如月九日のクーデータ
「わざわざ経済活動を止めてまでして外務省を潰す必要はないだろう。内務大臣のプランも非現実的だ」
「だが、外務省の無能ぶりにはもううんざりだ」
「それで隊員を、国民を危険にさらすってのか?」
「すでに制服組は準備万端です。ゲリコマ相手でもやれますよ」
市ヶ谷の防衛省の一室では、背広の官僚同士の舌戦が起こっていた。
「わざわざ実弾を持っていくことはないだろう。国民が納得しないぞ!どうせ空砲で奴らは震え上がる」
「隊員の身が危険にさらされるということだぞ!」
「数で圧せば問題ないだろう!」
やたら威勢のいい官僚に場の雰囲気が掌握されつつある。
彼は出動を取り止めさせようと、そうでなくてもブラフに留めようとしていた。
外務省に情報を流す裏切り者がいるとしたら、おそらくはこいつだろうと足柄はあたりをつけつる。
「....戦線から遠退くと楽観主義が現実に取って代る....そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ..」
「負けている?まだ戦争は始まっちゃいないよ大臣」
何を言っているんだと言わんばかりの官僚。
アブラギシュな顔は見ていてうんざりするので手早く終わらせたいと思う足柄。
「平和なんて、戦争と戦争の間の準備期間にしか過ぎない。この国はそこに長く居すぎた。先人の言葉は為になるな..」
足柄はずずっと暑い緑茶を啜る。
緑茶はどんなときでも彼の味方だった。
今だって緑茶のおかげで加齢臭が漂う男の顔を見ないですんでいる。
「...始まっていますよとっくに。我々が気づかないように巧妙に隠されていただけだ。例えば移民によって乗っ取られかけている国だってある」
「なにを..!」
官僚が椅子を蹴たてるが足柄は微動だにしない。
「チィ..しゃーがしか。.....防衛に関わっとるっちゃけん、あんたたちなら知っとろ?..超限戦たい。従来の総力戦やなか、選挙、金融、移民、世論、貿易、教育、報道..!あらゆる日常の風景はすべて戦場になぁ。まだ昭和の時代から、中国は日本ば狙うとった!」
「そんな馬鹿な話!妄想も大概に..!」
座ったまま声を荒げる足柄。
つかみかかろうとする官僚。
「舞台はミスキャストで一杯。誰もその役を望んじゃいないっちゃけどな。素敵な話さね。これが俺達のシビリアンコントロールってやったい」
静まりかえる会議室。
そこに急報がもたらされる。
「緊急!霞ヶ関が外部勢力により襲撃受ける!内務省エージェントが応戦中!」
「..だから、遅すぎたと言っとるったい!」
「衣笠!ちゃんと撮ってる!?」
「とっとるよ!」
今にも泣き出しそうな雲の下、日比谷野外大音楽堂でライブの様子を撮影していた桜放送カメラマン、松と衣笠は、突然の戦闘勃発にパニックを起こす観客を尻目に音楽堂のすぐそばにあったブルーシートを被ったコンテナに近づき道の様子を探る。
そして二人は戦場へと走る。
なんとそこでは外務省と財務省に別れ激しいて銃撃戦が行われていたのだ。
「..なにあれ?」
「財務省側は..おそらく内務省のエージェントだ。装備が拳銃メインで心もとない。外務省側は..PMC?G3とかAK74とか雑多な装備で統一感がない。どこの兵士かは不明!」
バタタタタタ、タタンタン。
タパタタタタタタ、ダダダダン。
ダシュゥ、ズン。
ダッダッダッダッダ。
「衣笠!後ろ後ろ」
ブロロロロンと自衛隊の軽装高機動車が議事堂の側から突如現れる。
走りながらも助手席から身を乗り出して小銃をタタタンと撃つ。
〈足柄より日向、こっちは押さえた。制圧目標は?〉
「霞ヶ関だ」
「衣笠衣笠、あれはどこの?」
「装備からして宇都宮の中央即応連隊だ。たぶん市ヶ谷にいたんだろう」
「..てことは、まさか政府はこの事態を想定済み?」
内務省のエージェントと外務省の兵士との間に割り込み、右側に火力を集中させる。
「..さすがに戦車はないらしいね」
彼らは道の中央分離帯に身を潜めていたが、しかし後ろからは丸見えだった。
「おい、お前らなにをしている」
声をかけたのは89式小銃を抱えた一団の兵士たち。
「わ、わ、わわ私たちは桜放送のカメラマンででです!」
「ならば下がってください。安全圏にいてもらわないと、守れない」
「陸自の..方ですか?」
「いや、名もない警察官だ。てめーら行くぞ!」
「応!」
中央分離帯に身を隠して外務省勢力に接近する自称警察官。
「..いや、あれはSATだ。一旦下がろう」
「それじゃジャーナリストとして..」
「もっと見晴らしの良いところへ下がるんだよ!」
「総理、お待ちしておりました」
「..足柄君、どうしてこれがここに?」
「さぁ?しかしこんなこともあろうかと整備は欠かしていません」
防弾仕様の黒い車で市ヶ谷の防衛省に乗り付けた高雄総理。
そこへ内務省の日向から電話がはいる。
「失礼。首尾は?」
〈足柄か?ネガティブだ。中央即応連隊とSATが増援に来たけれど、敵は戦車持ってきた。それと人質とりやがった!what the fuck !〉
「..電話口から銃声が聞こえるのはなぜだ?」
〈総理ですか。..ここは地獄のウェスタンですよ〉
口をオメガの字に歪めてわけがわからないよと言いたげな総理に足柄が助言する。
「...日向大臣の中身は子供です」
「..さいですか」
〈うをぉぉぅるららららららららららるるるるららららあああああいいぃぃい!〉
..ピ。
「あっさり切りましたね。何を聞いたのですか?」
「..雄叫びだ」
「ああ、陸自の機関銃でも拾って調子にのったのでしょう」
桜放送のカメラマン二人は、後ろ手に縛り上げられ頭に拳銃を突きつけられている。
「どうしてこうなった..」
「不運を嘆くんだな、若造」
「とんだ災難だったね。母校のカメラマンに憧れてカメラマンになったはいいものの..あ、でも一ノ瀬氏も銃弾飛び交うようなところで亡くなられたわけだし、お揃い?」
「衣笠、私にはあんたのその思考回路が恐ろしいわ」
「へぇ、調子にのって殺されにきたのか。狙撃しろ」
「承知」
「衣笠?なんで頭に拳銃を突きつけられて平気な顔でいられるのか私には理解できないししたくもない!」
「お嬢ちゃん、ちょっと黙ってくんないと捌いちゃうよ?」
「..ヒィッ!」
松が悲鳴をあげたのは下卑た視線を浴びたからではなくと生暖かい液体が降りかかったからだ。
「哀れな駒だな」
「他愛なし」
「総理、ジャーナリストが人質に捕られましたが特殊作戦群が排除に成功」
「この前中国にいった連中か?」
「恐らく別部隊ですね」
高雄と足柄はあまり乗り心地は良くないものの防弾仕様の総理が乗ってきた車よりはまし、とこれに乗っている。
「次を左折だ」
「うぉぅるららららららららららららららららららあああああいいい!」
「ひゃっはああああ!」
「タアアアァァァァアリホオオオォォォオオ!」
外務省と財務省の間の道路はもうめちゃくちゃだ。
主に内務大臣のせいである。
「大臣!総理がこっちに来てるらしいです!」
「それまでにここを耕すぞ!」
誰も何をやっているんだ、と言わない。
ここにいるのは皆同類だからだ。
高雄と足柄が戦場に到着した。
「..足柄防衛大臣。ここはどこだ?」
「..外務省と財務省の間の道路です。おそらく」
「外務省が抉れてるんだが?」
「..」
車の上から見た景色は、ひどいものだった。
とくに中央分離帯より外務省側はアスファルトが砕けており、最悪水道管に被害が出ているかもしれない。
「総理!敵の戦車が!」
その砕けそうな道に止めを刺さんかのごとく現れた戦車。
「あれは..」
「..何てものまで..」
「85式戦車だ。中国製戦車」
「つ、強い?」
「戦後第二世代戦車だから、日本のどの戦車にも劣る。だけど素手じゃ..勝てんばい」
衣笠は松を背中に庇いつつ、なんとか気付かれないように移動する。
(どこにいた..ああ、カバーして音楽堂のすぐそばにおいてたのか..)
隠れていたあのブルーシートに隠されていたのか。
せめて最後はもうちょっとカッコいいやつと出会いたかったな、そう口にしようとした衣笠は、信じられないものを目にした。
アスファルトがぼろぼろになった国会へ続く道の上から哀れな獲物を見下ろす強者。
戦車だ。
日本製の戦車だ。
しかも正式配備もされてない開発中のものだ。
「..名前のない..試製軽装甲戦闘車....」
カメラを持つ手が震えた。
「撃ち方用意」
「用意!」
大きく右腕を降り下ろし、高雄が撃て、と叫ぶ。
車長が復唱し、射手と運転手がさらに復唱。
百五ミリの砲弾はそのまま中国製戦車の装甲を、木綿豆腐を突くがごとく射抜いた。
「..助かった..助かったんだ!」
衣笠は左手で松の手を引いて走り出した。
右手はしかりとカメラを握っている。
目指すは見晴らしの良いところ。
「総理、霞ヶ関の制圧は完了。つづいて国会掌握に移ります」
「民間軍事企業メタルアージ。中国兵..猿の集まりか」
「猿ではありません。狂暴な知能を持たない野蛮な獣です。安全に、かつ確実に駆除しなければなりません」
「まさしくだ。国内の全部隊に繋げ。最高司令官から達する」
日本中のすべての自衛隊基地に、内閣総理大臣の声が繋がる。
文民統制、シビリアンコントロールの頂点、数多の武士を従える総大将の声に、皆が傾聴する。
〈内閣総理大臣、高雄だ。長々とは喋らないから安心しろ。今、この国は幕末に匹敵するほどの岐路にたっている。隣国からの侵略はすでに国内各所に蔓延っているだろう。聞いているかも知れないが、すでに外務省の一部官僚が武装勢力を国内に引き込んでおり霞ヶ関で戦闘が勃発している〉
内務省エージェントの阿賀野は、自衛隊だけでなく警察や消防、在日米軍にも流れている演説に耳を傾けていた。
(財務省や日銀にも不穏な動きがあるって一課のやつが言ってたな)
ちなみに内務省でネットを使った国内諜報は電子諜報部一課、国外諜報は二課が担当している。
阿賀野は二課だ。
能代は諜報部二課で直接潜入任務が主だ。
(この一揆でどこまで腐敗を抉れるのか、見物だな)
〈これは戦後七十年、この国が腐敗を赦してきてしまったことが原因だ。そのせいで子供たちの未来には大きく暗雲がかかってしまった。私はこれを恥じる!だからこそ、今変えるのだ!〉
護衛艦きりしまの先任伍長、夕張は沖縄沖でその演説を聞いていた。
(ウォーギルトインフォメーションプログラム。戦後アメリカが大日本帝国の復活を恐れ、子供たちに自虐史観を植え込んだ。そのWGIP世代が教師となり、WGIPは受け継がれていった。もはや戦争は終わったというのに!彼らは‘被害者’への償いを幾度も行ってきた。我らの先祖が雄々しく闘い、散っていったあの戦争を忌まわしいものとしてろくに学ぼうともしなかった。植民地解放という側面には一切触れなかった。条約で決められたルールを無視して無根拠な賠償を求める‘被害者’。コンプレックスだけで生きているつまらない民族。やつらは被害者ぶって日本を犯し続けている)
生活保護を受けている者の大半は在日だ。
(変わるのか?これまでの政治家は口先にも上らせようとしなかった。禁忌として自分の任期中は問題なく終わらせようとしていたというのに、正面から斬り込んでいくか!)
「私は内閣総理大臣として、過去を清算し日本の空を覆う黒雲を一掃する!これは昨日までの日本に対する反逆だ!」
後に如月九日のクーデターと呼ばれるこの事件は、外務省の高級官僚を中心とした日本の中枢に巣食う病巣の切除、および国内各所に蔓延った中朝勢力の排斥を引き起こし、平成維新とも言われた。
総連や在日が暴徒化した日本人によって襲撃される事件も多々発生し、法治国家である以上警察や自衛隊は朝鮮人を守るために日本人を阻んだ。
これを受けて政府は在日の帰国支援を開始。
帰化か帰国を迫る。
だが帰化の条件は厳しく、日本人を家族に持ち、生活保護を不正受給した記録がないこと、犯罪記録がないというもの。
帰国を拒否しても、飛行機に詰め込まれて空港で置き去りにされる。
これで日韓、日中の関係は民間も含めていっそう険悪になる。
「伊勢外務大臣、案配は如何ですか?」
「ええ総理。外患誘致と内乱であらかた冥土に送りましたよ。中堅が少しずつ勢力争いを開始。冥土組の派閥にいたやつは肩身が狭そうですがいい見せしめです。無所属や媚中でない高級官僚を中心に業務を再開しています」
国会も裁判所もただではすまなかった。
媚中派は冥土組に仲間入り。
ついでとばかりに汚職の疑いがあった議員は内務省につれていかれた。
しばらくして議会に顔を出した彼らは、皆一様にげっそりとしていた。
それに暮らしぶりも慎ましやかになったという。
何が起こったのかは、推して知るべしである。
「五十鈴です。ええ、刑務官は皆惚けてしまいました。見かねて幾人かは私がボタンを押したのですが..」
法務大臣、五十鈴。
外見年齢三十代。
実年齢不明。
千の歳を重ねた妖怪のような老獪さと、十にも満たないような童女のような無邪気さをあわせ持つ魔性の女だ。
最低限の化粧しかしないのに小皺の一つも見せやしない。
「ええ。どうせこれからもたくさん送るのでしょう?でしたら刑務官が壊れないようなシステムを作って下さいな。それが嫌なら予算を下さいな」
〈..予算を増やそう〉
「さすが総理。お話が早くて助かりますわ。賢い子は好きですよ?」
〈茶化さないでくれ。で、法曹の掌握は済んだのか?〉
「ええ、もちろん」
法務省もクーデターにあわせて法律家の整頓を行った。
市民派などとなのる弁護士には媚中派も紛れており、面倒なことにならないうちに冥土組の一員にしたり、他にもさまざまな理由でバッジを取り上げていた。
「期待しておりますわ」
〈ぜ、善処しよう〉
「大淀です。おめでとうございます、とでも言えばよろしいのでしょうか?」
〈言わなくていい〉
文科省の大淀大臣。
大臣のなかでは一番若い。
「教育も、研究も、すべて滞りなし。大学教授を何人か不適切な指導を理由に排除しましたし、JAXA研究員が一人、中国にロケットエンジンのデータを流していましたので少し叱っておきました。ちょっとショックを受けて頭を冷やしに散歩に行ったそうですが。まぁ、すべては滞りなく理想郷へ向かっています」
大淀がテレビに目を向けると、丁度交通事故の話題だった。
文科省の近くで事故が起きたらしい。
(愚かな..)
〈ああ、助かるよ。この調子で日教組まで切り刻んでくれ〉
「ええ、しかし難儀しています。公務員の労働団体ということとかで法務省と一緒に圧力をかけているのになかなか潰れませんから。今月中にやってみせましょう」
〈期待している〉
珍しく任期満了で終わった前政権、それをそのまま引き継ぐようにして高雄内閣が発足した。
衆院選前に自民党から分離した一派を中心に民主、維新、共産などにいた伊勢や大淀、自衛隊を退職したばかりの足柄や元は大使館で働いていた伊勢などを大臣に据え、内務省の暗躍とともに緒党を押さえ込んだ。
全ての大臣にこれといった共通点はない。
皆が高雄の掲げる理想に心酔しているとかいうこともない。
というか高雄の理想というものは存在しない。
あれは大臣皆がアイデアを出しあった結果だ。
あえてあげるなら、未来志向であるということか。
「新人類の時代の幕開けかな?」
一番最初の山場です。
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