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A Photografer, A Pilot.

写真は好きです

不知火二等空佐は不機嫌であった。

ことの発端はシンガポールでの会合のあとにさかのぼる。

彼女は日本を代表して外務省の矢矧と共に会議に参加した。

オーストラリア攻略決定の報告を防衛省にしたあと、なぜか足柄防衛大臣が電話に出たのだが、彼はそのまま帰国せずにアフリカ戦線を視察するように言ってきたのだ。

〈余裕のあって実力もある奴は君を除いては誰もいないんだ。行ってくれるな?〉

「...ご命令とあらば」

かくしてアフリカ南部に飛ぶことになった不知火。

六月三日、ベラスの町に着いた。


(乾いたところ...)

初冬のアフリカは肌寒い。

(シンガポールと気候が違うものね)

そこへ一人のイギリス陸軍士官が近づいてきた。

「Welcome to the border line. (最前線へようこそ)」

ジョン=エリオットと名乗ったその大尉は、人受けのする笑みで握手を求めてきた。

「どうも、航空自衛隊二等空佐、不知火です」

「早速で悪いが何を動かせる?」

唐突な問い。

聞くところによると、敵情偵察で大規模攻勢の徴候が見られた。

欧米露の戦闘機と弾薬は余っているが、パイロットが届いていないとのこと。

防衛戦と撤退戦の用意は進んでいるが、エアカバーが足りていない。

明日には早速飛ぶことになりそうだ。

パイロットがいるのはEF-2000タイフーンだけだ。

「ファルコンはないかしら。さもなくばジュラーヴリク」

世界中の空軍を訪れた彼女。

試乗した戦闘機は数知れず、実際に動かしたものも多々ある。

機種を変えるにはそれ相応の訓練が必要だが、不知火は二時間のレクチャーではじめての機体でも問題なく飛ばせるほど優秀だ。

「Su-27はありませんが、Mig-29ならあったはずです」

忙しなく走り回っていたの整備士がジョンの質問に答えた。

「たしか機体はポーランド空軍のものでしたね」

連れられて入った格納庫は薄暗かった。

「ミサイルや銃弾もたんまりあります。整備も急な戦闘に耐えられるよう最低限は行っております。これになさるのなら、今からしっかりと整備しますが」

「他のはどんなのがあるのでしょう?」

「サウジアラビアのトルネードF.3とか、アラブのミラージュ2000-9D、モロッコのファルコンCなんかですね」

すでに先進国では退役したようなものが多い。

「ファルコンにしようかしら」

そう言って機体を見に行った不知火。

だが、

(キャノピーに汚れが多い...隅にゴミが溜まってる...これはないわね)

「トルネードはどうかしら?」

おすすめはせんよ、とミラージュのエンジンを見ていた老練な整備士。

「あれはエンジンが不良品じゃ。選ぶならラストーチュカを選びなさい。ミラージュもエアインテークの作りが雑でな」

「ありがとうございます」

それだけ言うと、老練な整備士はスパナ片手に去っていった。

「あの方は?」

「ここの余剰機どもの整備長だ。彼に整備できない機体はあんまりない」

格納庫の最奥、ポーランド国旗をちょんと置いただけのスペース。

そこにMig-29ラストーチュカはあった。

「NATOでの命名はフルクラム。F-16ファルコンと並ぶ低価格帯軽戦闘機のはずが、世界中の紛争で毎度やられ役を演じる機体」

「ロシアのオリジナルはきっと高性能なのでしょう。T-72など、ロシアはモンキーモデルを周辺国家売り付けることで相手の戦術を限定させ、正規量産型で無慈悲にすりつぶすつもりなのかも知れません。まぁ、役に立てばいいのです」

「東洋の魔女は怖いことを考えるな」

「なにかご不満でしょうか?」


「おいフレディ、日本からパイロットが来たそうだ。インタビューいくぞ」

「...わかった」

同基地にいるカメラマンのマルティン=ニーメラーとフレデリック=ジョン=ウォーカーは彼らを護衛するジョン=エリオット大尉が高名なパイロットを連れているときいて色めき立った。


「大尉!」

「やぁマルティン、紹介しよう。彼女は日本からきたパイロット、不知火中佐だ」

「ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

ぺこりと一礼。

「私はマルティン。ドイツのカメラマンだ。彼はフレディ。イギリス人だ」

「フレディ?」

ああ、フレデリック=ジョン=ウォーカーだ、とエリオット。

「...昨年初めて開催されたレイキャビク国際航空ショー、そこでP-51DとFw-190D6のツーショットを撮られたカメラマンですか?」

「...ああ」

不知火の無表情が、注意深く比較観測すればわかる程度に歓喜の色に染まった。

「貴方の写真、いつも楽しみにしております」

「...そうか。あり..がとう...どれが気に入った?」

「十三年前のパトルイユ=スイスの空撮です。あの写真のように飛びたいと思い、パイロットになりました」

パトルイユ=スイスはスイスのアクロバットチーム。

登山部の女子高生だった不知火は、ある時ふと手にした雑誌の特集で空の広大さを知った。

(山の深さも落ち着くけれど、空の広さも素敵なものね)

女子高生はその足で自衛隊地方協力事務所に相談。

空自のブルーインパルスを目指すことにした。


「君のポテンシャルは素晴らしい。ブルーインパルスも最高峰だが、我々は君がほしい。君が必要だ。大蛇小隊に来てくれないか?」

彼女は問題なくパイロットになった。

しかしブルーインパルスは折悪く倍率が急増していた。

おそらく彼女は入れるだろう。

だが、彼女なら一人退役して三人体制の最精鋭部隊、大蛇小隊でもやっていける。

そしてその枠に別のパイロットを採用することができる。

「強要はできない。強要した瞬間、大蛇は誇りを失う。戦闘部隊であることは確かだ。きっとその手が血を浴びる時が来るだろう。しかし、それでも我々の隊で空を飛んでみないか?ブルーインパルスより自由に空を駆けられるのが強みだ」


「紆余曲折を経て、私は空自最精鋭の一員になりました」

「...俺は、平和な風景が見たい。だから争いをファインダーに納める。俺は俺の写真を見たことで兵士になった、なんて言ってほしくない」

フレデリック=ジョン=ウォーカー。

北アイルランド出身。

荒涼とした痩せた大地で起きた暴動をおさめようとした彼の両親は暴徒に惨殺された。

彼を引き取ったスコットランドの叔父は詳細を一切語らなかった。

おそらく凄まじい凌辱があったのだろう。

「...俺は争いが嫌いだ。だから平和のために戦場を写し、安寧の泥のなかでまどろむ大人に悲劇を見せつける。これが世界だ、と。平和な空や海や大地があることを、緊張の灰の中で震える子供たちに希望を与える。これも世界だ、と。それが俺のポリシーだ」

「...私は、戦闘機に乗ることで戦争を一刻もはやく終わらせることで平和をもたらすことを選びます」

フレディは無言で手を差し出した。

「...すでに戦争は起こっている。一刻もはやく終わらせてくれ。子供たちの将来の夢に“兵隊さん”なんてものはあっちゃいけないんだ」

(フレディが長口上を...!)

(明日は地震が降ってくるぞ!)

はたから見ている二人は呑気なものだ。

ちなみに現在の天気は快晴。

いくらアフリカにおいても、地震が降ってきたという事例は観測されていない。

「この機体があれば、これまでより死人の数を減らせるでしょう」

無くせるとは言わない。

どうしても何処かで血は流れてしまうのが地上戦だ。

「...柄にもなく、しゃべりすぎた。...一枚いいか?」

「ええ、喜んで」


翌日。

「回せ!」

コクピットに収まった不知火は声を張り上げた。

整備士が車止めを奪うように持っていく。

ゆるゆると滑走路をイギリス空軍兵士の踊るような指示で移動する。

〈管制塔より空軍。陸軍はすでに戦線を五キロ後退させた。だが逃げ遅れた補給部の連中が迫撃砲弾を持ったまま孤立している。急ぎ戦線を押し上げてこれを吸収する。空軍は上空支援だ。オロチ2、貴官は僚機を欠いている。...ああ、ヴュルガー、君も迷子か。ヴュルガーがオロチの二番機につけ〉

管制塔の声をバックに六機の荒鷲が滑走路を駈ける。

〈こちらドイツ空軍、ヴュルガー1のヴィルヘルム=カールス少佐だ。噂は聞いているよ、東洋の“ゼロテイマー”〉

一機の右翼を黄色に塗られたEF-2000タイフーンが上空で左後ろに付けてきた。

「航空自衛隊、不知火二等空佐です。貴方も有名ですよ、“アイゼンシュツルム”」

アイゼンシュツルム、(くろがね)の嵐。

演習成績ではドイツ一のパイロットと名高く、アフリカで着々とスコアを伸ばすパイロットだ。

彼の機体のペイントは、黒い下地に右翼を埋め尽くす黄色いキルマークだ。

三人いた部下も一人は死に、二人は後方へ教官として引き抜かれた。

不知火と同様、教官としては適正が低かった彼は一人アフリカに残された。

〈毎日イジェクションシートの手入れは欠かしていない。脱出中に尾翼へ直撃で死亡なんて嫌だからね〉

彼を新聞は“アフリカの星“と名付けた。

〈どうも方向音痴なんでね。君についていくよ〉

「私にとっては初めての空域よ」

呑気な会話を交わしつつ、高度十メートルの超低空を飛行しながら銃撃を加えていく。

下瓦礫が下手にエアインテークに挟まれば瞬く間に地面に叩きつけられる高度だ。

〈オロチ、低すぎないか?〉

「訓練ではいつもこの高度です」


整備士がこの機体をラストーチュカ、Mig-29とよんでいたが、実際は違う。

29の改良型のMig-35だ。

外見上に大きな違いはないが、輸出用のダウングレードモデルでもMig-29より出力や運動性能が向上している。

(操縦にたいして違いがないのは嬉しいわね)


〈クレイジーだ!〉

「怖かったら逃げてもよろしいですよ。この程度、一人でも問題ありません」

〈二十機が追尾するこの状況で逃げられるわけない!〉

うるさいですね、と不知火。

無茶ぶりだ、とカールス。

敵機群の後方にはさらに友軍機が追いかけている。

いまも敵のミサイルが放たれた。

三十秒もせず着弾するだろう。

〈ブレイク、ブレイク!〉

不知火はレーダーのみを見つめ、無言でフットペダルを押し込む。

ラダーが動き、機が斜めに滑る。

ゼロコンマ七秒前に機体があったところにミサイルが着弾。

粗末なあばら屋が吹き飛ばされる。

「あら、生きてたの」

〈空を飛び初めて最も怖い飛行だよ..〉

「橋脚の下をアフターバーナー全開でかっ飛ばす訓練をしたら怖いものなんてなくなるわ」

なんだよそれ、と後続するイタリア空軍のパイロット。

癖になるわ、と不知火。

「慣れてしまえば、何でもできます」

機を垂直に立て、プガチョフコブラの体勢へ。

そのまま天地反転。

「こんなことも」

操縦桿のボタンを押し込む。

ミサイルが切り離され、ラストーチュカの腹をバーナーで炙りつつ正対する敵機を目指す。

不知火はラダーを動かし機体を水平飛行させる。

その上方に紅蓮の花火が四つ。

後続する連中と高度をコブラ機動で合わせる。

「あと一機」

ミサイルを唯一逃れ得た敵機が雲間に逃げようとしていた。

「...」

仲間を置き去りにする猛然とした急加速で一機に蒼空へ上り詰める。

(逃がさない)

綿雲を突き抜けた敵機は上昇性能に欠けるらしい。

よたよたと不格好に高度を上げる。

悠々と背後につき、機銃を一連射。

ミシンで縫われたように破孔が開き、エンジンが火をふいた。

(もっと強い敵はいないのかしら..)


その頃、佐賀県伊万里市。

扶桑重工の食堂。

一人の男がプレゼンしていた。

「この未元物質をこの圧縮機に充填し、四十五口径、18.45メートルの砲身にとおして撃ちます。射程四万メートル。この距離でも充分イージス艦の障子紙装甲を突けます」

「装填にかかる時間は?」

「十秒」

プロジェクターに写されたのは艦のシルエット。

「全長215.8m、幅28.96m。乗員は五十名。既存のどの戦闘艦より少ない」

こんごう型イージス艦は161mと21mで三百人。

すがしま型掃海艇が54mと9.4mで四十五人。

どれだけ少ないかわかるだろうか。

ロシアのキーロフ型巡洋艦で252mと28.5mで七百二十人。

アメリカのミニッツ級空母で333mと41mで六千人。

この通り極めて少ない人員で動く。

「新式の操艦システムを導入、艦橋には艦長、副長、砲術、通信、操舵の五人だけというコンパクトすぎる設計です」

動力は未元物質を使ったエンジンで、物質を補給できれば無限に動ける。

砲弾も未元物質。

艦載機は無人機を採用。

「すべて未元物質を前提としています。艦種は“海洋支配戦略護衛艦”。正しく最強の水上艦です」


「いいジョークだったよ」

所長室にて愛宕は最上と話していた。

「でしょう?前提からおかしいんです。実に面白い」

「しかし、あながちこれを笑えない結果になってきました」


横須賀、技術開発研究本部。

「これを竜脈と訳する」

をー、とやる気のない歓声があがる。

愛宕と別れて帰っていた青葉はその姿勢にずっこけそうになる。

白衣の研究者は続けた。

「アクバレキ=ベーラ氏の紹介で、捕虜となっていた学生時代をナッソーの大学でいろいろ学んだ連中と共同した。あっちの工学部や理学部の連中とか、けっこう進んだことをやっていた。たとえば..」

長々と脇道にそれた話を始める。

二時間後。

「..話を戻す。あちらで研究されてきたものを踏まえ、日本の技術力とミックスした結果、いろいろなことがわかった」

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