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新たな局面

その日、突如としてパリは災禍にみまわれた。

それはステルス爆撃機五十が南極ーパリ往復を達成したという快挙と、大国の一角であるフランスに与えられた首都爆撃という試練。

実行したのはブレトンハ共和国。

経戦派で最も血の気が多い連中だ。

これにより中立であったフランスは戦争継続派に戻っていく。

アメリカもこれを受けて正式に戦争続行を決定。

ブエノスアイレスの制圧はできずとも、海兵隊が太平洋側から攻めて行く。


「これはブレトンハ空軍虎の子のヴェスチヴィェンヌイ級の全数投入でしょう。ヴェスチヴィェンヌイはペイロード二十トン。無尾翼ステルス爆撃機です。数は二十機のはず。五十観測されたのは恐らく空中給油機型も含んでいるのでしょう。三十程度の空中給油機型があります」

ロヴァーズ=イレーヌは不知火に情報を渡す。

佐賀県山内町の田んぼのど真ん中に建ったゲート。

もともと人口も少なく、山の中にあるので攻めにくい。

一応線路は東西に伸びている。

片田舎にまで鉄道を敷いた過剰なインフラ整備にバンザイである(旧佐世保鎮守府につなぐ目的だったのであろうけど)。

佐賀空港との間に直通線路を引き、伊万里港にも同様の路線を用意している最中だ。

急場の入国管理局として置かれたプレハブ。

今回のパリ空襲を受けて、アフリカから帰国以来政府専用機護衛以外の仕事がなかった不知火は佐賀に趣き、ナッソーとのコネクション作りに励めという命を受けた。

ナッソーの軍将校はそこまで数が多くなく、しかも防衛重点のために陸軍将校ばかりであった。

一応彼らとも話はするのだが、彼らの仕事はゲート防衛。

歩兵科や高射科であって、広報科や情報科ではない。

情報交換のための人員はいないのだ。

聞けばそのための人員は来週着任とか。

だが偶然、外交官のイレーヌがそこにいた。

彼女の兄がその着任予定の将校らしい。

兄はいわゆるオタクで、妹もそれに影響されて職分をこえて各国の軍事には詳しいのだそうだ。

「ヴェスチヴィェンヌイを出さなければならないほど、ブレトンハの国民の不満は高まっているのです。海軍が根こそぎ壊滅させられましたから」

どうやらブレトンハ海軍は、ソロモン諸島近海に展開するたびに黒い艦隊に殲滅されたらしい。

「黒い艦隊...霧島提督の偵察艦隊でしょう」

「‥偵察艦隊にやられるとは…国民が聞けば卒倒しますね」

「たかだか六隻に数度も殲滅されるとは…」

さすがの二人もこれには苦笑い。

何かが憑いていると思えるほどの活躍をした五提督が悪いのだ。

イレーヌは狐尻尾をふさふさ揺らしながら逆に聞く。

「あなたはパイロットらしいけど、スコアはいくつ?」

「㊸」

「やるじゃない」

彼女の兄は80らしい。

そこには敵味方のわだかまりもなく、ただ個人の実力を褒め称える空気だけがあった。


ロンドン。

マルティン=ニーメラーはフレデリク=ジョン=ウォーカーと共にイギリスに降り立った。

「まずはエディの家に行こう」

エドワード=エドワーズの遺族に遺品を届けに行くのだ。

地下鉄に乗り、座席に座った時だった。

ずぅぅぅン、と音が響く。

爆発か。

「ここは地下だというのに!」

乗客たちは我先に地上を目指して駆け出す。

二人はそれをフィルムに収めた。

「どこで爆発なんだよ!」

「地上かもしれん‥」


エドワード=サイフレットは途方に暮れた。

栄えあるイギリス情報部のスパイたる自分が、なぜ人質にならねばならんのか。

「奴らはパリを爆撃した!共存は不可能だ!政府の腰抜けは何をやっている!」「金の亡霊にでも憑かれたか!」

「仇を取らせろ!」「人間様の実力を見せてやれ!」

テロリストは経戦派らしい。

地下鉄に爆弾を仕掛け、戦争続行を政府に要求している。

気炎をあげるテロリストに同意する連中もいる。

(愚かなことだ。こんなチンケなテロごときで停戦破棄だと?たいした学もないらしい。平和派の一翼を担う国際的立ち位置を失うことになるんだぞ)

警官隊はテロリストを囲むが、テロリストはサイフレットに銃をつきつつけ叫ぶ。

「俺は街中に爆弾を仕掛けた!戦争を再開するまで解除せんぞ!それに俺を殺してみろ!起爆するぞ!」

(フェイクだ。こいつの銃は…安物のカスだ。資金力もそこまでないだろうし、都市を発破するための建築関係の知識を持つようにも思えん。そうであれば質をとる必要もない。そこから導き出される結露は一つ)

「どうした!ミスターマネーの返事はまだか!」

テロリストは極めて興奮した状態にある。

「なんか言えよごrグッァ」

喉に突きを一撃。

怯んだ隙に身を離し、振り向きざまに右手で銃を絡め取る。

背中で銃口をそらし、左手でこめかみを殴打。

そのまま足を踏み込み、体重をかけつつ右膝を自分の右膝で押す。

取りこぼされた銃はアスファルトの地面に落ち、倒れるテロリストの腹を三度ブーツで踏みつける。

何が起きたのかわからない、と言いたげなテロリストの足を抱えてエビのように曲げる。

「アバババババ」

「俺は面倒が嫌いなんだ」

のけぞってうつ伏せになったテロリスト。

両手を極められてお縄となった。

「ご協力、感謝…あれ?」

警官がサイフレットを見上げると、そこには誰もいなかった。


(顔を映される諜報員とは、情けないな)

カツカツと路地裏を行くサイフレット。

本部に戻らねば。


「お兄さん。ちょっとお話を伺っても?」

「ブンヤか、興味がない。帰ってくれ」

ニーメラーはインタビューを断られた。

(民間であれほどの格闘術を身につけているとは思えない。きっと軍か警察官系の情報部員か。ならば下手に手を出さないほうが身のためだな)

行こう、フレディ。

地下鉄は止まってしまった。

エディの家にはバスで行くのだ。


九月一日。

米軍海兵隊はハワイ経由でニュージーランドに強襲を仕掛けた。

在日米軍もこれに駆り出された。

「哀れなことだ」

足柄防衛大臣は海兵隊をそう評した。

「勝ち目もなければ勝算もない。日奈遮断作戦の積もりだろうがこちらにはゲートがある。鞍馬提督の艦隊も当海域に進出している。ナッソー海軍もだ。兵力を大統領の選挙前パフォーマンスのためにすりつぶすとはね」

緑茶のおともには羊羹を。

天草の土産だと秘書が買ってきた。

濃い味わいの餡子が口の中で広がり、茶の苦味と相まって交響曲を奏でるようだ。

「どうされます?」

「そうだな。艦隊の再編も含めて現行艦隊ではおそらく最後の出撃だ。鞍馬を榛名が援護しろ。米軍との戦闘も視野に入れて全自衛官は用意しろ。総理の号令一下、すぐに動けるようにだ」


九月四日。

アメリカ艦隊はトンガ沖で日奈聯合艦隊と接触した。

アメリカは原子力空母三隻、原子力潜水艦五隻、強襲揚陸艦四隻、巡洋艦八隻、駆逐艦二十隻。

対する聯合艦隊はパイシュ級、カード級といったナッソー海軍の派遣艦隊と合流したヘリ空母一隻、巡洋艦四隻、駆逐艦十一隻、通常動力潜水艦六隻。

空母から飛び立ったスーパーホーネットが連合艦隊の進路を塞ぐように飛び回る。

どちらか片方が撃てば一気に激戦となるだろう。

今回、ナッソー艦隊は指揮権を鞍馬上級一佐に預けている。

下手に発砲しようものなら第二次太平洋戦争だ。

関係悪化≠戦争だ。

「こちらは海上自衛隊、第二機動護衛艦隊、鞍馬上級一佐。太平洋艦隊、貴官らはニュージーランドに展開中の兵力を支援し、いたずらに戦線を拡大しようとしている。これは人類平和への挑戦である。直ちに進路をハワイに向け帰還願いたい」

〈こちら太平洋艦隊サミュエル=サットン大将。貴艦隊こそ進路を直ちに変更されたし。これこそ大いなる人類の自由への挑戦である。友好国たるフランスの首都を無差別に爆撃するような異生物との共存は不可能である。貴官に人類の一員としての自覚があるのなら、そこの敵艦隊を排除し、我が方に与せよ〉

「私達は人類の敵、と言いたいわけね…」

鞍馬は通信を全艦艇につないだ。

「みんな、さっきのは聞いた?私達は人類の敵らしいわ。何を持って人類とするのか。その基準さえ示さないままエゴイスティックに言われたわ。艦隊司令官として、私は貴方達の命を借りるわよ。ヒロイックに差別的発言を繰り返すクソッタレのインポ野朗に一発かまさないとね。後ろで見てるわよ?人類の器が試されている今、奴らを漁礁に変えてやりましょう。貴方達にもし人類の一員としての自覚があるのならば、狭量な価値観で物事を勝手に決めるケツの穴のちっこい野朗と違うって言えるはず。旧い人類の価値観に囚われないで。新人類なら、日本人なら多様性を認められるはずよ。異世界人でも意思があって平和を望む人類に違いないんだって!」

〈二打潜、榛名です。魚雷調定済。いつでも人種差別主義者レイシストを魚の餌にできます〉

海中に潜む榛名もこれを支持した。

護衛艦いせ艦長の長月が腹を揺らしながら声をかける。

「お気づきでしょうが、これって思想誘導ですよ?」

「構わないわ。正義の旗を手にするためならどんな非道だってするわよ」

レーダーを監視していた兵が報告する。

「聯合艦隊、陣形に乱れありません。全艦の士気は高まっております!」

「結構。敵に動きは?」

「大分ぶれています。こっちの通信を傍受してしまったのでしょう。日本語を解する乗員が翻訳したのかもしれません」

現在、アメリカ太平洋艦隊は輪系陣で北東から。

聯合艦隊は単縦陣で南から接近中だ。

頭上を飛び回るホーネットは相変わらず爆音を下品に撒き散らす。

「敵と接触直前に順次回頭。丁字を抑えるわ」

二十分の後にホーネットのパイロットのみならず、それを見たものは驚愕することになった。

海自護衛艦みょうこうを先頭に、とある洋上の一点で回頭。

太平洋艦隊の進路を塞ぐように横行し始めた。

機械で測られたかのごとく正確なタイミングで舳先を巡らすその様子は、かの日本海大海戦の再現だ。

海自のみならず、ナッソー艦隊までもがこれに習った。

若干ばらつきはあれど、まともな打ち合わせなしの艦隊機動としてはありえないほどに完成している。


「どう出るかしら」

「引いてくれればいいんですがね。これがニミッツ提督なら祝電でも送って帰ったのですが」

サミュエル=サットン提督がどれだけ古典を重んじる将官かはこれから明らかになるだろう。

「まぁこの距離では攻撃も躊躇うでしょうね。常識的な指揮官なら」

そしてサットンは堅実な指揮官であった。

あまりに近すぎる相互距離を鑑みて、最大戦速で切り抜ける判断をした。

「全艦回頭。体当たり寸前まで近寄れ!」

「敵だって馬鹿じゃないんですし、いい判断です」

鞍馬は艦長の柔らかい腹の肉をぎゅーっとつまみながら愚痴る。

「どうやって足止めしようかしら」

「沈めますか?勝ち目はないですよ」

わかってるわよ、と強くつまむ。

「痛いです提督」

「旧式をぶつけようにも、こっちの船は全部高級品。標的艦でも連れてくりゃよかったわ」

数隻の犠牲は仕方ない、と上は言っていた。

だが直接撃ち合っても勝ち目はない。

外交ルートでも日本側の呼びかけにアメリカは応じないそうだ。

その呼びかけもただのポーズでしかないのだが。

そしてアメリカが損害覚悟で殴りかかればひとたまりもない。

「困ったな」

近づきすぎても撃たれるだろう。

離れていても撃たれるだろう。

「快速のあきづき級三隻とパイシュ級八隻で囲め。進路を徐々に西へ向けつつだ」

おそらく反撃を喰らうだろう。

策を出さねば。

〈こちら霧島上級一佐。おまたせ〉

「年を考えなさい、と言いたいけど我慢するわ。援軍?」

〈こっちは北島の沖合。最後の盾ね。あと地上に上がったらあんた血祭よ〉

霧島が舎弟を連れてやってきたのだ。

「そっちはよろしく。なんとか追い返す法を探してみるわ」

かと言っても、何か妙案があるわけでもない。

現在は小型艦を先行させて本隊は太平洋艦隊の十キロ後方を追尾している。

〈いい忘れていたわ。誘導してほしい航路データを送ります。そっちに誘導して〉

霧島が何か忘れ物をしていたらしい。

「そんなんだから婚期を逃すのよ」

長月は鞍馬の上陸後の安全を祈る。

送られたそれは妨害してそらしつつあるルートよりは南のものだった。

(この海域は何もないわ…ああ、暇人がいたわね)

「先行する艦隊に連絡。現進路を維持し、十分後に撤退せよ」


自衛隊とナッソー軍が撤退し、太平洋艦隊は若干ずれたが当初のルートに戻った。

揚陸地点まで千キロほどの海域。

一面の大海原、何もないところだ。

対潜警戒だけは欠かさずに進む。

そして突如水柱が上がり、艦隊は損害を被った。


「太平洋艦隊は洋上で漂流中、ねぇ」

「誰がやったのでしょうね?」

「さぁ?」

比叡上級一佐率いる艦隊はカレドニアに停泊していた。

日奈条約に基づいて補給を受けられるようになったからだ。

空っぽの機雷庫の前に比叡はいた。

「寂しくなるな」

「機雷が使われたからですか?」

「あの触り心地がいいんだよ」


補給を受けられなかった米軍海兵隊は危機的状況にあった。

シールズチーム8のオーガスタ=ケッペルは南島、ワカチプ湖畔のクイーンズタウンに孤立していた。

すでに隊員たちも分断され、無線も先程から応答がない。

(クソッタレ)

ベルギー製の小銃FN-SCAR‐Lでとにかく目の前にいる敵を撃つ。

十八人目の敵を射殺したときだった。

道の真ん中に少女が倒れているのを見つけた。

(非戦闘員か)

抱き起こして路肩に横たえる。

轢かれでもしたら大変だという、それだけの理由だ。

だから気が付かなかった。

少女の手に握られたナイフが首筋を狙っていることに。

「隊長!」

タタン。

生き残っていた部下がナイフを弾き飛ばす。

凄まじい精度の射撃だ。

バカになった右耳を庇いながら、全周に油断なく中腰になる。

「ご無事でしたか!」

「すまねぇ、助かった」

少女は打つ手がなくなり体を投げ出したままだった。

「Osveta majke...」

ジリジリ都後退る。

突然部下が斃れた。

狙撃だ。

(クソッタレ)

部下を盾にして建物まで走る。

足を撃たれた。

右脚が吹き飛ぶ。

部下を下ろし、彼のドッグタグを引きちぎって湖に飛び込む。

幸い、南半球の湖は暖かかった。

失血はあれど低体温症で死ぬことはないだろう。


九月五日。

佐賀県山内町、入国管理局もしくはプレハブ。

ロヴァーズ=シャーンドルと不知火は入国管理局の応接室にあるパイプ椅子に座って対面していた。

「妹がお世話になりました」

「いえ、こちらこそ大変有意義な時間を過ごせました」

殺風景さをあえて強調するように据えられたスチールの戸棚。

一応柿右衛門の色絵皿を飾っているが、それだけだ。

「ここは静かでいいところですね」

「静かなところ以外は褒めようがないのです。夜は獣が出ます。お気をつけて」

「それは皮肉か?」

「とんでもない。ご気分を損ねたのなら申し訳ありません」

シャーンドルは自身の耳をピクピク動かしながら笑顔で言う。

不知火も皮肉を言ったつもりはない。

「我々を人間と識別していただけて光栄だ。金髪の連中とは違う」

金髪の?

不知火は突っ込んでみた。

「ゲートが開通した時の話だ。ゲートは座標指定をしなければ龍脈の濃いところへ勝手に開通する。最初ボーグ連邦は経済植民地を探しに行ったはずだった。それには私の祖父もナッソー代表で同行していてね。その時も連邦の差別は酷かったらしい」

いつもの差別、というものを知らない不知火はただ頷く。

「ゲートがどこに繋がるかは分からないが、どこか自然豊かな森林地帯に出ると予想されていた。それがあの有り様だ。耐寒装備は数が足りなかった。侵入は見送り、まず空気や微生物の調査を恐る恐る行いながら耐寒装備を待った。ちょうど祖父が装備を着込んで白い大地に乗り込んだ時だった。調査によってそこが夏の極地だということは分かっていた。原住民の調査隊がいることも想定していた。そしたら銃撃を受けた。金髪の連中だったって話だ」

南極点にはアメリカのアムンゼンスコット基地がある。

事前にゲートを見つけ、戦闘用意を整えていたのだろう。


「撤収だ!」

「ダメだ!野蛮人に尻を向けるな!こっちも応戦だ!」

ボーグ軍は数分後にそこを制圧。

基地を発見する。

「行くぞ。文明があるということは交渉可能だ」

先ほどの交戦で死者も出ていたが、それは文明が接触するときの致し方ない犠牲だと割り切っていた。

「はじめまして、だ。交流をしないか?」

丸腰をアピールしながらボーグ軍の中佐が基地に寄る。

「fire!」

糸が切れたマリオネッテのように崩れ落ちた中佐。

大半が丸腰と見ると金髪どもは盛って撃ってきた。

武器を持った者から撃たれた。

地面に這いつくばって銃撃を避けていた生き残り達。

奴らは想像を超えた暴挙に出たのだった。

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