絹と針
四月一日。
南極から表れた敵が現れて四ヶ月。
戦線はアフリカ中部、南米はアマゾン川で膠着した。
先月は中部大西洋で海戦が行われるも、英仏の主力は潰滅。
だが敵艦隊はどうやら主力ではなかったらしい。
日本にぼこぼこにされた太平洋の敵艦隊のほうがずっと強力だったのだ。
そしてそれを沈めたのはたった六隻の日本の駆逐艦。
「あいつらは何者だ?あれか?サムラーイというやつか?」
イギリス潜水艦アンブッシュ艦長、ジョージ=アンソン。
仏領ギアナ沖北西五百キロ、深度五百。
「さて?さきの戦中、KG5級戦艦のPoWを沈めたのはかつての日本人です。戦場も東南アジアですし、日本海軍にとっては馴染み深いのでしょう」
「...中国人は日本海軍を後ろから撃ったそうだ」
霧島はガダルカナル沖海戦をいくらか誇張して伝えていた。
当たり障りのない範囲で、部下のボーナスがすこしばかり増えるように。
その一環で中国の同士討ちの危険がある砲撃をいくらか誇張して伝えたのだ。
「未開の連中にはシーマンシップがないんでしょうね」
「植民地のままにしておけばよかったものを、ジャップがやらかしおった」
「でもこの日本製電気ケトルがあるからどこでも紅茶を飲めるんですよ。...そろそろ浮上の時間です」
紅茶は紳士のたしなみである。
たとえ深海でも手放すわけにはいかない。
アケロンを渡り、冥土へ旅たつときも英国紳士は紅茶を手放さないだろう。
「メインタンクブロー、浮き上がれ」
アフリカ戦線、その最前線であるカンパラの街。
ヴィクトリア湖北のこの街に、三人の非戦闘員がいた。
「RPG!」
護衛のイギリス陸軍の兵士がカメラマンを押し倒し、飛んでくる瓦礫から守る。
「..助かった」
「くるぞ!」
タタタンタタタンタタタンタン。
銃声が響き破片が飛び散る。
陸軍はよくやっているが、如何せん数が多い。
そこへ装甲車が駆け寄る。
「こい!」
車中。
「助かりました、エリオット大尉」
「君たちに死なれても困るからね」
戦場カメラマンは民間人。
新兵の訓練がてら護衛をつけている。
新兵の引率はイギリス陸軍のジョン=エリオット大尉。
「写真は撮れましたか?」
「ええ、良いものが」
他の民間カメラマンはカイロやジプチで遊んでいるらしい。
何でも護衛が出来ないからだとか。
「そういえばエドさんのご家族は?私は恥ずかしながら独身でしてね」
の問いに、助手席のまだ若い兵士が口を挟む。
「ははは。大尉は変態的性癖の持ち主ですからね。スパナとかレンチとかお好きなんです」
「..なんに使うんだ..」
フレデリック=ジョン=ウォーカーが溢した疑問に、ニキビののこる兵士は笑顔でこたえた。
「もちろんベッドの上で大尉が嫌がるぐへぇ」
「根も葉もないことを言うんじゃないよ」
拳銃のグリップで一撃。
兵士は昏倒。
エドワード=エドワーズはレンズを拭きながらエリオットの問いに返す答を探した。
「やっぱり独身でしたか。仲間がいて嬉しいです」
「いや、いるんだが..」
黙殺された。
マルティン=ニーメラーは懐から妻の写真を取り出す。
九ヶ月だ。
既に娘だと分かっている。
(そうだ。来週、家に帰ろう)
道からロータリーに出たところだった。
「IED!」
「Shit !」
簡易爆弾が起動しガソリンスタンドが炎上する。
FV107シミター装甲車はなすすべもなく吹き飛ばされた。
誰かが叫ぶ。
「おい、後ろから敵戦車だ!」
三月二十四日。
砂と汗と塵にまみれた戦場から離れ、ベルリンは車も少なく静かだった。
「首相。NATO主導で行われる作戦です。承認をお願いします。....アメリカはパナマ反攻に成功。すでに日本はオーストラリア奪還の算段までたて初めました。我らも動かねば、戦後の新秩序に乗り遅れます。悲願の常任理事国入りも、露と消えますぞ」
「だが兵士は..いや、いけるのか?」
「ただ一言おっしゃってください。“勝て”と」
シュプケはコーヒーを口にすることで時間を稼ぐ。
だが、もとより戦闘は避けられないのだ。
「絶対生還しろ。それを派遣される皆に伝えろ」
「首相。NATO主導で行われる作戦です」
「サインか?いったいいくら払えば勝てるのやら」
「国庫から出しますか?」
「日本人とドイツ人とアメリカ人に払わせるよ」
さらさらとサインをいれる。
“オペレーション:エイプリルフール”
中部大西洋を奪還する。
「コクラン君。NATOのイベント我々も参加できないのか?」
「大統領。これ以上戦線を広げないでください。合衆国にかつての力はありません」
「冗談。世界のどこに合衆国を下せる国があると?」
クロフォード大統領は俳優らしく大袈裟な振る舞いで近くにいた国務長官を笑う。
右派のクロフォードと左派のコクランの中は悪い。
米国政府はその二つの勢力に別れているといっていい。
いや、右派に左派が呑み込まれまいと瀬戸際の抵抗を行っているというべきか。
右派が全てを掌握すれば、亡国はまぬがれないとするのが左派の意見だ。
コクラン就任においては一ダースほど悶着があったそうだ。
「ふん。旧大陸の連中の実力とやらを測るいいチャンスじゃないか」
「..ならばペンタゴンに行かれることですな」
「盗み聞きとは感心しませんよ」
エリプスパークに止めた車のなか。
鬼怒は背中に拳銃を突きつけられたことを知る。
なぜ気づかなかった!?
「すこしお茶でもいかがですか?」
「..ふん。悪くない」
「私は..そうだな。ハリとでもよんでくれ」
ハリと名乗った白人の男は、鬼怒を助手席におしこんで運転席にすわりこむ。
コンスティツューションアヴェニューから19番ストリートに入り、まっすぐ八ブロック。
マーベラスマーケットというベーカリーカフェだ。
路駐した車から降り、店内にはいる。
窓際のテーブルにハリは座った。
ここやで、と言いたげな瞳が鬼怒を捉え、しぶしぶ隣に座る。
「内務省の対外工作課、キヌ。高い技能を持つため憂国派といえど粛清されない」
「何が言いたい」
「手を組まないか?お前とはwin-winのリレーションを築けそうだ」
「あったぞ。おい阿賀野、このデータだ」
「見つけたか。流石だ」
内務省の一室。
阿賀野たちは先日帰国した鬼怒を調べていた。
理由は彼が立ち入りを許可されていない区画への侵入があったからだ。
「上にあげますか?」
「班長にまで伝えて、泳がせる。下手をうてばこっちがカンパニーに食われるぞ」
「局長。日本の内務省の人員を一人抱き込みました。憂国派の男です」
「ご苦労。憂国派か?そいつはいいな」
ラングレー、CIA本部。
ハリと名乗っていた男は、眼鏡をかけた軽くデブな上司に成果を報告する。
「キヌ、鬼怒-リバーか。以前旅行で行ったことがあるよ。綺麗なところだ。彼の心もそうであってほしいね」
「我々の同業者ですよ?」
「反体制の憂国派だ。独裁じみた現政権が気に入らんのだろう?きっと哀れなほどに綺麗だよ。利益重視の男であれば常識的に動くから扱いやすいのだが..まぁ、君が動くのなら心配ないな、ウィリアム=コーンウォリス。合衆国の正義のために」
憂国派というものがある。
高雄政権は強権をふるいがちなのだが、それに専制の危機感を抱き、本来の民主主義に戻そうとする一派だ。
「まったく、国内と南の戦争だけで手一杯なのに、よくも白人どもは戦争が好きなのだな」
高雄は移動中の車内で愚痴をこぼす。
運転席との窓は締め切られており、その一言は誰にも聞かれなかった。
(エイプリルフール作戦か..武官を差し向けたいものだった。いや、沈んでしまえば武官も危険。衛星写真で我慢するかな..憂国派にも困ったものだ。旧来のやり方ではいずれ破綻が来る。民主主義に滅ぼされるわけにはいかんのだよ。まぁ、鬼怒君と日向には期待するがね)
「急速潜行。深さ四百」
「ダウントリム二十度」
「原子炉正常。出力安定」
大西洋を泳いでたフランス原子力潜水艦リュビ級、アメティストが前のめりに傾く。
発令所の皆はそれぞれ舵輪やレバー、ぺリスコープにしがみついて持ち場を離れない。
「深度百」
「敵艦増速」
そのとき、一度耳にしたら離れない、そんな硬質な音がとどく。
コーン、コーン、コーン..
発令所に降り積む沈黙。
「気づかれてしまったか?」
「深度二百」
「潜行やめ。雷撃戦用意。一番二番装填」
突如として攻撃指示をだす艦長。
「ここでですか!?」
あまりに突飛な艦長の考えに、副長が思わず意見する。
「増援を呼ばれては面倒だ。エイプリルフール作戦にも影響する!ならばここで仕留める。発射管注水。扉開け」
ガコン..
「発射」
「敵艦単魚雷投下。接近する!」
魚雷は音を頼りに追いかけてくる。
ならば
「三番四番、デコイ装填。本艦推進音を入力」
「装填用意よし」
「入力完了」
「装填しだい発射。減速いそげ」
いまだ大きい足音と、小さくなった足音と。
機械制御の単魚雷は、みごとデコイを追っていった。
「本艦発射の魚雷、着弾まで三、二、一、インパクト!」
ズズズン、と敵駆逐艦に着弾。
竜骨が折れる音がした。
竜骨は人間の背骨に相当する部品で、これが折れたら一撃で沈没することやむなしだ。
「深度七百で機関停止。ダウントリム二十」
三月二十七日。
「機関始動」
アルフレート=ザールヴェヒター大佐が操るドイツ海軍のザクセン級フリゲート一番艦、ザクセンはヴィルヘルムスハーフェンを出港した。
大西洋反攻作戦、オペレーションエイプリルフール決行は来月一日。
貧弱なドイツ海軍は弱体化した英仏海軍とイタリア、スペインと合同してアフリカ西岸戦線を南下させる。
「艦長。一時間後にイギリスのフリゲートと合流します」
サザランド、ケント、ポートランド、セントアルバンスの四隻と合流する予定だ。
ザールヴェヒターが連れてきた三隻と合わせてこれで七隻。
のちにフランス海軍のフリゲートが五隻合流する。
ジブラルタルではイタリア海軍の五隻、スペイン海軍の四隻と合流。
二十隻のフリゲートが揃うものの、本来これらは空母を守るためのものであった。
だが主力となるはずの空母は先の海戦でドックいりを余儀なくされ、今回参加しているのはイタリア海軍の軽空母カヴールだけだ。
「サザランドより通信。“よろしく頼む”以上です」
「返信だ。“こちらこそ”」
ビスケー湾でフランスと合流、夕刻にたどり着いたジブラルタルで残りの艦隊と合流。
明けの明星が見守るなか出港した。
「しかし艦長。空気がすごく悪いですよこの合同艦隊」
「寄せ集めだからな。とくにイギリスは何百年も前から嫌われることが多いしな」
右翼をイギリス、左翼をフランス。
中央にイタリア、前衛をスペイン。
ドイツは艦隊から離れて前哨を行ってる。
「長距離索敵陣形みたいなものか」
「長距離...?」
「なんでもない」
幸か不幸か、彼がオタクであることを部下はしらない。
フランス人にも名前をつけてあげないといけません
ロシア人にも名前をつけてry
イタリア人ry
日本ry
苗字だけしかない日本人たちw




