サンフランシスコ事件
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もうやだ。
「さて、狩りの時間だ」
そう言いつつ能代は大きく伸びをした。
サンフランシスコ空港近くのモーテル、レガシーイン。
今回の獲物もベレッタ90-Two。
そしてM870ショットガンを切り詰め(ソードオフ)したもの。
狙うのはCIAオフィサー。
レンタカーのフォルクスワーゲンでひとまずクリッスィー公園をめざす。
ゴールデンゲートブリッジを眺める公園だ。
「.....」
悲しいわね、と女は呟く。
手にしたものはチェコのCz75拳銃。
弾丸をマガジンに詰める。
予備の弾挿も忘れない。
泊まっているのはホリデイインエクスプレス=サンフランシスコ空港南。
レガシーインとは空港を挟んで南北にいた。
「ハリ。とても嫌な予感がする...」
「追っ手か。乗れ」
「だめだ。確実に疑われる。自前のがあるからそれで逃げるよ。ベガスで会おう」
フォードに飛び乗った鬼怒。
ベンツで走るハリとは別ルートでベガスに向かう。
〈対象確認。ルート92、橋に差し掛かる〉
「ありがとう」
女の操る三菱パジェロは十メートルも離れていないところに標的の車を認めた。
「頃合いを見て射殺する」
〈ハリ、追っ手に捕まった。疑いをかけられている程度だから殺されはしないだろうね。今はトイレのなかにいる。少し遅れるだろうが何とかするさ。もしかしたらベガスに行かないかもしれない。そのときはマリナーズの試合でも見てるよ〉
「鬼怒。大丈夫なのか?」
一方的に通話は切れた。
ハリ、もといウィリアム=コーンウォリスは苛立たしい思いをぶつける術を持たずにいた。
(サンプルはまだ鬼怒の手にある。尾行していた奴の話では空港のロッカーにあるはずだ。エージェントはすでに向かっているはずだが...後ろのパジェロはどこのエージェントだ?)
「鬼怒。首尾はどうだ?」
「三重スパイも大変だよ。内務省からはブラックリストに本気で載せられるし、CIAからはいいように使われるし...」
「サンプルは?」
「モーテル、ビリーヒルインだ。空港とレストランとガスステーションにあるのはダミー」
CIAの目を盗んで、彼はダミーを多く仕込んでいた。
二人はゴールデンゲートブリッジのすぐ北川、マーリーサイクルレストランに入る。
窓際の席に陣取って男二人コーヒーを注文。
「状況を整理しよう。まずお前は三重スパイでCIAのハリという男にサンプルを渡すことになっている」
「能代はそれを阻止する正義のヒーロー」
「目標はハリの殺害、及びあるはずの研究施設の破壊」
むーん、と考え込む。
「この分じゃどこも危険だ。まずオリジナルを領事館に持ち込む。そしてダミーその二をハリに渡したところで射殺」
「追っ手は一度死んだことにしたほうがいいな」
他のCIAの前で水没して見せるか、と能代。
メインブースターがイカれただと、などと意味のわからない発言を漏らす。
「阿武隈もベガスにいる。川崎の社員という名刺でホテルを取った。由良はサクラメントだ。こっちは画家だそうだ」
皆内務省のエージェントたちだ。
「頼もしい。オリジナルは由良に預けよう」
ちなみにオリジナルとよんでるが、彼らでさえ中身が何かを分かっていない。
空港のスキャナーで本物だとCIAに思わせる必要があったものの、最先端技術のカーボンナノチューブをおいそれと持ち出せる訳がない。
かといって型遅れだとばれるし、一個古いバージョンでもアメリカからすれば垂涎ものだ。
「ひとまずお前は俺を...という段でもないか」
「ああ。声は聞かれていないはずだが殺すしかない」
いつのかにか店の前に止まっていた黒いセダン。
「俺が先に出るよ。追いかけつつ奴を」
「ああ、わかった」
セダンのドアが開き、黒服がおりた。
鬼怒はコーヒーを机の上におき、ちゃぶ台返し。
能代もガードしつつ銃を抜く。
牽制の一発が宙を舞うコーヒーカップを撃ち抜いた。
周りの客が怯え、黒服が焦る。
カシャン、とカップの割れる音。
鬼怒は店のドアを蹴破りフォードに飛び込んだ。
能代も続いてドアを跨ぐ。
腰が引けた黒服が銃を突きつけてきた。
「Dont!」
ダン。
顧みることさえせずに男の頭部を打ち砕き、鬼怒のフォードにわざとらしく撃ち込む。
(打合せが全く足りない‥)
「ありました、サンプルです」
サンフランシスコ空港のとあるロッカー。
CIAの男がサンプルが入ったアタッシュケースを取り出した。
「失礼、それは私のものでして」
するとタイミングを測ったかのように横あいから若い男が。
「‥いえ、間違いなく私のものですよ。他のとお間違えなのでは?」
「‥そうかもしれませんね。すこし探ってみます」
藍のコートの裾を翻した男は雑踏のなかに消えていった。
(日本人か?)
CIAの男はひとまず車に戻るべく歩みをすすめる。
バックアップ体勢もろくにできていない今回の回収任務。
どこかのエージェントに襲われたらひとたまりもない。
(お、甘味か。旨そうだな)
ホールの一角に飾られていた黒っぽい直方体のそれは、赤いシートをかけられた椅子の上に置かれていた。
イベントをやってるらしい。
「試食なさいますか?」
従業員の若い娘が着ていたものは和服。
「ああ、いただく。ジャパンフェアでもやっているのか?」
「ええ。佐賀県が主催して佐賀の特産を世界にアピールする企画のようです。私は佐賀の姉妹都市に友人がいまして働かせてもらっているのですよ」
佐賀、とは日本の地名だろう。
知名度は低いのかもしれん。
「ほう、旨いな」
「羊羮というお菓子です。お茶もどうぞ、嬉野茶です。紅茶もあるんですよ」
「ありがたい。...これもうまいな。ひと通り買いたい。幾らだ?」
男は財布を取り出した。
「‥あなたの命ですよ」
(一周サンフランシスコ湾を廻ってみたものの、後ろの女は追っかけてくるのか...)
ハリはベンツの後ろに一定の距離をあけて着けてくる黒いパジェロを睨む。
「目障りだ。潰せ」
数分後、サンフランシスコ空港まで八キロほどのところにある三叉路にて、二台の大型トレーラーが突っ込んで三台後ろにいた黒い車を吹っ飛ばした。
ドライバーは生きてはいないだろう。
悲鳴が悲鳴をよぶサンフランシスコ国際空港。
「確かに、いただきました」
藍のコートの男はアタッシュケースをCIAの男からもぎ取り、裾を翻して雑踏のなかに消えていった。
残されたのは腹から血を流すCIAの男とバイトの少女。
少女は着物が汚れるにも関わらず膝をつき、懸命に止血を試みる。
「気を確かに!ここで死なれたら営業成績が落ちるのよ!」
「君も立派なエコノミックアニマル(日本人)だな...」
突如救急隊員が三次元軌道を描いて現れる。
俺を踏み台にした!と騒ぐ警官は皆に無視された。
警官を踏んだあとは壁を足場にしたらしい。
近頃の救急隊員は特殊技能が必須のようだ。
「いい応急措置だ。どこで習った?」
血圧を図りながら隊員は訊ねた。
「説明書を読んだのよ」
「危ないわね...」
ヴァレリー=メディロス、イギリスMI6のスパイである彼女は、目の前の黒いSUVにトレーラーが突っ込んだ瞬間、黒いパジェロのハンドルを切って事故を回避していた。
後続はブレーキが間に合わず追突。
大騒ぎだ。
Cz75のグリップに触れ、その確かな感触を支えとする。
(‥空港へ)
(鬼怒はここでやらかすつもりか?)
サンフランシスコとオークランドを結ぶ有料道路。
車はそこそこ通っているが、カーチェイスは十分できる。
(くそったれが!)
フォードとフォルクスワーゲンのチェイスが勃発した。
出来るだけ目立たせないといけない。
注意を惹いて、能代が死んだことにたしなければならない。
エンジンが全力で回転し、二酸化炭素を撒き散らしながら一般車両を壁にぶつけつつ二台は走る。
銃撃も加わった。
時速百五十の視界から確実に相手を死なないように殺しにかかる。
内務省でもトップクラスの実力者、検討中の称号“ニンジャ”最有力候補の二人だからこそこんなアメリカンアクション映画のようなことができるのだ。
「そろそろか?」
一気に近づき幅寄せ。
フォードの塗装がメリメリ削れていく。
「っせーので...」
鬼怒と能代がタイミングを合わせ、違和感なく逆サイドへ。
気を抜いたフォルクスワーゲンがフォードの逆襲を食らったように見えるだろう。
そして壁を乗り越えて水中へ。
(くそ、ほんとによりにもよって海上で...)
「なんだと?殺された?誰に!」
〈ブリッツどもです!〉
「サンプルは?」
〈奪取されました〉
Shit ! Shit ! Shit ! と口汚く罵るハリ。
〈赤いトヨタで逃走中!左後部に一角獣のペイント!〉
「肉眼で確認した!ぶっころしてズタズタに引き裂いて塩漬けにして実家に送ってやるよぉ!」
〈ヴァレリー。カンパニーにエディが追われてる。サンプルは奪取成功〉
「良くできました。私も合流する。そのベンツの男には言いたいことがあるしね」
ヴァレリーがパジェロをとばす。
鬼怒は北から、ハリは南から。
エドワード=サイフレットとヴァレリー=メディロスがハリと共に。
能代は海からだ。
彼らは皆、オークランド空港へと近づいていた。
「しょっぱいし汚いし...阿武隈はベガス、由良はサクラメント。だれも助けに来ないんだな」
四百メートルほど泳ぎ、地上に上がる。
まずは衣服を乾かさないといけない。
それからの面倒を思うと、能代は途方にくれてしまった。
フェンスを突き破り顕れたのは赤いトヨタ。
続いてベンツだ。
飛行機の足の隙間を潜り抜けて二台が走る。
ダン、ダンと銃声も響く。
(邪魔なんだよラングレー!)
(死ね!)
滑走路の真ん中でトヨタが反転。
バックで全速力だ。
ベンツはアクセルを折れんばかりに踏み込む。
フロントバンパーをぶつけ合いながら、フロントガラス越しに撃ち合う。
エディのデザートイーグルの高威力な弾丸がベンツの車体を痛め付ける。
「「死ねええええエエエ!」」
「あら、あなたいい格好してるなじゃい。お似合いよ」
「中国以来だな。あと格好のことは言うな」
「ええ。薄汚いどぶねずみファッションかしら?」
ヴァレリーは能代と出会った。
ウィフィハーバーの前の道。
ヴァレリーの手にはCz75とアタッシュケース。
能代の手には着剣した90-Two二丁。
ショットガンは車と一緒に水没した。
「愉快な構えね。サーカスでもやるの?」
「見たいか?」
刹那の交錯。
「やるじゃない」
能代の頬に一筋の傷痕。
弾丸が掠めていったのだ。
「知人でも容赦はせん」
ヴァレリーの手の甲には浅いながらも二条の血線が。
「握れないなら置いてってもいいんだぞ」
「ホント、日本人ってジョークがつまらないわ」
「...」
駆け出す二人。
ヨットを義経よろしく飛び渡りつつ撃つ。
セイルを突き抜けた弾丸が能代の脇の間を抜けていく。
(危ないな‥)
弾けとんだザイルがヴァレリーの足を打つ直前で彼女は回避した。
(‥スリル、あるじゃない)
上空から能代。
蹴りあげて対処。
クロスした腕に阻まれ、着地と同時に斬りかかってきた。
アタッシュケースでガード。
「それは貰うぞ!」
「やらん!」
「ならば斬る!」
「返り討ちよ!」
一方、鬼怒は車を乗り捨てていた。
駐車場で車から降りたばかりの若者から鍵を摺り、彼のシトロエンを頂いた。
(やっぱマリナーズの試合でも見に行くかな)
オークランド空港での戦闘でハリは行方不明。
(ハリ視点では俺は二重スパイのままだ...と思う。まだハリは使える手駒だ。サンプルは由良に任そう)
「日向大臣。アメリカでドンパチです」
「ありがとう」
紅茶の香りを堪能しつつ報告書を読む。
(サンプルの奪還は成功、由良が持って帰るか。鬼怒はまだアメ公を使う気でいるな。いい心がけだ。そして007のような映画をこれで国産できる)
「誰かいるか?」
はい、と職員が目の前にたつ。
「能代が帰り次第報告させろ。以上だ」
日向は壁にはられた世界地図に向けてスローイングナイフを投げる。
(アメリカはダミーを入手してなんというかな?)
ナイフはネヴァダの砂漠の真ん中に深々と突き刺さった。
「所長、CIAからです。妨害があったもののサンプルの回収に成功。夕刻に持ち込む、以上です」
「そうか。次の検体を出せ」
〈検体MIP458エントリー。三十秒後に減圧開始〉
ネヴァダの砂漠の一角にある研究施設。
“マルタ”が椅子に座り、ブザーがなる。
「マルタの伐採はどうなっている」
「アゼルバイジャンの孤児院を抑えました。来週にも移送開始です」
「実験開始」
暗い室内、白衣にサングラスの男が重々しく宣言する。
白い煙が吹き上がり、アラートがなる。
「主電源接続。電圧を段階的に第三段階まで引き上げろ」
研究者の一人がつまみを回す。
いろいろなレバーやボタンが並ぶコンソール。
男はサングラスのブリッジをインテリゲンツィアめいた仕草でクイとあげる。
「電圧よろし」
「よし、起動」
ずずん、と揺れる施設。
湯飲みがカタカタと音をたてた。
「またあいつらか」
「山城海幕長、正気を失ってはいけません。閣下は我々常識派の希望なんです!」
日本、横須賀。
これまでの陸海空の研究施設はすべて海自に管轄が委ねられた。
情報局と同じだ。
自衛隊のなかで一番予算を食う海自なので、納税者に後ろめたいことをやる連中を抱えていても、議会は予算面ではなにも言えないのだ。
旧海軍が戦艦大和を建造した時同様、自由に架空の建艦を行うことができるのということである。
詳細は機密保持のために一部をのぞき伏せられる。
だが、
「今日もマッドな実験に精が出るね」
情報局はともかく、研究所がマッドな科学者に牛耳られてしまったのだ。
不輸不入の権利などと言い出し、参謀本部の言うことも無視することさえある。
「四日前はブラック企業ライクな二時間限定できっちりと熟睡させる睡眠薬を研究してたらオカマになる薬品ができて、基地内に漏れ出しましたね」
「三日前はたしか全自動オクラホマミキサーマシンが暴走して基地の半分が電磁妨害でしたっけ」
「一昨日はウナギ型無人偵察機に蒲焼き機能を付けようとして爆発事故でしたね」
「昨日は配線が足りなくてパスタを代用したら職員のiTunesに入ってる電波ソングメドレー三時間だったな」
そこへ転がり込む水兵。
「緊急報告!研究所でバイオハザード発生!玉ねぎが阿波おどりを披露しながら職員を襲っています!なお、襲われた職員は涙が止まらなくなる模様!」
伝令の兵も号泣していた。
そして背後には玉ねぎ。
「‥」
玉ねぎが一歩歩み寄る。
「‥」
水兵が倒れた。
ドドド。
「総員退避ィィィ!」
「飛び降りろォォ!」
三階の食堂のガラスを突き破って宙に飛び出す海上自衛隊の高官たち。
しかし地上も玉ねぎが。
「人類に、黄金の時代をォォ!」
山城海幕長は華麗に側転を決めて着地。
他の高官たちはベチィと無様に叩きつけられる。
そこへ群がる玉ねぎ。
一人山城は、並木の上にするすると猫のように上っていった。
(救助隊はまだなのか?)
現在三十話を執筆中。
すごい、ケイオスなことになってきます。




