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条約

八月五日。

ブラジリア。


一日の休戦協定に不満を残すものは多くいた。

良識ある者たちはその動きを抑えようとしたものの、結局それは悪い形で噴出してしまったのだ。

ブラジリアに進駐していた米軍とその他の南米連合軍。

彼らは突如南方へ侵攻を開始した。

米国政府で意志の統一ができなかったのだ。

ペンタゴンやラングレー、他政府機関の派閥争いは重複した命令を無分別に下すことになり、結果ブラジリアの裏切り事件と呼ばれるようになるこの事態が発生したのだ。

大統領のジャック=クロフォードは軍に自制を命じたが、自衛のためには手段を選ぶなとも言っていた。

軍はそれを根拠に積極的自衛を開始したのだ。

戦争は集結したものとして警戒を緩めていたボーグ連邦軍は、みごとに不意打ちを食らった格好になった。

十日にはほぼ全軍が分断され、降伏ないし孤立。

ブエノスアイレス守備部隊のみはその驚愕の報を受けてしかし怯まず、米軍の侵攻に備えていた。

先行していたアルゼンチン軍を緒戦で討ち破り、致命的な大損害を与えたあとは撤退線に移行。

ボーグ本国からの救援がやってきた十三日まで組織だった抵抗を続けた。

むしろ防衛側なのに米軍の橋頭堡を攻略するなどの活躍を見せる。

その時の指揮官の訓示は“我らに食料少なし、弾薬少なし、退地なし。これ以上の経戦は極めて困難であるゆえ反転攻勢を開始する”、というキチガイじみたものだったそうだ。

橋頭堡失陥の九日、米軍もまた陸空の精鋭戦力をブエノスアイレスに差し向ける。

米空軍最強のリヴァイアサン小隊に航空優勢を掌握されるも、彼らの補給の合間を見定め反転攻勢に移るなど一歩も引かない構えを見せた。

ついにはリヴァイアサン小隊の一機を撃墜することに成功する。

しかしパイロットを捕縛しようにも墜落地点が米軍陣地よりであった故に断念。

翌十日には再戦に燃えるリヴァイアサンに駐留空軍は半壊。

十二日には地上部隊に先んじて内地で錬成を続けていた航空隊が展開したため、制空権の再奪取に成功。

この時展開したのがボーグ空軍最強のシュメン小隊の四機。

これより一週間、リヴァイアサンとシュメンの死闘、および整備兵のデスマーチが繰り広げられる。

地上でもエイブラムス2戦車とストゥルルソン2戦車の熾烈な砲撃線。

大地は抉れ、飛び散った破片は歩兵をなぎ倒す。


八月十四日。

ブラジリアの裏切り事件を受けて、日本、ナッソー両政府は示し合わせたかのように遺憾の意を表明。

米軍の暴走を非難するとともにボーグ連邦に自制を求めた。

続き英独政府、アルマタ連邦、コパヒー共和国もこれを非難。

フランス、ロシアは中立を取り、中国はアメリカを消極的に支持した。

米国上院でもこの暴挙を批判する声があがる。

ブレトンハ共和国もボーグ連邦支援のため南大西洋に艦隊を展開。


八月十五日。

じっとりと晴れたその日、靖國神社に高雄総理が参拝した。

参道には多くの右翼やマスコミ関係者がで集り、機動隊が暴動にならないよう控えていた。

「暑いな」

「夏ですので」

気温は摂氏で三十九度。

セミの声が秘書の声をかき消すようだ。

おごそかな参拝の後、神社敷地外で会見を行う高雄。

「この度南米で発生した戦闘は、先の休戦協定を反故にする極めて許しがたい蛮行である。靖國にお眠りなさる御霊も、この事態にたいへん心を痛めておられるだろう。我々はナッソー国を始め平和を望む各国と手を取り、この災禍を終息すべく取り組むものである」

この数時間後、ナッソーでも声明が発表された。

「我々は日本国と強力に手を結び、人類全体の危機を回避すべく尽力するものである」


翌日。

高雄は政府専用機でニューカレドニアへ飛んだ。

護衛につくのは航空自衛隊オロチ小隊。

ただでさえ少ない機体を動かしてまで、ナッソーとの交渉を持とうとしたのだ。

通常、専用機は千歳空港の空自格納庫に放り込まれている。

ボーイング747旅客機の巨体を羽田においておくわけにも行かない。

この機体は老朽化によりまもなく退役となるはずだ。

同時刻、ナッソーのアッポジ=アルデルト首相も専用機でカレドニア入り。

シャワーを浴び、身だしなみを整える程度の休憩を挟んだ後に会談が始まった。

これは前々日にセッティングされた急ごしらえの会談。

ちょうどいい場所もないので空港のロビーで行われた。

これまでの翻訳機よりさらに小型化されたそれを身につけ、互いに手土産を渡す。

日本からは有田焼の器と日本酒“宮の松”を。

ナッソーからは最高級のからすみのようなものが。

「これはこれは…」

そして生憎二人は酒好きだった。

会談が始まる前にまずは一献。

“宴会会談”と呼ばれるようになる会談が始まった。

ちなみにこれは酒を飲んでいたことを揶揄したもので、酔って騒いだりなどしていない。

むしろ酒に悪酔いしてしまうのは酒に対する冒涜だという信念において、二人は共通していた。

酒を酌み交わしながらの会談は二時間続き、この場で早々と安全保障条約の締結が確約された。

内容は集団的自衛権を含む極めて深いもので、日米同盟に比肩しうるものであった。

日米同盟空文化を見越した措置である。

他にも貿易のますますの進展のために、一部分野での関税撤廃、規制緩和なども決定した。

途中で官僚が口を挟む余地などなく、トップ同士の協議で即決されたのだ。

これをなすには各省の官僚と同等の知識を持っていなけばならない。

これにより高雄は交渉の魔術師と呼ばれ、後世の受験生の容量を圧迫するようになる。

日が落ちる前にはホクホク顔で専用機に戻った両首相。

足取りは確かで、体温の上昇こそあれ酔っている様子はまったくない。


しかし日本の専用機は途中でバンコクに着陸した。

急変する事態を受けて、東南アジア諸国は日本に頼ることにしたのだ。

結ばれた休戦協定などは大国が主導して、大国の利益を大いに反映したものであったからだ。

会議に参加できなかった中小国は不満を見せるが、軍事力や経済力など大国に及ぶべくもない彼らは何も言えなかった。

しかし国民の不満は増大する。

結果、政府はアジアの二雄の一角、日本を頼った。

中国は領土問題などで敬遠されているという理由もある。

「高雄どの、少しばかり酒臭くはないかや?」

「ええ、先ほどまでカレドニアにてアルデルト首相と呑み交わしていましたので」

この会議も急遽決まった。

どれくらい急遽かというと、カレドニア離陸直後に外務省の伊勢から連絡があり、話を聞くだけ聞く、という形で航路変更をしたのだ。

高雄は機内で転送された必要資料に目を通し、現地大使館と連絡を交わして用意を整えた。

「日本国はナッソーとの準同盟関係を結びました。その繋がりで東南アジア諸国にも通称路を開きたいと考えております」

「酔っ払った勢いじゃないのか?」

「笑止。私が酔うとでも?前後不覚になるほど酔うとなれば、それは酒精に対する冒涜だ」


ロンドン。

「ようこそ、ミスター能代」

ヴァレリーは能代をエジンバラ、マリーフィールドラグビースタジアムで迎えた。

白熱する試合。

二人は観戦しながら本題に入る。

「日本がナッソーと同盟らしいわね」

「そちらもアルマタ連邦と極めて親しいらしいですね」

点数が優っている方が、負けている方にポイントを取られた。

負けている方のチームのサポーターが盛り上がる。

「四国同盟、面白そうではありませんか?米を挟んで次元を跨げばたいそう素敵でしょう」

「それはミスターマネーの案なのですね?」

ライオネル=クラブ、イギリス首相。

金こそが全てと言わんばかりの彼の政治から、Mr.Moneyのあだ名がある。

「そう受け取れれても構いません」

能代は驚いていた。

ここまで率直にイギリス側から話を持ちかけられるとは。

もっと婉曲な提示を想像していたのだ。

「うちのボスに伝えなければなりませんね」

おそらくライオネル=クラブはアメリカから距離を置きたがっている。

戦争では儲からないと判断したのだろう。

「北米をパンジャンドラムで蹂躙でもする?」

「胸が熱くなるな」

実行されればアメリカ人は歓喜の歌を朗々と謡いながら死ぬだろう。

羨ましいかぎりだ。


八月二十日。

外交官の矢矧はカレドニアにいた。

ナッソーの外交官と、同盟締結に向けた実際的な話し合いをするためだ。

同時にナッソーから日本に、ゲート敷設のための調査隊がやってきた。

そして日本の技術者へんたいたちもぞよぞよと動き出していた。

「どうも、扶桑重工の最上です。この度は宜しくお願いします」

最上はナッソーのゲート関係者に接触し、件の龍脈理論の参考とすべく動いていた。

レーヴェーズ=ゲーサ主任と、技術開発研究本部の愛宕を交えたマッドの会合。

はたして扶桑重工の龍脈理論は、ナッソーのゲート技術と符合した。

ゲーサは言う。

「龍脈は大地を流れるエネルギーだ。大地に日が降り注ぎ、生命が誕生し続ける限り枯渇することはない。だが土地が汚染され、空気が澱むようなところでは龍脈はその流れを止める。清浄な土地、あるいは神聖な土地であれば流れは強くなる。信仰が集う霊山や聖地もだ。…だが東京は巨大な都市のわりに龍脈が極めて濃い。なぜだ」

「皇居だろうな」

「ああ。日本はもとより山岳信仰などの多神教文化。八百万の神がおわす国…」

「まさか科学と宗教がこのような形で融合するとは」

「捕虜が手伝ったとはいえ、これだけのヒントで正解に辿り着いた、最上さん。アンタはスゴイよ!科学者の鏡だ!」

盛り上がるマッドサイエンティストs。

「政府の許可が降りれば、龍脈理論について共同研究をしたい。例えばゲートなんかもオーパーツなんだ。分からないことが多すぎる」

「ヨロコンデー!」


ロヴァーズ=イレーヌと矢矧は対面していた。

イレーヌはいつものように狐耳をピンと立てて、凛としている。

そろそろ始まって七時間が経つ。

両政府ともに官僚を急かし、急いで同盟締結にこぎつけようとしているようだった。

「では続いて第五条、と参りたいところですが、これより三時間の休憩を挟みたいと思います。よろしいでしょうか」

「願ったりです」

死にかけのカピバラのような顔をした官僚たちは我先に仮眠室に走ろうとする。

なにせ七時間も詰めていたのだ。

そして無様に絨毯を舐める羽目になった。

「皆さん、マッサージ師を読んでおりますのでご安心を。急に立たれますと足を痛めましてよ?」

「それはもっと早く言ってあげるべきじゃなかったのかなぁ」


翌日、官僚たちの屍の上に条約が作られた。


日奈条約

 第1条 パラオ憲章の休戦協定の原則を確認し、この条約が純粋に防衛的性格のものであることを宣明する。

第2条 自由主義を護持し、日本、ナッソー両国が経済、文化、軍事等諸分野において協力することを定める。

第3条 日本、ナッソー双方が、それぞれの憲法の定めに従い、各自の防衛能力を維持発展させることを定める。

第4条 両国いずれか一方に対する攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであるという位置づけを確認し、憲法や手続きに従い共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

第5条 ゲートについて定める。細目はゲート協定(日本国とナッソー国との間の相互協力及び安全保障条約第四条に基づく施設及び区域並びに日本国におけるナッソー軍隊の権利に関する協定)に定められる。

第6条 当初の10年の有効期間(固定期間)が経過した後は、1年前に予告することにより、一方的に廃棄できる旨を定める。いわゆる自動延長方式の定めであり、この破棄予告がない限り条約は存続する。


そして同日、国会で承認された。

これにより世界は酷く混乱した。

世界をまたいでの同盟である。

それぞれがアメリカ、ボーグ連邦という大国とのつながりが深い大国であるため、そのつながりを破棄するのかという意見が多かった。

〈ドイツ大使のエーリヒ=トップです。単刀直入にお尋ねしますが、日米同盟の破棄という噂が流れておりますがそれは真でありますか?〉

「こちら内閣府。決してそのようなことはございません。我ら両国はそれぞれが交戦中の国と強い結びつきを持っております。これは世界の平和と安定のためでございます」

同様の問い合わせは相次ぎ、関係各省の電話回線はパンクしていた。


八月二十三日。

総理は記者会見を開いた。

内容は電話窓口の応答と同じものだったが、一つ新情報が加わった。

曰く、ゲートの敷設は佐賀県に決定だということだ。


「佐賀なら土地もあるし人も少ない。東南アジアに近い上に空港や港湾もある。相浦には陸自の精鋭がいるし、佐世保にも私たちがいる」

佐世保基地に停泊中の第一機動護衛艦隊の金剛上級一佐。

しかし彼は長崎に来ていた。

入渠中のイタリア空母カヴール。

大西洋で大きく傷つき、回港されてきた船だ。

先日横須賀から移動してきた。

イタリア含め、欧州諸海軍は民間造船所も総動員して損傷艦の修復に務めていた。

ドイツ海軍は不足するフリゲート艦を日本から購入することで数を揃えていたが、それでも金食い虫の海軍はどこでも再建途中であった。

(沈没艦も出たが海自はまだ戦える。敵の規模も太平洋のほうが上だったがこれだけの被害で停戦を迎えられるとはな。練度、装備の差が出たのか)


内務省。

日向が偉そうに椅子にふんぞり返っている。

目の前に整列しているのは七人の諜報員。

しかし見た目とは裏腹に、彼は格式張った式典に辟易していた。

(早く終わんねーかな)

一人が重々しく宣言する。

「内務省秘密工作班をここに結成する」


八月三十日。

「パリが燃えているのか?」

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