戦闘の後
二月六日、インド洋。
「いたぞー」
「よーしボート出せ」
護衛艦きりしまは、あきづき、てるづきを伴って戦闘海域にとどまっていた。
こんごうとすずつきは大破したためにセイロン島へ移動中。
ひゅうがはそれのお守り。
他のアメリカ、インド艦隊も生存者の捜索よりも本国防衛を優先したため残っているのは三隻だけだ。
第二威力偵察艦隊もジャワ島へ移動中。
「艦長、漂流者です」
戦闘終了から二日たった今でも捜索を続けているのは敵への示威行動でもある。
昨日は一日中スコールに降られて何も引き上げられなかったが今日は快晴。
そしてついに、戦闘海域から南に五十キロ離れた海域で漂流者の一団を見つけた。
「機関始動。出力最大ヨーソロー」
先任伍長の夕張が調子にのってボートを進める。
レーダーや衛星によると周囲に敵影なし。
放置しておけば彼らは確実に死ぬ。
「安全が確認され次第艦を近づけて直接収容する。武器を隠している
かもわからん。いつでも撃てるようにしておけ」
ベネリM3Tショットガンを構える夕張は、六四式小銃を構えた千歳たち立ち入り検査班に戦闘用意を告げる。
がちゃりと確実な音を立てて散弾が装填された。
殺る気まんまんだ。
「先任伍長..頼むから殺すなよ..」
「大丈夫でしょう。仮にも先任伍長です」
艦長が心配そうに見送るなか、通信長は涼しげな顔だ。
「先任伍長ならテロリストの駆除くらいお手のものですから」
「映画の見すぎだよ」
「先任伍長..」
「撃て!」
隊員のすがるような声に、毅然として夕張は攻撃を命じる。
七、六二ミリの弾丸は生物の表皮をえぐり、体細胞を破壊していく。
十二ゲージの散弾が細かい傷を増やしていく。
流れ出す血で海面が黒く染まった。
「艦長より立ち入り検査班。どうした」
〈こちら先任伍長。サメが出ました〉
「要救助者はどうだ」
〈丸腰でこっちを威嚇しています〉
ついに先任伍長がやらかしたか、俺も出世コースから落ちたかな、と思っていた艦長だが、サメが出ただけと聞いて胸を撫で下ろす。
「艦長より達する。これより要救助者の収容を開始。かかれ」
力尽きて海に沈んでいった者たちが流す血に誘われて、どうやら二十じゃすまないほどのサメが寄っているらしい。
立ち入り検査班は救命イカダや船の破片にしがみつく者たちを守るため、ゆっくりと移動しながらサメを撃っていた。
三隻の護衛艦も近づいてくる。
十二、七ミリ重機関銃を撃ちながらゆっくりと、スクリューに漂流者を絡ませないように接近し、舷側から網のはしごを投げた。
「登れ!」
「そういえば艦長。これってファーストコンタクトでしょうか?」
「ファーストエンカウント以降、捕虜がいませんでしたしね」
「通信長、航海長。記録の用意は?」
抜かりなく、と航海長がカメラを構えた。
「こんごうのブリッジを写したのもこのカメラです。プレミアつきますよ?」
航海長はどや顔でそう言った。
だが、護衛艦の乗員が浮き輪を投げ、ロープを放り込んでもなかなか上がってこない。
「先任伍長、あれを」
「重傷者か..サメは見えるか?」
千歳が指差した救命イカダには、腕がちぎれた兵士や死体と見分けがつかないような兵士もいた。
周りには健常者が集まり、守っているようだ。
重傷者を集めたのだろうか。
「サメは護衛艦に怯えて逃げたようです」
「あのイカダに近づけろ。後方で警戒中のきりしま医務室へ速達便だ」
どうせあきづきやてるづきは軽傷者で満杯になるだろう。
ならば暇そうなきりしまに仕事を押し付けようとの考えだ。
「..!」
「A barbár nem jön ide !」
「どうします?」
「言葉がわからんなら仕方ない。医療キットあったろ。投げろ。あとロープ」
イカダにむけてキットを投げ込む。
ガーゼや粘着テープ、止血帯なんかが入っている。
あっけにとられている隙に夕張は勝手にイカダにロープを結びつけた。
「きりしまに急げ!」
言葉は伝わらなくとも、ボディランゲージは全宇宙共通らしい。
重傷者のイカダが奥にいる船に運ばれていくのを見て、重傷ではないものの、トリアージタグを付けたら黄色の連中を前に押し出してきた。
元気なものが中傷者を後ろから支えるがなかなか上がってこない。
「手空き要員は甲板へ集合!」
一人の海曹がついにはしごを下り始めた。
両腕を骨折しているらしい男のベルトにロープを結んで、その後ろの頭に包帯を巻いた兵士を背負う。
それを見た連中が我先に海に飛び込み、速やかに漂流者は全員収容された。
この時飛び込んだ連中は皆、後になってサメが徘徊する海だと知って顔を青ざめさせたという。
「重傷者はきりしまで治療。中軽傷者は両艦に。先任伍長の判断は良かったが」
「あっちの軍医らしい男がすっかり怯えてましたよね」
「だな。いったい何をやったんだか」
きりしま艦長と副長は医務室の前にいた。
中に入ろうとすると医務長に邪魔だとつまみ出されたのだ。
「...言葉が伝わらなくとも、医師がやることは同じなんだな」
「ええ。医務長の弟子の一曹を完全に助手としてみてるな。おそらく敵艦の医務室もこんな設備だったんだろうな」
阿賀野の報告を聞き、会議室は騒然となった。
アメリカが射殺した?
「はい。ファーストコンタクトです」
ざわめく会議室でも阿賀野の声は不思議とよく通った。
ざわめきが止んだ一瞬を拡げるように、内線電話がリンと主張する。
「..防衛省より連絡。日本艦隊は漂流中のセイロン沖海戦の捕虜三百十四名を保護。重傷者多数。現在ジャワを出港した補給艦との合流を目指して東進中」
物音ひとつしなくなった会議室。
誰もがこの不意に手に入ったジョーカーを消化しきれずに周りの様子を伺っている。
だがそれは十秒もたたずに遮られた。
「セカンドコンタクトのようだな。我々は実についている」
日向内務大臣がティースプーンを片手にのたまう。
この香りはアールグレイだろうか。
「他国への情報を一切漏らすな。極秘利に日本へ運べ」
足柄防衛大臣が茶漉しをつつきながらのたまう。
とても苦そうな緑の色をしている。
「..大臣、会議室でくつろがないでください」
内務省職員の諫言は無視された。
護衛艦あきづき。
現在海自の中核をなす汎用護衛艦だ。
乗員は徹底した機械化で百五十名しかいない。
「しかし艦長、驚きましたね」
「艦隊には箝口令を敷いた。補給艦おうみにも箝口令が出ている。そういう類いのものだ」
補給艦おうみは護衛艦随一の医療能力を持つ。
燃料と食料、水、衣料、医療用を積んでインド洋作戦の支援を行うべくジャワ島にいた。
今はジャワ島にいた第一威力偵察艦隊に付き添われている。
第一威力偵察艦隊は霧島上級一佐の下で、第二威力偵察艦隊の代打となるはずだ。
「まぁ、この分じゃ乗員は上陸出来ないだろうな」
「補給艦がいるとなると寄港はしませんからね」
長い艦内生活が続く艦隊勤務において、最大の楽しみは今も昔も寄港地への上陸である。
副長は乗員のメンタルケアに頭を痛めることになる。
そこへ捕虜の様子を見ていた砲雷長が電話をよこす。
〈艦長、収容した彼らから要求?のようなものが..〉
護衛艦きりしま先任伍長の夕張は、あきづきからヘリで乗り付けた図々しい捕虜の付き添いのために飛行甲板に立っていた。
バララララと吹き付ける風が夕張を甲板に押し倒そうとするが、鍛えた体で抗う。
中に乗せていた捕虜を下ろし、ヘリはあきづきに帰っていった。
どうやら彼はこの捕虜の集団でも二番目らしい。
元気な捕虜の中の最上位者として、きりしまの艦長(この三隻の中では最上位)に会いに来たらしい。
最高位者はベットの中らしい。
どうせ言葉は通じないから右手で艦内へ通じるハッチを指差し先に歩く。
ついてきた男には、尻尾が生えていた。
医務室のドアを開けてその男を入れる。
英語でも、ロシア語でもない、恐らくは異世界の言葉で話し始めた捕虜の医官と捕虜の二番目の男。
患者を慮って静かな声だが、夕張が聞こえないほどではない。
「三尉どの。なにか分かったんですか?」
「大したことは何も..ここでは応急措置しかできないもの。けど、私たちが日頃使うモルヒネなんかは普通に効いてたわ。そこの医官さんでやったパッチテストも異常はなかった。一応採血したから補給艦おうみできちんとした検査もできるはずよ。耳が生えていてもね」
ここで言う耳とは頭の横についている餃子のようなものを指すのではないだろう。
「先任伍長さんはお守り?」
「ええ、そんなもんです」
「気を付けてね。ここはもう満室だから」
医務長は夕張に嫌な笑みを残した。
夕張「艦長の名前って何ですか?」
きりしま艦長「作者が面倒くさがって割り振ってないんだ。すぐ死ぬキャラでも名前があるやつもいるのにな..」




