で彼らフォースリーコンと行動を共にした若い伝令だ。
彼もいくつもの修羅場をくぐり抜け、一人前の男となったのだろう。
「真っ白ですね」
「写真撮っとくか?純白が鮮血に染まる前に」
持ち込んだソリやバギーでゲートを目指す。
オーストラリアに近い湾にゲートは浸かっており、船舶の往来も可能だ。
上陸地からの約三十キロを早急に超えねばならない。
〈海兵隊、先行して偵察を頼む〉
本隊とは離れた行動をするということはもとより決まっていた。
指揮系統はSEALsが握っているとはいえ、連携訓練を行っていない兵力は遊兵としたほうが使いやすい。
それに偵察行はフォースリーコンの主任務でもある。
一台のバギーにザイルをつなぎ、四人は銀色の世界を走り出した。
「左前方、哨戒です」
「おまえはやはり目が速いな」
雪上迷彩のギリースーツを着た狙撃兵だ。
想定された哨戒線の三キロ手前でバギーを隠蔽し、スキーで移動していた彼ら。
ここはその哨戒線の二キロ外だ。
「本隊め二キロ哨戒線を間違えていやがった」
急ぎ通信を入れつつ、他の歩哨を探す。
…いた。
ほぼ等間隔に、見えるだけで七人。
通常警備のようだ。
ハンドサインで支持を出す。
手前の二人を狙い、匍匐で近寄る。
本隊は後方で警戒待機中だ。
十分かけて接近し、手で口を押さえてナイフで心臓を一突き。
さらに隣の歩哨を消音器をつけて狙撃。
その空白地帯が侵攻ルートだ。
「斥候いきます」
ゴテゴテしたライフルを抱えた一人が先行する。
もう一人はさらに隣の歩哨を殺しに行った。
「さて、通信を入れたら急ぐぞ」
「はい」
どのタイミングで定時報告が行われているのかは不明。
本隊は手早く抜けなければならない。
東京、内務省。
「大臣。偵察衛星に不審なものが」
原潜が海自の哨戒網に多数引っかかったため、まさかとは思って他国の衛星のデータをクラックして解析したのだ。
「ナッソー経由で警報を鳴らせ。急げよ!」
日向内務大臣はアメリカを、先月までの同盟国を無慈悲に売る。
現在南極のゲートにはアメリカと交戦状態にあるボーグ、ブレトンハはほとんど展開していないらしい。
コパヒー、クロアタンの中立国家が交易のために駐留しているのだ。
(クロアタンは確かカナダとの交流が始まったばかりだったな…)
そしてカナダはアメリカの経済圏だ。
「伊勢大臣ですか?私です。アメリカがカナダと関係のあるクロアタンの駐留地帯へ侵攻を行っています。データはこれより送りますが、カナダ当局へ警戒を伝えてください」
外務省。
「わかった」
受話器を下ろす間もなく通話が切れた。
同時に目の前のディスプレイに衛星写真が届く。
ご丁寧にも注釈付きだ。
それを尻目にカナダ大使館のダイヤルをまわす。
「日本国外務省、伊勢です。南極とアメリカに関する緊急通達事項があります」
在日ドイツ大使館。
駐日大使、エーリヒ=トップは通信傍受の報せを受けた。
日本外務省がカナダ大使館に秘匿回線を繋いだのだ。
「大使、いかがします?」
「これが真なら面白い。本国に確認をとれ」
おそらくCIAもこの電話は傍受しているだろう。
ドイツ政府からはアメリカと距離を置くように言われている。
ならば。
「ドイツ大使館、エーリヒ=トップです。大使をお願いします」
南極。
戦闘は混乱を極めた。
本来の攻撃目標はボーグ、ならびにブレトンハ。
しかしそいつらは居なかったのだ。
しかし撤退をなすにはすでに遅く、クロアタン陸軍との交戦状態にあった。
クロアタンは米軍の奇襲の混乱からすぐに立ち直り、戦列を整えて迎撃に当たる。
一方奇襲を敢行し、練度的にも優位にあるはずの米軍は攻めあぐねている。
一度開いた戦端は閉じようにも閉まらない。
目標となる敵がいない場合のプランもあったのだが、指揮官が早々に戦死。
撤退しようにも、追撃されるおそれを思うとジリジリとしたものにしかならない。
さらに通信も途切れがちで本国の支持を仰げない。
そして悪いことは重なるもので、敵の雪上仕様の戦車まで現れた。
「っラぁ!」
グレネードを敵陣に撃ち込み、銃弾で立ち上がった敵の分隊長を狙う。
軽機関銃は銃身をまともに冷却する暇もない。
隙をみては氷に押し付けて冷やす。
純白の世界を血に染める戦闘は兵士個人の練度と、組織としての練度の戦いになっていた。
所詮寄せ集めの米軍。
陸軍海軍海兵隊と所属ごとに集合し、それぞれが連携もなく引き撃ちをしている。
ギリギリのバランスであった米軍は、戦車の投入で潰走を始めたわけではないが、半ば恐慌状態に陥る。
そこへロケット砲の斉射だ。
直撃ではないが退路に集中した着弾は、勇猛果敢な米兵をして戦意喪失せしめる。
「楽だったのは昨日まで、ってな!」
「ガンホー!」
「くそっタレぇ!」
十月十二日。
米兵たちは南極大陸より撤退した。
生存十八名。
「お前らよく生きてたな」
「まったくですな」
海兵隊フォースリーコンは四名全てが生きていた。
「死にたがりの陸兵どもが勝手に盾になったんだよ」
この一連の戦闘で、アメリカは戦術的にも戦略的にも敗北した。
「まったく、国に帰ったらどんな報道がされるんだろうね」
「あの大統領のことだ。敵の大半を殲滅するもこちらも半数を失った、位のことは言いそうだな」
「まるでニホンの大本営発表だ」
しかし実際は公表すらされず、部隊は訓練中の事故で死亡ということになったのだ。
しかも生存者ゼロという報告だ。
記者会見を行った大統領は、敵の奇襲による被害の可能性を示唆した。
作戦自体を非公式としたのは、交戦相手が中立国であったからだ。
イギリス情報部の調べでは、アメリカ政府はこの直後にクロアタン、コパヒーに非公式に謝罪しているようだ。
そして何かしらの譲歩を受けさせられたらしい。
十四日にはサンフランシスコより輸送艦が三隻、南極へ向かっている。
内容不明。
しかし日本内務省のエージェント、阿武隈はこれを確認していた。
しかも間近に。
船員に見つからないようにダンボールに隠れつつ、太平洋を横断する行程を米兵が闊歩する輸送艦で過ごしている。
船団構成はゴーファー=ステート級が三隻と護衛にオリバー=ハザード=ペリー級が二隻だ。
阿武隈はそのフリッカーテイル=ステートに潜り込んでいた。
(どうしてこうなった!)
海軍の敵は三つある。
財務省、陸軍、外務省、政府。
この三つ..四つだった。




